差別語「北鮮」への怒り―50年前の投稿2023/05/31

『朝日ジャーナル』1973年4月13日号

 今から50年ほど前の『朝日ジャーナル』1973年4月13日号109頁の読者欄に、↑のような投稿がありました。 1970年代前半に「朝鮮」の略語としての「鮮」が、どう考えられていたか、その一端を知ることができるものとして全文を紹介し、私の感想をはさみます。

中山千夏さんへ     朴 時夫

一在日朝鮮人より、人気タレントの中山千夏さんに一言述べておきたいと思います。

あなたは3月20日のあるテレビ番組で小野ヤスシさんが、現在の朝鮮民主主義人民共和国で生まれたことを、「小野さんは北鮮で生まれたのですね」と申されました。

今さらあなたが日本の代表的人物であることや、あなたの考えを批評する気はありません。 しかし私から言わせると〝差別世代″の言葉である「北鮮」をまったく無対決に口にだすとは‥‥。私は日本の若い世代に対して認識を深めました。

 中山千夏は1948年生まれ。 声優、歌手、俳優などタレントとして多彩な才能の持ち主で、また市民運動にも関わり国会議員も経験しています。 この『朝日ジャーナル』投稿があった時は25歳くらいでした。

 投稿者の朴さんは、「北鮮」という差別語を使うのは植民地時代を体験した中高年世代のはずなのに、戦後生まれの中山千夏がこの差別語を使ったことに驚いたのです。  「若い世代に対して認識を深めた」というのは、中山を代表とする若者世代もが「北鮮」を使っていることを再認識したということですね。 

 「対決」というのは、朝鮮学校でよく使われる言葉です。 相手と何か激しく議論しようとする時、「なんなら対決しますか」という風に使います。 だから「無対決」は〝何の議論・検討もなく″というような意味です。

「北鮮」は「鮮人」と同様に差別言辞(言葉より意識を重視するのはもちろんです)です。 そしてこの言葉はあの関東大震災における〝朝鮮人虐殺″の自警団につながります。

 現在の差別的言辞と100年前の関東大震災を結びつける‥‥これは在日が日本人に向かって突きつける定番みたいですね。 「関東大震災」「朝鮮人虐殺」を言い出せば、日本人は逡巡すると思っているのでしょうか。 なお関東大震災に関しては、下記のように拙ブログで触れたことがありますので、ご参照くだされば幸い。 

短絡しすぎるとお考えになるのはあなたの自由です。 もっともあなたには朝鮮人に対する差別感情などないと思います。 それとも、あの発言は思わず真情を吐露したのでしょうか。

あなたの意見を決めつけるのは公平ではありませんが、まあお忙しいあなたですからお返事は期待しません。 最後に、このニコヤカな一文を書いている私が怒りに身をふるわせているとつけ加えておきます。 (大阪府貝塚市・浪人・20歳)

 私の経験では、民団(韓国系)は総連との対立が激しかった時代でしたから、彼らが北朝鮮を指す時に使う「北鮮」の語気は鋭く厳しいものでした。 そしてそれに対する総連(北朝鮮系)の人たちの反発も激しかったです。 ですから「北鮮」を使った中山千夏に対する怒りを投稿した朴さんは、上述のように「対決」を使ったことも含めて考えると、朝鮮学校出身の総連系の人だろうと推測できます。

 当時は韓国・朝鮮問題といえば北朝鮮側(総連)の影響が非常に大きかった時代でしたから、北朝鮮寄りの姿勢を明確にしていた『朝日ジャーナル』がこの投稿を採用したのは成程と言えるでしょう。 

 ところで1970年代まで、日本では朝鮮の略称として「鮮」を使うのはごく普通のことでした。 それが1970年代に入ってから、それは朝鮮に対する差別語だから使うな、という主張が始まりました。 このことを誰が最初に言い出したのかが分かりません。 おそらく総連が自分たちを「北鮮」言われることへの嫌悪感があり、それを日本人側に広めたことから始まったと思っているのですが、どうでしょうか。 

 『朝日ジャーナル』の投稿は、1970年代前半は「北鮮」が差別語だとして問題視し始めた時代だったなあと思い出されます。

【「鮮」に関する拙稿】

李朝時代に「鮮」を使った資料 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/26/9341086

在日誌『抗路』に出てくる「北鮮」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

全外教の歴史誤解と怠慢 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuukyuudai

「チョン」は差別語か?    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/04/7603685

第24題「差別語」考      http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuyondai

在中韓国人は「新鮮族」     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/06/07/3565930

朝日の<おことわり>の間違い  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/29/1827082

黄光男さんの思い出      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/06/11/9256337

【関東大震災に関する拙稿】

水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

関東大震災時の「在日朝鮮人虐殺者」の数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/09/398058

関東大震災の朝鮮人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/26/8163009

関東大震災の日本人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/15/8189607

関東大震災「朝鮮人虐殺事件」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/09/01/8663629

「十五円五十銭」の練習―こんな在日がいるとは!? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/15/9347314

コメント

_ 竹並 ― 2023/05/31 09:22

つい最近まで(僕は)知らなかったんですが… 「北鮮」忌避の動機に「鮮(せん)は賤(せん=卑しい)に通ずる」という理屈があったみたいですね。

>『在日朝鮮人論』2016-05-08
佐藤勝巳と手を取り合って幾つもの共著を出して、後に決裂した梶村秀樹の著作集の6巻である。
梶村秀樹は50代で死去した。
佐藤勝巳が「大化け」する前に彼岸を渡ったことは幸いとすべきか?

そして、この解説が見当違いだ。
酷い不勉強だ。
いちいち指摘するまでも無い。

何しろ、梶村秀樹自身が「鮮」は「賎」に通じるから朝鮮を略称で「鮮」で表示するのは差別である、と規定した、物凄い「学者」であった。

北鮮は北朝鮮の略称でなく、咸鏡南北道を総称する言葉だと南牛が気付くのは(19)90年代になってからで、今は多くの日本人に「知的損害」を与えた学者だと梶村秀樹を思い出すだけだ。
https://ameblo.jp/abe-nangyu/entry-12158149787.html


> 佐藤勝巳と梶村秀樹の間違い! 2018-04-05
「日本朝鮮研究所」時代の、佐藤勝巳と梶村秀樹は仲が良かった。
その仲の良い二人が大間違いしたのは、岩波書店へ抗議した一件である。

岩波書店刊行の辞書『広辞苑』に、「北鮮」の語句を見つけて、差別的表現だと抗議した一件である。

確かに、『広辞苑』は「北鮮」を朝鮮民主主義人民共和国の略称として扱う間違いを犯した。
しかし、それは差別意識を内包するというのは、見当外れであった。

金日成は「労働党」を組織するが、当初は西北五道を組織するものとして立ち上げられた。
この場合の西北五道とは、西鮮3道、北鮮2道を合わせての五道であった。
西鮮とは、平安北道、平安南道、黄海道を含めた地域を指した。
北鮮2道とは、咸鏡南道、咸鏡北道を合わせた地域名称であった。

それを「鮮は差別する言葉だ」と梶村秀樹が述べ、佐藤勝巳が同調した。

二人とも、やることが無かったのか?「北鮮」を辞書から削除すべきだと抗議した。
https://ameblo.jp/abe-nangyu/entry-12366057932.html

_ 辻本 ― 2023/05/31 14:53

南牛さんの言っておられることは話半分に聞いた方がいいですよ。

_ 趣味で上古日本語を学んでいます ― 2023/06/02 15:54

「鮮」と「賎」とでは頭の子音が異なるので通じないと思うのですが。
前者は「ソン」に近い音ですが後者は「ツォン」に近い音ですよね。
中国語でも、摩擦音と破擦音で区別されているはずです。

上古日本語のサ行表記が、主に破擦音の字で充てらていることを
知っていれば、まず気を付けるところだろうとも思います。

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