岩波『世界』の論稿に抜け落ちた資料2026/02/08

 岩波書店の『世界』2026年3月号に、「外国籍職員の採用を廃止?―三重県知事発言を問う」と題する柏尾安希子さんの論稿があります。 このなかで次のような一文がありました。

1972年には大阪市が中国人職員の採用に踏み切り、翌1973年には尼崎市、西宮市など兵庫県の六市一町で国籍条項が撤廃された。 その後、全国でも国籍条項の撤廃を目指す地域がでてきた。 (『世界』1003号 2026年3月 119~120頁)

 これに付け加えますと、実際に翌1974年、在日朝鮮人卒業生が教師たちの推挙で尼崎や川西市などに地方公務員として採用されました。 ところがその翌75年度末、その教師たちが一転して「在日朝鮮人生徒の公務員就職を凍結する」と言い出したのでした。

兵庫県進路指導研究会ニュース1976年3月『新しい出立のために』第18号に、「朝鮮人生徒の進路保障 在日朝鮮人生徒の公務員への就職―当面凍結する意味を進指研で討議―」が発表された。 そこには次のように記されている。

「在日朝鮮人生徒の公務員への就職については、私たちは今後これを凍結する。 在日朝鮮人生徒を公務員として送り込んだ阪神間の高校では、いま、彼らをすみやかに引き取り、積極的に転職をすすめていく方向で、当該生徒たちとの話し合いが続けられている。 在日外国人の門戸を開放し、地方公務員として受け入れてきた側の自治体の、民族問題に対する理解がまったくないことがその後明らかになってきており、このままでは在日朝鮮人法的地位に抵触する危険も生じる恐れがある。 また、このことで、私たち日本人が同化に手をかすことがあるとすれば、なおのこと見過ごすわけにはいかない」

「自治体当局ばかりではなく、労働組合もまた(在日に関する知識や認識)に乏しい‥‥公務員のストが禁じられているいま、(外国人公務員が)労働運動をすれば、生命に危険があることすら分かっておらず、在日朝鮮人を日本人の責任で守り切れる保障がない限り、彼らを労働組合に加入させるべきではない」

「(在日朝鮮人生徒の公務員就職は)凍結するが、<国籍条項>撤廃の要請は続ける。 そのわけは私企業が在日朝鮮人、中国人生徒を採用しない口実として、<公務員>も外国籍生徒を採用しないといったようにして就職差別を正当化しようとする風潮が現に存在するからである」  (以上、玄善允『金時鐘は「在日」をどう語ったか』同時代社2021年4月 157~158頁より再引)

 もう少し詳しく言うと、進路指導研究会(進指研)とは公立高校の教師たちの集まりで、生徒らの就職について情報を交換し、時には企業等に働きかける組織でした。 外国人の公務員採用について昔から〝公権力の行使”の点から採用しないことが〝当然の法理”とされてきたのに対し、それは民族差別を正当化するものとして批判し、1973年に阪神間の地方公務員就職について採用条件にある「国籍条項」を撤廃させて、実際に在日朝鮮人子弟を公務員として採用させるという成果を挙げたのでした。 ところがそれが間違いだったとして、在日の公務員就職活動を凍結させるだけでなく、前年度に公務員採用された在日の子を「すみやかに引き取り、積極的に転職をすすめていく方向で、当該生徒たちとの話し合い」をしているのだというのです。 まさに〝手のひら返し”です。

 この〝手のひら返し”をさせた人物が金時鐘さんのようです。 彼が兵庫県進指研を動かしたと思われます。 彼は1973年に兵庫県立湊川高校に教師(ただし教員免許がないので、実際は実習助手)として就職しており、当時の日本社会において民族差別問題ですでに大きな影響力を有する人物でした。 その彼の発言を拾いますと、

在日朝鮮人が日本の公務員になることは、日帝時代の夢を彷彿させる。 1945年8月15日まで、朝鮮人の青少年たちの夢は、町村の吏員になることがすべてだった。 いま、日本人化する風潮がつよく、帰化運動を推し進める動きが阪神間で起こっていることを合わせて考えるなら、官吏になることは同化の道行きだ。 言うまでもなく、在日朝鮮人の鉄則は、日本の内政に干渉しないことである。

公務員というなら、朝鮮語を教えることで公務員になっている私の場合のような、知識労働者としての面が開発されるべきだ。 公務員への就職を食えるからとか、金になるからというだけの、市民的権利の拡大だけに短絡させてはいけない。 そのような職場開拓は問題がある。 (以上、兵庫県高校進路指導研究会「在日朝鮮人諸団体の評価」にある金時鐘さんの一文。 金宣吉「歴史をふまえた『異者』との共生」52~53頁より再引)

(植民地時代に朝鮮人が)下っ端というか、木っ端役人ですが、ともあれ行政権力から給料をもらえるということが一番の夢だったのです。 少年の夢として、青少年の描く夢として何と、わびしい限りではありませんか。 (現在の日本で)そのようなことが、在日朝鮮人の労働権の開発という正当な運動の闘い取る遺産の中で、在日世代のさもしい夢として育てられるのでしたら、これは何ともやりきれない話です。 (「民族教育への私見」 『金時鐘コレクション10』藤原書店 2020年6月 204頁)

‥‥そのこと(在日朝鮮人の公務員就職)を凍結するといったことの裏には、初めて兵庫で地方公務員に入ったのは県立尼崎工業高校の卒業生たちでありましたが、その生徒たちの一部に、勤めていっても続かなかった子供がいたという実情があったのです。 ‥‥又は姫路の西播磨地区でも女生徒が一人、やはり地方行政に入っていますが、聞くところによりますと、その生徒は、入ったとたんに日本人らしく振舞っているといいます。 親まで加担したそうだといいます。 朝鮮人の痕跡をなくす側に立っていく。 そういうことがあって、行政側に推挙することを凍結するというふうに兵庫の解放研ではいったのです‥‥ (「民族教育への私見(下)」『朝鮮研究』172号 1977年 -玄善允『金時鐘は「在日」をどう語ったか』同時代社2021年4月 176頁より再引

 民族差別に反対する側である金時鐘さんが、〝在日朝鮮人の子を公務員に就職させてはならない”という主張をしていたのでした。 植民地時代の朝鮮の若者は総督府の吏員となることに憧れて親日派=日帝の手先となり皇民化を推進したという歴史を振り返るならば、現代に在日朝鮮人が日本で公務員になることも同じことだとする考え方です。 朝鮮人は日本人に同化して権力の走狗になっていいのか、ということのようです。

 このたびの三重県の公務員採用に外国人を除外しようとする動きに対し、岩波の『世界』が反対の意見を載せました。 しかしそこには上記の金時鐘さんや兵庫県進指研の主張が全く取り上げられていないことに疑問を感じ、本ブログでこの時の資料を呈示するものです。

 外国人の公務員就職問題は〝当然の法理”で反対する意見もあれば、民族差別と闘う者からの反対意見もあったことは、記憶に留めてほしいものです。

【拙稿参照】

金時鐘氏への疑問(3)―教員免許・公務員就職 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/05/9766006

第100題「国籍条項撤廃運動」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakudai