「独島は我が土地」を歌って歓迎する日韓交流2019/08/22

 民間や自治体レベルの日韓交流は、昔から盛んです。 近ごろは日韓関係が最悪になったといわれており、だからこそ交流が大事という主張も大きく叫ばれています。 それは当然の主張なのですが、交流が深まれば日韓関係がよくなるはずだという意見があるのには、首をひねります。

 ちょっと昔に聞いた話ですが、日本人側が韓国を訪れ、韓国側がこれを歓迎する日韓交流行事の際のことです。 韓国側は「独島(竹島)は我が土地」という歌を歌って、日本人たちの訪問を歓迎したというのです。 日本人側は韓国語が分からないし、またその歌がどういう歌かも知らなかったので、そのまま交流行事を進めました。 しかし後になってその歌の意味を知って驚いたという話でした。

 最近に日本で韓国語を教える韓国人講師に、この話をしました。 私は、韓国も困ったものだという答を期待していました。 しかし彼はそうではなく、その歌は韓国では子供の時からよく歌われているもので、韓国人の普段の姿を見せただけでしょうと答えたのです。 つまり、それは悪いことではないというのでした。

 外国との交流の歓迎行事ではその国との友好を考慮して、政治的に対立するようなことには触れないのが常識と思うのですが、韓国ではそういう考え方にならないことにビックリした次第。 

 相手が日本で、しかも韓国語も知らないのだから構わないということなのでしょうか。 あるいは、自分たちは正しいのだから間違っている日本を教え諭してやっているのだということなのでしょうか。 あるいはまた、自分たちの意見に同調する「良心的日本人」ならば交流してもいいという意味なのでしょうか。

 韓国との交流には、手放しでは喜べないものがあります。

【拙稿参照】

日韓交流は相互理解に役立ってきたか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/13/8747383

ある大学での在日コリアンゼミー毎日新聞2019/08/15

 毎日新聞2019年8月14日付けで 「在日コリアン『差別生んだのは、私たちの社会』 京都女子大ゼミ生学ぶ 座学や学校訪問、一から理解深め」 と題する長文の記事が出ています。 https://mainichi.jp/articles/20190814/ddl/k39/040/384000c

朝鮮半島にルーツを持つ在日コリアンについて、ほとんど知識がなかった京都女子大法学部の市川ゼミの3年生8人(20~21歳)がその歴史を学び、民族教育を行う朝鮮学校を訪れた。若い感性は何を受け止めたのか。

 記事の冒頭がこれで、次にゼミでどのような発表をしたかを紹介しています。

和泉茉那さんらが「在日朝鮮人ってどんなひと?」(徐京植(ソキョンシク)さん著、平凡社)などを元に報告した。

日本が植民地支配をした1910年以降、朝鮮半島の人は日本臣民とされ、朝鮮語使用を禁じられ、戦争にも出兵▽終戦時、既に生活基盤が出身地になかったり、財産持ち帰りが1人1000円に制限されたり、帰りたくても帰れない人がいた▽敗戦後は一方的に外国人とされ、長い間、指紋押捺(おうなつ)が義務付けられた。公務員就任や弁護士資格の国籍条項、国民健康保険加入など数々の差別と直面し、一部は認められたものの、制限はまだ残る--ことなどを知った。

 この中に間違いがいくつかあります。 「朝鮮語使用を禁じられ」とありますが、日常生活で朝鮮語を禁じられたことはありません。 家庭内や近所、友人同士で朝鮮語を使うことは自由でした。

 また「敗戦後は一方的に外国人とされ」とありますが、敗戦直後に在日たちはもうこれで日本人でなくなったと解放を喜び、万歳を叫んだ歴史事実を知らないのでしょうか。 在日朝鮮人が外国人であることは彼ら自身の主張であり、また本国の韓国・北朝鮮政府の主張でもあったのです。

 あるいはまた「数々の差別と直面し、一部は認められたものの、制限はまだ残る」とありますが、外国籍である限り日本国籍とは違う処遇になるのは当たり前のことです。 大学の授業での発表なら、批判する文献も含めて関連資料を出来るだけ読み込まなければならないのですが、教授はそんな指導をしていないのでしょうか。

「思っていた以上に多くの差別があった。日本は生きにくい土地なんだな」(塩田雅(みや)さん)、「韓国と北朝鮮を下に見る人がいる。歴史を勉強しないと、親から子へそういう意識が伝わるのでは」(井上真帆さん)などと感想を漏らした。市川教授が「知らへんことで、差別意識が強化される」と指摘した。

 学生さんは「日本は生きにくい土地なんだな」と感想を述べていますが、これは間違いの認識です。 在日は日本が生きやすかったから日本に残ったのであり、北朝鮮や韓国という祖国では生きにくいから帰らなかったのです。 こんなことは在日一世のお年寄りから聞き取りを実際にやっていれば、すぐ分かることなんですがねえ。

 ところで教授は「知らへんことで、差別意識が強化される」と指摘したそうですが、知ることによって差別意識が強化される場合もあることを学生に教えてほしかったですねえ。 昔、朝鮮高校生と抗争を繰り返していた日本の高校生に、日本がどれほど酷いことをしたかの歴史を教えてやったら、ようやった、もっとやっつけたらよかったのに、という反応になったというエピソードがありました。 歴史を知った彼らは、パチンコ屋に行くことを「朝鮮征伐」と称したといいます。

そして有志6人が6月末に京都市左京区の京都朝鮮中高級学校を訪ねた。1人を除き、初めての朝鮮学校訪問だ。民族教育の大切さを訴える講演や、「祖国訪問」と題して約2週間、北朝鮮に修学旅行をした女子生徒からの報告を聞くなどした。

 ここまでやるのでしたら、学生たちは北朝鮮を是非訪問してもらいたいものです。 そこでは朝鮮学校の民族教育が目指すものがどういうものかを見せてくれます。 主体思想、先軍、苦難の行軍、喜び組、コッチェビ,公開処刑、強制収容所等々、しっかり勉強してほしいですね。 日本の学生なのですから、朝鮮学校の生徒とは違う勉強をしましょう。

拉致やミサイルに核実験……。北朝鮮は不気味で理解不能な国と思われがちだが、朝鮮半島が南北に分断される、つまり北朝鮮誕生につながる、そもそものきっかけを作ったのは誰だろう。知らないと見えてこないことがある。  

 これは毎日の大澤重人記者の言葉のようですが、大きな間違いがあります。 南北分断のきっかけを作ったのはアメリカとソ連であり、北朝鮮誕生のきっかけをつくったのは金日成とスターリンです。 北朝鮮を「不気味で理解不能な国」にしたのは三代世襲の金一族であって、いずれも日本は関係ありません。 日本は朝鮮を統一した状態で植民地支配してきたのです。 こういうことは、ちゃんと「知らないと見えてこない」ものですね。

 次に在日コリアンの定義です。 おそらく大澤記者の解説と思われますが、次のようになっています。

戦前から戦中に徴用や出稼ぎなどのため日本に渡り、戦後も残留した朝鮮半島出身者とその子孫。広義では日本国籍取得者も含む。敗戦時には約240万人いたが、1946年には多くが帰国し約64万人に。在日韓国・朝鮮人、在日朝鮮人とも呼び、うち韓国籍の人を在日韓国人と称する。

10年の韓国併合後は日本臣民とされたが、52年のサンフランシスコ講和条約発効を期に日本国籍を喪失。大半が47年の外国人登録令で使われ始めた「朝鮮籍」と分類された。これは国籍ではなく、出身や民族を示す外国人登録上の「記号」。その後、韓国籍や日本国籍を取得した人も多く、在留外国人統計(2018年12月末現在)によると、韓国籍約45万人、朝鮮籍約3万人の計48万人。朝鮮籍は北朝鮮籍ではないが、北朝鮮の国籍取得者もいる。同国と国交のない日本政府はそれを国籍と認めていない。

 新聞記者なら正確な数字を記すべきでしょう。 1946年の在日人口が「約64万人」とは、何を根拠にしているのでしょうか。 在日人口の正確な統計は、当初外国人登録の二重登録や不正登録が横行したので、1952年までは不明と言わざるを得ない状態でした。 「64万人」は1946年3月の引揚援護庁による数字と思われますが、実際に数えた数字ではありません。

 その後、指紋押捺義務や外国人登録と食糧購入通帳(いわゆる米穀通帳)との照合が行われて、1952年からようやく正確な人口が把握されました。 それによると535,065人です。 64万人とは全然違う数字です。

 また「在留外国人統計(2018年12月末現在)によると、韓国籍約45万人、朝鮮籍約3万人の計48万人」とありますが、この数字は戦後や近年に来日した韓国人(ニューカマー)が含まれています。 この記事では在日コリアンとは「戦前から戦中に徴用や出稼ぎなどのため日本に渡り、戦後も残留した朝鮮半島出身者とその子孫」と定義しているのですから、ニューカマーを除外せねばなりません。

 この定義の場合の在留資格は「特別永住」です。 そしてその数字は韓国籍「約28万9千人」、朝鮮籍「約2万9千人」、計「31万8千人」です。 「48万人」とは全く違う数字です。 大澤記者はプロの新聞記者なのですから、記事に出てくる数字はちゃんと根拠を持ったものを出してほしいと思います。

【拙稿参照】

ニューカマーが特別永住者?!―毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/21/9131374

特別永住者数の推移       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/16/9129169

トルコ国籍の特別永住者?!―毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/10/27/7870629

米国籍などの特別永住者         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285

特別永住の経過             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/08/25/1750381

特別永住制度の変更は非現実的      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/01/1762857

在日の法的問題は解決済み        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/08/1781500

在日の特別永住制度           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/14/6864389

毎日のコラム「平和をたずねて」への疑問(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/11/06/8991794

30年前の在日韓国人論―四方田犬彦  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/01/05/8762608

金時鐘さんは結局語らず2019/08/13

  朝日新聞で「語る 人生の贈り物」と題して、金時鐘さんの聞き書きがこの7月17日から8月9日まで連載され、8月11日付けでまとめが出ていました。     https://digital.asahi.com/articles/ASM6T6VF2M6TUSPT00F.html?iref=comtop_8_01

 金さんについては、彼の著作を読んで彼の本名や在留資格について疑問があり、また日本密航のきっかけとなった4・3事件の語りにおいても疑問があることを、これまで拙ブログで記してきました。 (下記【拙稿参照】をご覧下さい。)

 これらの疑問について金さんがどのように語っているのか、あるいはその疑問を解いてくれているのかに関心があり、連載を読み続けました。 しかしこれについては次のようにあるだけでした。

墓参りを年に一度はしたいと、私は2003年、韓国の国籍を取得しました。この年に就任した革新系の盧武鉉(ノムヒョン)大統領は、4・3事件を「国家権力の過ち」と認めて被害者に公式謝罪しました。

解放後の済州島では、米軍政下の警察が極右勢力と組んで横暴を極めていました。「3・1独立運動」の記念日を祝う集会のデモ隊に発砲して死傷者を出し、抗議のゼネストでも多くの若者が残忍な拷問を受けて惨殺されました。目にあまる弾圧への怒りが、蜂起の導火線になったのです。   蜂起側に加わった私は追われる身となり、身を潜めました。

南単独の選挙で作りあげられた韓国の李承晩(イスンマン)政権は「反共(パンゴン)・滅共(ミョルコン)」を大義名分にして済州島での虐殺をほしいままにしました。米軍はむしろ後支えをしました。    漢拏山(ハルラサン)にこもった蜂起勢力に対し、韓国の軍隊や警察は「焦土化作戦」で中山間部の集落を無差別に焼き払い、大勢の農民が巻き添えになりました。「赤狩り」と称した民間人虐殺は、朝鮮戦争(50~53年)まで続きます。

今でも「赤色暴動」などと非難する保守系の政治家らがいます。いまもって名乗りでない遺族が多いのも、独裁政権の圧政の記憶が消えないからです。南北関係が保守政権下で融和から対立に転じたように、いつ揺り戻しがあるか分からない。韓国社会の分断の傷はそれだけ深いのです。

 私の疑問を要約しますと二点あります。

① 2003年の韓国戸籍取得の時に、彼は親からもらった「金時鐘」という名前ではなく、1949年に日本に密航した際に不正に得た外国人登録証にある「林大造」名で戸籍を作成したこと。 両親の墓参りのために戸籍を取得したというのなら、その戸籍名を「金時鐘」でなく別人の「林大造」にしたこととは整合しないのではないか、という疑問です。

② 4・3事件でご自分が所属した南朝鮮労働党(南労党=蜂起勢力)による赤色テロについて語らないこと。 赤色テロについては、彼自身の著作中にわずかですが触れられているので、知っておられます。 しかしこれを語らずに「焦土化作戦」や「赤狩り」といった白色テロのみを取り上げて権力批判に集中していることに対する疑問です。 白色テロが凄惨だったのはその通りですが、赤色テロもまた凄惨だったのです。

【拙稿参照】

金時鐘さんは本名をなぜ語らないのか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/02/9110448

毎日の余録に出た金時鐘さん http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/27/8950717

本名は「金時鐘」か「林大造」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031

金時鐘『朝鮮と日本に生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/28/7718112

金時鐘さんの法的身分(続)     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/13/7732281

金時鐘さんの法的身分(続々)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/26/7750143

金時鐘さんの法的身分(4)    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951

金時鐘さんの出生地        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/05/7700647

金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038

済州島4・3事件の赤色テロ(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/10/8890890

済州島4・3事件の赤色テロ(5)―右翼家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/05/8909472

済州島4・3事件の赤色テロ(6)―評価は公平に http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/10/8912907

文大統領の発言2019/08/06

 文在寅大統領が昨日(5日)大統領府で開かれた首席補佐官会議で行なった発言は、自分が今何を考えているかを分かりやすく説明してくれています。 ただ全文を載せているのが今のところ見当たらず、各新聞では大統領発言を部分的にカッコ書きで紹介し、解説しています。 カッコ書きですから、実際の発言と思われます。 ただし上述のように全文がありませんから、どういう文脈での発言なのかが不分明で、ちょっともどかしいですね。

南北経済協力(平和経済)こそが日本に対抗できる

南北間の経済協力で平和経済が実現されると、我々は一気に日本経済の優位に追いつくことができる。 今度のことを経験して、我々は平和経済の切実さをもう一度確認することができた。

平和経済こそが、世界のどの国も持つことができない、我々だけの未来だ。 南と北がともに努力していく時、非核化とともに朝鮮半島の平和とその土台のために共同繁栄を成し遂げることができる。

 南北の経済協力を「平和経済」と言うのですね。 この平和経済のバラ色の未来を語り、それによって日本に追いつくと豪語しています。 北との経済協力なんてほとんど進展していないのに、このような夢物語が大統領という国家最高指導者の口から出てくるのか、不思議ですねえ。 それに北朝鮮は主体思想とか先軍とかのイデオロギーを捨てない限り、経済発展はあり得ないでしょう。 中国では毛沢東思想を捨て去ったから改革開放が成功しました。 これと同じです。

日本に負けないぞ

(日本の経済報復は)経済強国に向かうための我々の意思をさらに大きくしてくれる刺激剤になるのだ。 日本は決して、我が国の経済跳躍を妨げることはできない。 むしろ経済強国に向かうための我々の意思をさらに大きくしてくれる刺激剤になるのだ。 今度のことを冷静に我々自身を振り返ってみて、大韓民国を新しく跳躍させる契機としなければならない。

 今度の日本の輸出管理=ホワイト国除外に対して、韓国は「経済報復」ととらえて、決して日本に負けないぞと決意表明しています。 そのためには次のようにやろうと提起しています。

日本の貿易報復を克服することだけに止まらず、日本経済を乗り越えるもっと大きな視野と非常な覚悟が必要だ。 部品素材産業の競争力を画期的に高めるとともに、経済全般の活力を取り戻す幅広い経済政策を並行していかねばならない。 今度の補正予算に続いて、来年度予算編成から、政府の政策の意思を十分に反映してくれることを望みたい。

 抽象的言辞が並んでいますが、日本に頼っている部品素材を国産に切り替えるために国が予算をつけよう、ということぐらいにちょっと具体性がありますね。 いわゆる輸入代替経済政策です。 1960~70年代にインド・中国等々の非同盟諸国がこの政策を採用し、先進国から輸入品をできる限り国産化して民族経済を確立しようとしたことがありました。 結局は失敗に終わったのですが、これを彷彿させますね。

過去を記憶しない日本

日本政府は痛い過去を踏みしめ、互恵協力の韓日関係を発展させてきた両国の国民に大きな傷を負わせている。 過去を記憶しない国の日本という批判も日本政府が自らつくっている。 自由貿易秩序を毀損することに対する国際社会の批判も非常に大きい。 経済力だけで世界の指導的位置に立つことが出来ない点を悟らなければならない。

 過去を反省しない日本を批判する、これは定番ですねえ。 我々には何べん同じことを言っているのかと思うでしょうが、韓国民族主義の根本といえるものです。 経典か呪文みたいなもので、当人らは何度唱えても、イヤにならないようです。

道徳的優位とは?

われわれは経済強国に向かうための誓いを新たにするとともに、民主、人権の価値を最も大切にし、自由で公正な経済、平和、協力の秩序を一貫して追求していく。 朝鮮半島平和の秩序を主導的に開拓し、国際舞台で共存共栄や互恵協力の精神を正しく実践していく。 国際社会の責任ある一員として人類の不変の価値や国際規範を守っていく。 道徳的な優位を基に成熟した民主主義の上で、平和国家や文化強国としての地位を高め、経済強国として新しい未来を切り開いていく。

 最後は韓国のこれからの方向について、抽象的な決意表明です。 このなかで韓国独特の言い方があるのに注目してください。 「道徳的な優位を基に」というところです。 公的会議で「道徳的な優位」と発言する国家指導者は、おそらく他にいないでしょう。 韓国独特の言い方だからこそ、韓国・韓国人を分析する時に重要な言葉になると考えます。

 韓国のいう「道徳」とは朱子学の理念における「道徳」であって、一般的な意味の「道徳」ではないことに注意が必要です。 そして「道徳的優位」とは、日本を道徳的劣位に置き、自分たちを優位に置くという意味になります。

 約束を守らないのに、なぜ「道徳」というのか?という疑問は、日本人には通用します。 しかし韓国では、道徳的優位に立つ者は劣位の者との約束を守らなくてもいい、という考え方になります。 つまり道徳の優劣関係は、約束を守るか否かの基準になるのです。 これを説明するのが難しいですねえ。

HP開設20周年、ブログ開設13周年2019/08/02

 「歴史と国家」というタイトルでHPを開設したのが1999年8月でしたから、もう20年が経ちました。 また本ブログを開設したのが2006年6月でしたから、こちらは13年です。 15・16・17周年の時は、下記のように報告しております。

HP開設17周年・ブログ開設10周年 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/10/8149051

HP開設16周年         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/09/06/7779581

HP開設15周年         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/08/08/7408861

 もうそろそろ終わりかなあと思いながらも、さらに3年も続いて、20周年を迎えました。

 体力の衰えを感じており、新たな情報を得ようとする気力も落ちてきています。 これから更新のペースが落ちていくでしょう。 どこまで続くか分かりませんが、ぼちぼちと休みながら行こうか、と考えています。

 日韓関係が悪化一路です。 韓国はこれから徴用工賠償のための三菱重工・日本製鉄等の所有財産の現金化・没収を進めていきます。 また対馬の仏像問題もどうなるのか分からない状態が続きます。 日韓関係は解決の目途がない状態です。 安倍政権は2021年、文在寅政権は2022年まで続くでしょうから、少なくとも日韓関係の悪化はその時まで継続し、その後も未解決で悪化した状態のままになるだろうと予想します。

 これからは本当に日本のことが好きな韓国人、そして本当に韓国のことが好きな日本人だけの交流が残るでしょう。 考えてみれば、これこそが真の意味の国際交流かも知れません。

【ホームページ「『歴史と国家』雑考」】  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/

    HP論考集一覧       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/ronkoushuu

【ブログ tsujimoto】          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/

    ブログ論考一覧       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/burogu

【拙稿参照】

経済制裁は有効でない       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/05/9111486

日韓関係はどうなる?       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/02/25/9040406

李洛淵首相のツイッター発言―天皇は指導者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/05/01/9066727

韓国が天皇訪韓を望む!?-朝日インタビュー http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/09/23/8681910

韓国では日本の存在感はない    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/02/17/8789342

慰安婦合意の検証         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/31/8758841

韓国の反日外交の定番       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/01/22/7546410

慰安婦問題の日韓合意は混乱を呼ぶか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/01/02/7968787

若者世代の大きな変化2019/07/30

少年犯罪統計

 インターネット記事を見ていたら、少年犯罪が2003年以後に急速に減っているという統計がありました↑。 その減り方があまりに劇的です。 10万人当たりの検挙少年が2003年に16人、2017年に4人と、15年ほどの間に四分の一に減っているのです。 少年というのは学年で言えば小学校高学年くらいから高校卒業時くらいまでですから、この世代は今10代後半~30代前半の若者世代ということになります。 犯罪が減っていることは非常に喜ばしいのですが、何故そのような現象が起きているのか、その理由がなかなか分からないようです。

 ところでこの世代のもう一つの特徴は、安倍政権への支持率が他世代よりはるかに高いことです。朝日新聞の『論座』がこれを取り上げていました。

https://webronza.asahi.com/culture/articles/2019071600014.html?page=1

リベラルな若者が政権を支持するネジレの謎を追う   イデオロギーを凌駕する「権威ファースト」の出現

若者の安倍政権支持率はあらゆる世代の中で最も高い――。

もはや常識と化したこの傾向に対して、「なぜ、若者は政権を支持するのか」という視点の分析記事がたくさん出ています。     私は、そのような記事を見つけ次第、なるべく目を通してきました。確かにどの記事も一部の若者の声を代弁していますが、その一方で、何かまだ一つ、決定的なピースが欠けているように感じるのです。

若者の権威主義化の問題を指摘しています。儒教的な上下関係の概念が根強く残り、人権、個人の尊厳等に対して理解の乏しい日本でその特徴がより強く出るのも頷けます。 ‥‥つまり、「自分の政治的価値観ファースト」ではなく、「権威ファースト」です。これが、リベラルな価値観の強いはずの人までもが安倍政権を支持するという「ネジレ現象」が生まれるクリティカルな要因のように思うのです。

 記事は若者世代が安倍政権を支持するのが理解できず、何とか理由を求めようとしています。 それが「権威ファースト」だそうです。 これによれば若者世代には権威に阿るような「権威ファースト」が生まれているとありますが、果たしてそうなのでしょうか? また若者世代の権威ファーストが「儒教的な上下関係の概念が根強く残っている」ことに源を求めるのは、いかがなものなのでしょうか?

 若者に「儒教的な上下関係の概念」が残っているのなら、漢文授業で孔子をいっぱい学んだ高齢者にはもっと強く残っているはずです。 しかし記事では高齢者世代よりも若者世代に「儒教の概念」が強く残っているとしており、とても信じられるものではありません。 学校の運動クラブや職場などでは監督や上司・先輩に絶対服従するような「権威ファースト」がありますが、これは若者世代も高齢者世代も変わりないでしょう。 「権威ファースト」を世代論的に論じるは間違いだと言えます。

 「権威ファースト」が若者の特徴だと言うのは根拠となるデータがないもので、単にそんな風に見えるという印象論です。 これは老人が「近頃の若い奴は、なっとらん」と繰り言を言っているのと変わりありません。 客観的事実は、この若者世代の現政権支持率が他の世代よりもはるかに高いということだけです。

 ところで更に、若者世代はいわゆる「ゆとり世代」と重なります。 狭義の「ゆとり世代」は2002年以降に実施された学習指導要領に基づく教育を受けた世代です。 小学校から高校までの12年間のうち、この‘ゆとり教育’を受けた「ゆとり世代」は、今は20代~30代前半ですから、まさにこれまで論じてきた若者世代です。 「ゆとり教育」は、実施期間は短かったですが、意外と大きな影響を与えていると言えるかも知れません。

 世間には若者世代の特徴を表現するものがありますが、たいていが客観的ではありません。 自分の体験やニュースを見ての感想程度の主観的なものが多いようで、参考になりません。 例えば上述の「権威ファースト」論なんかは、その典型例です。

 客観的データに基づくと、この世代の特徴は、①少年犯罪が少ない、②現政権支持率が高い、③ゆとり世代である‥‥ということは言えそうです。 他にもデータに基づいた特徴を探せば色々出てくると思われます。 しかしこれらにどんな相関関係があるのか? これをうまく説明してくれる論者がいませんねえ。

 これから10年・20年経つと、この世代が各界の指導者となって社会の中枢を担います。 その時に日本は、今の日本とは相当に違った社会様相を示すことになるではないでしょうか。

伊藤亜人さん 「法」より「惻隠の情」―毎日新聞2019/07/25

 毎日新聞の7月24日付けの「どうする日韓関係」という記事のなかで、文化人類学の伊藤亜人さんが次のように論じています。 https://mainichi.jp/articles/20190724/ddm/004/070/021000c

確かに日韓基本条約などの「法」はある。しかし、「法は有効だが、社会の現実から離れた形式的な運用がはびこれば、社会そのものが滅びる」。古代中国の聖賢がそう言っている。日本人にも理解できる考えだろう。明治以降の帝国主義の犠牲になってきた朝鮮半島の人たちには、西洋的な「法」だけでは割り切れない感情がある。彼らの中にある「恨(ハン)」とか「非業の気持ち」に対して日本側は「惻隠(そくいん)の情」を示すべきだろう。傲慢にならず、相手をおしはかろうとする姿勢だ。そうでないといつまでも日本は「法匪(ほうひ)(法解釈に固執し実態を顧みない人)」と呼ばれる。お互いにとって不幸な状態が永遠に続く。

 以前にも論じたことがありますが、韓国では「法」というものは人を束縛するものというイメージが強く、みんなが話し合って決めた約束が「法」だという考えが薄いです。 一旦決まった「法」を、その時のその場の人々の「情」によって無視しても構わないという考え方になります。 今回の場合は日韓条約ですが、もうこれでこの問題は終わったと互いに約束して交わした「法」がこの条約です。 しかし伊藤さんは、そんなものに縛られるのではなく、「情」が重要だと主張します。

 伊藤さんは長年、韓国をフィールドに民俗調査を続けられてきました。 おそらく「法」や「ルール」ではなく、韓国人たちのその場その場の「情」にだいぶ助けられたのではないかと想像します。 日本人ではなかなか体験できないものですが、韓国では特に有力者と親しくなると、「情」によって法やルールを無視するようなサービスを受けることがあります。 これがなかなか有効で、研究にしろ事業にしろ、物事がスムーズに動きます。 この体験を繰り返すと、日本のように杓子定規の「法」順守より、韓国のように人間関係を重視する「情」の方がよっぽど人間らしい社会だと考えるようになります。

 伊藤さんもそんな考えになられたのだろうかと、勝手ながら想像してみた次第。

日本でこの感覚が最も薄いのがエリート、つまり政治や経済に携わる人たちではないか。もともと生活感覚が薄い環境で育ち、アジア大陸に関する素養も経験も少ない。戦前を知る過去の政治家の中には深い反省を含めてアジアへの熱い思いを持つ人が多かったが、今のエリート層には隣国への友愛の情が感じられない。

 「エリート、つまり政治や経済に携わる人たち」は法やルールを率先して守らなければならない人たちだと思うのですが、伊藤さんによれば「隣国への友愛の情」がないそうです。 さらに彼らは「もともと生活感覚が薄い環境で育ち、アジア大陸に関する素養も経験も少ない」のだそうです。 政治や経済で外国と関係を持とうとするなら、「情」に溺れずにドライあるいはクールに行かねばならないと思うのですが‥。 「エリート」に対してちょっと偏見が過ぎるのではないかと思います。

 政治家の中には韓国を訪問して、「日韓友好」の集いに参加し夜の宴会に酔いつぶれるくらいに飲むような人がいました。 昔の社会党・民主党議員にいましたねえ。 翌日に署名した共同宣言に「独島(竹島)は韓国領土」と書かれてあったのですが、前日のパーティで飲みすぎて二日酔いだったそうです。 こういう人が伊藤さんの言う「深い反省を含めてアジアへの熱い思いを持つ人」なんでしょうかねえ。

【拙稿参照】

元徴用工判決「日本は法的な問題とみなしてはならない」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/12/06/9007579

法に対する思想が根本的に違う日本と韓国 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/11/6570566

法より情を優先する韓国社会       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/16/6575093

韓国の古代的法規範意識         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/10/27/1873691

韓国の法意識              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/11/10/1900716

韓国の法意識(続)           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/11/17/2393593

朴槿恵の謝罪―親の罪は子の罪か?    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/25/6584335

法を軽視する韓国の民族性        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/01/6967936

法を守るという価値観          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/11/1501343

法治国家かどうか疑問の韓国       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/19/7496467

法治主義と儒教             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/23/7500552

英雄を救うために法を変えよ―韓国    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/03/25/7597162

朴槿恵の謝罪―親の罪は子の罪か?    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/25/6584335

韓国の非常識判決ー対馬の盗難仏像 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/02/27/6732313

非常識がさらに非常識を呼ぶ―対馬仏像盗難事件 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/03/12/6744868

「賄賂は腐敗ではない」民本主義と法治主義―趙景達 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/28/7233914

「賄賂は腐敗ではない」民本主義と法治主義(続)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/02/7235833

ニューカマーが特別永住者?!―毎日新聞2019/07/21

 7月20日付の毎日新聞に「参院選2019 外国人願う、共生社会実現 日本在住、最多266万人」と題する記事に、ビックリ内容がありました。 https://mainichi.jp/senkyo/articles/20190720/ddm/041/010/130000c?pid=14509

同中(松戸自主夜間中学)事務局長の高永子(コウヨンジャ)さんは、胡さんらの姿に自分を重ねる。高さんは30年前、20代で韓国から来日した。韓国籍のまま日本で子育てもし、仕事にも打ち込んできたが、特別永住者のため選挙権はない。高さんは「選挙の時だけは外国人だと実感させられる」と話す。

 高さんは「30年前、20代で韓国から来日した」とありますから、いわゆるニューカマーです。 その人が「特別永住者」だとされていたので、ビックリ仰天しました。

 特別永住者は平成3年5月10日法律第71号の「特例法」に、「平和条約国籍離脱者およびその子孫」と定められています。 分かりやすくいえば、戦前から日本に在住してきた旧植民地(朝鮮・台湾)出身者とその子孫という意味です。 そういう人に限り「特別永住」という資格を有することができます。

 つまり本来は、戦後来日した韓国人が取得できる資格ではないのです。 しかし毎日のこの記事をどう読んでも、30年前に来日した韓国人のニューカマーが今、特別永住資格で暮らしていることになります。 こういうことがあり得るのか? あり得るとしたらどういう場合か? ちょっとした頭の体操です。

 まず考えられるのが、親が特別永住(当時は協定永住か126-2-6など)の韓国人で、時々家族と一緒に韓国に帰っていた場合です。 「時々」とは、特別永住資格は1年以上(今は5年以上)日本を離れるとその資格が喪失するからで、1年以内に日本と韓国を行き来する必要があります。

 極端に言えば、1年のうちの数日を日本の家で暮らし、他の3百何十日間は韓国で暮らしていれば、一応特別永住資格は維持されます。 こうなると子供ならば、日本人意識よりも韓国人意識を持つかも知れません。 しかし日本での永住資格を有していますから、韓国での住民登録はできません。 こんな人が20代になって日本にやって来て、今度こそ本格的に日本でずっと生活し続けてきた‥‥ これならば、本人はニューカマーの気持ちだが実際は特別永住者ということになります。

 頭の体操で考えていくとこうなるのですが、どうなんでしょう。 やはり毎日の記事にある「30年前、20代で韓国から来日した特別永住者」は、あり得ない話ですねえ。 おそらくは、この記事を書いた記者は特別永住について知識がなく、いい加減な記事を書いてしまったものと推測します。

 ところで世には特別永住については、誤解が多いですねえ。 いつでしたか、特別永住のトルコ人という新聞記事が出てビックリしたことがありました。 また米国や英国などの外国籍の特別永住者がいることについて、それはあり得ないと反論してきた方がいました。 特別永住の無知にこれまたビックリしました。

 少なくとも報道機関は仕事でやっているのですから、正確な知識を身につけてほしいものです。

【拙稿参照】

トルコ国籍の特別永住者?!―毎日新聞 ― http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/10/27/7870629

米国籍などの特別永住者         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285

特別永住の経過             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/08/25/1750381

特別永住制度の変更は非現実的      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/01/1762857

在日の法的問題は解決済み        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/08/1781500

在日の特別永住制度           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/14/6864389

特別永住者数の推移2019/07/16

 在日の特別永住者の数が30万人を切ったと言う人がいて、へー!! もうそんなに減っているのかと思って、久しぶりに調べてみました。

 出入国在留管理庁の統計によりますと、2017年末の韓国籍の特別永住者は29万5826人、朝鮮籍の特別永住者は3万243人で、計32万6069人です。 だから30万人を切ったというのは、韓国籍に限っての数字でした。 ついでに、ここ10年間の特別永住者の数を調べました。 

  特別永住者数(韓国・朝鮮籍)の推移

   2008年   416,309

   2009年   405,571 (10,738減)

   2010年   395,234 (10,337減)

   2011年   385,232 (10,002減)

   2012年   377,351 (7,881減)

   2013年   369,249 (8,102減)

   2014年   354,503 (14,746減)

   2015年   344,744 (9,759減)

   2016年   335,163 (9,581減)

   2017年   326,069 (9,094減)

 昨年(2018年)末の数字は、まだ出ていないようです。 見ての通り、特別永住者数は毎年9,000~1万人程が減っています。 この調子では、33年後の2050年には0になります。 特別永住制度ができたのは平成3年(1991年)でしたが、それまでに法務省の坂中英徳さんでしたか、2050年までに在日は消滅するだろうと見通しを立てていました。 その見通しが、ずばり大当たりしているということになります。

 減少の原因ははっきりしています。 帰化により日本国籍取得者が増えていること、および日本人との婚姻が90%で、その子供のほとんどは日本国籍となって特別永住資格を受け継がないことです。

 在日韓国・朝鮮人のなかに、「自分は日本人でも韓国人でもない、在日だ」なんて言う人がいます。 自分のアイデンティティを主観的にどう考えるかは自由ですが、「在日」を客観的に証明するものは特別永住資格しかありません。 その資格者が消滅しつつあるのです。 そのうちに、自分は日本人だが気持ちは在日だ、とか言う人が出てくるのですかねえ。 

【拙稿参照】

特別永住の経過             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/08/25/1750381

特別永住制度の変更は非現実的      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/01/1762857

在日の法的問題は解決済み        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/08/1781500

米国籍などの特別永住者         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285

在日の特別永住制度           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/14/6864389

トルコ国籍の特別永住者?!―毎日新聞 ― http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/10/27/7870629

『現代韓国を学ぶ』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/08/6472916

これまでの在日とその将来について(仮説) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/05/01/348943

児童虐待の暴言「橋の下で拾ってきた子」は日韓共通だが‥2019/07/09

 まだ小学校にも行っていない幼い子に対し、親が「お前は橋の下で拾ってきた子だ」と言うのは風習と言っていいのか分かりませんが、よく聞く話です。武内徹『お前はうちの子ではない 橋の下から拾って来た子だ』(星和書店 1999年11月)によれば、昔から最近に至るまで全国的に広く分布し、男性の35%、女性の60%が親から言われた経験があります。 そんなことを言わなかった親も多数いますが、言ってしまった親も多く、内容は共通して「橋の下」が大半だということです。 また男性よりも女性にその経験が多いのですが、その理由がどうも分からないようです。

 言われた子供は大きな衝撃を受けるので、多くの場合忘れることができず、何十年経っても思い出します。 幼児の記憶は断片的であやふやな場合がほとんどですが、親からのこの言葉だけは鮮明に残っているものです。 親たちは何故こんな酷いことを言うのか、いろいろ説明(言い訳)があります。 一つは「躾け」であり、もう一つは「冗談・からかい」です。

 親からこれを言われると、子供は衝撃のあまりシュンとなってしばらくおとなしくなります。 親からしたら、子供をおとなしくさせるための効果的な言葉ですし、子供は親の言うことを聞くものだと教えようとしたかも知れません。 だから「躾けだ!」と言い張ることになります。

 冗談で言ったとしても、幼い子供には冗談というものが理解できませんし、一番に愛してくれているはずの親から発言ですから、衝撃のあまり号泣してしまいます。 それが面白いのか、近くの橋の名前を出して「あそこの橋の下の河原で見つけたんだぞ」と更にからかって追い打ちをかける親もいます。 親にとっては何かのストレス解消なのでしょうか。

 これは言葉の暴力であって、児童虐待と言ってもいいと思うのですが、問題化しませんねえ。 ところでこれは日本だけのことだと思っていたら、韓国でも全く同じ言い方があることを最近知りました。

 「넌, 다리 밑에서 주워온 아이야!」。 訳すと「お前は橋の下で拾ってきた子だ!」ですから、全く同じです。 親や祖父母が言うようで、子供はショックで泣きます。 そして本当の母親を探して家出をしたりしますが、幼子の家出ですから橋や近所を回って結局は家に帰ることになるようです。 このあたりまでは日韓共通と言えます。

 ところで韓国語では「橋」を「다리(タリ)」というのですが、これにはもう一つ「足」という意味もあります。 もう少し詳しく言いますと、「다리」は腰から下の足の意で、足首から先は「발」です。 漢字では「脚」と「足」の違いですね。 従って「다리 밑에서」は、「橋の下で」という意味と「足(脚)の下で」という二つの意味があります。 「股下・股ぐら」の意味にもなりますね。

 だから「다리는 다린데, 엄마 다리 밑에서 주웠단 말이야!」、つまり「タリはタリでも、お母ちゃんのタリ(足・股)の下で拾ったということだ!」と言い換えられて、「だからお母ちゃんの本当の子という意味なんだよ」と、フォローが可能なのです。 だからなのでしょうか、韓国では日本の場合のような衝撃は小さいように感じられます。

 この言い方が日本と韓国にあることは分かりましたが、世界中にあるのかどうか? インドではガンジス川から拾ってきた、或いはアフリカではサハラ砂漠で拾ってきたというのがあるようです。 ただしこれは‘桃太郎’伝説や‘かぐや姫’伝説のように、「子供は授かりもの」という考え方であるかも知れません。 ヨーロッパでの‘コウノトリが運んできた’伝説も同じでしょう。 こうならば「お前はうちの本当の子ではない」と言われても、衝撃は少ないと考えられます。

 やはり「橋の下で拾ってきた」は「橋の下」に薄汚いイメージがあって真実味もあるせいか、衝撃は非常に大きいと言えます。 韓国では上述のように言い換えて衝撃を和らげることが出来ますが、日本ではそれがありません。 そういう意味で、日本独特の残酷な児童虐待の暴言と言えるのではないかと思います。

 この言葉がその後の成長過程でどのような影響を与えるのかは、よく分かっていないようです。 しかし大人になって、うちの親は昔そんな馬鹿な冗談を言っていたと笑って振り返るような人でも、その時に親が喋った一字一句やその表情まで鮮明に記憶しているものなので、トラウマになっているのは確実でしょう。 ただしトラウマの度合いが個々人で違いがあるように思われます。

 なお本稿は日本では「橋の下」という暴言の衝撃が大きく、韓国では衝撃が小さいということだけです。

 ところで「橋の下」ではありませんが、自分の子供に対する暴言は韓国でも負けず劣らず激しいものがあります。 男尊女卑の厳しいお国柄ですから、特に女の子に対する暴言は甚だしいと思えます。 一例を挙げますと ‘너가 배 속에 있었을 때 딸인 줄 알았으면 지웠을텐데’(お前がお腹にいる時に娘だと分かっていたら堕ろしていたのに)というのがあります。 韓国では出生前診断で「女」と判定されると中絶する場合がよくあります。 特に1980~90年代、今でも第三子でかなり多いようです。 ですから親からのこの暴言は実に真実味があります。