閔妃の写真―決着はついたはずだが‥(4)―反論 ― 2024/06/16
http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/06/11/9691981 の続きです。
https://www.youtube.com/watch?v=4rlfLoxFHPE を見ながらお読みいただくようお願いします。 (5:30)から始めます。
今度は、この写真が若い時の明成皇后の写真だという主張が出ています。 この「マゴジャを着た興宣大院君の写真」と背景が同一ですから、大院君と王妃閔氏を同じ日に同じ場所で撮影したという主張です。
「若い時の明成皇后」の写真というのは(写真②)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku33dai.jpg で、また「興宣大院君の写真」というのは(写真⑧)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku40dai.jpg です。 (5:37)に、この二つの写真が並んで掲載されています。
見れば分かりますように、背景の垂れ幕が皺も含めて同じで、敷物も模様が同じです。 ですから同じスタジオで、カメラも同じ位置に置いたまま、人物だけを入れ替えて撮った写真と言えます。 だから大院君と閔妃は「同じ日に同じ場所で撮影したという主張」が出てきたのです。
調べてみましょうか。 1882年、軍乱を起こした軍人たちは「王妃を殺し、大院君と太平を定める」と主張します。 軍乱以降の大院君は宮殿に入り、王妃閔氏が死んだと公式発表をして権力を握りました。 そうして二ヶ月にまだなっていない時に、忠清道長湖院に隠れていた王妃が宮殿に帰り、大院君は清の軍隊によって清国に拉致されます。 それ以降、大院君と王妃閔氏は、事あるごとに対立します。 ですからこの二人が同一の空間で同時に記念写真を撮ったという主張はあり得ないことです。
当時の大院君と閔妃の状況です。 両者は舅と嫁の間柄ですが、文字通り生死をかける激烈な対立をしていました。 これは朝鮮近代史の必須の知識です。 ですから「二人が同一の空間で同時に記念写真を撮った」というのは考えられません。
さらにこの女性の写真は、チマがシースルーです。 仔細にご覧になると、チマの中の속바지(ズボン下)が見えます。 当時の王室の写真は、外交手段として使用されたりしました。 100%盛装して撮影したのですよ。 格式のない服装は許されませんでした。 だから王妃閔氏の写真だとして流通している写真は、すべて一般人をモデルとして撮影した写真です。 現存する王妃の写真は「ない」が正解です。
(写真②)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku33dai.jpg の女性は、チマの中にある속바지(ズボン下)が透けて見えます。 (6:25)に写真が拡大されており、透けて見える様子が確認できます。 つまり、このチマはシースルーなのです。 王妃たる者がこんな服を着た姿を公開するなんて、あり得るのだろうかという疑問は当然です。
さあ、今からもっと本格的な探求に入っていきましょう。 「マゴジャを着た大院君」と、そして「スルーを着た女性」の撮影者は、ピエール・ルイ・ジョイというアメリカ人です。 壬午軍乱の1年後である1883年5月、初代駐韓アメリカ公使のフットと一緒に朝鮮にやって来ました。 ジョイはアメリカのスミソニアン博物館所属の鳥類学者です。 人類学的研究と標本収集のために入国した人ですね。
1891年のスミソニアン年例報告書にジョイの研究成果が載っています。 429頁から488頁までのところに、彼が撮影し収集した写真、収集した器物写真とともに説明が挿入されています。 そして434頁と435頁の間に、人物写真が載っています。 ここにあのシースルーの女性写真が載っているのです。
最後の「シースルーの女性写真」というのは、(写真②)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku33dai.jpg のことです。
写真の説明はこうです。 「朝鮮の宮女(Korean Serving Woman in The Palace)の夏の服装」 「頭は宮中の女性特有の装飾がある」 「上衣はいつも白色で、チマは青色だ」 「ただ王族だけが赤い服を着ることができる」 そして写真の出所は「ピエール・ルイ・ジョイ撮影」とあります。 この報告書に載った写真8枚に「ジョイ撮影」という説明が付いています。
ところでこの写真と、清国式のマゴジャを着た大院君の写真は、背景と照明が同一です。 ですからこの大院君の写真もまた、撮影者がジョイという意味になります。 ただしこの大院君が清国式の服飾をしているために、朝鮮の民族学報告書であるスミソニアン報告書からは抜けており、今はアメリカのハーバード大学博物館に所蔵されています。
「清国式のマゴジャを着た大院君の写真」というのは (写真⑧)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku40dai.jpg です。 確かにこの人物が着ているマゴジャ(外套)は朝鮮風ではなく、中国風のものです。 だから朝鮮の民族学報告書に出てこないのですねえ。
(8:36)に、(写真②)と(写真⑧)とを並べて、人物は違っても背景と照明が同じなので撮影者は同一であり、それはジョイだと論じていますが、おそらくその通りでしょう。
大院君は壬午軍乱直後の1882年8月27日、清国軍によって天津に拉致されます。 3年後の1885年10月5日に帰国した大院君は直ぐさま高宗によって雲峴宮に幽閉され、外部と接触が禁止されました。
ジョイが朝鮮に入国した日は1883年5月です。 その年の11月に釜山に行って税関で働きながら慶尚道地域の植物と鳥類を研究します。 1886年の夏に元山に行って標本採集踏査をしたことを除外して、ジョイは慶尚道を離れたことはありません。 その年の11月にジョイは日本の横浜に渡って後、アメリカに帰国して戻って来ませんでした。
それでは、大院君の中国在留の時期とジョイの活動時期を比較してみますか? ジョイが朝鮮に来た時は大院君は中国にいて、大院君が帰ってき時はジョイは釜山にいました。 そして二人の滞在期間が重なる何ヶ月かの間、大院君は雲峴宮に幽閉されていました。 ジョイと大院君が出会う機会はなかったということです。 だから大院君の撮影は不可能なのです。
1882年9月、清国の天津で撮影した大院君の写真と比較してみると、もっと明確になります。 この写真は大院君幽閉が決定された直後、清国政府が記録として撮影した公式の写真です。 日付と場所まで確定された「本物の大院君の写真」です。
「本物の大院君の写真」とは、(写真⑨) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku41dai.jpg です。 この写真の右中央下のところに「高麗国大院君‥‥」と書かれています。 (11:03)にその部分が拡大されていて、読むことができます。 「本物」であるのは間違いないでしょう。
この分厚い下唇を除外すれば、目元や鼻、耳の位置、耳の様相がすべて違います。 特に耳の形は指紋と同じように、それぞれの人によって違っているので顔面認識システムに使われています。 それくらいに違います。 他人だということです。
(写真⑧)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku40dai.jpg と(写真⑨) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku41dai.jpg は赤の他人ということです。 (11:07)に、両者の顔を並べて比較しています。
1880年の61歳記念の肖像画と中国で撮った写真は、これらの要素が類似しています。 反面、マゴジャを着た男と肖像画の中の大院君は、同一人物と見るのが難しいです。
「61歳記念の肖像画」というのは(絵画②)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku43dai.jpg です。 (写真⑨) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku41dai.jpg の顔と並べて比較したものが(11:25)にあります。 似ていると言われれば、似ていますねえ。
「マゴジャを着た男と肖像画の中の大院君」は(写真⑧)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku40dai.jpg と(絵画②)http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku43dai.jpg で、両者の顔を並べて比較したものが(11:30)にあります。 違っていると言われれば、違っていますねえ。 (続く)
閔妃の写真―決着はついたはずだが‥(1)―中央日報 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/06/01/9689180
閔妃の写真―決着はついたはずだが‥(2)―中央日報 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/06/06/9690640
閔妃の写真―決着はついたはずだが‥(3)―反論 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/06/11/9691981
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