済州島のシンポジウムでの激論2014/09/04

 去る8月28日に韓国の済州島で、日韓の有識者によるシンポジウムが行なわれたそうです。『朝鮮日報』が次のように激論が交わされたと報道しています。

28日に行われた「韓日関係カンファレンス」では、日本の安倍政権の行動をめぐって熱い議論が繰り広げられた。 韓日両国の学者たちが大声を張り上げる一幕もあった。

韓国国立外交院のチョ・ヤンヒョン教授は「安倍晋三首相の歴史認識は、日本の右翼思想の創始者である吉田松陰の『尊皇攘夷論(天皇を尊び、外国勢力を撃退させて日本を守ろうとする思想)』や『征韓論(鎖国政策を取っていた朝鮮王朝を武力で開国させる)』に源流を求められる。 アジアの周辺国を連携の対象ではなく侵略の対象と考えるDNAがある。 現に安倍首相は最も尊敬する人物に吉田松陰を挙げている」と述べた。

一方、神戸大学の木村幹教授は「安倍首相の保守思想は第1次内閣(2006-07年)当時も現在も変わっていないのに、なぜ日韓関係が悪化したのか。 安倍首相ではなく韓国が変わったのではないか」と主張した。 これに対しチョ教授は「第1次安倍内閣のときは、河野談話を継承するという現実主義路線だったが、第2次内閣は同談話を検証し、慰安婦問題についても後ろ向きで、より右翼的な傾向を見せている。 安倍首相の政治的傾向が変わったのに、なぜ韓国が変わったと言えるのか」と反論した。 また、ソウル大学のチャン・ダルジュン名誉教授は「韓国の女性大統領が慰安婦問題を解決しようとしているのに、安倍政権は配慮することなく『首脳会談に出てこい』とばかり繰り返している」と述べた。

これに対し木村教授は「そうではない」と大声を張り上げ、京都大学の小倉紀蔵教授も「後ろ向き」という指摘に対し「(安倍政権の閣僚は)モラルの低い人たちではない。そのような認識は改めるべきだ」と反論した。

日本の外務省の東郷和彦・元条約局長は、安倍首相が集団的自衛権の行使容認に向け憲法解釈を改めたことについて「安全保障面で米国に依存することなく、対等な関係を築くための措置だ」と主張した。                済州= ペ・ソンギュ記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/08/30/2014083000898.html?utm_source=twitterfeed&utm_medium=twitter

 この『朝鮮日報』では日本側の木村幹、小倉紀蔵、東郷和彦さんの反論・意見も載せています。木村幹さんはTwitterのなかで、「げっ、むっちゃライブ感満載の報道されてる」と、つぶやいておられるので、かなりリアルな記事のようです。 同じくこのTwitterで木村さんは次のようつぶやいています。

済州島シンポジウムいろいろ。慰安婦問題の議論で印象的だったのは、「歴史的事実の再検証」については、韓国政府関係者の「絶対に呑めない」という姿勢がもの凄く強固だったのでちょっとびっくり。「既に事実は確定しているので検証する余地はない」というのが絶対に動かせない方針らしい。

 歴史的事実が確定しているなら、いくら再検証しようとも変わらないのですから、‘十分に検証してくださいよ’ と悠然と構えておればいいものです。 しかし韓国側はなぜか「絶対に呑めない」と頑なになっていることのようです。

 さらに木村さんは次のように、つぶやいています。

因みに今日の報告のメッセージは「韓国側は安倍政権は極右政権だから首脳会談なんか出来る訳がないけど、第一次安倍政権の時には、あの進歩派の盧武鉉が安倍さんと早々に会談しましたよね。 変わったのは安倍政権ではなく、韓国側じゃないんですか」という事だったのだけど、もう大変なリアクション。

シンポジウムの韓国側報告者のトーンは、「日韓関係が悪化した理由は極右安倍政権にある」の一点張りで、これに正面から論争を仕掛ける形になった(というより論争を仕掛けた訳ですが)報告に、結果として、韓国側が「第一次安倍政権が如何に極右でなかったか」を主張する、という転倒した結果に。

 成程その通りだと思いましました。 ‘今の第二次安倍極右政権のせいで朴大統領は首脳会談しない’という韓国側の主張は、‘8年前の第一次安倍政権は進歩派の盧武鉉大統領と会談したから極右ではなかった’、‘この時はいい政権だった’ ということになります。

 韓国側が自分たちの考えの矛盾に気付いてくれればいいのですが‥‥。

『SAPIO』に赤松啓介が紹介される2014/09/07

 最近出た『SAPIO』に、拙ブログで取り上げてきた赤松啓介が紹介されています。 赤松さんがこのように注目されるのは嬉しいのですが、かつての日本にあった‘夜這い風習’を礼賛するような書き方は、赤松さんの意とは違っており、いかがなものかと思います。

 赤松さんは、かつての村が貧しかったからこそ「夜這い」があったのであって、村が発展して豊かになると「夜這い」が消えていったのだと言っておられました。 かつての夜這い風習を決して礼賛しておられませんでした。

赤松啓介の夜這い論           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/02/02/2596000

赤松啓介の思い出            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/09/17/5351878

戦前の拷問のやり方           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/11/07/5479466

週刊ポストに赤松啓介が紹介される    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/04/23/5821893

赤松啓介の思い出(続き)         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/22/6518872

産経新聞に赤松啓介が紹介される     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/08/15/6541796

赤松啓介の思い出―差別と性       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/01/6831892

水野俊平『笑日韓論』2014/09/12

 水野俊平さんが最近出し本『笑日韓論』(フォレスト出版 2014年7月)を購読。

 水野さんは以前に『日本人はビックリ!韓国人の日本偽史』(小学館)を出しています。 これがなかなか面白かったので、今回の本もきっと面白いだろうと期待して買ったのですが、読んでみてちょっと残念。

 それでもせっかく購入したのですから、成程と共感するところを紹介していきたいと思います。

日韓間には様々な問題があるが、とりわけ大きな葛藤を起こしているのは4つの問題である。    その問題とは、すなわち竹島(独島)の領有権、靖国神社参拝、歴史教科書、従軍慰安婦およびそれに付随した諸問題である。       これを、小生は便宜上「四大問題」と名づけた。

日本人は政治や外交の問題は、必ずしも個人が関心を持つ必要はないと思っているかもしれないが、韓国人はそうは思わない。     ゆえに日韓関係や韓国人の対日感情を考えるとき、「四大問題」は絶対に避けては通れない。    日本人の中にはこうした現実からあえて目をそむけ、「悪いのは政治家で、一般の人同士で語り合えばうまくいく」とか、「政治は政治、外交は外交、普通の国民同士ならわかり合える」などと太平楽を並べている向きがある。       とんでもない間違いである。

「四大問題」について韓国人が妥協することは絶対にない。 「四大問題」に関する主張は韓国人にとって「修身」「国民道徳」のようなもので、これらの問題で日本と妥協するような輩は「親日派=売国奴」であるからだ。 なお、「四大問題」が「日韓基本条約」で解決済み、などという日本人の弁明は、責任逃れのための詭弁に過ぎないと思っている。    ‥‥‥要するに、「四大問題」に関して、韓国はすべて正しく、日本はすべて誤っている、というのが韓国人にとって「正しい」答えだ。     それ以外の答えはない。 (以上は20~22頁)

 確かに日韓間の現在の懸案問題は、この四つぐらいにまとめることが出来るでしょう。 この「四大問題」のうち靖国神社、歴史教科書、従軍慰安婦の三つは、朝日新聞の報道が深く関わっていることに注目されます。

 これからは更に、旭日旗や日本海名称、文化財返還などが加わって「七大問題」「八大問題」となっていくように思います。 もっと先になると、対馬領有権なんかも問題に追加されるかも知れません。 一度付いた火は果てしなく燃えるものです。 韓国の民族感情に火を付けて、さらに煽り立てていった日本のマスコミの責任は大きいと言わざるを得ません。

水野俊平『笑日韓論』 (続)2014/09/20

 この本のなかで最も共感できた部分は、次のところです。

しかし、そうしたネット上の反論の多くは韓国人にほとんど影響を与えていない。 なぜなら日本語で書かれているうえに、日本のネットコミュニティーのなかで発信されているからである。         韓国の検索エンジンに引っかかることも少ないため、韓国人からの意見や再反論などが寄せられることもない。ゆえに韓国人に大きな影響力を持ち得ない。        そうした反論は韓国のネットコミュニティー(掲示板、ブログなど)に韓国語でアップすべきなのである。 そうしてこそ韓国人は読むことができる。(184~185頁)

日韓間の言説を検証し、誤りを批判するためには、自らの主張を韓国人に伝える「道具」「武器」としての言語の習得がなされなければならない。 自らの主張を韓国人に伝えるのに、韓国語ができなければ話にならないからである。      また韓国語ができなければ相手の主張や批判、反論を理解することもできない。(190~191頁)

たとえば、小生は日本で「韓国人は漢字を使わないので(ハングルばかり使うので)思考が硬直化した」などという主張をあちこちで聞かされたが、そう言っている本人に韓国語に関する知識があったためしがない。 もちろん関連する論著を読んだ形跡もなく、自分で調査したわけでもない。(196頁)

 拙ブログでも、「韓国人に目にもの見せてやる」と豪語したコメント投稿者は、韓国語を知らないし勉強するつもりもない、と言い放ちました。

 また「韓国も日本に倣って、美しい韓国語の表現を開発されてはいかがですか」などと韓国語を長文で繰り返し批判・揶揄した投稿者は、実は韓国語を全く知らないということもありました。 傲慢としか言い様がありません。

 たとえ嫌韓であっても、韓国に関心を持つからには韓国語を勉強するのが当然です。 しかし韓国語を知らないし、勉強しようともしない人が大部分です。 この場合韓国語が分からないのですから、韓国語を知っている人から、自分に都合のいいところだけを選んで読むことになります。  

 このような人について、拙稿で「日本国内で日本人に向かって日本語で吼えているだけ」と評したことがありましたが、今もこの考えに変わりはありません。 

【拙稿参考】

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(12) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/09/7240684

私がコメントしない訳  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/06/7238847

二人のアンダーウッド2014/09/28

 アンダーウッドは近代朝鮮史に出てくる西洋人として、最も有名な人物の一人です。 平凡社『新版 韓国・朝鮮を知る事典』(2014年3月)では、この人物について次のように説明しています。

アメリカのプレスビテリアン派宣教師、言語学者、教育家。朝鮮名は元杜尤。ロンドンに生まれ、アメリカに移住し、ニューヨーク大学を卒業。1885年に朝鮮へ渡り、宣教活動に従い、平安道地方への伝道旅行、孤児院の経営を行ない、朝鮮最初の教会や救世学堂(のちの儆新学校)を設立した。また伝道上の必要から朝鮮語を研究し90年《韓英事典》《韓英文法》を出版、97年には教会新聞《キリスト新聞》を創刊。1887年以来、聖書翻訳委員会に所属し、1911年までに聖書の朝鮮語訳を完成させた。15年には儆新学校大学部(延世大学校の前身)を設立。著書はほかに《朝鮮の呼び声》(1908)、《東アジアの宗教》(1910)がある。  (14頁)

 彼は1916年にアメリカで没したのですが、本人の希望によりソウルで埋葬されました。

 ところで、この『事典』の「堤岩里事件」の項のなかにもアンダーウッドが出てきます。

1919年4月15日、現在の京畿道華城郡郷南面堤岩里で起こった三・一独立運動弾圧事件。水原を中心としたこの地域の独立運動鎮圧のため差し向けられた日本軍が、訓示をすると称して同里内の運動参加者を礼拝堂に呼び集め、堂内に閉じ込めて射殺。建物もろとも焼き払った。死者はキリスト教徒、天道教徒合わせて29名。日本軍は近隣の村々でも虐殺、放火をほしいままにした。この事件は▼アンダーウッドらアメリカ人宣教師の証言で有名になった。 (322頁)

 アンダーウッドは1916年没ですから、1919年の三・一事件より3年前です。だから彼が「堤岩里事件」を報告できるわけがありません。 しかしこの事典の説明では1916年没のアンダーウッドを該当項目として▼印まで付けています。

 どういうことなんだろうかと気に掛かっていたのですが、実はアンダーウッドには息子がいたのですねえ。 歴史上有名なアンダーウッドは「Horace G Underwood」で、その息子の名は「Horace H Underwood」。 堤岩里事件を証言したのは息子の方だったということです。 

 けれどもこの『事典』では息子がいたことを全く記しておらず、3年前に死んだ人が事件証言をした、としか解釈のしようのない記述となっています。

 ほんの些細なことでしょうが、こんなことが気に掛かっていて、今改めて調べてみて解決したというのは気持ちのいいものです。 これを機会にソウルに行った時にアンダーウッドの墓を参拝してみようかな、とも思っています。