孫基禎の写真2021/03/05

 前回 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/03/9352492 で、「金銀銅メダルの三人(孫基禎、ハーパー、南昇龍)が並んで撮られた記念写真」 「『東亜日報』は孫の胸に掲げられていた日の丸を消して報道するという、いわゆる「日章旗抹消事件」という大事件を引き起こしました」と書きました。

 中公新書『孫基禎ー帝国日本の金メダリスト』(金誠 2020年7月)の101頁に、その二枚の写真がありました。 参考までに紹介します。

 この写真でも、メダルは見えませんねえ。 当時の表彰式ではメダルは掛けないのかも知れません。

【拙稿参照】

孫基禎は植民地支配に抗議したのか?  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/03/9352492

孫基禎は植民地支配に抗議したのか?2021/03/03

1936年ベルリンオリンピック マラソン表彰式

 3月1日付け毎日新聞に「忘れ去られた『日本代表』 統治下、差別への反発と誇り 台湾出身の五輪陸上選手・張星賢」と題する記事がありました。 https://mainichi.jp/articles/20210301/dde/007/040/032000c

 戦前に台湾からもオリンピック出場する選手がいたことに、新鮮な驚きと新たな知識を得ました。 この記事のなかで、朝鮮の孫基禎選手も触れられています。

こうした葛藤を抱えていたのは張だけではなかった。 張と同じく「日本代表」としてベルリン大会に出場した朝鮮出身の孫基禎(ソンキジョン)もその一人。 日本植民地時代の朝鮮に生まれ育った孫は男子マラソンで金メダルに輝いた。 だが、植民地支配への抗議の意味を込め、表彰台ではうつむき、月桂樹(げっけいじゅ)で胸の日の丸を隠した。

 孫選手はオリンピックのマラソン競技で金メダルを取ったことで有名ですが、その彼が「植民地支配への抗議の意味を込め、表彰台ではうつむき、月桂樹(げっけいじゅ)で胸の日の丸を隠した」と書かれているところに、え!?と疑問を感じました。

 孫選手は表彰台でヒットラーから金メダルとともに月桂冠と月桂樹を授与されます。 月桂冠は頭に被りましたが、月桂樹は苗木ですから両手に持つしかありません。 だから孫選手は表彰台では月桂樹を両手に持ち、それが彼の胸にあった日の丸を隠すようになりました。 それが写真に撮られて全世界に報道されたのですが(↑写真参照)、これは月桂樹を持ったから胸の日の丸が隠れたのであって、何も彼が意図して日の丸を隠したものではないと私は考えてきました。

 こう考えたもう一つの理由は、孫選手の報道写真はいくつかあるのですが、そのうちの一つに金銀銅メダルの三人(孫基禎、ハーパー、南昇龍)が並んで撮られた記念写真があります。 そこには孫、南の二人が胸に堂々と日の丸が着けられているのです。 孫には日の丸を隠そうという意図がなかったという傍証になると思いました。

 さらに「表彰台ではうつむき」とあります。 確かに表彰式の写真↑では、金メダルの孫とともに銅メダルの南の二人がうつむいています。 銀メダルのアーネスト・ハーパー(英国)が顔を上げて真っ直ぐに見ているのとは対照的です。 これは当時の日本の行事で国家演奏とともに国旗掲揚する場合、一般参席者は国旗をじっと見るのではなく、黙礼するようにうつむくことになっていたから、孫と南はその日本の流儀に従ったと私は考えてきました。

 それが毎日の記事は「植民地支配への抗議の意味」としたので、疑問というかビックリしたのです。 私の考えが単なる思い込みで、本当は「植民地支配への抗議の意味」があったのかも知れません。 ただそうなると、さらに疑問が出てきます。

 孫選手のオリンピック優勝は当時の朝鮮人たちに歓喜と熱狂をもたらし、『東亜日報』は孫の胸に掲げられていた日の丸を消して報道するという、いわゆる「日章旗抹消事件」という大事件を引き起こしました。 これは↑とは別の写真で、孫を斜め横から撮ったものです。 月桂樹を持った孫の胸にある日の丸が鮮明に見えていたのですが、紙面に載せる際に消されたのです。

 『東亜日報』の記者は厳しく取り調べられ、新聞は発行停止処分を受けます。 そして朝鮮の民族運動家たちは民族の英雄となった孫に近付こうとしますから、朝鮮の警察(朝鮮総督府警務局)はこれを警戒して孫の動きを監視します。

 そんな状況でしたから、孫が本当に「植民地支配への抗議の意味」で「表彰台ではうつむき」「日の丸を隠す」ような行為をしたのなら、しかもその写真が全世界に報道されたのですから、当然警察は孫を直接取り調べると思われます。 しかしそういう事実が管見では出てきません。

 孫が「植民地支配への抗議の意味を込め、表彰台ではうつむき、月桂樹(げっけいじゅ)で胸の日の丸を隠した」というのは、やはり私には疑問です。 後付けの知識でこの表彰式の写真を解釈したのではないかと思えてなりません。

人に卑猥語を言わせるトンデモ俗悪人2021/02/28

 卑猥語というのは、昔は便所の落書きによく書かれていたものでした。 また卑猥語は方言の違いが激しく、全国分布図というような得体の知れない地図がありましたねえ。 このごろは便所の落書きが劇的と言っていいほどに少なくなり、また全国分布図なんてものも目にしなくなりました。 ひょっとして言語学者なんかの手元には、あるのかも知れません。

 ところで40年以上も前のことですが、私はある公立図書館でアルバイトをしたことがあります。 その図書館では市民からの色んな問い合わせに答えるレファレンス室がありました。 そこには様々な質問・問い合わせ、時には人生相談みたいなものまでも掛かってきます。

 ある日、若い女性司書がそのレファレンスの電話を取って問い合わせに答えていたら、急に顔を赤らめ声が震え始めました。 直ぐにその上司である男性司書が電話を替わると、直ぐに電話が切れたということでした。

 その男性司書によると、女性の口から卑猥語をいかにして言わせるようにするか、それを仲間同士で競うというトンデモない遊びが流行っているそうです。 それがこのレファレンス室にも電話で掛かってくることがあるということでした。 彼らは色んな手口を使い様々な口実・手法を駆使して、電話に出た女性担当者から、口にするだけで恥ずかしい卑猥語をしゃべらせようとするのです。

 それから10年ほど経って、私の職場(図書館ではない)に知的障害者の方が作業員として働きに来ていました。 単純作業しかできず、あまり役に立たなかったですが、母親からの強い依頼と障害者雇用の面から首にすることが難しかったのでした。

 その彼が、周囲がビックリするような卑猥語を大声でしゃべるのに閉口しました。 周りの悪い大人たちが彼に卑猥語を教えて、しゃべらせるようにしたのです。 彼はそれを口に出すと、周囲が驚いて自分を振り返って見ます。 それによって自分が注目されるのが面白いようで、何度も繰り返すのです。 結局は障害というか病気が進行して病院に行く回数が増え、1年足らずで辞めてくれました。

 私にはこんな経験がありましたから、卑猥語に関して敏感になります。

 ところで外国人の名前には、日本では卑猥語に相当するものになる場合があります。 こういう外国人が日本で住むこととなったら、とんでもないトラブルというか人権侵害を引き起こすのではないかと危惧するのです。 (続く)

『中央日報』のラムザイヤー教授報道を読む2021/02/21

 アメリカのハーバード大学のラムザイヤー教授が「慰安婦=売春婦」という論文を書いたということで、韓国では厳しく非難する声が連日のように報道されています。 論文ならば、よく読んで論文で反論すればいいものを、マスコミがキャンペーンみたいに論難するのはいかがなものかと思います。 これでは学問研究の自由の侵害になります。

 それはともかくこれに関連して、韓国の有力紙『中央日報』2月18日付け日本語版に、「『慰安婦=売春婦』ハーバード教授『在日同胞の差別は在日同胞のせい』」と題する記事がありました。   https://japanese.joins.com/JArticle/275680   https://news.joins.com/article/23994648 

 ちょっと気になる内容なので、一部紹介しながら私の感想を書きます。

ラムザイヤー教授はこの論文で「日帝時代に日本に渡っていった朝鮮人は読み書きができず、たし算と引き算もできない」「数年間金を儲けて故郷の朝鮮に戻るという考えで、日本社会に同化する努力もせず、日本人との間に葛藤を生じさせた」などと描写した。 また「日本人の家主は朝鮮人に家を貸すことを避けた」としながら、朝鮮人が非衛生的で酒をたくさん飲んだりケンカをして大きな騒音を出したりすることが多かったためだと説明した。

 来日朝鮮人が「読み書きができない」というのは、そういった人が多かったのは事実ですが、そうではなく学校に通って日本語を勉強して来日したという朝鮮人も結構います。 なお朝鮮人女性の場合は併合後30年経った1940年でも就学率1割ほどでしたから、「読み書きができない」人がほとんどでした。 

 「数年間金を儲けて故郷の朝鮮に戻るという考え」は、出稼ぎのつもりで来るのが普通でしたから、ほとんどがそう考えていたのは事実です。 しかし「社会に同化する努力もせず、日本人との間に葛藤を生じさせた」は、そういう朝鮮人も多かったし、そうでなく日本社会に馴染もうとした朝鮮人も多かった、が正解です。 以上の記述は半分正しく、半分間違いというところですかね。

 「足し算引き算もできない」とありますが、読み書きができなくてもお金の計算はできるものです。 これは100%の間違いですね。    ところで「日本人の家主は朝鮮人に家を貸すことを避けた」は、今日の外国人にも共通するものですね。 こういう問題は戦前から継続してきたことと言えるでしょう。

ラムザイヤー教授はこれに先立って発表した関東大震災関連の論文の中で、1920年代朝鮮人の犯罪率が高いという恣意的な統計を繰り返して引用した後、韓国人全体を犯罪集団のように描写することもした。

 「1920年代朝鮮人の犯罪率が高いという恣意的な統計」とありますが、こんな統計があるとはビックリしました。 「恣意的」とありますから、根拠に乏しい統計なのかも知れません。

ラムザイヤー教授は日本の極右の菅沼光弘氏『ヤクザと妓生が作った大韓民国~日韓戦後裏面史』に出てきた根拠のない統計を自身の論文に引用し、在日同胞社会全体を否定的に描写した。ラムザイヤー教授が引用した内容は2015年当時、日本国籍者10万人あたり犯罪者数は63.6人だが、在日コリアンは10万人あたり608人という部分だ。

 これが一番ビックリしたところです。 「2015年当時、日本国籍者10万人あたり犯罪者数は63.6人だが、在日コリアンは10万人あたり608人」。 ほんの5年前に在日の犯罪者数の割合が日本人の9倍以上だなんて、こんな数字が本当にあるのか?

 早速その『ヤクザと妓生が作った大韓民国』(ビジネス社 2015年11月)という本を入手して読んでみました。 やはりそんな記述は見当たりません。 これは虚偽と言うしかありませんね。

 在日の犯罪率については、以前に拙論で論じたことがありますのでご参考いただければ幸い。

在日の今後の見通し(犯罪率)について http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/25/6642370

「在日の犯罪と生活保護」 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuurokudai

48年の済州島(チェジュド)四・三事件当時、共産主義勢力が政府の弾圧を避けて大勢日本に密航し、彼らが在日同胞社会の主流になったという主張も展開した。共産主義者が在日同胞のリーダーとなり、政治的議題を僑胞社会の前面に掲げたことから、日本人が敵対感を持つことになったという。

 4・3事件で、済州島からかなりの数の朝鮮人が密航してきたのは事実ですが、「彼らが在日同胞社会の主流になった」ことはありません。 共産主義者は朝鮮総連で活動するのですが、ここは破防法の対象組織ですから警察や公安調査庁などに監視されています。 密航者が表立って活動できるものではありませんでした。

 また「共産主義者が在日同胞のリーダーとなり、政治的議題を僑胞社会の前面に掲げたことから、日本人が敵対感を持つことになった」ということもありません。 これは間違いですね。 日本人と朝鮮人が緊張関係になったのは、共産主義者だからではなく、下記の拙論にありますように別の要因と言わなければならないところです。

ラムザイヤー教授は在日同胞差別については「日本に住む韓国人は自らさらに大きな疑いや敵対感、差別を作った」ともした。

 これについては、これまで拙論で何度も論じていますので、ご参考ください。

戦後朝鮮人の振る舞い―「事実」の経過 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/28/9299898

戦後朝鮮人の振る舞い―NHK記事に民団が人権救済申し立て http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/25/9299094

戦後の朝鮮人の振る舞い―事実を語るべきか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/08/23/9281241

水野・文『在日朝鮮人』(14)―終戦直後の状況 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/22/8135824

張赫宙「在日朝鮮人批判」(1)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/27/7024714

張赫宙「在日朝鮮人批判」(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/01/7030446

権逸の『回顧録』          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/07/7045587

終戦後の在日朝鮮人の‘振る舞い’  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/14/7054495

在日朝鮮人の「無職者」数      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/01/05/7971706

闇市における「第三国人」神話    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuusandai

あわせて論文の結論には「日本に居住する韓国人の歴史は『その機能を果たせない集団の最も大きな敵は内部の指導者』という警句を思い出させる」と記した。

 論文の結論が本当にこうなのですかねえ。 「内部の指導者」とは総連や民団の幹部ということになるでしょうが、「最も大きな敵」とまで言えるのでしょうか。 これも間違いだと思われます。

 以上のように間違いを列挙しましたが、ラムザイヤー教授の間違いなのか、それとも報道した中央日報の間違いなのか。 教授の論文を読まない限り分かるものではありません。

「十五円五十銭」の練習―こんな在日がいるとは!?2021/02/15

 『朝鮮日報』の日本語版2月13日に掲載された「『十五円五十銭』を練習する在日韓国人」と題する記事がありました。 そこに、へー!こんな在日がいるのか?とビックリする人が登場します。

東京で知り合ったAさんは在日韓国人2世だ。日本で生まれ、事業を興して60年余り暮らしてきた。疑う余地もないほど日本語は完ぺきだ。文在寅(ムン・ジェイン)政権発足後、韓日間の「銃声のない戦争」が続くと、次のように語っていたことが今でも頭に残っている。「両国関係が最悪の状況に向かうと、『十五円五十銭(じゅうごえんごじっせん)』と発音してみる習慣がついた。私の発音が本当の日本人と同じか確かめてみるのだ」

日本のお金で15円50銭という金額を意味する「じゅうごえんごじっせん」。この言葉の背景には、日本帝国時代の韓国人の生死がかかった悲しい歴史がある。1923年に関東大地震が発生して10万人以上が死亡した。阿鼻(あび)叫喚の混乱の中で、「朝鮮人が人を殺して井戸に毒を入れた」というデマが広がった。日本軍・自警団が狂気を帯びた目で駆け回った。韓国人らしき人に「十五円五十銭と言ってみろ」と怒鳴りつけた。つたない日本語で言うと、その場で「即決処分」した。6000人以上の韓国人に対する人種虐殺が歴史に記録されている。

「まさかそんなことが再び起きるだろうか」と問い返すと、彼は真顔で言った。「一寸先も見えない状況が続けば、10年後に私のような在日たちの生活はどうなるかわからない」

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/02/10/2021021080165.html

 読んだ当初は「日本で生まれ、事業を興して60年余り暮らしてきた」とあるので、起業して60年余りだから今は80歳代後半か90歳代くらいの方かなと思いました。 しかし2月4日付けの原文を確かめてみると「사업을 하며 60여 년을 살았다」とあります。 直訳をしますと「事業をしながら、60余年を生きた」となりますから、今の年齢が60余歳ということです。 日本語訳が誤解されやすいものになっていますね。

https://www.chosun.com/opinion/column/2021/02/04/4BT7PD65HNDXTCNSFAM6EU35HQ/

 このAさんは1950年代生まれと判明します。 この年代の在日韓国人2世なら、家庭内や親戚、友人らとのコミュニケーションはすべて日本語でしょう。  しかも日本国内で長年事業をして来られたといいますから、取引先との協議や契約などは全て日本語になるはずです。 従ってこんな在日2世が「疑う余地もないほど日本語は完ぺき」であることは当然であり、「十五円五十銭」も何ら意識せずに完璧な日本語での発音になるのが普通です。 

 そんな2世のAさんが韓国人と間違われないようにと「十五円五十銭」を練習しているということにビックリしたのです。 とすれば、彼は「十五円五十銭」を韓国語訛りで発言することがあり、それがうっかり出てくるのではないかと恐れて日本語での発音を練習しているということになります。

 在日韓国人でこんなことがあり得るとしたら、常に本国韓国人と接していて、普段は頭の中でも韓国語で考えている場合でしょう。 こうなると、「十五円五十銭」と言う時にうっかりと韓国語訛りが出てくる可能性はあります。 しかし日本で1950年代に生まれ育った在日韓国人2世では、天然記念物的に珍しいことです。 記事では

記者は、自身の日本語の発音をチェックするAさんの不安は杞憂(きゆう)だと思っている。

とありますが、私もその通りだと思います。 では何故そんな「杞憂」をやっているのか? そこが気になるところです。

 私の勝手な想像ですが、Aさんは関東大震災の朝鮮人虐殺に関する簡単な歴史概説書を読んで、自分もそんな目に遭うかも知れないと被害者意識に凝り固まったのではないかと思いました。

 しかし「在特会」というトンデモ団体が公道で在日を「死ね!」「殺せ!」「ゴキブリ!」と叫んでいました。 また一昨日の宮城福島の地震でも「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とツイッターした馬鹿がいたそうです。 在日が被害者意識を持つのも仕方ないのかも知れません。 「杞憂」だと切って捨てるわけにもいかないところがあります。 https://mainichi.jp/articles/20210214/k00/00m/040/249000c

 ところで話は替わりますが、この『朝鮮日報』の記事中で異議のあるところがあります。

1923年に関東大地震が発生して‥‥6000人以上の韓国人に対する人種虐殺が歴史に記録されている。

 この中の「6000人以上の韓国人に対する人種虐殺」は、その人数について拙稿で論じたことがありますので、ご参照ください。 要するに「6000人」は検証された数字ではなく、プロパガンダの誇張された数字ということです。

【拙稿参照】

水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

関東大震災時の「在日朝鮮人虐殺者」の数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/09/398058

関東大震災の朝鮮人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/26/8163009

関東大震災の日本人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/15/8189607

関東大震災「朝鮮人虐殺事件」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/09/01/8663629

同胞100万人を代表する在日本大韓民国民団(民団)中央本部団長が新年会で

 民団団長が「同胞100万人を代表」とはビックリ。 オールドカマーである特別永住などの在日では、民団に入っていない家庭が結構多くなりました。 昔は、韓国から戸籍を取り寄せたり、婚姻届や出生届を韓国政府に出したり、韓国のパスポートを取得するのに民団を通さねばならなかったのですが、今は領事館に直接行けば済みます。

 またかつての民団は在日一・二世にとって同胞の集まりとして交際や商売等々で重要な役割を果たしていたのですが、このごろの若い世代の在日には同胞を探し求める気持ちが薄れているようで、民団はそれほど大きな存在でなくなっています。 

 そして2・30年ほど前から韓国から移住してきたニューカマーの場合、民団に加入している人はほとんどいないでしょう。

 「100万人」は何を数えた数字か分かりません。 そして民団が「同胞100万人を代表する」とはどうなんでしょうかねえ。 在日の「同胞百万人」が代表を選んだなんて、聞いたことがありません。 だからビックリしたのです。 しかし在日韓国・朝鮮人を代表できる組織は今のところ民団と総連しかありませんから、「代表する」というのも一応間違いではないのですが‥‥。

今回は『朝鮮日報』の記事を読んで、ちょっと感想を書いてみました。

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (11)2021/02/11

ハンギョレ新聞2021年2月8日付け

 韓国のハンギョレ新聞2021年2月8日付けに、「『親日人名辞典』に名を載せている金英俊、なぜ国立墓地に埋葬されたのか」と題する記事がありました。 日本の戦争に協力した親日派を厳しく断罪するものです。  http://www.hani.co.kr/arti/area/honam/982246.html

 ↑はその記事に添付されていたもので、次のようなキャプションが付されています。

日本の植民地時代の朝鮮総督府の機関紙「毎日新報」1942年1月16日付に掲載された金英俊(金谷英俊)の愛国機資金献納についての記事

 1942年1月といえば、真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まって1ヶ月ですから、正に軍国主義の真っ最中です。 この時期に、朝鮮では日本軍に飛行機の献納資金を集める運動がありました。 それが当時の朝鮮では唯一のハングル新聞であった『毎日新報』に報道された記事です。 

 献金した人は、ハンギョレ新聞が問題にしている金英俊(金谷英俊)以外に、何人かの名前が挙がっています。 そこに朝鮮名があることに目が行きました。 分かりやすいように↑には、赤の傍線を入れました。

 「李隣錫」「閔大植」「白南薫」「任慎享」の四人です。 1942年は創氏改名の施行から2年経った時期ですが、その時に朝鮮名を維持している人がいたことが分かります。 つまり創氏改名は日本名を強制するものではないということを証明する資料になります。

 しかも彼らは日本軍国主義に協力した朝鮮人たちです。 朝鮮名を維持した人は創氏改名を拒否した反日独立人士であるかのように論じる人がいますが、それが間違いであることを示すものです。

 ついでに↑の『毎日新報』記事のうち、題字とハングル部分の訳を掲載します。

米英撃滅 献金遝至

14日、朝鮮軍 愛国部には全羅南道麗水邑西町の金谷英俊氏が愛国機献納資金として五万三千円を寄託し、また愛国婦人会朝鮮本部を代表して上瀧、松沢 天野の三人の夫人が東部を訪問して感謝の手紙とともに千円を国防献金にと依頼した。

その他に次のような赤誠の献金があった。

 「遝至」は日本語辞書には出てきませんねえ。 一方朝鮮語では「답지」と言います。朝鮮だけで使われる漢字語なのかも知れません。 「답지(遝至)하다」は朝鮮語辞書によると「殺到する」とか「一ヵ所に集中する」という意味ですから、「献金遝至」は献金が殺到したということです。

 「赤誠」は「国に赤誠を尽くす」というような言い方になります。 右翼の宣伝カーの旗にあったような記憶がありますが、そうでない限り使われることのない言葉でしょうねえ。

 更についでに参考までに、ハンギョレ新聞の当該記事の一部を引用します。 

日帝強占期(日本の植民地時代)の朝鮮総督府機関紙「毎日新報」の1942年1月16日付紙面に掲載された記事の一部だ。 「金谷英俊」は当時朝鮮の財閥級富豪だった金英俊(キム・ヨンジュン、1898~1948)が日本式に変えた名前だ。 金英俊は、戦争協力のための朝鮮臨戦報国団の発起人として参加し、軍用機1機を献納するために10万1千ウォンを出すと公言した事実が明らかになり、民族問題研究所が発刊した「親日人名辞典」に名前が載った。

金英俊は1921年から日本の神戸のゴム工場で働いた後、1926年に帰国し、釜山、麗水、益山(イクサン)、南原(ナムウォン)などで天一ゴム、興亜ゴム、麗水綿布、朝鮮ゴム靴販売など数社を設立した。 事業が繁盛し、1940年に光州(クァンジュ)保護観察所の嘱託保護士として思想犯の教化の先頭に立ち、1941年に全羅南道会議員と麗水商工会の会頭(代表)などを務め、日帝の警察に電話仮設費として1万ウォンを献上した。 賦役の代価として日本の紀元2600年奉祝展に招待されて記念状を受け、以後は戦争遂行に大金を献納して紺綬褒章を受けるなど、日帝の目に留まった。 彼は日帝が経済を掌握した朝鮮で指折りの富豪として出世した。

金英俊は解放後も既得権を守った。 莫大な財力が土台になった。 彼は右翼系列の大韓独立促成国民会の麗水郡支部長や韓国民主党麗水郡支部長を務め、麗水商工会議所会長、全南商工会議所会長、朝鮮商工会議所副会長などへと歩幅を広げた。

【これまでの拙稿】

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/07/8447420

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/09/8451992

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/11/8457633

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (9)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/14/8478676

朝鮮人戦死者の表彰記事ー1944年  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/29/8716160

【拙稿参照】

宮田節子の創氏改名論    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

創氏改名の誤解―「世界史の窓」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/26/8421515

西川清『朝鮮総督府官吏 最後の証言』 (続) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/10/21/7467784

朝鮮名での設定創氏が可能な場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/12/1178596

創氏改名とは何か (00年4月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai

創氏改名の残滓 (01年6月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai

創氏改名の手続き(04年10月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai

韓国の特殊詐欺ニュース(3)2021/02/06

 韓国のハンギョレ新聞(2月5日付)に、特殊詐欺のニュースがありました。 http://www.hani.co.kr/arti/economy/economy_general/981999.html

 一部を訳してみます。

「お母さん、忙しい?僕のスマホの液晶が壊れて修理に出していて、今パソコンでメールを送っています。 僕のスマホでは認証ができず、お母さんの名前でオンライン文化商品券を購入せねばならなくなったので、お母さんの住民登録証の全部がちゃんと出ている写真を撮って送って下さい。 決済するのにお母さんのクレジットカードと暗証番号も教えてください。」

家族や会社を詐称するメールで金をだまし取るいわゆる「メッセンジャー フィッシング(特殊詐欺)」だ。 最近、このような詐欺事件が急速に増えていて、金融監督院(金監院)が消費者警報の等級「警告」を発令した。 「警告」は、消費者警報「注意」「警告」「危険」等級のうちで中間に該当する等級だ。

5日、金監院の説明を総合すると、メッセンジャー フィッシング詐欺の被害件数は、昨年11月1336件から12月1727件、先月1988件と、最近急速に増えている。 詐欺犯たちは家族を詐称するメールで相手方に身分証の写真を要求して、被害者名義の携帯電話を契約した後に非対面の口座を開設して融資を受けたり、他の金融会社の口座にある残額を振り込んで引き出し、行方をくらます。 クレジットカードや銀行口座の番号、暗証番号などを送れと要求したり、遠隔制御プログラムの設置に誘導し遠隔で携帯電話を操縦して金を奪い取ったりする。

金監院は「過去における家族詐称のメッセンジャー フィッシングは、病院の治療費などの少額を急いで送金してくれという手口を使ったが、最近は家族、知人を詐称して、個人の信用情報を盗んだり、悪性アプリの設置を誘導する手口に代わった。」といい、「被害者の携帯を遠隔で操縦し、資金をだまし取るなどのボイスフィッシング(特殊詐欺)の被害が急増し、消費者警報を発令した」と説明した。

 日本での家族詐称は電話をかけて口頭ですることが多いですね。 いわゆる「オレオレ詐欺」です。 韓国では家族関係の濃密度が違うからか、オレオレ詐欺は少ないようです。代わりに「メッセンジャー フィッシング」という、メールを使って家族を詐称して金をだまし取る手口が急増しているというニュースでした。

 特殊詐欺の手口の違いは、日本と韓国の家族関係の違いを垣間見ることができると思います。

 ところでメールによる特殊詐欺といえば、通販や宅配業者や詐称する手口が日本でも韓国でも多いですねえ。 私のスマホでも時おり来ます。 私は直ぐに削除していますが、アマゾンをよく利用する知人は騙されそうになったと言っていました。

 アマゾンで注文した直後に、アマゾンからと称する連絡メールが来たのですっかり信用して、書かれているままにクレジットカード番号等の情報を打ち込んでしまったということです。 すぐにおかしいと気付いてアマゾンに電話すると、詐欺と判明し、あわててクレジット会社に取引停止したので被害はなかったということでしたが、そのクレジットカードで契約していたものをすべてやり直さねばならなくなって、かなり時間がかかったとボヤいていました。

 この手口の詐欺は、日韓共通ですね。 皆さまもご注意あれ。

【拙稿参照】

韓国の特殊詐欺      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/08/31/9290686

韓国の特殊詐欺ニュース  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/01/9300924

日本の稲作の起源は朝鮮半島か?2021/02/02

 このごろは声高に言う人はいないようですが、1990年代までは“日本文化の根底にある稲作は朝鮮半島から渡ってきたものだ、朝鮮人が野蛮な日本人に教えてやったものだ、だから日本文化の根本は朝鮮文化なのだ”などと主張する韓国人(在日も本国も)が多かったです。 彼らは日本人にこれを言うと、日本人側は何も知らないですから「ああ、そうですか」と相槌を打つしかなく、そうなると日本人も自国文化の根源が我が朝鮮にあることを認めていると思うようになります。 これによって韓国人は日本に対して優越意識を感じるようでしたねえ。

 それでは稲作が朝鮮半島から来たというのは本当なのかどうか。     日本では稲作の歴史は弥生時代から始まるとされ、九州福岡県の板付遺跡や佐賀県の菜畑遺跡などで縄文時代末~弥生時代初期の水田跡が発見されています。 (これは20年以上前の知識。今はもっと見つかっているのではないかと思う) これらの遺跡では水田稲作技術のほぼ完成された姿をいきなり見せていますから、稲作は縄文時代から内的に発展してきたものではなく、外来のものであることが確実です。 しかも朝鮮半島に面した北九州にありますから、朝鮮からもたらされたという推定は成り立ちます。

 ですから朝鮮人が日本人に稲作を教えてやったという主張は、それなりに根拠があると言えます。 ところがよくよく調べてみると、果たしてそう言えるのだろうかという疑問が湧きます。

 水田というのは、田に水を湛えて田植えをするものです。 世界的に見て田植えをする水田稲作の分布は、東南アジアや南アジア等の熱帯・亜熱帯地方が中心です。 そして水田稲作の北限が日本なのです。(今は農業技術の発展で少し違っていますが)

 これはどういうことかというと、水田稲作は降水量が多くて田植え時期が雨期であり、また稲の成長期である夏が猛暑であることが適地になります。 日本では6月前後にまとまった雨をもたらす梅雨前線が中国の華南地方あたりから日本列島に向かって斜めに延び、そして梅雨が上がると猛暑になります。 つまり日本は水田稲作に適した気候だと言うことができます。

 ところが朝鮮半島では、梅雨があることはありますが、わずかの期間です。 年間降水量は日本では2000㎜以上なのに対し、朝鮮では1300㎜ほどです。 また日本のような蒸し暑い猛暑も少ないです。 従って、朝鮮半島は気候的に水田稲作にそれほど適していません。 これを裏付けるものとして、中世に出た朝鮮の農書があります。

 李朝時代に農業技術を体系化して叙述した『農事直説』(以下『直説』)という農書があります。 1429年に完成し、翌年刊行されたもので、朝鮮最古の農書とされています。 日本の室町時代にあたりますね。 朝鮮史研究者の宮嶋博史さんの解説によれば、この農書の中で水田稲作について、次のように説明されています。

挿種法は、日本でも馴染みの田植えを行なう移植法であるが、『直説』ではこの挿種法は「農家之危事」、すなわち農家にとって危険きわまりない栽培法として、強く忌避されている。  ‥‥ 『直説』が挿種法を避けるよう勧めているのは、挿種法の不安定性のためであったが、そこには朝鮮の気候条件が大きく作用していた。 日本や中国南部地方では、田植え期がちょうど梅雨と重なっており、したがって田植えに必要な水を確保することが比較的容易である。

しかし梅雨前線が朝鮮半島にまで北上するのは、だいたい七月に入ってからであり、田植え期と梅雨の時期が一致しないことが多いのである。 こうした気候条件のため、挿種法は水利条件のよい水田を除いては、きわめて危険な農法とされた (以上 宮嶋博史『両班』中公新書 1995年8月 84~85頁)

 これにより朝鮮半島の大半の地域では、水田稲作(田植え)が困難だったことが分かります。 考えてみれば朝鮮半島は気候的に中国の華北地方の延長にあたる地域で、ここは水田よりも畑作地帯です。 従って朝鮮も畑作中心の農耕だったと考えられます。 これは気候条件に起因するものですから、朝鮮では最初から水田稲作が難しかったと言えるでしょう。

 朝鮮の水田稲作はかなり後世になって発達してきたと見ていいのではないでしょうか。 特に植民地期になると、各農村で水利組合が設立されて、灌漑が発達しました。 この時期に半島全域に、水田(田植え)耕作が普及したと言えると思います。

 以上から、日本の稲作は九州北部から始まったが、その淵源は中国華南地方あるいは東南アジアにあったと言えます。 少なくとも朝鮮半島に淵源を求めることは出来ないと考えます。

 もし日本文化の基礎である稲作は朝鮮人が教えてやったものだと言う人がいれば、このように反論することが出来るでしょう。

【拙稿参照】

韓国の伝播論と日本の由来論   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/04/26/342428

情けない日本の古代史学者    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/10/02/5380855

「古代渡来人」考            http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuudai

李朝時代に「鮮」を使った資料2021/01/26

「鮮域図」 1760年頃

 「朝鮮」の略として「鮮」を使うことが、かつては悪質な民族差別語とされて糾弾を受けた時代がありました。 ところが最近の在日の雑誌に「北朝鮮」の略として「北鮮」が出てきたことを前回の拙ブログで報告しましたが、時代の流れを感じますね。  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

 ところで「鮮」がなぜ差別語とされたのかについてですが、李朝時代(朝鮮時代)に朝鮮では略称として「鮮」を使わなかった、そして日本の侵略過程で朝鮮を貶める目的で日本が使い出した言葉だから、という主張でした。 『朝鮮人差別とことば』(明石書店 1986年11月)では次のように説明されています。

「朝鮮」が国家であることを否定して「大日本帝国の植民地朝鮮」という意味で用い、しかもわざわざ下の文字だけをとって単に「鮮」と呼ぶ造語法は‥‥帝国主義言語である。(61頁)

「北鮮」なる用語は「鮮人」「満鮮」などと共に、日本帝国主義の朝鮮に対する植民地支配のもとで意図的につくりあげられた差別語(211頁)

 すると、植民地支配以前には朝鮮人たちは自らを「鮮」と言わなかったということになります。 そこで調べてみると出てきた資料が「鮮域図」です↑。 「朝鮮全域図」という意味で、1760年代の地図とされています。 つまり「朝鮮」の略として「鮮」が使われた例は、日本の植民地化より150年も昔である李朝時代中期にありました。

 さらに調べると、李成桂が1392年に「朝鮮」を建国してしばらくの間の時代を「鮮初」と言います。 これは何も日本人が名付けたものではなく、「鮮初三清(선초삼청)」という言葉があるように朝鮮人自身が以前から使っていた言葉です。 「鮮初三清」は“朝鮮時代初期に清廉官吏として有名な政府高官の三人”という意味の歴史的用語です。 http://www.ccnkorea.com/news/articleView.html?idxno=704

 現在の韓国の歴史学でも、高麗が滅び朝鮮が建国された14世紀末~15世紀初を「麗末鮮初(여말선초)」と言います。 ですから韓国では『麗末鮮初 漢文学의再照明』とか『麗末鮮初 音読 입겿(口訣)字形과 機能의 通時的研究』とかの学術書が出版されています。 つまり韓国では、「朝鮮」の略としての「鮮」には今でも違和感がないということです。

 そういえば1970年代に日本朝鮮研究所(当時)の佐藤勝巳さん(今は故人)から聞いた話ですが、日本の社会党議員が北朝鮮を訪問する時にアドバイスを求められて「“北鮮”は差別語だから使わないように」と忠告したところ、その議員が帰国すると「金日成に会ったが、その人が何度も“北鮮”と言っていた」と話してくれてビックリした、ということでした。 「北鮮」は、過去の北朝鮮でも違和感がなかったようです。

 日本では20年ほど前になりますが、朝日選書『朝鮮儒教の二千年』(姜在彦著 朝日新聞社 2001年1月)の200・201頁に「麗末鮮初」が出てきます。 朝日はそれから4年後の2004年に雑誌『AERA』で「鮮」等が使われたという抗議を受けて、お詫びして訂正した事件がありました。 朝日は「鮮」について、使ってはいけない差別語なのかどうか、考えが揺れているみたいですね。

 そして2020年になって、差別語について敏感であるべき在日総合誌の『抗路』に「北朝鮮」の略として「北鮮」が使われたのです。

 時代の流れと言ってしまえばそれまでですが、1970~2000年代初に差別語「鮮」が使われていないか目を皿のようにして探し、激しい糾弾を繰り返した運動は一体何だったのか?という疑問が湧きます。 差別語糾弾はその時代特有の現象、つまり過去の日本だけで起きていた“流行”だったと言えるかも知れません。 

 当時この差別語糾弾闘争を展開した人たちは今何を考えているか、知りたいと思っているのですが、そんな人の発言が見当たりませんねえ。

【拙稿参照】

在日総合誌『抗路』に出てくる「北鮮」http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

全外教の歴史誤解と怠慢 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuukyuudai

「チョン」は差別語か? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/04/7603685

第24題「差別語」考      http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuyondai

在中韓国人は「新鮮族」     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/06/07/3565930

朝日の<おことわり>の間違い  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/29/1827082

黄光男さんの思い出      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/06/11/9256337

文在寅政権は反日ではない2021/01/19

 昨日(1月18日)に、文在寅大統領が新年記者会見を行ないました。 日本に関しては、日本の毎日新聞記者の質問に対して以下の通りの発言をしました。

韓日間には解決すべき懸案があります。まず、輸出規制の問題があり、強制徴用判決の問題があります。その問題を外交的に解決するために、両国が様々な次元で対話をしています。そのような努力の中、また慰安婦判決の問題が加わって、正直に言って、ちょっと困惑しているのが事実です。

しかし、私がいつも強調して申し上げたいのは、過去の歴史は過去であり、韓日は未来志向的に発展していかなければならないと考えています。私は過去の問題も事案ごとに分離して、お互いの解決策を見つける必要があると思います。すべての問題を互いに連携させて、ある問題が解決されるまで、例えば他の分野での協力を止めるとか、そのような態度は、決して賢明でない方法だと思います。

最近あった慰安婦判決の場合、2015年度に、両国政府間で慰安婦問題に対する合意がありました。韓国政府は、その合意が両国政府間の公式の合意だったという事実を認めています。そんな土台の上で、今回の判決を受けた被害者たちも同意することができるような解決策を見つけていくことができるよう、韓日間の協議をしていきます。

強制徴用問題も同様です。そのような部分が、強制執行という方法で、それが現金化されるとか、判決が実現される方法は、韓日両国間の関係において、好ましいとは思いません。そのような段階になる前に、両国間の外交的な解決策を見つけることが優先ですが、ただ、その外交的解決策は、原告たちが同意する必要があります。原告が同意することができる方法を両国政府が協議して、また韓国政府がその案を持って原告を最大限に説得する、そのような方法で問題を着々と解決していくことができるだろうと、私は考えています.

 このうち、「慰安婦判決の問題が加わって、正直に言って、ちょっと困惑しているのが事実」 「韓国政府はその(2015年の慰安婦)合意が両国政府間の公式の合意だったという事実を認めています」 「強制徴用問題が、強制執行という方法で、それが現金化されるとか、判決が実現される方法は、韓日両国間の関係において、好ましいとは思いません」 という発言を聞くと、文大統領は日本に対して少しは理解を示し歩み寄ろうとしているように感じられ、反日とは程遠いイメージを持ちます。

 従って文大統領がゴリゴリの反日主義者でないことは確かですが、といって親日でもあり得ません。 だったら何かと言えば、日本を軽視して日本に対して一貫した考えや方針がないということです。 

 反日であっても一貫していたら、何を考えているのかが明確ですので、それなりの対処が可能です。  しかし厳しい反日言動をしてきたかと思うと、今度は日本側にすり寄るようなことを言い出してきていますので、それこそ「何を考えているのか分からない」のです。 このように一貫性がないのですから、今回でももはや解決済みで協議する必要がなくなっている問題で「韓日間の協議をしていきます」「両国政府が協議して」と平気で言ったものと考えられます。

 なぜこのような重みのない発言になるのかと言えば、文政権にとって日本は重要な国ではなく、関心外と言ってもいいくらいの存在だからです。 ですから韓国は、日本政府の考えや日本国民の感情などの情報を収集し分析することを疎かにしてきたのです。

 文政権が日本に対して、例えば天皇訪韓を言い出すとか、素っ頓狂としか言いようのない対応をしてきたのは、日本なんか大したことがないのだからどうにでもなる、と常日頃から考えているからだと言えます。 要するに日本について深く考えず、従って言葉を選ぶこともなく、軽いノリで喋ってきたと言えるでしょう。

 文政権は「反日政権」だと言う人が多いようですが、「反日」ならば日本への関心はそれだけ強いことになります。 しかし実際はそんな関心すら持っていないということです。 今回の記者会見での発言も、その延長線上にあると考えます。

 このように文政権が日本を軽視することは、当初より継続してきたものです。 3年前に、私は拙ブログで当時の文政権の対日姿勢を次のように評しました。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/02/17/8789342

日本では嫌韓雑誌等で、韓国はどれほど反日であるかを繰り返し論じられていますが、実は韓国は日本をそれほど気に掛ける存在とは考えていないことを示しています。 逆に安倍さんなどは韓国を「重要なパートナー」とか「日米韓の強固な連携」とか言ってラブコールを送っていますが、韓国側は日本について優先順位を高くせねばならない国ではないのです。

従って韓国政府は対日外交の明確な方針を打ち出すこともなく、国内の反日意見が強くなればそちらになびき、日本が弱気と見ればつけ込み、日本が強気になればそれに合わせ、国際的圧力を受ければ関係改善に乗り出す‥‥と、一貫性のない外交を展開するものと、私は予想しています。 反日一辺倒にすらならないでしょう。

 3年前の分析ですが、「反日一辺倒すらならない」という私の予想は的中していますね。

【文在寅政権発足以降の拙稿】

韓国では日本の存在感はない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/02/17/8789342

韓国が天皇訪韓を望む!?-朝日インタビュー http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/09/23/8681910

慰安婦合意の検証 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/31/8758841

【朴槿恵政権時代の拙稿】

韓国の反日外交の定番      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/01/22/7546410

慰安婦問題の日韓合意は混乱を呼ぶか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/01/02/7968787

慰安婦問題―韓国政府には当事者能力がない http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/03/09/7586932

やはり韓国政府には当事者能力がない―慰安婦問題 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/11/13/7906094