族譜の売買―犬族譜と濁譜 ― 2006/09/22
族譜は父系血縁集団(=門中あるいは宗中)の家系の記録で、朝鮮人のアイデンティティに極めて重要なものであることは周知のことでしょう。
族譜は祖先の権勢や徳望を顕彰して現在の一族の威勢を根拠づけるものです。従って現在の子孫と称する人たちが過去に遡って祖先を回復するのが、族譜の編纂作業ということになります。だからこそ改竄や売買が行われたことが多かったし、現在も同じです。
このような族譜のことを「犬族譜(ケーゾッポ)」「濁譜(タッポ)」と言うそうです。朝鮮語辞典なんかを調べてもなかなか出てこない単語ですね。
>売買というのは身寄りの無い高齢の両班から現物を買い取るのでしょうか。>
そんなことはありません。 宮嶋博史『両班』(中公新書)に次のような記述があります。
「17世紀後半以降、在地両班層の経済力が低下しはじめるにつれて‥‥こうした両班集団に対して新たに挑戦をいどむ勢力が登場してくる。その先頭に立ったのが郷吏であった。 ‥‥ 郷吏層の地位上昇の試みをよく表しているもう一つの興味深い例は、族譜への郷吏家門の入録である。‥‥したがって両班への上昇を志向する郷吏層が族譜への入録を試みるのは、必然であった。‥‥ 始祖から数えて四代目というきわめて古い時代の人物が突然登場して、その子孫が大挙して族譜に入録されているわけである。‥‥」(187~196頁)
宮嶋氏は優れた研究者で、このように落ち着いた表現をされますので、「売買」というような刺激的な言葉はありません。 この本は朝鮮社会を知るのに手頃でよくまとまっており、一般向けで分かりやすいものです。一度お読みになることをお勧めします。
族譜の売買に関し、尹学準『オンドル夜話』(中公新書 昭和58年)に次のような記述があります。
「族譜がない家門は自動的に常民に転落するのだが、常民は兵役の義務を負うなどさまざまな差別を受けねばならない。だから常民たちは両班に加わろうとして多大な金品をかけるのである。官職を買ったり、族譜を偽造したりするのだが、最も一般的な方法としては、名家の族譜が編纂されるときにその譜籍に加えてもらうことだ。“ヤンパンを売る”とか“族譜を売る”という言葉があるが、それはこのような買い手があるからだ。 だから族譜の編纂期(三、四十年ごとに改纂される)は、ヤンパン一門のボスたちにとってまたとないかき入れどきでもある。」(73頁)
これはその通りだったろうと思われます。族譜の内実はこんなもので、だからこそ朝鮮人自身から「濁譜」「犬族譜」と揶揄されることがあるものです。 しかし彼らのアイデンティティとして極めて重要に考えている人も多いので、このような揶揄は周囲が大きい声で言うべきことではないことは言うまでもありません。しかし朝鮮史の一断面として知っておいてもいいでしょう。