毎日のハンセン病記事2019/06/27

 6月24日付け毎日新聞のコラム『憂楽帳』に、「原告の母親」と題する一文が載りました。 https://mainichi.jp/articles/20190624/ddf/041/070/008000c

 その中の次の部分に、ひょっとしたら、と思いました。

その取材で原告側の弁護士からこんな話を聞いた。       原告のある男性は、母親が元患者だった。訴訟に参加する際、妻にそのことを初めて伝えると、妻の実家は男性に離婚を求め、妻と子供を実家に帰した。   「男性は母親と妻の実家に行って、隠していたことを2人で土下座して謝罪し、戻って来てほしいとお願いをしたが、聞いてもらえなかったそうです」       

ハンセン病への偏見をなくしたいと始めた裁判で、逆に浮き彫りになった差別意識。母親の胸中はいかばかりだっただろうか。弁護士の顔も悲痛だった。

 私には2・30年ほど前まで付き合っていた在日男性がいて、今はもうお付き合いしていないのですが、3年ほど前に彼の親戚筋の方と偶然に知り合い、彼のその後の状況を知ったのです。 この毎日の記事がその状況とよく似ていてので、ひょっとして彼のことかと思った次第。

 しかし肝心なところで違いがあるので、やはり別人だろうと思われました。 それはともかく、この記事の内容が真実であるとしたら、次のような場面が展開したと想像できます。

男性の母親が元患者であることは家族のみが知る秘密であって、勤め先や近所等々の周囲は全く分からなかった。 だからそれを知らない今の奥さんと結婚し、子供もできた。 しかし男性はハンセン病訴訟の原告に立つことを決意した。 裁判を提起する側だから名前、住所、年齢、顔写真に至るまで、世間に晒すことになる。

男性は妻に、自分の母親がハンセン病の元患者であり、裁判を起こすことを話した。 妻はビックリして、実家にこれを知らせた。 実家もビックリして男性に対し、よくも騙してくれたな、娘を返せ、離婚しろと迫った。 男性と母親は土下座して隠していたことを詫びた。 

 こんな経過だったろうと想像されます。 ここで疑問が湧きます。 男性家族は施設から都会に引っ越ししてからは、母親が元患者であったことを隠し通すことができる状況でした。 しかし男性は裁判を提起することによって、母親が元患者であることを公表しました。 そして、そのことによって離婚の危機に陥ったのでした。 

 家族だけで隠し通してきた、そして結婚した相手にも知らせてこなかった家族の秘密、平穏無事に生きていけばそのまま隠し通せることが可能だった秘密‥‥。 それを敢えて公開する‥‥

 何が正解か? もし自分だったらこうしただろうとかは言えます。 しかしそれは当事者でない者の気楽さから出るものです。 そんなことを考えさせられた毎日のコラムでした。 島崎藤村の『破戒』を思い出させますね。

コメント

_ 辻本 ― 2019/06/27 09:22

 別人と思われましたので、新聞コラム以上のことは書けませんでした。
 この方の家族がその後どうなったか、気になるところです。

_ 大森 ― 2019/06/30 03:50

一昨年日本統治時代にできた台湾のハンセン病患者収容施設に行って話を伺った
それによると台湾の施設はどうも日本より管理が緩やかで外出もしたり患者同士が結婚して子供を作ることもできたとか
そもそも台湾は日本ほどハンセン病に対する偏見が強くなかった模様。風土病などの存在で相対化されたのか?
日本であの厳しさならいわんや植民地では・・・という思い込みがちょっと肩透かしを食らったような感じでした

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