「韓」という国号について(2) ― 2015/05/14
中国史では「中華」と「夷狄」の区別が明確にあります。 文明の中心たる「中華」の世界と、その周辺に未開である「夷狄」の世界の二つが共存しているのが中国の歴史です。
歴史上の国号にも中華と夷狄とでは違いがあります。 中華の国号は「秦」「漢」「唐」「宋」「明」「清」など、漢字一字の国名です。 一方夷狄の方は「日本」「朝鮮」「高句麗」「扶余」「新羅」「粛慎」などのように漢字二字以上か、もしくは「倭」「濊」「貊」などのように漢字一字でも卑字になります。 つまり国名は、漢字の字数あるいは卑字か否かで中華か夷狄かの区別がつきます。 だから国名を一目で見ただけで、この国は中華の国なのか夷狄の国なのかの判断が出来るのです。
このような歴史事実を知ると、「韓」という国号はこの漢字を見ただけで中華に属するものであることが分かります。 中国の戦国時代の七勇の一つに「韓」があります。紀元前230年に秦の始皇帝によって滅ぼされましたが、漢字一字の「韓」という国号は中華の国であることを示しています。
ところが朝鮮半島で過去にあったし現在もある「韓」は、中国から見ると東夷すなわち夷狄に属するにも拘らず、漢字一字の中華の国の名前なのです。 だからこの「韓」は、中国を含む東アジア史においては極めて異例な国号と言うことが出来ます。 何故このようなことが起きたのか、明確に語ってくれる史料がなく、また研究もほとんどないようです。 それでも、このことに何とか迫れないだろうかと調べてみました。
大韓民国の国号の由来である「韓」の初見は中国の『三国志』の「魏志東夷伝」です。 これは邪馬台国や卑弥呼の話があるので、我々には馴染みのある史料です。 なお『後漢書』にも「韓」のことがありますが、これは『三国志』に拠って記述されていますので、『三国志』をオリジナル史料とした方がいいでしょう。
この『三国志』で「韓」は次のように記されています。 分かりやすいように、平凡社東洋文庫『東アジア民族史1』にある現代語訳と原文を紹介します。
韓は帯方[郡]の南にあって、東西は海をもって境界とし、南は倭と[境界を]接している。[韓の]広さは四千里四方ほどである。[韓には]三種があり、一を馬韓、二を辰韓、三を弁韓といい、辰韓は昔の辰国である。(196頁) (原文)韓在帶方之南,東西以海爲限,南與倭接,方可四千里。有三種,一曰馬韓,二曰辰韓,三曰弁韓。辰韓者,古之辰國也。
帯方郡は卑弥呼の使者が往来した所ですから、我々日本人には馴染みの深いものです。 黄海道鳳山郡沙里院(現在は北朝鮮領内)で「帯方太守 張撫夷」と刻まれた古墳が発見されており、この墓の近くにある唐土城がここの郡庁であることはほぼ確実です。 ところで『三国志』における「韓」はこの帯方郡の南に位置しています。 従って「韓」は朝鮮半島南部であり、今の大韓民国の領域とかなり重なる位置にあることが分かります。
次にこの朝鮮半島南部地域は夷狄の地であるにもかかわらず、何故「韓」という中華風の名前を付けたのかです。 これについては上述したように史料が皆無と言っていいもので、状況証拠から推測を重ねるしかありません。
同じく『三国志』の「東夷伝」に、現在の遼寧省~朝鮮北部にあった「朝鮮(箕子)」の準という王が衛満(中国の燕の人)によって追放されて、「韓」に逃れて「韓王」になったという説話があります。
[朝鮮]候の[箕準]は以前から勝手に王を称していたが、燕からの亡命者である衛満に[国を]攻め奪われてしまった。(魏略引用部分は省略) [朝鮮王準]は身近に仕える宮人たちを率いて逃れ、海に出て韓族の地域に[入り、そこに]住みつき、みずから韓王を称した。(197・200頁) (原文)侯准既僭號稱王,爲燕亡人衛滿所攻奪。(省略)將其左右宮人走入海,居韓地,自號韓王。
この箕準説話は『三国志』の時代より500年も前の秦の始皇帝頃の話とされて、裏付け資料がないことから史実かどうか不明です。 しかし朝鮮南部を「韓」と呼ぶのはかなり古くから始まっていると言えそうです。 箕子は中国の殷の時代の暴君である紂王から逃れて東夷の地に「朝鮮」を建国したという伝承があり、準はこの箕子の子孫ですから中国人です。少なくとも夷狄の人ではありません。
だから準が中華風に「韓王」を称するのは理屈に合うのですが、準が海に出て目指した朝鮮南部が既に「韓」となっていたのかどうかが不明です。 もしも準がこの地を自分で「韓」と名付けて自分が「韓王」となったとしたら、これが一番うまく説明できるのですが、これは上述したように推測を重ねた憶測でしかありません。 それでも「韓」という中華風の国名は中国人の国だからそのようにつけられたということで理屈は通っているので、私には魅力を感じています。
【関連拙稿】
「韓」という国名について(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/09/7630067