国籍を考える―新井将敬2017/07/27

 今の若い人で新井将敬を知っている人はいないでしょうねえ。 1980年代から90年代にかけて活躍した政治家で、よくテレビに出演していました。 将来の総理大臣候補とまで言われていましたねえ。 最後は50歳の若さで自殺しました。 ここで彼を取り上げたのは、朝鮮人が帰化した場合の国籍を考えるのにたまたま都合がよかっただけです。

 彼のプロフィールの関係部分は次の通りです。

 ・姓  名  : 新井 将敬 (旧姓名は朴景在)

 ・生年月日  : 1948年1月12日

 ・両  親  : 両親はともに朝鮮人。ただし「朝鮮」は日本の外国人登録上の記載。

 ・帰  化  : 高校生時代の16歳に日本に帰化。

 ・就  職  : 1973年、大蔵省にキャリアとして入省。大蔵大臣の渡辺美智雄に抜擢される。

 ・政 治 家 : 1983年、衆議院選挙に立候補、落選。1986年に再度立候補し、初当選。以後、4回連続当選。

 ・自  殺  : いわゆる証券スキャンダルの追及を受け、1998年2月19日、自殺。 享年50歳。

 両親は朝鮮人だったのですが、「朝鮮」は外国人登録の国籍欄に記載されているもので、国家の所属を表すいわゆる「国籍」とは意味が違います。つまり大韓民国あるいは朝鮮民主主義人民共和国の国民(公民)を意味するものではありません。

 彼は16歳という未成年で帰化しましたから、単独帰化ではなく家族全員での帰化と判明します。

 ここで韓国や北朝鮮(朝鮮民主主義人共和国)の国籍法では、在日韓国・朝鮮人の国籍をどう扱っているか、です。 これは両国ともに、在日は自国の国籍を有するものとしています。 これは本人の意志とは関係なく、韓国と北朝鮮の国籍法がそうなっているからです。 つまり在日は韓国と北朝鮮の二重国籍状態だということになります。 

 先ずは韓国側から新井の国籍を見ます。 韓国は在日の外国人登録で「韓国」と記載された者にのみ国民登録を許しています。 新井は「朝鮮」籍で「韓国」籍ではなかったですから、韓国の国民登録はされていませんでした。 これを韓国側から見ると、当時の新井は我が国の国籍を有しているが国民登録がなされていないので、国籍を証明することが出来ない、となります。

 さらに韓国の国籍法では「自己の意志により外国籍を取得したものは国籍を喪失する」とありますから、新井は帰化した時点で韓国の国籍を喪失しました。 ただし上述したように国民登録されていませんでしたので、国籍喪失を証明することは出来ません。 しかし新井は韓国という国家とは完全に縁が切れたと言うことができます。

 次に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国籍法はどうなっているか。この国の国籍法は一応公表されていますが、どのように運用されているのか、あるいは細則はあるのかなど、さっぱり分かりません。 ここでは国籍法だけを見てお話します。

 北朝鮮の国籍法では、両親が朝鮮人の場合はすべて自国の公民(北朝鮮国籍)となります。 朝鮮籍・韓国籍は関係ありません。 たとえ韓国に国民登録されていても関係ありません。 従って新井は北朝鮮の国籍法に拠って、出生時点で北朝鮮国籍です。 

 新井の両親は北朝鮮の公民登録をしていたかどうかですが、絶対にないとは言い切れませんが考えなくていいと思います。 公民登録をするような朝鮮人は朝鮮総連の熱誠活動家に限られますし、このような人は子弟を朝鮮学校に行かせるからです。 新井は日本の公立学校に通っていましたから、公民登録はなかったと判断できます。 従って北朝鮮は新井が自国の国籍者であることを証明できません。 新井は潜在的な北朝鮮国籍だったと言えるでしょう。

 それでは新井が帰化したことによって、北朝鮮国籍はどうなるかです。 ここに韓国の国籍法との違いがあって、北朝鮮の国籍法には他国に帰化した公民を扱う条項がありません。 つまり新井は日本に帰化しても北朝鮮国籍は残っていることになります。 もう亡くなっているからあり得ませんが、もし新井が北朝鮮に亡命して自分は朝鮮人だからと公民登録を申請したら、おそらく許可されて晴れて北朝鮮国籍者となっていたことでしょう。 

 新井の話はこれまでにします。 ところで韓国・朝鮮籍からの帰化者はこれまで約30万くらいで、韓国の国籍は帰化により解消しています。 ところが彼らのうち両親が朝鮮・韓国人の場合、上述したように帰化によっても北朝鮮国籍は解消されません。 これはニューカマーも同じです。 つまり韓国・朝鮮籍からの帰化者の多く(両親が韓国・朝鮮人の場合)は本人の意志とは関係なく北朝鮮との縁を切ることができず、日朝の二重国籍となります。 北朝鮮の国籍法を素直に読めばこうなるのです。

 ただし北朝鮮国籍を有していても、公民登録をしていない限り北朝鮮国籍を証明されることはありません。 従って二重国籍は誰も(本人すらも)証明できない状態であることに留意してください。

 北朝鮮の国籍について話をしましたが、日本は北朝鮮を国家承認していないので、北朝鮮籍は台湾籍と同じではないか、という人がいるかも知れません。 これは違うと言わざるを得ません。 台湾について、日本は「一つの中国」という考え方から台湾という国家そのものを認めていません。 従って台湾籍は国籍ではありません。 蓮舫は日本の法では二重国籍とは言えないのです。    一方の北朝鮮はどうかというと、日韓条約に次のような一節があります。

「韓国政府は国連総会決議第195号(Ⅲ)に示されている通りの朝鮮にある唯一の合法的政府であることが確認される。」

 これは、1948年に国連は朝鮮半島全体の自由な選挙をしようとしたが、北朝鮮を支配していたソ連がこれを拒否した。そこでやむなく南朝鮮だけの選挙を実施して、大韓民国という政府が成立した。朝鮮半島全体をみて合法的政府と言えるものは、今のところこれだけである、というものです。 分かりやすく言うと、当時国連が有効に支配できた半島南半部では合法的政府はできたが、北半部については知りません、というものです。

 つまり日本は北朝鮮が合法政府であるかどうか判断を保留したまま、つまり国家として承認するかどうかまだ決めていないというものです。 ここが国家不承認を明確にした台湾との違いです。 台湾籍は国籍ではないが、北朝鮮籍は国籍かどうか保留中と言えるでしょう。

 帰化者が北朝鮮国籍との二重国籍であることは現在では問題になりませんが、将来北朝鮮と国交を樹立した時、あるいは朝鮮半島が北朝鮮によって赤化統一された時、問題になる可能性があります。