在日の「朝鮮籍」選択ー毎日新聞2019/04/13

毎日新聞の2019年4月12日付けに、「国策の『闇』に目向けて、道徳教育③  現場から」と題する記事があって、その中で次のような記述がありました。  https://mainichi.jp/articles/20190412/ddl/k27/100/296000c

丁章(チョンヂャン)さん(50)は長女の教科書「中学社会新しいみんなの公民」(育鵬社)に引用された作家、曽野綾子さんの文章にショックを受けた。「人は一つの国家に帰属しないと、『人間』にもならないし、他国を理解することもできない」とあった。

丁さんは在日3世。祖国統一への思い、南北分断への抗議のため、法的には国籍ではない「朝鮮籍」、つまり無国籍を選んでいる。 東大阪で育ち、公立校で民族教育も受けてきた。 「こんな教科書は『平和・人権・多文化共生』を教えてきた東大阪にふさわしくない」。 採択されないよう運動し、街頭でちらしを配ってきた。

 記者(亀田早苗)はこの丁さんらが進めている運動にかなり肩入れしていますので、この記事は丁さんの考え方や行動を代弁したものと考えられます。 

 国籍というのは個人が国家に所属することの表徴であり、国籍を証明するのはその国家政府だけがなし得る権限です。 ですから日本政府は、外国人の丁さんがどの国の国籍を有しているかの認定をする権限はありません。

 丁さんの「朝鮮籍」というのは日本の外国人登録における国籍欄に出てくる表記であって、国家の所属を意味するものではありません。 つまり日本政府は外国人登録によって日本国籍を有していないという認定が出来るだけで、どの国に所属しているかは本人が本国の法律に従って決めて下さい、ということなのです。

 ところで丁さんは、大韓民国(韓国)あるいは朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国籍法に基づいて、両国の国籍を有しているはずです。 ただし丁さんはおそらく韓国に戸籍(家族関係登録)はなく、北朝鮮にも公民登録をしていないと思われます。

 従って丁さんは、韓国でも北朝鮮でも法律上はそこの国籍を有していますが、両政府とも丁さんを自国の国籍者として証明が出来ない状況だと言えます。 その意味では「無国籍」状態なのですが、それは丁さん自身が選んだ道であることを強調しておきたいと思います。

 丁さんの「朝鮮籍」は、日本は勿論のこと、韓国にも北朝鮮にも所属しておらず縁がないことを意味します。 そして自らがそれを望んだのですから、曽野綾子さんの「人は一つの国家に帰属しないと、『人間』にもならないし、他国を理解することもできない」という文章にショックを受けたということでしょう。

 しかし「朝鮮籍」が「祖国統一への思い、南北分断への抗議のため」だという考え方が、私には理解できないところです。 無国籍の選択は今の祖国との縁が切れることを意味するのに、なぜ「祖国統一への思い」につながるのか。

 また「南北分断への抗議」は自分ではなく他者へ為す行為ですが、日本の国家権力が作成する外国人登録の国籍欄に「朝鮮」と表記されることが、他者(祖国政府なのか日本政府なのか、それともそれぞれの社会なのか分かりませんが)への抗議であるとする思想は、あまりにも飛躍していると思います。

【拙稿参照】

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/09/8589790

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593507

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/16/8598422

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601961

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/25/8603941