ウトロ放火事件の有本匠吾 雑感 ― 2022/09/01
去る8月30日に、ウトロ等の放火事件裁判で有本匠吾被告に対し、求刑通りの懲役4年の実刑判決が下されました。 彼は確信犯であり、事件を反省しておらず、再犯の恐れがありますから、ちょっと厳しい判決になったみたいです。 まあ、妥当なところでしょう。
この裁判と判決について、各マスコミは大きく取り上げて記事化しています。 内容はほぼ同じで、ウトロ側の弁護士らコメントも大体同じようなものが出ていますね。
これらを読みながら、私の知りたい情報がなくて、違和感と疑問を抱きました。 知りたい情報というのは、まずは被告有本の生い立ちです。
どこで生まれ、どのように育てられたのか。 中学・高校はどこに通い、クラブ活動をしていたのか。 卒業後、何をしていたのか。 事件を起こす前まで勤めていた病院に就職と退職した経緯は何か。‥‥
誰でも有名になれば、たとえば中学や高校の同級生だった者が卒業アルバムなどを持ち出してその人の思い出を語ることが多いのですが、有本の場合そんな者が全く見当たりません。 従ってどこの中学・高校にいたのかさえ分からないのです。 マスコミは有本本人から事件について聞いていますが、どれも彼の生い立ちについては記事に書いていません。 それは何か理由があるのでしょうか。
次に違和感として、被告有本の弁護士が記事に出てこないことです。 有本は実刑判決を受けましたから、有本本人への取材は難しいでしょう。 ですから彼の主張は弁護士が代弁し擁護する、或いは控訴するかどうか被告と相談するとか言うものと思っていたら、どのマスコミにも出てきませんでした。 ということは、被告弁護士は判決が下されても、コメントを一切拒否したものと考えられます。
それまでの裁判過程では、本人意見陳述で有本が「ウトロは不法占拠」と言ったところ、弁護士が慌てて、それは本人の法律認識だと否定したという話がありますね。 つまり被告と弁護士との間で、打ち合わせができていないことが判明していました。
以上から推測すると、被告と弁護士には信頼関係が崩れており、弁護士のモチベーションがかなり下がっていたのではないかと思われます。
有本は、裁判というのは自分の考えを主張し、社会に宣伝する場だと考えていたようです。 これは昔、新左翼の活動家たちが暴れて逮捕され裁判にかけられた時、「裁判闘争」と称して、これも革命運動の一環だとして裁判に臨んでいたことを思い出しますね。 有本はかつての新左翼活動家の再現のような感じがします。 「裁判闘争」なんて、今どきの弁護士は知らないでしょうから、せっかく罪を軽くしてあげようと努力してやっているのに、全部ぶち壊しやがって‥‥と思ったのではないでしょうか。
有本は懲役4年の実刑判決で、事件の反省がないですから仮釈放はなく、満期まで務めることでしょう。 4年からこれまでの約250日の拘留期間が除外されますから、3年4ヶ月後の2025年12月ごろに出所すると思われます。 その時、日本はどんな社会になっているでしょうか。 おそらく有本は、ネットウヨからも忘れられた存在になっているような気がします。
マスコミ報道を読みながら、疑問というか感想を書いてみました。
【拙稿参照】
ウトロと韓国民団を放火した人物―有本匠吾(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/25/9484690
ウトロと韓国民団を放火した人物―有本匠吾(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/28/9485573
共同通信記事もまた「在日コリアンへ無理解」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/01/9486385
在日の生活保護について http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/06/9487961
青木理・金時鐘の対談―帰化(1) ― 2022/09/08
「在日・帰化」について検索しみたら、ジャーナリストの青木理さんのサイトの中に、彼と金時鐘さんとの対談で在日の帰化について触れられているのを見つけました。
【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第四回 「帰化した者は周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るとき、 黙って相槌(あいづち)を打たなくちゃならんような立場」 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く① (2019年7月17日付け)
https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/column/hate/6472/3
対談は金さんが帰化について解説し、青木さんが短く感想と質問を呈するものです。 まずは、在日社会では帰化をどう考えてきたのか、金さんは次のように説明します。
金時鐘: それにあの当時(1970~80年代)、在日朝鮮人同士のなかでも、いわゆる帰化という問題が、引きつづき日本で暮らしてゆくという定住の問題と絡んで表立ってきました。 それまでは帰化する……つまり日本人になってゆく人たちを同族の間で軽蔑していたんです。 いまはもうおおっぴらになっていますけどね。 在日朝鮮人はもう往年の半数にも充たない30数万といったところです。 それほど帰化した人が多くなってしまっています。
「帰化する……つまり日本人になってゆく人たちを同族の間で軽蔑していた」は、事実ですね。 そして以下の対談を読むにあたって、金さん自身が帰化者への軽蔑を肯定する側に立っていることを念頭に入れてください。
なお拙ブログでは下記のように帰化青年が民族に悩んだ末に自殺した事件を取り上げました。 自らの意思でなくても帰化していたという事実だけで在日同胞から軽蔑を受け、排撃されたのでした。 だから帰化青年は民族の裏切り者として自分を否定し、帰化を決めた父母を憎み、ついに自死を遂げたのでした。 在日同胞の帰化者への軽蔑が、犠牲者を生んだと言えるものです。
52年前の帰化青年の自殺―山村政明(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/17/9518301
52年前の帰化青年の自殺―山村政明(2)https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/23/9519952
52年前の帰化青年の自殺―山村政明(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/29/9521733
――(帰化は)特に最近は増えているようですね。
金: その日本国籍を取るにあたっても、差別の根の深さは如実ですよ。 帰化というのはまるで恩典のような扱いになっていて、日本国籍を申請するにも条件が非常に厳しいんです。 肉親に犯罪者がいてはならないとか、長期の疾病者であってはならないとか、納税をしているかどうかはもう基本条件で、かつては「窓口指導」というものまであったんですから。
ここから金さんのウソが始まります。
金さんは帰化の「基本条件」として「肉親に犯罪者がいてはならない」「長期の疾病者であってはならない」「納税をしている」の三つを挙げています。 帰化の要件については検索すれば直ぐに6項目が出てきますので、金さんの言う「基本条件」と比べると彼のウソが分かります。
「肉親に犯罪者がいると帰化できない」なんてことはありません。 こんなウソを言っていたら、あの在日が帰化しないのはきっと肉親の誰かが犯罪者だからだなんていう噂が飛ぶかも知れませんねえ。 たとえ肉親に犯罪者がいても、世帯分離していれば帰化できます。 ただし同居家族に犯罪者がいれば、帰化は難しくなります。 分かりやすく言えば、在日の兄弟がいて兄が犯罪者の場合、弟は兄と同居していたら帰化ができず、弟が家を出て独立して生計を営んでいれば帰化することができます。
また「長期の疾病者」もありません。 どんな疾病者であっても生計を営むだけの収入があって毎年確定申告しておれば、帰化は可能です。 こんなウソを書いていたら、障害者はどんなことがあっても帰化できないなんて噂が飛ぶかも知れませんね。
「納税している」というのは不正確です。 夫が稼いで妻が専業主婦の場合、妻は被扶養家族として夫と一緒に帰化することができます。 この場合、妻は税金なんて納めていないで帰化します。 つまり「納税」は帰化の「基本条件」ではありません。
――窓口指導?
金: つまり市役所とか区役所とか町役場で、帰化申請の認可にあたって指導を受けるんです。 そこで日本人らしからぬ名前だと日本風に変えさせられたり。 しかも臭いのきついものは食べてはいかんとか、要するにキムチやホルモンなんかは食べてはいかんとか、そんな指導まで受けていた。
ここはウソのオンパレードですね。 「市役所とか区役所とか町役場で、帰化申請の認可にあたって指導を受ける」は、全くのウソ。 市役所等は帰化申請書類に必要な外国人登録済証明書や納税証明書などを発行しますが、帰化申請の「指導」なんてする訳がありません。 帰化を取り扱う部局は、法務省の法務局です。 金時鐘という有名な在日知識人が、こんな常識を知らないことにビックリです。
百歩譲って法務局の「指導」があったとしても、「日本人らしからぬ名前だと日本風に変えさせられた」は、1985年以降はあり得ません。 85年からは、カタカナ姓でも帰化ができるようになったのです。 ですから帰化の際に日本風の名前を強制されたのは1985年までの話、85年以降はウソということです。
次に「臭いのきついものは食べてはいかん」「キムチやホルモンなんかは食べてはいかん」という「指導」です。 法務局にしろ市役所にしろ、公務員がこんな「指導」をするなんて100%ウソです。 金さんはこんなウソをどこから仕入れてきたのでしょうか、そっちの方が気になります。
――信じがたい話です。まさに「官製ヘイト」じゃないですか。
金: さすがにこれは在日朝鮮人で市民運動をやっていた若者たちが抗議して、現在は窓口指導というのはなくなりましたがね。 それに帰化条件も近年になって、かなり緩和されてきてはいます。 でも、たとえば70年代前半ぐらいまでは、信用組合の取り引きひとつ簡単にはできませんでした。 保証人を2人は立てねばならず、そのうち1人は日本人じゃないといけない。そんな保証人になってくれる日本人はなかなかいませんよね。
金さんのウソ話に、青木さんが「信じがたい」「官製ヘイト」だと憤慨しました。 私に言わせれば、どっちもどっち、です。
「現在は窓口指導というのはなくなりました」は、上述したように「窓口指導」というのが元々ウソですから、なくなることもあり得ません。 法務局の窓口での指導というのは、帰化申請に必要な資料を説明し、それらをすべて集めてくださいと指導することくらいです。
「信用組合の取引‥‥」以下の発言は、意味不明。 帰化すれば日本人となるのに、金融機関からお金を借りるのに何故日本人の保証人が必要だと言うのか、ここは金さんが混乱しておられるようです。 (続く)
青木理・金時鐘の対談―帰化(2) ― 2022/09/15
http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/08/9524343 の続きです。
金: そういう生活、そういう扱いを一貫して受けていると、日本国籍を取った者は、日本人以上に日本人ぶるんです。 同胞が多い集落から離れ、建売住宅みたいなものを手に入れ、日本人以上に日本人ぶって生活するようになる。 しかし、国籍選択の自由というのは人間の基本的な権利ですからね。 隠すことではさらさらないのに、植民地統治という歴史のしがらみがあって、日本人への帰化がうしろめたくなる。
帰化者は在日社会から同胞として扱われずに軽蔑され、白眼視され、排除されたのでした。 ですから帰化者は在日社会から決別して出て行くか、帰化したことを同胞たちに黙って隠すしかなかったのでした。 金さん自身が言っておられるように、在日社会は帰化者を軽蔑・差別してきたのです。
帰化者は「隠すことはさらさらないのに」「日本人への帰化がうしろめたくなる」と金さんは言いますが、在日社会における帰化者への冷酷な扱いと差別を思い起こせば、そういうこともあり得るでしょう。 別の言葉で言えば、帰化者への差別は日本人からよりも、同じ在日からの差別の方がはるかに厳しかったのです。
金さんは帰化者を「日本人よりも日本人ぶる」と侮蔑しますが、日本で生まれ育った在日は帰化しようがするまいが、日本人のように振る舞うのは自然なことなのですがねえ。 それの何が悪いのでしょうか。
「帰化者は‥‥同胞が多い集落から離れ、建売住宅みたいなものを手に入れ」とありますが、帰化をしなくても在日コリアン集落から離れようとする在日は多いのですがねえ。 金さん自身も在日集落から離れて高級住宅地に住んでおられると聞いているのですがねえ。
――ええ。そのあたりの人権感覚も、同じ敗戦国のドイツと日本は雲泥の差です。 ドイツの場合、併合していたオーストリアの人びとに国籍選択権を付与しました。 ところが日本は戦後、法務府(現在の法務省)の局長通達1本で、台湾や朝鮮の人びとから日本国籍を一方的に剥奪してしまいました。 しかも、日本国籍取得には異様なハードルを課してきた。 そうした史実や実態も知らず、バカな連中は「日本が嫌なら朝鮮半島に帰れ」とか「日本にいたいなら帰化すればいい」などと言い放つ。 最近も僕の友人の在日コリアンが悩み抜いた末に日本国籍を申請したのですが、あっさりとはねつけられてしまったそうです。 どうやら父親が朝鮮総聯の元幹部で、北朝鮮に何度か渡航していることなどが理由のようですが……。
金: だから隠すんです。 朝鮮人として生きることが苦しく、辛いから帰化して日本人になろうとするわけですが、それはそのまま、朝鮮人として生きることを苦しく、辛くさせている側へひょいと鞍替えすることでもあるのです。 それが在日朝鮮人の帰化だった。 新日本人として市民生活のなかで息を潜め、周囲の日本人が朝鮮人を悪し様に語るときも黙って相槌を打たなくちゃならんような立場の人間になってしまう。
青木さんの発言には、事実認識に間違いがあります。 「朝鮮の人びとから日本国籍を一方的に剥奪してしまいました」とありますが、1945年の敗戦時に朝鮮人たちは「解放」「独立」を叫んで「万歳」を繰り返し、もうこれで日本人でなくなったと喜んだという歴史事実が忘れられています。 朝鮮人が日本国籍を喪失したのは、祖国の韓国・北朝鮮だけでなく、在日自身の意思でした。 これが何故「日本国籍を一方的に剥奪」となるのでしょうかねえ。
「日本国籍取得には異様なハードルを課してきた」とありますが、「異様なハードル」って何でしょうか? 日本の帰化制度は、世界各国、特に韓国のそれに比べて「異様なハードル」があるのでしょうか。 ちなみに韓国の国籍法第5条には、帰化の要件の一つとして日本のそれにはない下記が明記されています。
【国語能力と大韓民国の風習に対する理解など、大韓民国の国民としての基本素養を備えていること】
韓国の帰化要件は、日本の帰化条件よりも厳しいですね。 韓国語と韓国の風習・素養を持っていなければなりません。 対して日本では帰化希望者に課す条件として、帰化の意思と日本の法律を守るという約束を示すことのできる日本語能力くらいです。 日本の風習への理解とか国民としての素養なんて、なくても構いません。 一番重要なのは、日本の法律を守ることです。 青木さんはこれを知って「日本の帰化には異様なハードルがある」と発言したのでしょうか。
なお在日の帰化のハードルについて、前述したように、在日社会が帰化者に対して激しい差別感情を有していたために、これがハードルとなって在日は帰化を躊躇することが多かった、と言うことができます。 つまりハードルは日本の帰化制度にあるのではなく、在日社会における帰化者への差別だということです。
「友人の在日コリアンが悩み抜いた末に日本国籍を申請したのですが、あっさりとはねつけられてしまった」。 その理由が「父親が朝鮮総聯の元幹部で、北朝鮮に何度か渡航していることなど」というのは、どうでしょうか。 同居している父親が非合法活動をしているのなら可能性はありますが、そうでなく法律に則って堂々と生きて来られたのであれば問題はありません。 ここは青木さんの伝聞情報のようですが、何故こんないい加減な情報を公開したのでしょうかねえ。
「あっさりとはねつけられた」とありますが、おそらくはその友人が帰化の要件(6項目)に当てはまらなかったからでしょう。 こうなると確かに「あっさりとはねつけ」られます。 帰化担当窓口の職員が父親のことを知っているなんてまずあり得ませんから。 帰化を申請するにあたって、帰化の要件に自分が当てはまるか否か、事前に調べなかったのでしょうかねえ。 帰化を専門に扱う行政書士などに相談すればよかったのに、と思います。
一方金さんは、在日社会において帰化者が差別されて生きにくいことを挙げて、だからこそ帰化をしてはいけないんだという方向に話を持って行きます。 帰化というのは、差別される朝鮮人から差別する日本人への「鞍替え」だと言うのです。 つまり帰化は被差別の正義の立場から、差別の不正義の立場に行くものだという主張です。
そこには、在日自身が帰化者を差別してきたという事実が抜け落ちています。 金さんは帰化者に対して冷酷に差別的扱いをする在日側に立ってきたし、今も立っていると考えられます。 帰化者への差別は、金さん自ら実践しているということですね。
以上のように青木さんは帰化について金時鐘さんとの対談をサイトに公表したのですが、その前に帰化の専門家にチェックしてもらわなかったのだろうかという疑問が湧きます。 また金時鐘さんは周囲の在日で帰化した人たちも多いと思われますが、そういう人たちから話を聞かなかったのだろうかという疑問も湧きます。 お二人とも、帰化について生半可な知識のまま対談された、という印象ですねえ。
金時鐘さんに関しては拙ブログで下記の通りに論じたことがありますので、ご笑読いただければ幸甚。 (終り)
【拙稿参照】
金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120
金時鐘さんは結局語らず http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/08/13/9140433
金時鐘さんは本名をなぜ語らないのか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/02/9110448
毎日の余録に出た金時鐘さん http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/27/8950717
本名は「金時鐘」か「林大造」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/28/7718112
金時鐘さんの法的身分(続) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/13/7732281
金時鐘さんの法的身分(続々) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/26/7750143
金時鐘さんの法的身分(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951
金時鐘さんの出生地 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/05/7700647
金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038
ヘイトにさらされた帰化者―新井将敬 ― 2022/09/22
前回のブログで、「帰化者への差別は日本人からよりも、同じ在日からの差別の方がはるかに厳しかった」と論じました。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/15/9526042 こう書くと、日本人は帰化者に対して優しかったと思われるかも知れません。 しかし実は1980~90年代に、激しいヘイト(民族差別)にさらされた帰化者がいました。 それは新井将敬です。 経歴を簡単に紹介しますと、
高校時代(卒業後という説もある)に朝鮮籍から帰化。 東大法学部卒業後1973年に大蔵省に入省して実績を積み、そこで大蔵大臣の渡辺美智雄に抜擢される。 1983年に衆議院選挙に立候補。 最初は落選するも、1986年から四回連続当選。 議員時代の新井はかなり注目され、テレビにもしょっちゅう出演し、将来の総理大臣候補とまで言われた。 しかし、いわゆる証券スキャンダル事件の追及を受け、1998年2月自殺。 享年50歳。
このように新井は成年になる前に帰化し、将来を嘱望された政治家でした。 しかし1983年の衆議院選挙の初立候補時よりヘイト(民族差別)にさらされました。
まず最初に差別を仕掛けたのは石原慎太郎の公設秘書で、新井の政治広報ポスター3000枚に「北朝鮮より帰化」という黒いシールを貼りつけたのでした。 これがきっかけになったのか、新井の事務所や家族に脅迫状が届き、「朝鮮のスパイ」という噂が飛び交いました。 当時はインターネットがない時代でしたから、葉書や手紙でかなりエゲツないヘイトが多数届いたそうです。 これらは直ぐに処分されたようで、実態は不明です。 しかし内容は想像できますね。
さらに新井の戸籍(帰化が記録されている)コピーが印刷されて、新井の選挙区内で配布されました。 一部のマスコミも新井が元朝鮮人であることを書き立てました。 これらのヘイトのせいか、新井は最初の選挙に4万票で落選しました。
新井は今度は自らの出自を公言して、選挙区内をこまめに回る〝どぶ板選挙″を実践し、次の86年総選挙では10万票以上の高得票で当選しました。 「韓国系代議士」として注目され、マスコミから取材が殺到しました。 しかし石原慎太郎は帰化者の代議士誕生に異議を唱えました。
日韓関係で激しい摩擦が生じた時、いったいどちらの国益を優先させるか、ということです。‥‥もとの祖国と、今の祖国の友好につくすというのは結構なことだけれど、必ずしもそうできない‥‥もとの祖国に対する愛情があるのはごく普通ですから、二つの祖国の板挟みになって、本人もつらいことになる (『週刊新潮』1986年7月24日)
さらに『週刊新潮』は同じ号で次のように主張しました。
もし法務大臣とか外務大臣、防衛庁長官とかいったポストについた時、国益にかかわる問題が起きたら、必要以上に肩に力が入り政治家として、選択と決定を誤る恐れがないだろうか‥‥事は、国家への忠誠心と民族のへの愛情=帰属意識の問題である。 国政にたずさわるものが、その問題で国民に不安と心配を与えることは、既にして政治家の資格を失っている
つまり帰化者は政治家になる資格がない、と主張したのでした。
しかし先祖代々の日本国籍政治家でも、え!この人、本当に日本人なの?どこかの国の代弁人じゃないの?と疑問に感じる方がいるのですが、これは問題にはならないようです。 帰化者であること、これが問題であるという考え方ですね。
以上のように新井将敬は右寄りの日本人たちからのヘイト(民族差別)にさらされ、戸籍をばら撒かれるという人権侵害まで受けたのですが、当時の人権団体はほとんど関心がなかったですねえ。 またこの時代は民族差別と闘う運動団体は指紋押捺問題に集中しており、帰化した自民党政治家の人権侵害なんて視野の外でした。 今から思うと民族団体は、帰化は民族の裏切りであり、帰化者の人権侵害に対しては〝ざまあ見ろ″という感覚で見ていたように記憶しています。
結局、帰化者はかつての同胞から冷たい目で見られながら、有名になって目立ってくると日本人から憎悪と中傷の対象となった、ということです。 そういえば、今でもユーチューブなどでは「あの人は、実は帰化者だった」という暴露記事のようなチャンネルが多数ありますね。 元外国籍であることがその人の弱点ととらえて、何かの機会にヘイトしようと虎視眈々と狙っているようです。 醜悪な日本人は、昔も今も変わらずに存在しています。
今回は朴一『<在日>という生き方』(講談社選書メチエ 1999年11月)を参考にして、当時を思い出しながら書いてみました。
【拙稿参照】
国籍を考える―新井将敬 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/27/8628332
52年前の帰化青年の自殺―山村政明(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/17/9518301
52年前の帰化青年の自殺―山村政明(2)https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/23/9519952
52年前の帰化青年の自殺―山村政明(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/29/9521733
青木理・金時鐘の対談―帰化(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/08/9524343
青木理・金時鐘の対談―帰化(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/09/15/9526042
英国チャールズ3世のトンデモ行状―『週刊朝鮮』 ― 2022/09/29
今回はこれまでのような韓国・朝鮮とは関係のない話です。
『週刊朝鮮2725号』(2022年9月19日)に、「〝コーヒー浣腸″にのめり込んだチャールズ3世即位 イギリス医療界緊張」と題するコラムがありました。 英国の新国王チャールズ3世が皇太子時代にエセ医学療法を信じて、健康保険適用までさせていた事件があったという内容です。
これは日本ではほとんど報道されていませんが、韓国の『週刊朝鮮』という有力誌に載りましたから真っ赤なウソではないでしょう。 イギリスのマスコミではどう報道されているのでしょうか、それがあれば記事の信ぴょう性がどれほどなのかを確かめられるのですが。
『週刊朝鮮』の記事を翻訳してみました。 執筆者はパク・ハンスルという人です。
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〝コーヒー浣腸″にのめり込んだチャールズ3世即位 イギリス医療界緊張
去る9月8日(現地時間)イギリス女王エリザベス2世が逝去した。 70年の間に15人の総理が入れ替わった国王の死である。 彼女の逝去のニュースに世界各国から哀悼の意を表す行列が続いているが、葬儀よりもゴシップに関心が多い人たちはもう彼女の後を継ぐ人に注目している。 イギリスの歴史上、最も長く皇太子を務めた悲運の男、チャールズ3世がその主人公だ。
チャールズ3世は、悲劇的な死を迎えた故ダイアナ皇太子妃のために元々大衆からの評判が悪かった。 ダイアナの死にまつわる多くのミステリーはもちろんのこと、彼女の死亡前から自分と不倫関係であったカミラと再婚までしたのだから、ただでさえ怒っていた世論に更に火に油を注いだのだ。 もう25年経ってはいるが、今でもあの事件が大きな話題となっているくらいだから、事件の余波がどれほど大きかったかを知ることができる。 ところでチャールズ3世が大きな非難を受けねばならないことが、もう一つある。 それは彼が王室の権威を不適切なやり方をして、イギリスの医療界に大きな害悪を及ぼしたからだ。
国内ではそれほど知られていないが、西欧圏ではそれなりに知られているエセ医療法がある。 「同種療法(ホメオパシー homeopathy)」という名前の治療法(?)であるが、簡単に説明すればこうである。 プールで醤油を一滴落としたとしよう。 醤油の一滴を落としたから、そのプールの水は醤油だと言うことができるか。
「コーヒー浣腸」で抗ガン治療をしようと言ったチャールズ3世
同種療法を信じる人たちは「そうだ」と言う。 更にはそのプールの水を汲んで他のプールに一滴落とせば、そのプールもまた醤油だと主張する。 こんなやり方で数百~数千倍に希釈した実質「真水」を薬草成分のある水だと主張して売るのが、彼らのエセ医療人の事業モデルだ。 自分たち同士でそのように信じているならば、それはどうすることもできない。 問題はチャールズ皇太子が以前からこの同種療法に心酔していたという事実である。 平凡な個人ならば変なことを信じているとして大きな問題にならないだろうが、彼はイギリス王室の次期王権継承者である皇太子だった。 彼がその関連行事にずっと参加し続けて支持を表明すると、エセ療法を胡散臭く思っていた人さえもそれに関心を寄せ始めた。
有名インフルエンサーが正体不明の健康食品を宣伝すればその追従者たちが関連製品を購入するのと同じように、イギリス王室に対する信頼と厚意がとんでもない方向に動くことになった。 一歩退いて考えれば、ここまでは大きな問題ではないと言うことができるだろう。 しかし2004年に大事故が起きる。 チャールズ皇太子が全イギリスの抗がん治療専門医を集めておいて、「コーヒー浣腸」を宣伝したのだ。
彼が主張したコーヒー浣腸というのは、こういうものだ。 がんは体に毒素が溜まってできる病気であるが、コーヒーを肛門から注入して腸をきれいに掃除すれば、そんな毒素が抜け出て抗がん治療になるという論理だ。 これを「ゲルソン療法(Gerson Therapy)」と呼ぶが、当然ながら医学的検証を経ていないエセ医学であり、かえって健康を害することもある危険な方法である。
公式の医学学会の場で皇太子の口を通してそんな荒唐無稽な主張が出るや、それまでイギリス王室と皇太子の権威を尊重して彼のとんでもない主張に沈黙で対応してきたイギリスの医師たちが声を上げた。 当代最高の医学権威者のうちの一人であるマイケル・バウム ロンドン大学名誉教授は、イギリス医学ジャーナル(BMJ)で公式に皇太子の言動に反駁する声明を出した。 「尊敬する皇太子様、あなたが間違っておられます」と。
「皇太子様が自分の権威を利用して、難治病患者たちに検証されていない治療の使用を勧めるのは、ご本人の権威が医学的知識ではなく、血統から来るものだということを認めて、注意してお使いください。」 問題は、彼は厳しく批判されも同種療法に対する信用を全く止めなかったということだ。
エセ療法を保険適用するように圧力行使
チャールズ皇太子は公開の場で反発され恥をさらしたのだが、自分の影響力を使って自分が信じているエセ療法をイギリス健康保険が公式に支援するように圧力をかけた。 その試みとしてチャールズ皇太子は2007年イギリス保険部長官に書信を送ったのだが、情報公開請求でこのような圧力をかけた事実が暴露された。
医療界と科学界からの攻撃にも拘わらず、彼は書信で自分の信じるエセ医学こそが不治の病の患者たちを治療するのだと主張し、「イギリス健康保険(NHS)からこの療法に支援を送らねばならない」と主張した。 この時期に色んな閣僚や有力議員たちに同じやり方で自分の意思を込めた書信とメモを送った。 そして驚くことに、彼の圧力行使は受け入れられたのだ。
結果だけを見れば、2010年にイギリス健康保険から同種療法を最終的に外す時まで、イギリス国民は「真水」に年間4600万ポンド(約737億ウォン)の税金を浪費した。 イギリス健康保険は別途に健康保険料を集めるのではなく、国民の税金を財源に充てたのである。 このように皇太子の身分でもって、自分が信じている間違った信念を実現するために不当な圧力を行使した皇太子が国王の席に上がるとしたら、どうなるのか。 実際に彼は最近の2019年でも同種療法協会の公式後援者をしており、彼のエセ療法に対する信用は冷めていないことを証明しているのである。 その間に見せた彼の行状から推し量ると、即位後には皇太子の頃よりももっと積極的にエセ療養の宣伝を繰り広げる可能性がある。
イギリス王室が国民の支持と尊敬を受ける理由は王室の人たちが政治に関与せず、象徴的な国家元首として国民統合の機能を遂行してきたからである。 しかし、母のエリザベス2世とは違ってチャールズ3世が積極的に自分の意思を披歴するならば、自国の医療界と「コーヒー浣腸」をめぐって反目したような呆れた場面が再演されるかも知れない。