名前を忌避する韓国の女性2016/03/10

 文化人類学の伊藤亜人さんは1970年代から韓国に何度も訪れ、また時には長期間滞在して資料収集し、韓国の民俗について多数の論文や著作を出した方です。 その著作の一つ『アジア読本 韓国』(1996年7月 河出書房新社)のなかに韓国の女性の名前について報告されているものがありましたから、ここに引用・紹介します。 なおこの著作は1996年刊ですから、書かれている内容は今から20年以上前の話になります。

朝鮮王朝時代には、戸籍の上でもまた族譜の上でも一般の女性には個人名は用いられず、単に女と記載される ‥‥今日ではむろん戸籍には個人名で記され、学校においても個人名で呼ばれているが、それでもなお結婚して嫁いだ後には婦人に対しては個人名を用いないのが慣例になっている。(110頁)

その場合、両班層出身の家庭では一般に「宅号」がよく用いられており、より一般的な呼称法としてはいわゆるテクノニミーで呼ばれている。  「宅号」は、夫人の名を呼ぶ代わりにその実家の所在地の名に宅を付けて呼ぶ方法である。 これに対してテクノニミーというのは、子供の実名を用いて「‥‥のオモニ(母親)」という具合に呼ぶ方法で、男子それも長男の名を用いるのが普通である。(110頁)

村の中では、普段からテクノミニーをもっぱら使うので、奥さんたちの本名はほとんど知られていないし、契(頼母子のこと)の名簿にも本名ではなく子供の名前や夫の名で記されている場合が多い。(111頁)

相手の女性を本名で呼ぶことを避けようとするばかりでなく、本人も自分の名前を避けて仮名を用いることがある。 ‥‥姓まで変えてまったく別人になりすますようにして勤務していることがある。 日本人から見てけっして不名誉と思われない職場でも、取り立てて名誉でもない職場はむしろ本名を汚すとでも考えているのだろうか。 だとすると、職場に勤めていること自体と卑下する傾向や、韓国において女性の職場進出が遅れていることも関係しているのだろう。 ‥‥たしかに、結婚しても生涯姓名を変えない一方で、平然と別名を名乗るのは一見矛盾しているように見える。 しかし、職場での自分はあくまで仮の姿であるとするならば理解できないことはない。(111頁)

 「テクノニミー」なんて難しい専門用語ですね。      ここに書かれている内容は伊藤さんが資料収集した時代のことですから、1970年~90年のことです。 それから20年以上経った今は家族の在り方が更に変化しています。 何といっても女性の社会進出が進み共稼ぎ夫婦が増えたことや、少子高齢化、核家族化、一人世帯の急増などで、家族風景が全く違ってきているのです。 ですから韓国の女性の名前のあり方も変わってきているし、これからも変わっていくことは確実でしょう。 どのように変化するか、注目したいと思います。

【関連論考】

李朝時代に女性は名前がなかったのか  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/02/29/8033782