国籍選択と強制退去2006/06/15

>なぜ国籍選択の自由を与えなかったのかというのが私の疑問です。> >当時の政府の判断ミスではないでしょうか。>

 日本はポツダム宣言(朝鮮の独立を含む)を受諾して敗戦となりました。これによって朝鮮人は日本国籍を離脱しました。そして在日朝鮮人の国籍については、戦勝国(具体的にはGHQ)の判断によるものとされました。日本政府の意向を介在させる余地はありませんでした。従って「当時の政府の判断ミス」ではありません。   戦後成立した大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国の両政府とも、在日朝鮮人は我が国の国民であるとしました。また在日朝鮮人自身も、我々は日本人ではないと主張しました。国籍選択を言う人は誰もいませんでした。国籍選択は当時としてはあり得なかったものです。

>今はないようですが昭和40年代まで本人のうっかりミスでもすぐに強制退去させようとした法務当局の対応にも問題はなかったでしょうか。>

 在日でも在留資格のない者(密入国者)は、発覚した時点で強制退去となります。また1965年(昭和40年)までは、在留資格があっても懲役1年以上の者が強制退去とされました。1年以下では強制退去とはなりません。  密入国や懲役1年以上が「うっかりミス」なのか疑問です。

>ちょっと近場にいくのにうっかり外人登録証を所持してなかったために外登法違反で懲役刑、そのまま国外退去というのは理不尽>

 外国人登録証の不携帯は罰金刑です。不携帯で強制退去はあり得ません。  なお当時は朝鮮半島からの密入国者が多く、偽の登録証も多く出回っていました。警察は朝鮮人と見れば外国人登録証の提示を求めていた時代でした。  近場で不携帯で捕まっても、真正の登録証であれば家人に連絡して持ってきてもらえば、問題はありませんでした。

>当時の政府は極論すると在日朝鮮人、中国人を日本から一掃したかったのではないかという疑問です。>

 在日朝鮮人ついては、犯罪率と生活保護率の高さから、政府がかなり厳しい目で見ていたのは事実です。1959年から政府が韓国の反対を押し切って北朝鮮への帰還を進めたのは、その一つでしょう。

コメント

_ 丹沢の ― 2006/10/13 11:26

在日朝鮮人はは、北朝鮮人ということであるから、すみやかに、母国に、帰国し、母国のために、戦うべきである、日本(敵国)にいて、敵国のマイナイをうけるとは、とんでもない。

_ 辻本 ― 2006/10/13 20:00

 在日朝鮮人は、北朝鮮人とは限りません。

 「朝鮮」は地域名であって、国家名ではありません。

 「北朝鮮」も地域名ですが、朝鮮民主主義人民共和国という国家の略称名として用いられる場合があります。

 従って、在日朝鮮人は北朝鮮人とイコールではありません。

_ 朴 ― 2006/11/10 22:14

敗戦からポツダムまでの期間、朝鮮半島出身者は便宜上朝鮮籍としました。
当然、当時半島には国家が存在しませんでしたので
実際上は無国籍者であり、便宜上です。
その後、韓国政府樹立に伴い、韓国籍が認められ
韓国籍を取得する者と朝鮮籍のままでいる者が存在してしまったと言うことで、日本にいる在日朝鮮韓国人の殆どの方の出自は、現在の韓国領です。

これは、どっかの大手のTV局も誤解してましたね。
「日本の北朝鮮人に聞いてみました・・・」
なんてやってました。
もっとも、意図的なんだろうな。と穿った見方してますが・・

また、補足として
なぜ、韓国の出身であるにもかかわらず韓国籍の届出をしなかったか?と言うと
想像の域は出ませんが、その多くの方々が
いわゆるマルクス主義者→赤だったと言うことです。
では、共産主義者であったなら何故韓国籍を得ないのか?
最大の理由は、母国の家族親類に累が及ぶからです。

ネットでは、多くの場合、今の尺度で物事を判断する方が多いですが、当時は西側と東側の争いが激しく
米国でも、いわゆる”赤狩り”が度を過ぎて行われ
同じく、米国の傀儡であった韓国も、親玉の米国以上に赤狩りが激しく、日本で共産主義活動をしていた親戚を持つことは死刑を意味することと同義でした。
そういった理由から、祖国韓国にも帰らず、韓国籍をも取得しない(そもそも共産主義者からしたら韓国は認められない)まま、その子孫が現在に至るということで
大筋では間違えていないと思いますよ。

ですから、総連や民潭の強制連行云々は否定しませんが、全てではない。
これは、彼らに限らず、自分に都合の良いことは声高に
都合の悪いことは、言わない、触れない、触れさせない
ということだと思います。

一見、総連民潭批判に見えるかもしれませんが
そういうわけではなく、今のご時世ですし
そろそろ、我々は我々の行く末を真剣に考える必要があると考えています。

既に、被害者面する時代は終わったのではないのか?
被害者面して自己擁護できる時代は終わったと思うわけです。
だからと言って、今すぐ帰れだの朝鮮人は死ねだのの下品で無理解なご意見には従えませんが・・・・

閑話休題

いわゆる三国人暴動は時の日本共産党の指揮の元で発生したということは、ネットではあまり指摘が無いようです。
今更、日本共産党を批判したところで意味がないと言うことなんでしょうし、朝鮮人批判したほうが人心操作し易いと言うことだと思います。
実際、我々自身反省し、改善すべきは沢山あります。

_ 朴 ― 2006/11/10 22:38

ごめんなさい。
間違えました。
サンフランシスコ講和条約と書くべきが、ポツダムと書いてしまいました。
お恥ずかしい。


_ コペテン ― 2006/11/16 00:55

朴様

なるほど、いろいろ勉強になるお話です。
三国人暴動は当時の日本共産党の指揮の元で発生したとは、初めて知りました。
ただ、それが本当なのか、よくわかりませんが、戦前から当時の日本共産党は、在日朝鮮・韓国人が多数含まれていたという話ですので、どっちを批判してもあまり変わりませんから、特に共産党より特に朝鮮人批判しようという意図は無いかもしれません。
ま、別に肩を持つつもりもありませんが。

冷戦終了後、ヨーロッパの共産党はほとんど潰れましたが、いまだに「共産党」の看板でやってるのは凄いことだとは思います。それがいいか悪いかは別ですが。

_ 辻本 ― 2006/11/16 22:39

>いわゆる三国人暴動は時の日本共産党の指揮の元で発生した

 具体的にどの事件ですか。事件名をお教えください。

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