大阪にある二つの「飛鳥」2007/03/26

 「飛鳥」は、奈良の明日香村が最も有名ですが、大阪にも「飛鳥」があります。羽曳野市、太子町、河南町一帯の地域で、『日本書紀』にも現れる地名です。奈良の明日香を「遠つ飛鳥」と称されるのに対し、大阪では「近つ飛鳥」と称され、由緒は古いものです。推古・用明・孝徳・敏達の各天皇陵や聖徳太子・小野妹子墓などが所在します。

 ところで大阪にはもう一つ「飛鳥」があります。「飛鳥会事件」という解放運動のとんでもない事件の舞台となった所です。ここは大阪市内なのですが、何故ここが「飛鳥」なのか、その由緒は何かです。

 これは大正14年に、西中島村が大阪市に編入された際に、このなかの南方新家という大字が「飛鳥町」と命名された地名が最初です。それ以前に、この付近で「飛鳥」に類する地名はありませんでしたから、突然現れたことになります。

 なぜ「飛鳥」と名付けたのか不明です。市町村合併などの時に、突拍子もないような名前が付けられることがありますが、この場合もそうなのでしょうか。その経緯がよく分からないところです。

 誰かご存知の方がおられれば、ご教示願うところです。

コメント

_ 通りすがり ― 2008/03/01 11:12

なぜ、への答えにはなっていませんが、大字の中に明治期には飛鳥があったそうです。
http://www3.ocn.ne.jp/~asuka123/asukatiku-ayumi.htm
出典元がちょっと怪しげです。

私としては、善教寺(同名の寺が奈良にあります)が関係しているのではないかと思います。縁起を調べなければ何とも言えませんが。

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