30年前の在日韓国人論―四方田犬彦2018/01/05

 1980年代の『朝日ジャーナル』を読み返していると、30年前のあの当時、こんな議論が真剣にされていたんだなあと思い出されて、参考になります。

 今度は四方田犬彦「われらが〈他者〉なる在日韓国人 日本文化を攪拌することの豊穣」(『朝日ジャーナル1987年3月6日号』92~95頁)を紹介します。

韓国では在日韓国人のことを在日僑胞(チェイルギョッポ)、略してギョッポと呼ぶ。だがあらゆる場合において彼らに親密な同胞意識を抱いているかというと、かならずしもそうではない。 かつての力道山や張本勲(チャン・フン)のように英雄視されるか、でなければひどく冷淡に扱われるかのいずれかである。      たとえばこんな紋切り型がソウルでは広く信じられている。 韓国人のくせに日本でタクワンばかり食べていたので、ロクに母国語(ウリマル)も喋れない。根性まで日本人になってしまって、隙さえあれば騙そうとする。 政治的にも総連系の人士が多数存在していて、けっして気を許すことができない‥‥。わたしは知人の韓国人の大学教授が次のようにいったことを憶えている。ギョッポというのは全員こちらに送り帰して、精神を叩き直したほうがいいんですよ。

1980年であったが、韓国政府高官の位にあった金鐘泌(キム・ジョンピル)が日本の『諸君!』誌上で在日韓国人に向かって「もう日本人になり切りなさい」と発言し、在日社会に大きな波紋を投げかけた事件があった。 韓国のプロ野球界で在日僑胞出身の選手たちは、「外人選手(エインソンス)」という恐ろしいレッテルで呼ばれる。要するに在日韓国人とは、当の国家のみならず、本国からも二重に見捨てられ、放逐された存在なのである。

在日韓国人、とりわけ二世・三世の自己同一性はきわめて決定困難な、微妙な状況にある。 ‥‥一世と違って韓国文化を自然環境として体験することのない二世、三世は、あくまで知的選択としてそれに接近せざるをえない。 政治的被差別意識がかろうじてその自己同一性の輪郭を形作っている。 では、仮に彼らが闘っている差別の陋習が消滅してしまったとすれば、彼らはどうなってしまうのか。 実存の核を喪失して、日本の市民社会に同化してしまうのか。 はたしてそれで在日韓国人の問題は解消されたことになるのだろうか。

彼ら(在日韓国人)が二つの文化(韓国文化と日本文化)に対して抱いている批判的距離こそが、わたしにはきわめて魅力的なモデルであるように思われる。  在日韓国人が日本に存在することで文化が結果的に攪拌され、掘り崩されてゆくとき、わたしはそこに豊穣の一語を与えたいと思う。 その結果、日本という社会がいささかなりとも生硬な自己同一性の神経症(単一民族による単一文化)から解放されることになれば、われわれはそこに希望の一語を与えてもいいのではないだろうか。

 前半部分では、在日韓国人は本国韓国人と大きな隔絶があることを論じています。

「韓国の大学教授が‥‥在日韓国人(ギョッポ)というのは全員こちらに送り帰して、精神を叩き直したほうがいい、といった」   「金鐘泌(キム・ジョンピル)が日本の『諸君!』誌上で在日韓国人に向かって『もう日本人になり切りなさい』と発言」   「韓国のプロ野球界で在日僑胞出身の選手たちは、「外人選手(エインソンス)」という恐ろしいレッテルで呼ばれる」   「要するに在日韓国人とは、当の国家のみならず、本国からも二重に見捨てられ、放逐された存在なのである」

 ならば「在日韓国人」の自己同一性(アイデンティティ)は何か?といえば、

「政治的被差別意識がかろうじてその自己同一性の輪郭を形作っている」

とあるように、日本では外国人であるが故に日本国民と違う取扱いをされる点に求めています。 つまり文化の違いではなく、帰化すれば全てが解決する「政治的被差別」のみにアイデンティティの根拠があるということです。 

 ここまでは四方田は正確に分析しているのですが、最後の所で急に論点を変え、「文化」が出てきます。

「在日韓国人が二つの文化(韓国文化と日本文化)に対して抱いている批判的距離こそが、わたしにはきわめて魅力的なモデルである」 「在日韓国人が日本に存在することで文化が結果的に攪拌され、掘り崩されてゆくとき、わたしはそこに豊穣の一語を与えたい」

 ここでは、日本とも本国韓国とも違う在日韓国人の存在そのものが、自分にとって「魅力的なモデル」「豊穣」であるとしています。 その理由は次に続きます。 

「日本社会が生硬な自己同一性の神経症(単一民族による単一文化)から解放」

してくれるからだ、ということです。 すなわち日本の単一民族感情を撃つものとして、在日の存在意義があるという考え方です。 これは政治的被差別感(国籍による制限)で「かろうじて」アイデンティティを維持している在日には、重荷でしかないでしょう。

 今この文章を読むと、30年前はこんなことが真剣に議論されていたことを思い出します。 だから当時は左翼・革新系(今は良心的日本人とも言われます)の間で、在日はそれだけで‘ちやほや’されていたのです。 結局は彼らは日本社会への異議申し立てをするために、在日を賞賛して利用しようとした、ということです。 だからそれを知る一部在日活動家が日本の左翼・革新思想を獲得して、日本社会・日本文化の批判を繰り返すという経過になりました。 これが1980年代の大きな流れでした。

 この流れの名残りが今も残っていますね。

 21世紀になって日本社会を「豊穣」にしてくれた韓国人は、在日ではなく、「冬のソナタ」のペ・ヨンジュンはじめ韓流ブームの人たちであると考えています。 在日に「文化」を期待する時代ではなくなっていると思います。

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