1970~80年代の韓国民主化連帯闘争2011/01/16

 1970~80年代、祖国に関心を持つ在日韓国人の若者たちが「韓国民主化闘争」を担っていました。金光敏さんという方は、この当時のことを次のように回想しています。

>1980年当時、韓国では長く続いた軍事独裁政権に対しての民主化闘争が光州を始め全国に広がり、その闘いの壮絶さは日本にも伝えられました。私達在日コリアンの学生は、祖国の統一を自己の解放と位置づけ、韓国民主化闘争を日本で支援し闘っていたのです。>(『こぺる』(2009年12月号 11頁)

 ここで彼は自覚していたのかどうか分かりませんが、「祖国の統一を自己の解放と位置づけ、韓国民主化闘争を‥‥闘っていた」というのは、北朝鮮の「南朝鮮解放路線」に沿った考えです。

 北朝鮮は、南に人民革命政権を樹立して祖国を統一しようとする明確な路線(;南朝鮮解放路線)を有していたのですが、人民革命政権樹立の第一歩が「韓国の民主化」だったのです。

 確かに当時の朴政権や全政権などは、民主的とはとても言えるようなものではなかったし、軍事政権と言われても仕方のない面もありました。従って民主化運動は当然あるべきものだったのですが、これに北朝鮮が関わろうとしたところに、問題の複雑さがあります。

 在日は朝鮮総連=北朝鮮と接触する機会が多いものです。何も関係ない人だと思ってお付き合いしてみたら総連の人だった、というような経験が少なくなかった時代です。そんな在日が韓国の民主化に関心を示すとしたら、当然北朝鮮の影を疑われるものでした。

 本人は北とは何の関係もないと主観的に考えていても、また総連から指示されたことはないと言っても、その思想信条そのものが北に沿うものであった、ということです。そして総連も、そのような在日の簇性(雑草のように群がり生えること)を促進し、その中から見込みのあるものを包摂するべく活動していたということです。

 1970~80年代はそういう時代だったのです。