「南」に厳、「北」に寛だった日本のマスコミ2018/04/24

 1970~80年代の日本のマスコミは朝鮮半島について、韓国には厳しく、北朝鮮には寛容でした。 このような違いを見せる理由は、日本のマスコミが左翼・革新系だからという説明が世間では流れていました。 しかし当のマスコミがどのように説明しているのか、なかなか見当たりませんが、左翼雑誌として有名であった『朝日ジャーナル』1976年1月16日号のコラム「風速計」に、次のような説明をしているのを見つけました。

韓国政府は、日本の新聞が二つの物差しをもっていると非難する。 「南」に厳、「北」に寛だ、というのである。 日韓条約は前文で『国連憲章の原則に適合』を謳い、国連憲章は「基本的人権と人間の尊厳」を強調している。だから日本国民は、日韓両国に共通する人権問題には、厳であって当然だ。 (3頁)

 以下、日本の植民地時代の弾圧を例に引いて、今の(1970年代の)韓国の言論弾圧に抵抗する人たちを応援するのだと主張しています。

 当時の日本マスコミは北朝鮮の人権問題には全く関心を持っておらず、北に取材に行っても北当局の宣伝をそのまま垂れ流すだけでした。 北の人民は金日成主席の温かい懐の元で幸せに暮らしている、というイメージを日本のマスコミが率先して報道していたのです。

 しかし韓国に対しては常に厳しい目で見ていました。 確かに当時の韓国は軍事政権で、言論弾圧等々の人権問題を常に抱えており、とてもじゃありませんが民主主義から遠かったです。 従ってそれに対して厳しい目を向けるのは理解できたのですが、その厳しい目が北朝鮮には向かわなかったのです。 

 つまり当時の日本のマスコミは、韓国を見る目と北朝鮮を見る目が違っていたのは事実でした。 だから韓国政府が「日本の新聞が二つの物差しをもっていると非難」したのは、事実その通りなのでした。 しかし『朝日ジャーナル』は国連憲章を持ち出して、韓国に対し「厳」であるのは当然だと居直ったのが今回紹介した記事でした。 そして同誌は北を訪問した人士の手記を何度も掲載して、北に対する「寛」の態度を貫いたのです。

 1970~80年代は、そんな時代でした。 今は昔の話です。

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