ありふれて当然だったことは忘れられる(男がおむつを洗う)2019/02/08

 戦前の庶民生活の記録を読むと、男が赤ちゃんのおむつを洗っていたことが出てきます。 今は赤ちゃんのおしめは紙おむつがほとんどですが、ちょっと前までは布おむつでした。 都会の長屋の洗濯場ではたくさんの布おむつが洗われ、各家では洗濯物ハンガーに布おむつがずらりと並べて干されている風景が見られました。 雨が続くと外で干せませんから室内の天井につるして、その下で親子がその匂いを嗅ぎながら寝るのは日常風景でした。

 そのおむつの洗濯を戦前の男がしていたのです。 「貧乏人の子沢山」という諺があるように、子供が多過ぎて母親では間に合わないから父親もやらざるを得なかったと思ったのですが、実際の体験者から聞くと、そうではありませんでした。 

 戦前の男は大体みんなが徴兵にとられており、そこでは各自の洗濯を自分ですることを厳しく躾けられていたのです。 だから戦前の男は洗濯に対して抵抗感なく自分でやっていたのでした。 妻が忙しくて洗濯が出来ないなら 夫が代りに洗濯するのはごく当然だったのでした。 男がタライの横にしゃがんで洗濯するのは軍隊時代に躾けられていたからであって、これが戦前の庶民の生活だったのです。

 戦前の庶民の男性は、おむつの洗濯にためらいなく平気でやっていたというのは事実です。 男が赤ちゃんのおむつを替えたり洗濯する姿に社会が違和感を感じるようになったのは戦後のことで、ここ数十年前からの新しい現象と考えられます。

【拙稿参照】

ありふれて当然だったことは忘れられる(嘗糞) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/01/20/9026936

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