『写真と絵で見る北朝鮮現代史』2011/02/06

 北朝鮮について、韓国ではどのような研究がされているのか気になっていたので、本屋で『写真と絵で見る北朝鮮現代史』(コモンズ 2010年12月)を見つけて購読しました。    著者の北に対するスタンスは、最初の「日本語版によせて」の標題が「朝鮮民主主義人民共和国は東アジア平和共同体の構成員です」とあるように、韓国の「民主勢力」と言われる左派系の立場です。

 従ってこの本は、「かれらの歴史を客観的に知る」「北朝鮮の歴史を忠実に追う」と言いながらも、「その社会の肯定的な側面もみつけようとする」(280頁)ことに重点があります。

 それはともかく、朝鮮総連の出版物のように、北朝鮮を代弁するものではありませんので、それなりに読みごたえはあります。

 ところで、この本の中に、韓国の70・80年代の民主化闘争について、次のような記述があります。

「1980年代末まで、北朝鮮の統一案は、時期によって戦略・戦術的な違いがあったものの、その本質においては北朝鮮式の“吸収統一論”であったと見られる。つまり、韓国当局との対話と交渉を通じて統一にアプローチするよりは、韓国内で“反政府民主勢力”の闘争を通じた“民主化”を要求する方式を優先したのである。」(218頁)

 これは、韓国の民主化運動は北朝鮮の影響を受けたものとだいうことを示しています。つまり、北朝鮮が国家を挙げて、韓国の民主化を支援していたのです。

 民主化運動した人達は、純粋に民主化の理念を信じて、北とは関係ないと考えた人も多かったと思いますが、結局は北朝鮮の路線に乗っていたということになります。

 韓国の民主勢力と言われる人たちは、その理念からすると、韓国の民主化が達成されたのですから、次に北朝鮮の民主化に取り組まなければなりませんが、そんなことは全くありませんでした。

 韓国の民主化運動は、余りにも疑問を抱きます。

韓国と北朝鮮の歴史観が一致する!!2011/02/10

 2月10日付けの朝日新聞によれば、韓国と北朝鮮の歴史観が同じだそうです。ちょっと長くなりますが、誤解のないように、全文引用してみます。 http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201102100288.html

>韓国・北朝鮮の歴史観 ほとんど差異なし

>いまだ緊張状態にある朝鮮半島だが、韓国と北朝鮮の歴史研究者が近年、共同研究を進めていたとの話を聞いた。歴史の用語や概念について南北の違いを埋めようとの試み。その結果、両国とも、冷戦期の歴史解釈から大きく転換し、民族主義の視点が主流になっていたことがわかったというのだ。

>冷戦期には、韓国は反共の立場から、一方の北朝鮮は共産主義の視点から歴史を書き上げた。違いが大きいと、将来、統一が実現しても歴史を共有できないのではとの懸念を背景に、南北融和に力を注いだ韓国の盧武鉉政権の時期に両国で合意、2007年に共同研究は始まった。

>古代・中世・近代と分け、各300ほどの用語を選び、双方が納得できる解説をつくることを目指した。事件や人物、概念が対象。違いが明白な現代は除外し、1919年の三一運動までを検討した。

>韓国側リーダーの鄭泰憲(チョン・テハン)高麗大教授によると、当初は「差異を固定化し、統一に逆行する動き」といった批判もあったという。それが昨年5月に終わった時には、「あまりにも違いがないので、研究した意味がないのでは」との冗談まで出たという。

>冷戦が終わり、1990年代以降、韓国の歴史観が変わったことは知られている。反共に代わって民族主義の視点が重視されるようになった。

>だが、北朝鮮も民族主義に転換していたとは鄭教授も予想していなかった。北朝鮮の現代史は、金日成主席を中心とした革命の歴史として描かれていた。ところが、94年の金日成の死後に刊行された回顧録で大きな変化が現れる。金日成は共産主義者であると同時に民族主義者だった側面が強調され、以前は無視されていた金日成以外の独立運動グループも評価されていた。

>「北朝鮮の歴史観も時を同じくして転換していた。大きな変化なので、生前の金日成が語っていたという形にするしかなかったのでしょう」と鄭教授はみる。

>歴史は自国の正統性を主張する大切な道具だ。冷戦の構造がそのまま残ってきたと言われる朝鮮半島だが、冷戦の終結により質的に変化し、イデオロギー的には似てきたことを示しているのだろう。しかし、そうすると現在の緊張状態は何のためなのか。一段とわからなくなってくる。(渡辺延志)

 以上のような記事でした。  拙論 『第91題 実証なき歴史研究 』 で

 「韓国の「民族史学」はこれからどこに向かうのか。実証なき「正しい歴史」研究をいつまでも続けていくのだろうか、実証主義的研究が主流になることはないのだろうか、ひょっとしたら実証のないことでは更に抜きん出た北朝鮮の「革命伝統」という歴史に融合していくのだろうか、‥‥‥興味をもつところである。」  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daikyuujuuichidai

 と論じましたが、本当にそうなって行っているようです。ここは私の先見の明があったと自慢していいのやら‥‥。

 韓国の歴史研究が北朝鮮と同じレベルにあることに違和感を感じないというお粗末な話。 実証主義という歴史研究の王道を踏み外したら、北も南も同じ穴のむじな、ということです。

白い米と肉のスープ2011/02/14

 北朝鮮の故金日成が、国民に「白い米と肉のスープ」が食べられるようになると約束したのは、1970年代とばかり思っていました。

 最近『写真と絵で見る北朝鮮』(コモンス 2010年12月)を読んで、それはもっと古く、1962年であることを知りました。

>1962年秋の最高人民会議第3期第1次会議で‥‥機関誌は「1963年の目標が達成されれば、北朝鮮のあらゆる勤労人民は瓦屋根の家で米飯と肉を食べ、よい服を着て豊かな生活が送れるだろう」と伝えた。>(148頁)

 昨年1月に、金正日が 「首領様(金日成)は、人民が白い米のご飯に肉のスープを食べて、絹の服を着て瓦の家で暮らせるようにしなければならないとお話になったが、私たちはこの遺訓を貫徹することができていない」 と言いましたが、この「遺訓」というのが、実に48年前のことだったのです。

 これが何故実現できなかったのか、そもそも実現できる見通しがあったのか、北朝鮮人民はこの約束違反をどう思ってきたのか、 「偉大な首領 金日成同志の教示を無条件に執行せねばならない」 ことを国民に強要してきた金正日自身が、「貫徹することができていない」と平然と言い放ち、責任を取ろうとしない‥‥‥。

 異常としかいいようのない北朝鮮。もしこんな国が崩壊もせず、これからも生き続けるとしたら、一体どんな姿になるのでしょうか? もし類例を見つけるとしたら、 オカルト宗教団体ぐらいでしょうか? これが国家レベルとなると、これまでの人類史上では例のなかったことと思われますので、研究対象としては興味があるものです。

韓国の北朝鮮研究2011/02/22

 韓国で北朝鮮がどのように研究されているのか、気になっていたので、「北朝鮮の現代の歴史を客観的に述べようと試みた」(284頁)と自称する『写真と絵で見る北朝鮮現代史』(コモンズ 2010年12月)を購読しました。

 中身を読むと、疑問な点がかなりあります。「(北朝鮮)社会の肯定的な側面も見つけようとする」(280頁)に重点が置かれているのですが、それでも、何故これが「客観的」?かと思われるところが多々あります。

 例えば1956年から始まった千里馬運動。その説明に次のような説明をしています。

>設計図や専門設備もない状態で、輸入した自動車やトラクタ―を解体し、部品をひとつずつ図面に起こし、それに合わせて造っていく。この方法で、30日でトラクターを、40日で自動車を完成させた。住宅建設でも一大革新が起きた。住宅を14分で組み立てる奇跡が起き、これを「平壌速度」と呼んだ>(129頁)

>ある労働者はダムの建設現場で、70㎏の重さの砂袋580個を作るために、川から29時間も出ることなく働き続けたという。彼は予定された工事期間40日をたった5日に短縮し、「労働英雄」として称えられた。>(131頁)

 北朝鮮の宣伝本をそのまま引用したのでしょうが、こんな神がかり的な奇跡談を、「客観的」を自称する歴史の本に検証もせずに入れるとは!!

 もう一つ紹介しますと

>大衆は生命の恩人である首領に忠誠と真心を尽くし、逆に首領は人民に「以民為天」に基盤を置いた仁徳政治を行なわなければならない。それゆえ、金日成は存命中に1万8000ヶ所あまりの単位を訪れ、55万㎞に及ぶ現地指導をを行うほど、「現場政治」と人民とのふれあいを重視した>(193頁)

 某宗教の教祖様のお話のレベルですが、これが「客観的」な歴史の本に出てくるとは!!

 研究者ならば、設計図も設備もないなかで30日で作られたトラクターや40日で作られた自動車がどんなものなのか、14分で作られた住宅がどういうものか、金日成が現地指導したという1万8千ヶ所のリストを作成し、本当に見て回ることが可能なのかどうか‥‥を検証すべきものなのですがねえ。