李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行2022/11/30

 本棚を整理していたら、『在日韓国人三世の胸のうち』(李青若著 草思社 1997年1月)が出てきて、そう言えば昔こんな本を読んだなあと懐かしく思い、二十数年ぶりに読み直しました。

 当時の在日韓国・朝鮮人は、強制連行で来日した朝鮮人およびその子孫で、日本のさまざまな厳しい差別に呻吟している人たちというイメージが強い時代でした。 特に学校の先生には在日問題に熱心な人が多く、授業で強制連行の歴史や民族差別などを生徒に教えることも少なくありませんでした。

 そんな時代にあって、ある在日韓国人が自分の家族史や同じ在日との付き合いを通して、強制連行や民族差別などのイメージに対して大きな違和感を抱いたことを正直に語ったのが李さんの『在日韓国人三世の胸のうち』という本でした。 私は「そうだそうだ、その通りだ!」と膝を打ちながら読んだものでした。

 しかし世間では在日に対するイメージが上述のように日本帝国主義の被害者だとするものばかりで、李さんの本はそれとかけ離れていたせいか大きな話題にはならなかったという記憶があります。 そんな本を久しぶりに読み直したというわけです。

 著者の李さんは1965年生まれで、父親は一世、母親は二世。 この本を出したのが1997年ですから、本の内容は彼女が1980~90年代に体験して得た知識が中心になります。 まずは当時の日本で定着していた「強制連行説」です。

私が在日韓国人だというと、多くの人は私のことを、無理矢理日本に連れてこられた韓国人の孫だと思うようでした。 私が、祖父たちは仕事をしにやって来て、そのまま日本に留まったんですというと、相手の人はとても驚くのです。

こんなにも在日のことが報道され、その存在が知られているのに、在日はどのような歴史的背景を持っているのか、どのような事情で日本に渡ってきたのか、どうして日本で暮らし続けているのかといった、基本的なことが分かっていない人が多いのは不思議な気がしました。(以上10頁)

 1990年代までは「強制連行説」が幅を利かせていましたから、在日が目の前に現れたら「あなたも強制連行された朝鮮人の子孫で、日本社会から厳しい差別を受けて本名を名乗りたくも名乗ることができず、指紋押捺を強制されて犯罪者扱いされるなど、塗炭の苦しみを味わっている、可哀そうな人なのだ」というステレオタイプで見る人が多く、そのイメージをそのまま当の在日に語りかけていたのです。

 そんな時代でしたから、李青若さんは自分が在日韓国人だと名乗ると相手から「無理矢理日本に連れてこられた人」と反応されたというのは、当時としては珍しくありませんでした。

 李さんは、家族が来日した経緯について聞き書きしています。 まずは李さん母方の祖父である在厳ハㇽベ(ハㇽベは「おじいさん」という意味の方言)の話です。

在厳ハㇽベは1930年頃、たった一人で韓国の田舎から日本へ出稼ぎにやって来た。 もともとは小作農で畑を耕していたのだが、日本で働いた方が稼ぎがいいと考えたのだろう。‥‥祖父はつてを頼って仕事を見つけると、ヒョイと日本に渡ってきた (36頁)

在厳ハㇽベはというと、しばらくは工場で働いていた。 何の工場か分からないが、旋盤を使っていたと聞いたことがあるから、機械か部品を作る工場の労働者だったのだろう。‥‥何度か職を変えたそうだが、やがて屑鉄屋をするようになった。(37頁)

いろいろ苦労はあっただろうが、それでも働けば働いた分だけ見返りはあったそうだ。 そのうち最低限の生活基盤もでき、家族を本国から呼び寄せた。 妻と子供二人が渡日し、それから祖父母は五人の子供をもうけた。(37頁)

 李さんの母方家族は、このようにして日本での生活が始まりました。 男性が日本で生活基盤を築きそこに家族を呼び寄せる、これは当時の在日朝鮮人の普通によくあるパターンですね。 李さんの母親はこのハㇽベのもとで生まれた二世です。

 次に李さんの父親です。 祖父の成泰ハㇽベが先に日本で働いていて、その元に家族が呼び寄せられて来日します。 

1955年(昭和30)、父は17歳の時に成泰ハㇽベを頼って日本に渡ってきた。 息子にきちんとした教育を受けさせたいからこちらに寄越すようにという手紙が、順伊ハㇽメ(「おばあさん」の方言)宛に届いたのだ。(52~53頁)

 以上のように父方の祖父もまず最初に渡日して働いて生活基盤を築き、そこに故郷から家族を呼び寄せています。 父親は17歳まで韓国で過ごしていますから一世で、しかも戦後の来日です。

 私も1980年代に20人以上の在日一世から聞き書きしましたが、同じような話でした。 男性の場合、日本語ができなくても一生懸命に働いてお金を貯め、生活できるようになってから朝鮮の故郷に里帰りしてお見合い結婚し、新妻を日本に連れて帰ってきたというような話であり、女性はそんな男性の下に嫁に来たというような話です。 自らの意志に反して無理矢理連れてこられたという「強制連行」という話は全くありませんでした。(下記【拙稿参照】)

 李さんも  

以前、在日は強制連行によって日本に来た朝鮮人とその子孫だと書いてある本を読んで驚いた。 少なくとも私の周囲には、仕事をしに渡ってきたか、朝鮮戦争を逃れてきた人しかいない。(36頁)

と書いています。 

 私は20年ほど前に、HPで「『強制連行』考」を発表しました。 昔に書いたものですから、間違いがあります。 汗顔の至りです。

【拙稿参照】

「強制連行」考     http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuhachidai

「朝鮮人は朝鮮に帰れ」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunanadai

伊地知紀子『消されたマッコリ』(4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/21/7956212