福田徳三について2019/04/03

 福田徳三は日韓併合以前に「朝鮮停滞史観」を提唱し、朝鮮植民地化を正当化・合理化した経済学者として、今では悪名高き研究者です。 ところが韓国の有力紙『朝鮮日報』が「福田徳三が朝鮮独立を支持していた」という記事を出しましたのでビックリし、拙ブログで取り上げました。  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/03/10/9045363

 それでは福田の朝鮮社会停滞論とは、どういうものか。 まずは朝鮮史研究者として著名な宮嶋博史さんは次のように解説します。 

福田徳三は‥‥人類の発展を、自足経済・都府経済・国民経済の三つに類型し‥‥朝鮮の後進性を理由づける。 すなわち朝鮮はいまだ自足経済=封建制以前の段階にとどまっており、鎌倉幕府成立以降、都府経済=封建制の段階に進んだ日本の歴史に照らして見ると、藤原時代に相当する、としたのである。

次いで彼は、朝鮮が封建制にまで達していない証拠として、土地所有における知行制の欠如と、人的関係における臣属関係の欠如の二点を上げる。 すなわち、李朝時代の支配層であった両班は所領を持たず、また自分に忠節を尽くしてくれる臣属というものを持っていないから、武士よりも古代の公卿に近いとするのである。

福田の考えの最大の特徴は、朝鮮社会の停滞性の原因を、封建制の欠如に求めたことにある。 福田は、国民経済=資本主義が順調に発達するための前提条件として、封建制をきわめて重視したのである。 (以上宮嶋博史「日本人の朝鮮研究と“停滞論”」 『季刊 三千里21』1980年2月 50頁)

 このように朝鮮では封建制がなかったために社会が停滞し、自らの力で近代化できなかった、というのが福田の考えです。 それに対し宮嶋さんは次のように、福田は杜撰だったと激しく批判します。

福田の封建制欠如論には、致命的な弱点がいくつかあった。 理論的な弱点もあったが、まず何よりも、僅か数十日間の朝鮮滞在の経験に基づいての主張であっただけに、実証的な杜撰さは蔽うべきもなかった。 (同上 51頁)

 しかし宮嶋さん自身は、朝鮮に封建制がなかったことは認めています。

確かに朝鮮の前近代史に、日本や西ヨーロッパのような意味での封建制が存在しなかったことは事実であり、しかも日本とヨーロッパにおいてのみ資本主義が高度に発達して(‥‥北アメリカやオーストラリアなどは除く)、その他の国々は植民地や従属国の地位を余儀なくされたわけである (同上50~51頁)

 そして封建制の欠如による朝鮮社会の停滞性という福田説に対して、実証研究では崩せないと論じます。

周知の如く、1945年以降の朝鮮史研究は、戦前の日本人研究者がうちたてたドグマ的な朝鮮史像を批判し、新しい朝鮮史像を創造する点で、多くの成果を上げてきた。 しかし福田が主張した、封建制欠如論に基づく「朝鮮社会停滞論」の克服は、なお十分な成果を収めていないように私には思われる。 和田や黒正、四方らによって補強された福田説は、戦前の日本人研究者の朝鮮史像の中ではもっとも体系的であり、個別的な実証研究だけでは、容易に崩れない(同上53頁)

 実証研究で崩せないなら、福田説には妥当性というか正当性があると認めるべきだと思うのですが、宮嶋さんはそれを認めずに、不当であり「克服」するべきだとします。

今日もなお根強く残っている「朝鮮社会停滞論」は、日本が朝鮮を植民地化しようとしていた時期、朝鮮史でいえば李朝末期以降、現在までの朝鮮社会のイメージに、主要な根拠を置いていると言ってもよいであろう。 しかもこの主張には、日本による植民支配の実現という強い味方がついていて、その生命力は不死身のようにすら思われる。(同上49頁)

民衆的視点を貫いた新しい朝鮮史像をつくりあげることこそが、「停滞論」の根本的克服のために不可欠であり‥‥(同上53頁)

 要するに「停滞論」は歴史事実に基づいているか否かが問題なのではなく、植民地化を根拠づけているからダメなのでこれを克服しよう、という主張です。 簡単に言えば、反植民地というイデオロギーを優先する、というものですね。

 一方、姜尚中さんは次のように福田を論じています。

他者認識の歪みが自己認識の歪みに照応しているが‥‥とりわけその最も大きな歪みは、朝鮮認識のなかに焼きつけられている。‥‥ 「停滞史観」の作為性=虚構性を明らかにしてみたい。 (姜尚中「福田徳三の“朝鮮停滞史観”」 『季刊 三千里49』1987年2月 80~81頁)

戦後日本の歴史学や社会諸科学は、基本的にはこれまで述べてきたような福田の所説に同意を与え、日本の優越性を映し出す、朝鮮という自惚れ鏡をせっせと研磨してきたのであり、日本国民の歴史意識とアジア認識を修正不可能なほどの歪みをつくり出したのである。 それは同時に日本近現代史の歪みであり、そのなかで培われた日本人の精神構造のゆがみでもある。 (同上 87頁)

 姜さんも実証よりイデオロギーを更に強く優先させています。 アジアでは日本が先行して近代化に成功したという歴史事実を認めたくないという執念を感じます。 

【拙論参照】

李氏朝鮮時代の社会           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/10/14/560250

成均館大の宮嶋教授           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/20/6696277

成均館大の宮嶋教授 (続)         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/25/6701490

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