水野・文『在日朝鮮人』(18)―北朝鮮帰国事業2016/08/21

そもそも貧困層を中心とした在日朝鮮人の大量帰国‥‥帰国者の大半は、枝川や中留など朝鮮人部落の貧しい住民たちだった。‥‥63年までに帰国した男子1万9344人のうち「無職」「土工。人夫、日雇等」「工員」「行商人、屑屋」など貧困層と思しき範疇に含まれるものが1万4000人近くで全体の70%を越えている。(170頁)

そういうわずかな、しかし最後の拠り所でもあった生活保護に廃止や減額処分が断行されたのである。戦後10年余りの窮乏生活に倦み疲れ、万策尽きて、もうこの地を去りたい、との気分が朝鮮人コミュニティを覆い始めとしても不思議ではない。(144頁)

 1959年12月から始まる北朝鮮帰国事業のことです。私は、帰国した朝鮮人の多くが日本にあった財産を処分したり朝鮮総連に寄付したという話や、北朝鮮で出迎えた現地の人が彼らを見てまるで貴族のような姿に見えたという話を聞いていたので、帰国者はそれなりに生活の出来ていた人たちだったというイメージがありました。 だから帰国者は日本で高校や大学に行くことは出来ても就職が出来ずに希望を失っていたので北朝鮮に希望を見出したと思い込んでいました。 しかし、必ずしもそうではなかったのです。 多くの朝鮮人が日本で貧困に喘いでいたから北朝鮮に希望を見出した、こういう人の方が多かった、ということになるのですねえ。

 そういえば昔、当時北朝鮮帰国事業に協力・推進した佐藤勝巳さんが、北朝鮮に帰国する人に祖国で頑張ってくださいと握手した時、アル中で手が震えている人や炭鉱事故などで手や指を切断した人が意外に多くて、これで北朝鮮に帰って祖国建設事業に参加できるのかと思った、という話をされていたことを思い出しました。

 北朝鮮に帰国した在日朝鮮人は貧困層が中心であったことについて、菊池嘉晃『北朝鮮帰国事業』(中公新書 2009年11月)では次のような記述があります。

帰国事業開始当初の帰国者のうち生活保護受給者の比率は、59年12月が41.71%、60年3月が39.93%、同年6月が29.49%にのぼった。また59年から帰国中断前の67年12月までの帰国者総数八万8611人のうち、成人男子の帰国者2万1733人の39.6%が「無職」、20.8%が「土工、人夫、日雇い労務者」で、成年男子の約6割が無職か不安定な職業従事者だった。(150頁)

 このように貧困層が非常に多かったのは、朝鮮総連の方針でもありました。

原則的に、失業者、無職者、貧困者、不幸にも残留する家族の進学生などを先に帰国できるように指導して(170頁)

 しかしこれには次のような理由があったようです。

東京の中央本部からは「一人でも多く本国に送り込め」と、最初は金持ちや有力者の子弟をオルグするよう指示された。しかし彼らは日本の生活に満足し、なかなか帰国しないので、次第に「貧しい家の人々を狙うようになった」という。(174頁)

 結局は在日朝鮮人でも最下層の人が多く帰国したのですが、日本で苦労してきた彼らは北朝鮮でもっと過酷で悲惨な苦痛を味わうという結末を迎えることになります。

【これまでの拙稿】

水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』(1)―渡日した階層 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/06/8066021

水野・文『在日朝鮮人』(2)―渡航証明と強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/11/8069125

水野・文『在日朝鮮人』(3)―強制連行と強制送還  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/17/8072649

水野・文『在日朝鮮人』(4)―矛盾した施策 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/25/8077594

水野・文『在日朝鮮人』(5)―強制連行と逃走  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/29/8080041

水野・文『在日朝鮮人』(6)―渡航の要因 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/09/8086320

水野・文『在日朝鮮人』(7)―人口の急増 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/14/8089137

水野・文『在日朝鮮人』(8)―戦前の強制送還者数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/19/8092119

水野・文『在日朝鮮人』(9)―ハングル投票  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/19/8115076

水野・文『在日朝鮮人』(10)―子弟の教育 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/22/8116734

水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/26/8118773

水野・文『在日朝鮮人』(12)―財産を形成した在日 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/12/8129867

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

水野・文『在日朝鮮人』(14)―終戦直後の状況 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/22/8135824

水野・文『在日朝鮮人』(15)―外国人の地位 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/25/8138588

水野・文『在日朝鮮人』(16)―国籍剥奪論の矛盾  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/30/8142349

水野・文『在日朝鮮人』(17)―小松川事件 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/15/8152243

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