水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造は調査したのか2016/09/04

 関東大震災で虐殺された朝鮮人の数について、次のように記されています。

殺された朝鮮人の数は司法省の発表では233名、朝鮮総督府の資料では832名、政治学者吉野作造(1878~1933)の調査では2,711名とされるが、朝鮮人留学生らの「罹災同胞慰問団」の名目で行なった調査では6,415名という数字があげられている。(18~19頁)

 このうち吉野作造の調査による「2711名」について、調べてみました。 吉野作造『中国・朝鮮論』(平凡社東洋文庫 松尾尊兊編)に、編者の松尾による次のような註があります。

吉野は、改造社の『大正大震火災誌』(1924)に「朝鮮人虐殺事件」を書き、埼玉県当局の通牒などを紹介して、流言の出所について、官憲の責任あることを述べ、ついで朝鮮罹災同胞慰問班の一員から聞いたという、朝鮮人の虐殺地点と人数(計2,613名)を記した‥‥東京大学吉野文庫に保管されているこの全文は、姜徳相・琴秉洞編『関東大震災と朝鮮人』(みすず書房「現代史資料」のうち)におさめられている。(300頁)

 ここでは吉野作造が「聞いた話」として「2,613名」が出ており、吉野自身が調査したとは記されていません。 そこでその資料となった『関東大震災と朝鮮人』という資料集を調べてみました。

次に朝鮮人の被害の程度を述べる。之は朝鮮罹災同胞慰問班の一員から聞いたものであるが、此の調査は大正12年10月末日までのものであって、其れ以後の分は含まれて居ないことを注意しなければならぬ。(360頁)     合計2,613人(362頁)

 この資料集の編者(姜徳相・琴秉洞)による解説では次のように記されています。

吉野作造氏のものは赤松克麿氏の助力のもとに10月末日迄の調査をまとめ、改造社の依頼に応じた原稿であるが、改造社によれば豊富な資料と精細な検討によって出来た鏤骨苦心の好文字であったが其筋の内閲を経たる結果遺憾ながら「全部割愛」を余儀なくされたという。 統計は「朝鮮罹災同胞慰問班の一員から聞いた」ものであり、その意味で金承学氏の調査と根拠を一にするが、それでも地名人員に少なからざる差異がある。(ⅹⅹⅴiii頁)

 つまり吉野作造は自ら調査したのではなく、「金承学氏の調査」を根拠にしたとなっています。 それではこの「金承学」とは誰か? それはこの資料集のなかにあります。

独立新聞社社長金承学(341頁)

 当時上海にあった大韓民国臨時政府の機関紙の「独立新聞」の社長です。 水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』に記されている「朝鮮人留学生」ではありません。

 水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』では根拠となった出典資料が提示されていません。 ですから、そこに出てくる人数が何に基づく人数(2711人となっているが、吉野自身の論考では2613人)なのか確認できないし、「罹災同胞慰問団」と「朝鮮罹災同胞慰問班」とは同じなのか違うのか、という基本的なことすら分かりません。 

 関東大震災に関して、ほんの少し調べただけで、かなりの疑問が出てきました。

【拙稿参照】

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

関東大震災時の「在日朝鮮人虐殺者」の数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/09/398058

関東大震災の朝鮮人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/26/8163009

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。