伊地知紀子『消されたマッコリ』(4)2015/12/21

 この本で気になったことは「強制連行」という言葉の使い方です。 この言葉はこの本では、「大阪府朝鮮人強制連行調査団」のような市民団体名や、岩波新書『朝鮮人強制連行』のような引用本の題名にも出てきますが、今は著者の地の文や人の会話文に出てくるものを拾ってみます。

軍需産業が地域の暮らしに与えた多大な影響、多奈川への朝鮮人強制連行労働者の存在を知り(19頁)

センターさん(戦争中に多奈川捕虜収容所にいた米国人)が当時「強制連行された朝鮮人2人とトンネルの先端で掘削した」と発言した。(21頁)

泉州地域では、先述した多奈川への朝鮮人強制連行史に加え(21頁)

こうした学びの場は、日本全国に残る朝鮮人強制連行の歴史を掘り起こす草の根運動によって築かれ(22頁)

田口さんの悔恨が語られている。   この強制連行された朝鮮人たちとのふれあいの中で忘れることができないのが(36頁)

金在讃さんの家に来た朝鮮人は「北朝鮮から強制連行という格好で連れて来られた」が日本語はしゃべれなかった。(38頁)

解放直後から多奈川に住んでおられた文申吾さんにインタービューした資料によると、「強制連行された人たちは忠清道、慶尚道、全羅道の人たちだった」とのことだ(39頁)

成培根さんの見る限り、強制連行されてきた中学生は解放後に多奈川には残っていなかった(48頁)

大日本工機株式会社や東亜勤続(ママ)工業株式会社には強制連行、徴用された朝鮮人が働いていた。(129頁)

多奈川での「岬町地元まとめの会」による地域史の掘り起こしは、川重泉州工場への米軍の空襲により強制連行された朝鮮人のうち約20人が死亡したという事実を明らかにし(172頁)

 このように「強制連行」という言葉はこの本に頻繁に出てきます。 ところがこの本において具体的な個人名を挙げて来日の経緯が書かれているのは次の二人ぐらいで、どちらも「強制連行」からほど遠いものです。

金在讃さんは、1928年に朝鮮で生まれ32年に両親につれられて渡日した。(25頁)

成培根さんは1914年生まれ、18歳のときに進学のために朝鮮から大阪に渡るが、経済的事情もありメリヤス工場で働いていところ親が病気になり、故郷にいったん戻った後、40年に再度日した。2度目は渡航許可証をもらえず密航で長崎県北松浦郡に着き、現地の土木工場の飯場に連れていかれた。(27頁)

 他では「日本による植民地支配によって生活が困窮し、生きるために朝鮮から渡日してくる人々‥‥先に渡日した親族や知人を介して来る」(25頁)や、「日本による植民地支配によって、朝鮮半島の人びとは生活の場を求めて、あるいは学ぶ場を求めて渡日するようになった。」(31頁)というような抽象的なものがありますが、いずれにしても自らの意志に反して無理やり引っ張られたという文字通りの「強制連行」はありません。

 この本には「強制連行」をこのように定義する、というものがありません。 とにかく朝鮮人が戦前・戦中に来日したら無条件に「強制連行」と表現したのではないかと思われます。

 「強制連行」については、金英達さんの『朝鮮人強制連行の研究』(明石書店 2003年2月)では、次のように呼びかけています。

「強制連行」は、その定義が確立されておらず、人によってまちまちな受けとめ方がなされている。 ‥‥もともと、強制連行とは、「強制的に連行された」という記述的な用語である。 そして、「強制」や「連行」は、実質概念であり、程度概念である。その実質や程度について共通理解が確立されないまま、強制連行という言葉だけがひとり歩きして、あたかも特定の時代の特定の歴史現象をさししめす歴史用語であるかのように受けとめられている ‥‥したがって「強制連行」という言葉を使う人は、それぞれに、あらかじめ用語の意味と範囲をはっきりと示さねばならない。(45頁)

 伊地知さんはその著作の中でこの金英達さんのことを記しています(48頁)ので、この一文も当然読んでおられると思うのですが、「強制連行」の定義については全く触れられていません。

伊地知紀子『消されたマッコリ』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/08/7940574

伊地知紀子『消されたマッコリ』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/13/7947408

伊地知紀子『消されたマッコリ』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/17/7951241

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