指紋押捺拒否運動 ―違法行為は許されるか2026/04/25

 最近は在日外国人=移住者の問題が大きな話題になっています。 その一つが不法滞在者など法に違反する外国人をどう処置するか、すなわち強制送還するのかどうかということです。 これについて、法に反している外国人の早急な強制送還を主張する意見がある一方、これに対して移住者を支援する市民団体などはたとえ違法があったとしても強制送還は人権の点から反対だと主張しています。

 この議論を見ていて、40年前の1980年代に社会を大きく揺るがせた指紋押捺拒否運動を思い出します。 マスコミ等がこの指紋拒否運動を応援したこともあって日本社会にも広がりを見せ、大きな問題となりました。 この拒否運動については25年前に拙HPで論じたことがありますので、お読みいただければ幸甚。 下記【拙稿参照】

 この指紋押捺拒否運動について、一部の人は〝指紋押捺は法で定められていることであり、法に違反する運動をしてはならない”と反対しました。 これに対して運動側は〝指紋押捺を定める法そのものが人権上問題なのだから、法に反する行動も構わない”という反論だったと記憶しています。 対立点は、一方は〝どんな理由であれ違法は許してはならない”であり、他方は〝人権問題だから許される”ということになります。

 ところでこの指紋押捺拒否運動というのはどういうものであったか、今はもう知らない方が多いと思われます。 この運動の直後に出版された『在日朝鮮人』(明石書店)に概要が次のように説明されていましたので、紹介します。 ただしこの本は拒否運動側(違法は許される)の立場ですので、その点を考慮してお読みください。

近年来、この指紋押捺を含めた、外国人登録証の常時携帯、官憲への呈示義務等を規定した外国人登録法そのものの抜本的改正を日本政府に要望、要請し、かつ抗議してきた在日朝鮮人団体の運動が続き、また日本政府による国際人権規約の批准もあって、在日朝鮮人の2・3世を中心に、指紋押捺を法的に強制するのは内外人平等をうたった国際人権規約の趣旨に反するものであり、同時に在日朝鮮人形成についての歴史的省察を欠くものである、との声が高まり、1985年9月末現在、7409名が外国人登録証の切替時に、指紋押捺を拒否した(1985年10月1日 朝日新聞)。 指紋押捺を拒否すれば、「1年以下の懲役若しくは禁錮又は20万円以下の罰金」に処せられることも覚悟の上である。

こういった動きに対して様々な日本人の反応があったが、その中でも大阪府警富田五郎外事課長の朝日放送系列のテレビニュースでの発言は重大な問題があると言える。 いわく、「日本の法治体制に対して外国人になめられている、 ‥‥やはり日本に居住したいと思えば、法律が現存する以上、守ってもらわねばならない。 そういう法体制がいやであれば、自分のお国にお帰りになればいいわけですね。 また、日本で生まれて、日本人と同じように育っているという方は、日本に帰化すればいいんです。 そういう方法もあるわけですからね。 ‥‥」(1985年5月11日 朝日新聞)

「外国人になめられている」といった発言は論外としても、「自分の国に帰ればよい」というのは、全く近代の朝・日関係の歴史に無知であるか、さもなければ、知っていても知らないふりをしているか、あるいはその歴史を誇りに思っているのであろう。 

「帰化すればいいんです」という言葉は、富田氏の言もさることながら、「善意ある」日本人からもよく聞かされる。 それが善意であればあるほど胸が痛む。 「善意」を盾に、自分の無知を覆いかくし、そして人間の尊厳性を踏みにじって何もきづかず、人間を殺す、その心をずたずたにする。 (以上、山田照美・朴鐘鳴編『新版 在日朝鮮人 歴史と現状』明石書店 1991年4月 224~225頁)

 1980年代の指紋押捺拒否運動の焦点の一つは、法を守るのか否か、というところでした。 指紋拒否運動では〝人権に関わることだから法に反することも許される”という主張があり、それを支持する人が多かったのです。 また警察が「日本に居住したいと思えば、法律が現存する以上守ってもらわねばならない」と言ったことに対し、この本では「歴史に無知な者の発言」との批判を浴びせています。 〝在日の歴史を知れば法に反しても構わない”となりますが、当時はこの運動側の主張に賛成する意見が多かったものです。

 指紋押捺拒否は当時の法律に反するものでしたが、生活する上でやむを得ず法を犯したのではなく、差別を告発するために起こしたイデオロギー的闘争と言うことができます。 ですから反体制・反権力の考え方を有する人たちの共鳴を得て、マスコミも大いに味方したのでした。 結果は在日(永住資格者)の指紋押捺義務は撤廃されて、拒否運動側の勝利に終わりました。

 ところで今でも外国人の不法滞在(非正規滞在とも言います)者問題において、〝法か人権か”で議論が激しいようです。 一方は法に反しているのだから強制送還は当然、もう一方は人権問題なのだから強制送還は不当、となるようです。 中身は違いますが、今も昔も変わらない議論だなあと感じます。

 「今も昔も変わらない議論」と書いたのは、人権問題=民族差別問題の歴史をひもとくと、この議論が常に出てくるからです。 私の記憶では、60年前の金嬉老事件が嚆矢だったと思います。 借金トラブルから暴力団二人を殺害した金嬉老は人質を取って立てこもり、その際に日本社会の民族差別を訴えました。 そしてこの金嬉老に、日本人や在日の知識人たちが共感し支援したのでした。 その一人である鈴木道彦は次のように「無罪」を主張しました。

朝鮮侵略なくして「在日朝鮮人」60万の存在はあり得たか。‥‥ 金嬉老はこのような日本人が作り出した「怪物」である。‥‥ 日本人は金嬉老を裁く一切の資格を喪失していると言わなければならない。 金嬉老の「犯罪」は日本人の大罪のささやかな反映にすぎない。‥‥ この裁判が日本において、日本人の検事の告発によって、日本人判事によって行われる限り、私は金嬉老の無罪を主張するものである。 (鈴木道彦「なぜ金嬉老を弁護するか」 『金嬉老公判対策委員会ニュース』1号)

 在日問題で〝差別に反対するためなら法を犯してもよい”のか、〝差別に反対しようとも法は守らねばならない”のかの議論は、おそらくこの金嬉老事件が始まりだったのではないかと考えているのですが、どうでしょうか。

 ところで週刊誌などは金嬉老を擁護した人たちを「金嬉老に騙された文化人たち」などと揶揄していましたね。 また在日の代表団体である総連や民団は犯罪者を擁護しない姿勢で一貫していて、〝あんな奴に肩入れしたら自分たちも同じように見られる”とい言っていたと記憶しています。

【指紋押捺に関する拙稿】

第47題 指紋押捺拒否運動への疑問   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuunanadai

朴一さん『在日という病』を読む(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/21/9797365

朴一さん『在日という病』を読む(3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/27/9798735

 

【金嬉老に関する拙稿】

小松川事件―民族問題を絡めてはならない(3)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/13/9731138

 

【入管問題に関する拙稿】

1960年代の入管問題―金東希と任錫均(1)      https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/02/02/9751631

1960年代の入管問題―金東希と任錫均(2)      https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/02/07/9752842

入管闘争―善人だから闘うのか、善人でなくても闘うのか https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/05/25/9588921

不法滞在・犯罪者の退去・送還-1970年代の思い出    https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/21/9379672

昔も今も変わらない不法滞在者の子弟の処遇       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/03/21/9226536

かつての入管法の思い出               http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/17/9306547

不法残留外国人について               https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/11/9376331

不法残留外国人について(2)            https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/17/9378363

在日が入管問題に冷たい理由―『抗路』を読む     https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/05/20/9587549

密告するのは同じ在日同胞―『抗路9』座談会     https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/03/03/9468948

コメント

_ 菜々師 ― 2026/04/25 06:33

金嬉老について「在日の人たちはみんな『あいつはクズ』と言っていた」とと聞いていますが、民団総連の対応がそれを裏付けていますね。

違法だからなんだって言うんですか?
正義が暴走して何が悪い!

難しいところです。

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