伊藤亜人さん 「法」より「惻隠の情」―毎日新聞2019/07/25

 毎日新聞の7月24日付けの「どうする日韓関係」という記事のなかで、文化人類学の伊藤亜人さんが次のように論じています。 https://mainichi.jp/articles/20190724/ddm/004/070/021000c

確かに日韓基本条約などの「法」はある。しかし、「法は有効だが、社会の現実から離れた形式的な運用がはびこれば、社会そのものが滅びる」。古代中国の聖賢がそう言っている。日本人にも理解できる考えだろう。明治以降の帝国主義の犠牲になってきた朝鮮半島の人たちには、西洋的な「法」だけでは割り切れない感情がある。彼らの中にある「恨(ハン)」とか「非業の気持ち」に対して日本側は「惻隠(そくいん)の情」を示すべきだろう。傲慢にならず、相手をおしはかろうとする姿勢だ。そうでないといつまでも日本は「法匪(ほうひ)(法解釈に固執し実態を顧みない人)」と呼ばれる。お互いにとって不幸な状態が永遠に続く。

 以前にも論じたことがありますが、韓国では「法」というものは人を束縛するものというイメージが強く、みんなが話し合って決めた約束が「法」だという考えが薄いです。 一旦決まった「法」を、その時のその場の人々の「情」によって無視しても構わないという考え方になります。 今回の場合は日韓条約ですが、もうこれでこの問題は終わったと互いに約束して交わした「法」がこの条約です。 しかし伊藤さんは、そんなものに縛られるのではなく、「情」が重要だと主張します。

 伊藤さんは長年、韓国をフィールドに民俗調査を続けられてきました。 おそらく「法」や「ルール」ではなく、韓国人たちのその場その場の「情」にだいぶ助けられたのではないかと想像します。 日本人ではなかなか体験できないものですが、韓国では特に有力者と親しくなると、「情」によって法やルールを無視するようなサービスを受けることがあります。 これがなかなか有効で、研究にしろ事業にしろ、物事がスムーズに動きます。 この体験を繰り返すと、日本のように杓子定規の「法」順守より、韓国のように人間関係を重視する「情」の方がよっぽど人間らしい社会だと考えるようになります。

 伊藤さんもそんな考えになられたのだろうかと、勝手ながら想像してみた次第。

日本でこの感覚が最も薄いのがエリート、つまり政治や経済に携わる人たちではないか。もともと生活感覚が薄い環境で育ち、アジア大陸に関する素養も経験も少ない。戦前を知る過去の政治家の中には深い反省を含めてアジアへの熱い思いを持つ人が多かったが、今のエリート層には隣国への友愛の情が感じられない。

 「エリート、つまり政治や経済に携わる人たち」は法やルールを率先して守らなければならない人たちだと思うのですが、伊藤さんによれば「隣国への友愛の情」がないそうです。 さらに彼らは「もともと生活感覚が薄い環境で育ち、アジア大陸に関する素養も経験も少ない」のだそうです。 政治や経済で外国と関係を持とうとするなら、「情」に溺れずにドライあるいはクールに行かねばならないと思うのですが‥。 「エリート」に対してちょっと偏見が過ぎるのではないかと思います。

 政治家の中には韓国を訪問して、「日韓友好」の集いに参加し夜の宴会に酔いつぶれるくらいに飲むような人がいました。 昔の社会党・民主党議員にいましたねえ。 翌日に署名した共同宣言に「独島(竹島)は韓国領土」と書かれてあったのですが、前日のパーティで飲みすぎて二日酔いだったそうです。 こういう人が伊藤さんの言う「深い反省を含めてアジアへの熱い思いを持つ人」なんでしょうかねえ。

【拙稿参照】

元徴用工判決「日本は法的な問題とみなしてはならない」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/12/06/9007579

法に対する思想が根本的に違う日本と韓国 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/11/6570566

法より情を優先する韓国社会       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/16/6575093

韓国の古代的法規範意識         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/10/27/1873691

韓国の法意識              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/11/10/1900716

韓国の法意識(続)           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/11/17/2393593

朴槿恵の謝罪―親の罪は子の罪か?    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/25/6584335

法を軽視する韓国の民族性        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/01/6967936

法を守るという価値観          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/11/1501343

法治国家かどうか疑問の韓国       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/19/7496467

法治主義と儒教             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/23/7500552

英雄を救うために法を変えよ―韓国    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/03/25/7597162

朴槿恵の謝罪―親の罪は子の罪か?    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/25/6584335

韓国の非常識判決ー対馬の盗難仏像 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/02/27/6732313

非常識がさらに非常識を呼ぶ―対馬仏像盗難事件 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/03/12/6744868

「賄賂は腐敗ではない」民本主義と法治主義―趙景達 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/28/7233914

「賄賂は腐敗ではない」民本主義と法治主義(続)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/02/7235833