水野・文『在日朝鮮人』(9)―ハングル投票 ― 2016/06/19
「ハングルの投票を認めよ」という要求も掲げられ、内務省も30年にはハングル投票を認めることとしたが、候補者名の日本語読みをハングルで表記した票のみを有効とするものであった。 当時の朝鮮人がよくしていたように名前の漢字を朝鮮語音で読むというやり方で、投票用紙に候補者名をハングルで書いた場合は無効票となったのである。(58頁)
当時は日本本土内での選挙でハングル投票が認められていたのですが、それが名前の漢字を日本語読みしたものをハングルに直したものが認められたということです。 これは考えてみればその通りでしょう。 ハングル(諺文字)表は各選挙管理者に配られましたから、ハングルをカナに変えることはその当時でも出来ました。 つまり日本語読みのハングル投票なら、その票は有効になるわけです。 例えば「朴春琴」の場合、日本語読みの「ボク シュンキン」をハングルで書いた「보구 슌긴」が有効です。 しかしその漢字の朝鮮語読みとなると、「朴春琴」の場合は「박춘금」となりますが、これは日本の選挙管理者が朝鮮語を知るなんてあり得ない時代でしたから無理だったでしょう。 投票は日本語読みに対応するハングルの場合にのみに有効だったということです。
ところでその当時、朝鮮本土では地方選挙が実施されていました。 これも当然ハングル投票が認められていました。 ならば立候補者名の朝鮮語読みのハングルは無効だったのか有効だったのか。 これについて直接的史料はないですが、おそらく有効だったと思われます。 何故なら当時の朝鮮での選挙運動では、立候補者名に朝鮮語読みのハングルのルビを振ったものが堂々と掲げられているからです。 これについては以前に拙ブログで記したことがあります。
植民地下の朝鮮で実施された選挙 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/01/03/7530641
この写真資料では朝鮮人立候補者の「任興淳」「尹宇植」はそれぞれ「임흥순」「 윤우식」という朝鮮語読みのルビを振った選挙看板を掲げています。 つまり朝鮮語読みのハングル投票は有効であったことを示すものと推定出来ます。
ハングル投票は認められていましたが、日本本土では日本語読みのハングル投票、朝鮮では朝鮮語読みのハングル投票と、状況が違っていたものと思われます。
【拙稿参考】
戦前の在日の参政権 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuuichidai
参政権を潜在的に有していること http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/05/17/368460
水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』(1)―渡日した階層 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/06/8066021
水野・文『在日朝鮮人』(2)―渡航証明と強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/11/8069125
水野・文『在日朝鮮人』(3)―強制連行と強制送還 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/17/8072649
水野・文『在日朝鮮人』(4)―矛盾した施策 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/25/8077594
水野・文『在日朝鮮人』(5)―強制連行と逃走 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/29/8080041
水野・文『在日朝鮮人』(6)―渡航の要因 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/09/8086320
水野・文『在日朝鮮人』(7)―人口の急増 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/14/8089137
水野・文『在日朝鮮人』(8)―戦前の強制送還者数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/19/8092119
水野・文『在日朝鮮人』(10)―来日した朝鮮人子弟の教育 ― 2016/06/22
38年に下関の学校が作成した資料は、全校児童の約20%を占める朝鮮人児童の性格を「無気力、不熱心、勉学心乏し、積極的気風を欠く」「剛情強い所があるかと思うと軽率、雷同的」「不道徳的行為を平気でやる」「虚言を何とも思わず、羞恥心に乏しい」など、あらゆる否定的な言辞で貶めた上で、それを矯正するには「日本人意識日本精神」を持たせ、「日本人の真の力を敬仰景慕せしめ日本児童たることを至高とし感謝する情念を養う」ことが必要であるとしている。(63~64頁)
人権思想が普及した現在の目で見れば、確かにひどい言い方です。 しかし当時はこういう言い方で通用する時代だったということですね。 当時の朝鮮人の子供たちの状況が想像できます。 親に連れられて日本にやって来たが、日本語が分からないから学校の授業についていけず、学校は面白くなく、日本人の仲間はできず、言葉が通じる朝鮮人の子供同士が集まって悪さをする、そして親は仕事に忙しくて放ったらかし、という状況です。
これは現在の日本の外国人子弟の教育問題と共通するものがあります。 同様の問題が80年前にも現出していたということになります。 そして学校や教師は当時の教育のやり方で対処するしかなかったということですね。
なお植民地下朝鮮での朝鮮人の子供たちの就学率は段々と上昇しますが、それでも昭和10年代では男子40%、女子10%でした。日本人の100%近い就学率と大きな違いがあった時代です。
日本統治下朝鮮における教育論の矛盾 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/01/1156247
水野直樹・文京洙『在日朝鮮人』(1)―渡日した階層 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/06/8066021
水野・文『在日朝鮮人』(2)―渡航証明と強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/11/8069125
水野・文『在日朝鮮人』(3)―強制連行と強制送還 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/17/8072649
水野・文『在日朝鮮人』(4)―矛盾した施策 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/25/8077594
水野・文『在日朝鮮人』(5)―強制連行と逃走 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/29/8080041
水野・文『在日朝鮮人』(6)―渡航の要因 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/09/8086320
水野・文『在日朝鮮人』(7)―人口の急増 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/14/8089137
水野・文『在日朝鮮人』(8)―戦前の強制送還者数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/19/8092119
水野・文『在日朝鮮人』(9)―ハングル投票 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/19/8115076
水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱 ― 2016/06/26
朝鮮語や朝鮮文化を守るべきだと唱えるだけで、独立を図ったとして検挙される者が続出した。 ‥‥特に留学生がその標的とされた。京都で学んでいた尹東柱(1917年生まれ。45年獄死した後、詩人として有名になった)の事件がよく知られる(77頁)
果たして当時の日本で朝鮮語を守ると唱えただけで検挙されたのかどうか。 韓国の詩人として有名な徐廷柱(号は未堂 1915~2000)は、尹東柱が獄中にあった1944年に朝鮮語の詩を『毎日申報』という当時の新聞に発表しています。 とすると尹東柱が朝鮮語の詩を書いたこと、しかも発表もされていない詩が果たして逮捕の理由になったのか、疑問になります。
また当時の朝鮮のラジオ第二放送では、朝鮮語の歌謡や伝統のパンソリなどが放送されていました。 果たして「朝鮮語や朝鮮文化を守るべきだと唱えるだけで、独立を図ったとして検挙される」なんてことが本当にあったのか、やはり疑問になります。
戦争遂行政策に協力するものなら、朝鮮語も朝鮮文化も容認されたと思うのですが‥‥。
【拙稿参照】
尹東柱については以前に拙論で論じたことがありますので、ご参考下さい。
尹東柱記事の間違い(産経新聞) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/09/7568265
尹東柱記事の間違い(毎日新聞) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/15/7572811
『言葉のなかの日韓関係』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/09/6772455
『言葉のなかの日韓関係』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/11/6774088
『言葉のなかの日韓関係』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/13/6775685
尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000
韓国の有力紙に出てくる「白丁」 ― 2016/06/30
韓国では差別用語が普通に出てきます。 その一つが「白丁」です。日本では「穢多」に相当する言葉ですから、使うには相当気を使わねばならないと思うのですが、あまり頓着していないように思えます。
韓国の有力紙である『朝鮮日報』にも、「白丁」が出てきます。 その部分を引用します。(2016年6月27日付け)
내 안에 존재하는 아이히만 600만 명 가까운 유대인을 그들 용어로 '최종 해결'했던 총책임자, 남미에서 체포돼 예루살렘 전범 재판정에 선 아이히만을 직접 보기 위해서. 말 그대로 '인간 백정'이었던 그는 주장했다. 자신은 유대인을 단 한 명도 직접 죽이지 않았다고.
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2016/06/26/2016062601836.html
日本語版には出てきませんので、訳してみました。
私のなかに存在するアイヒマン ‥‥600万人近いユダヤ人を、彼らの用語で「最終解決」した総責任者、南米で逮捕されエルサレムの戦犯法廷に立ったアイヒマンを見るために。 言葉通りの「人間白丁」だった彼は主張した。 自分はユダヤ人を一人も直接に殺さなかったと。‥‥
ナチス親衛隊中佐で、600万人のユダヤ人を強制収容所に送ったアイヒマンを「人間白丁」と表現しています。
1970年代に、北朝鮮が韓国の朴正熙大統領(今の朴槿恵大統領の父親)を罵倒する言葉として「人間白丁」を使ったことがあります。 これと同じ言葉を現在の韓国の保守系有力紙が使ったのです。
拙論ではこの言葉について、再三、論じてきました。 韓国は露骨な差別用語が平気で無頓着に出てくる社会と言えます。
日本でも在特会のような連中がいますので、あまりエラそうなことは言えませんが。
【関連拙稿】
韓国映画に出てくる「白丁」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/13/8070271
韓国ドラマに出てくる「白丁」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/05/31/3552264
韓国は差別がゆるい? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/04/28/344906