忍び返し2014/04/26

 お城の石垣について、古田博司さんが「忍び返し」を誤用していることを論じました。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/19/7248342

 最近出た『歴史通』(WAC)2014年5月号で、黒鉄ヒロシさんが書いた「(ッたく}イガンヂルよ、あの国は」のなかに、この誤用をそのまま受け継いでいることを知りました。

忍び返しの石垣     朝鮮の城は石垣がまっすぐなんですが、忍び返しというカーブを描いた日本風の城を、秀吉軍はつくっていますね。 そんなひまあったら、どんどん進軍していけばいいのにと思っていたんです。 そこに李朝でひどい目にあっている朝鮮農民が集まってきてしまったというんです。 いかに日本に余裕があったかの証左です。 もっとも例によって韓国は、忍び返しの石垣は朝鮮にもあったから、それは朝鮮軍の城だと言い張っているようですが(笑)

 先に論じましたように、日本の城の石垣には「忍び返し」はありません。 もしあるとしたら、石垣の上に建てられた櫓か土塀をちょっと石垣の外にはみ出させて、槍先のような刃物を下に向けて多数並べるものです。 これなら石垣をよじ登る敵は、この「忍び返し」が邪魔となって更に上に行くことが出来ません。

 しかしこういった「忍び返し」は石垣ではなく、櫓や土塀に付属するものです。 今韓国にある倭城(日本風のお城)は、建築物はすべて破却されて石垣だけが残っている状態ですから、「忍び返し」があるわけがありません。 豊臣軍が朝鮮で「忍び返し」付きの城を築いたかどうかは実際の資料がなく、不明と言わざるを得ないのです。

 黒鉄さんは「忍び返しというカーブを描いた日本風の城」 「忍び返しの石垣」と書いていますから、古田さんの誤用をそのまま受け継いだようです。 垂直ではなく、末広がりになっている日本の城の石垣は登りやすく、敵侵入には脆弱です。 だからよじ登ってくる敵を撃退する装置が別に必要になります。 一つは「石落とし」であり、もう一つは下に向けて刃物を並べた「忍び返し」です。

 日本の城の石垣はその城を長く維持するためのものであって、実戦的なものではありません。