在日企業が在日を採用しない2019/10/01

 だいぶ前のことですが、ちょっとした会社を経営している在日の方と、社員の採用について話を伺ったことがあります。 本人が在日ですし、在日の生活の厳しさもよく知っている方なので、その会社には多くの在日が働いているのかなと思ったら、そうではありませんでした。 

 その在日社長さんが言うには、本名を名乗って就職を希望してくる在日はほとんど断っているとのことでした。 なぜなら、自分が在日だと名乗ることによって、在日の会社なのだからこんなことぐらい構わないじゃないかと甘えるようになるからだそうです。 だから採用の際には、国籍や本籍なんかは見ずに人柄と意欲と成績で採用しており、今いる在日社員は後でその中に在日がいたことが判明した場合だけだということでした。

 この話のなかで「自分が在日だと名乗ることによって、これくらい構わないじゃないかと会社に甘えるようになる」というところが非常に印象的で、成程と思いました。

 本名を名乗る在日は、その存在だけで周囲から注目され特別扱いされることがあります。 特に差別問題に関わる団体やマスコミ、教育等々の世界では顕著でしたねえ。 在日が口を開けばみんな静かになって聞き入る、あるいは大したことのない活動でも在日ならば新聞に大きく取り上げられる、またあるいは教室では通名を捨てて本名を名乗る在日生徒を教師が称賛する、なんてことがよくありました。 

 こんな体験を繰り返してきた在日は、周囲が自分のことを気にかけるべきなのだ、更には社会は自分を中心に動くものだと思い込んで甘える態度となっていくようです。

 以上はちょっと昔の話です。 今はニューカマーは勿論ですが、在日も最初から本名を名乗っている場合が多くなってきました。 だからなのでしょうか、本名を名乗っている在日のあなたは偉い!なんて言う人は少なくなりましたねえ。 

【拙稿参照】

二つの名前を持つこと          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072

在日の本名とは?            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

通名を本名と自称する在日        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

日本名を本名とする在日朝鮮人      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

在日の通名使用の歴史は古い       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526

ある在日の通名騒動記          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

外国人が通名で銀行口座を設ける場合   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/13/6945717

外国人の名前              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/16/6948002

在日の通名は特権ではない        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

通名登録制度を悪用した事件       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887

本名強要は人格権侵害―判決       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561

「カタカナ姓」考            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/04/392195

外国人の通称名はワガママか       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/09/09/516945

外国人が日本名(通名)を使う理由    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/23/6640875

外国人の名前が日本文化に馴染まない例  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/17/6662794

出自を隠すための通名には事情がある   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/21/6666178

「通名禁止」主張はレイシズム      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/29/6673689

石破茂さんのデタラメ創氏改名論2019/10/06

 朝日新聞によれば、自民党の石破茂氏が講演で、日本が植民地時代の朝鮮で施行した創氏改名について、次のように論じたそうです。

石破氏「今日から君はスミスと言われたら」日韓連携訴え

「なぜ韓国は『反日』か。もしも日本が他国に占領され、(創氏改名政策によって)『今日から君はスミスさんだ』と言われたらどう思うか」   

自民党の石破茂・元幹事長は5日、悪化の一途をたどる日韓関係について、戦前の朝鮮半島統治で日本が創氏改名などを進めた歴史的背景を考えるべきだと指摘した。徳島市内での講演で語った。

https://digital.asahi.com/articles/ASMB563Y0MB5UTFK00D.html?iref=comtop_list_int_n04

 ごく簡単な記事なので詳しいことは分かりませんが、わざわざ括弧書きをして小見出しにまでしていますから、発言は事実のようであり、それに朝日が全面的に賛同していると思われます。 創氏改名を例にとって、韓国が日本に反発するのは当然だという趣旨です。

 石破さんは創氏改名を、日本名を強制するものだと考えておられます。 こんな創氏改名論が間違いであることは拙論で繰り返し論じてきたし、また世間でも定着してきたと思っていたのですが、今でも、しかも影響力の大きい政治家の口から出てきたことにビックリしました。

 昭和15年(1940)の創氏改名時の施行時に、日本名ではなく、先祖伝来の名前で創氏した朝鮮人は20%でした。 つまり金や李といった民族名を維持した朝鮮人は二割です。 その具体例はいくらでも挙げることができますし、拙論でもその資料を紹介しました。

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/07/8447420

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/09/8451992

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/11/8457633

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (9)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/14/8478676

民族名で応召した朝鮮人    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817

朝鮮人戦死者の表彰記事ー1944年 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/29/8716160

 以上の例からも分かるように、かつての創氏改名は、石破さんが言うような「『今日から君はスミスさんだ』と言われたら」とは全く違うものです。 

 おさらいしますと、創氏改名はそれまで朝鮮社会にはなかった家族名(ファミリーネーム)を新たに創るものであって、その家族名は日本名でもよかったし民族名でもよかったのです。 日本名を強制するものではありません。

 石破さんや朝日新聞記者(鬼原民幸)には、もっと歴史を勉強してほしいですね。

【拙論参照】

創氏改名の誤解―「世界史の窓」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/26/8421515

朝鮮名での設定創氏が可能な場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/12/1178596

宮田節子の創氏改名論    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

創氏改名とは何か (00年4月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai

創氏改名の残滓 (01年6月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai

創氏改名の手続き(04年10月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai

戦前の朝鮮人へのイメージは良かったのか2019/10/12

 『ニューズウィーク日本版』(2019年10月9日付け)に、「戦前は『朝鮮人好き』だった日本が『嫌韓』になった理由」と題する記事がありました。 そのなかに次のような一文が目に引きました。

https://www.newsweekjapan.jp/newsroom/2019/10/post-287.php

本記事で指摘される興味深い事実の1つは、日本人の「韓国人観」の変遷だ。1941年に元大阪学芸大学の心理学者・原谷達夫氏らが日本の小学生~大学生を対象に12の人種・民族集団について持つ信念や態度を調査したところ、朝鮮人への好感度は日本人、ドイツ人、イタリア人に次いで4番目に高かった。嫌韓どころか、「好韓」だった時代があったのだ。

それが、敗戦直後の1946年には最下位である12位に落ちる。その後、2000年代には韓国に対する態度は比較的ポジティブだったのが、2012年には急激に悪化した。(内閣府「韓国に対する親近感」調査)

 戦前の日本人は朝鮮人に対するイメージが良かったというものです。 これはこれまで世に広く、日本は朝鮮を植民地化して朝鮮人を蔑視してきた、その植民地主義的な民族差別意識が戦後も続いて今に至っているのだ、と教えられてきた歴史とは違っています。

 戦前は朝鮮人のイメージが良かったという話は、20年以上前に発行された本ですが、鄭大均『韓国のイメージ』(中公新書 1995年10月)にも出てきます。

表1は、楠弘閣が1939年と1949年に行なった「日本人学生」の「諸民族」に対する好悪調査の結果を、鈴木二郎が整理したものである。(鈴木二郎『人種と偏見』紀伊國屋書店 1969 126頁) 同調査は、戦前から戦後にかけての朝鮮人イメージの変化をうかがうことのできる貴重な資料であるが、印象的なのは、1939年調査で、比較的好感度の高い集団として位置づけられていた朝鮮人が、1949年調査では、最も好感度の低い集団に転落していることである。

多分、重要なのは、日本人がかつて朝鮮人との間に共有していた運命共同体の消失と戦後の日本社会における在日朝鮮人の行為という二つの要因であろう。 「内鮮一体」や「内鮮融和」のスローガンが示すように、1939年当時の日本人にとって、朝鮮は「大日本帝国」の版図の一部であり、1932年満州国建国、1937年日中戦争と時局が推移する過程で、その国策的要請は高まっていた。 敗戦後、こうした運命共同体が消失した時、朝鮮人に対する眺めが変化したのは当然のことであるが、好感度がかくも急激に下落したのは、終戦直後の在日朝鮮人の行為が日本人の心に植え付けた印象であろう。 (以上 2頁)

 ここの「表1」というのは「日本人学生の諸民族に対する好悪」と題するもので、次の通りです。

順位     1939年     1949年

  1      日本人      日本人

  2      ドイツ人     アメリカ人

  3      イタリア人    ドイツ人

  4      満州人      フランス人

  5      朝鮮人      イギリス人

  6      蒙古人      イタリア人

  7      インド人     満州人

  8      アメリカ人    インド人

  9      フランス人    中国人

  10      トルコ人     トルコ人

  11      黒人       ユダヤ人

  12      イギリス人    ロシア人

  13      支那人      蒙古人

  14      ユダヤ人     黒人

  15      ロシア人     朝鮮人

 日本人の朝鮮人へのイメージは、終戦を境に大きく変わったと言えるように思えます。

【拙稿参照】

終戦後の在日朝鮮人の‘振る舞い’    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/14/7054495

張赫宙「在日朝鮮人批判」(1)      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/27/7024714

張赫宙「在日朝鮮人批判」(2)     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/01/7030446

権逸の『回顧録』              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/07/7045587

闇市における「第三国人」神話    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuusandai

中島岳志さん、それはちょっと違うのでは2019/10/15

 10月14日付の朝日新聞に、近頃の嫌韓現象について、中島岳志さんから意見を聞く記事がありました。 

https://digital.asahi.com/articles/DA3S14217205.html?iref=pc_ss_date

 その中で、気になる部分を引用紹介します。

――何(近年の強い『嫌韓』の広がり)が、大きな要因に?

「その後(1980年代以降)、韓国が経済成長で国力をつける一方、世界における日本の相対的地位が下がったこと。根底にはこうした変化があると思います。韓国の姿勢も『日本に言うべきことは言う』と変化していきました。隣国の韓国が自己主張を強める姿は一部の日本人にとって、自信喪失と相まって気に入らない。保守派、とくに年長の世代により表れていると思います」

――朝日新聞の世論調査では、年長になるほど、韓国を「嫌い」と答える割合が増えていました。

「韓国を過去に見下していたような中高年世代にそうした傾向がある程度、あることは納得できます。この世代が時の変化に追いつけていない。それが今の日本のナショナリズムの姿です」

――80年代以降の政治における変化も影響しましたか。

「自民党が下野した93年の総選挙で初当選したのが安倍晋三首相です。このころ自民党内では、先の戦争を侵略戦争と認めた細川内閣やハト派の河野洋平総裁に反発する『歴史・検討委員会』が発足します。これが現在の安倍さんや周辺の動きにつながっていると思います。重要なのは、以前の自民党右派や保守論壇に反韓・嫌韓は強い形では見られなかったことです」

――「保守」のありようという視点でみると、安倍政権の韓国への姿勢はどう評価すべきですか。

「18世紀の英国の政治家エドマンド・バークに従えば、保守思想は、人間は不完全であり、人間の理性は間違いやすいと考えます。自分と異なる主張にも耳を傾け、『なるほど』と思える異論とも合意形成を図ろうとする。これが保守政治の矜持(きょうじ)です」

――保守政治家こそ韓国と対話すべきだ、と。

「そうです。『自分たちこそ正しい。韓国はおかしなことを言い続けている』という頑(かたく)なな姿勢は、私には保守とは見えません」

 近年の嫌韓の盛行は中島さんによると、かつて日本と韓国は大国と小国の関係であり、だから日本は韓国を見下してきた、しかし1980年代以降に韓国が力をつける一方、日本は国際的地位が低下してきた、そこで韓国は日本に対して強くものを言うようになった、しかしこれを理解できない日本の保守派がかつての小国だった韓国のイメージを持ち続けて、韓国は何と生意気になったのかと反発し、今の『嫌韓』となっている、というものです。

 彼は嫌韓をこのように解説しているのですが、ちょっと違うなあと感じました。 日本と韓国がかつて大国と小国であったのはその通りですが、当時は保守も革新も、日本は大国だから小国の韓国に対しては譲歩し、手を差し伸べねばならない、という考え方でした。 

 毎日新聞記者の澤田克己さんが、その著書『韓国「反日」の真相』(文春新書 2015年1月)で、日韓の政治家の重鎮がかつて次のような会話をしていたというエピソードを紹介しています。

韓国の金鐘泌元首相が「なんだかんだと言っても日本は大国ですから」と言い、中曽根元首相や竹下元首相らが「やっぱり韓国の事情も考えてあげないと」話していたのだという。(92頁)

 これに類した発言として「日本は大人の対応をせねばならない」というのがあり、これは言論人や知識人からしょっちゅう出ていました。 日本だけに「大人の対応」を求めるのですから、韓国を「子供扱い」していることになります。 革新系の政治家では、民主党政権の大蔵大臣だった藤井裕久さんが産経新聞のインタビューで「中韓は子供だと思って我慢すればいいんです」と発言していました。

 また毎日新聞の小倉孝保記者は、2014年6月13日付で「日韓関係について‥‥最近、日本側には誇りを傷つけられたと感じることも多い。ただ、そういうときこそ誇りを声高に主張せず、冷静に対応すべきだと私は思う。それが『強い国』の責任である」と書きました。 ここでは日本は「強い国」ですから、韓国は「弱い国」なのです。

 同じく毎日新聞は2014年2月17日の社説で「(日本は)成熟した民主主義国家として、中国や韓国に対して関係改善に積極的に動け」と主張しました。 日本が「成熟した民主主義国家」ですから、中国や韓国は「未熟な国家」ということです。

 以上のように、日本と韓国の関係は「大国と小国」、「大人と子供」、「強い国と弱い国」、「成熟した民主主義国家と未熟な国家」ということで、保守だけでなく革新も、そして言論界でも、最近まで有していた認識です。 中島さんは韓国を見下していたのは保守派のように語っていますが、実は革新派も、また韓国に理解があるとされているマスコミまでも同じであったことを指摘しておきたいと思います。

 そしてこういう関係だからこそ、日本は相手に言いたいことも言わずに遠慮し、手を差し伸べてきたのでした。 ここは中島さんが「以前の自民党右派や保守論壇に反韓・嫌韓は強い形では見られなかった」と言っているところですね。 いわゆる「金持ち喧嘩せず」の精神でした。 しかし中島さんの言う通り、今は韓国が力をつけ、日本は相対的地位が低下しました。 とすると日本はもう「金持ち喧嘩せず」の必要がなくなり、遠慮なく「言うべきことを言って」喧嘩する状況になったということです。 

 一方力をつけた韓国は、今度は日本との優劣関係が逆転したと思い始めたようで、日本を見下すことが露骨になってきました。 韓国の場合、自分が優位にあると思うと、その優劣関係を明瞭化しようと傾向が強いです。 劣位にある相手方を思いやるという発想は、なかなか出てこないのです。 

 中島さんは「保守政治家こそ韓国と対話すべきだ」と主張していますが、日本の保守政治家と韓国の政治家との対話は今でも時々やっていますね。 しかし互いに言いたいことを言い合うだけで物別れに終わり、感情的なしこりが残ったというものばかりです。 このままで対話しても、しこりが更に強くなるだけでしょう。 こんな状況で単に対話を呼びかけることは、無責任なだけです。 中島さんや朝日新聞が仲介の労を取り、実りのある対話ができるようにお膳立てすれば意味のある主張となるのですが、そんなつもりは全くないようです。 

【拙稿参照】

実は韓・中を見下している「毎日新聞」社説 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/19/7226754

「中韓は子供と思って我慢すればいい」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/12/27/7157809

毎日新聞 「“強い国”こそが寛容に」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/06/15/7344974

韓国では日本の存在感はない    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/02/17/8789342

世界で唯一日本を見下す韓国人      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/06/8216253

日本を見下す韓国(2)         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/12/22/8285733