元在日商工人の思い出話―拷問体験2020/06/30

 6月29日付の『朝鮮日報』に、「在日僑胞スパイ事件、再審で43年ぶりに無罪=ソウル高裁」と題する記事が出ました。 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2020/06/29/2020062980043.html  1970年代に在日僑胞実業家が韓国でスパイ容疑に逮捕された事件です。 これを読みながら、以前にある在日のお年寄り体験談を思い出しました。

 その方はいわゆる在日韓国商工人で、私と出会った時はもう引退されていて、アパート経営と年金で悠々自適の生活をしておられました。 その方が「韓国で、スパイ容疑で捕まって拷問されたことがある」とおっしゃったので、ビックリしてもう少し詳しい話を聞かせてもらったのです。

 彼は1970年代当時かなり手広く商売をしていたそうで、韓国にも手を伸ばしていました。 韓国にはしょっちゅう仕事で行くようになったそうです。

ホテルでキーセン(妓生)と寝ていたら、夜中の二時頃にドアを叩く音がして、何かと思って出たら、黒ずくめの服でサングラスの男が二人ほど部屋に入ってきて、直ぐに荷物をまとめろと言う。一体何事かと聞いても、何も答えない。 余りに威圧的で、仕方なく荷物をまとめて、その男たちについて行って車に乗せられた。 どこかの建物に着くまで、男たちは何も言わない。 しかし見るからに怖くて、こちらもじっと黙って従うしかなかった。

建物に着いてある部屋に入ると、いきなり素っ裸にされて、膝に棒をかまして固定された。 そうすると中腰になるしかなく、立つことも座ることも出来なかった。 何が何やらさっぱり分からず、その姿勢で殴って蹴られるしかなかった。 その時、生まれて二・三ヶ月しかならない生まれたばかりの子供と、ヨメさんの顔が頭に浮かんだ。

その素っ裸で中腰の姿勢で、取調べが始まった。 最初は何を言っているのか、さっぱり分からなかった。 そのうちに聞いたことのある名前が出てきた。 民団の商工会にいた人の名前である。 向こうはその人との関係をしつこく聞いてきた。 その時にようやく、その人が北のスパイで、自分がその仲間でないかと疑っていることがようやく分かってきた。

その人は名前を知っているだけで、会えば挨拶ぐらいはしたかも知れないが、何か話をしたことはないと言った。 そして当時の民団の商工会の知り合いの名前を出来るだけ出して、その人らに確かめてくれと言った。 次に彼らはある在日の名前を出して、その人を知っているかと、これも何べんも聞いてきた。 何という名前だったかなあ。 有名なスパイらしい。

 私は「ソ・スンですか?キム・チョリョンですか?」と尋ねた。 「いや、そんな名前ではなかった」。 「当時の言い方からして、じょ・しょう(徐勝)ですか?それとも‥‥」 「あ、それそれ、じょ・しょう、その名前。 その人のことを聞いてきたんだ」。 「その方は今は立命館で教授をやっておられますよ。」 しかしそれには関心がないようで、すぐに話題が変わりました。

結局、三・四日して疑いが晴れたとして、釈放されたんですよ。そうしたら、ちょっとした料亭に連れていかれて、そこで会食しながら、これまでのことは外で喋ってはいけないと言われたのだけれど、もう何十年も昔のことだから、もう時効だね。 だから喋るんです。

それから直ぐに、あのキーセンのところに行ったのです。 深夜に連れて出されて、三・四日で戻ってきたというので、キーセンもママも驚いていたなあ。 キーセンは黒ずくめの男から、このことは外で絶対に言ってはならないと、きつく口止めされたと言っていましたねえ。

 大体こんな話でした。 印象的だったのは拷問の話もそうでしたが、結婚して子供が生まれたばっかりなのに韓国でキーセンと一緒に寝ていたという話を、恥ずかしげもなく言っておられたことでした。 おおらかと言うか何と言うか、昔の男はこんな感じの人が多いですねえ。

【拙稿参照】

徐勝さんは二回も北朝鮮に行った  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/23/8753413

水野・文『在日朝鮮人』(20)―南朝鮮革命に参加する在日 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/08/8173965

最初の韓流ブーム  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/06/8934724