在日の自殺死亡率2021/04/20

 在日の総合誌『抗路8』(2021年3月)に、「『在日』における精神障害とコミュニティ」と題する論稿があります。 論者は金泰泳さんという方です。

マイノリティにとって社会はストレスが多い。マイノリティは民族、人種、性別、出身地、またはセクシュアリティ、障がいなど、さまざまな属性にもとづいて蔑視や差別をうける、排除・疎外されるという経験を有している。そのストレスの長期にわたる蓄積ゆえに、精神疾患の発症リスクが高い人々であるといえる。 ‥‥ 在日コリアンもマイノリティのひとりである。 筆者は本稿で、「在日」が‥‥どのような状況に追い込まれているのかということをうきぼりにしたい (91頁)

というもので、その一つとして「在日」の自殺率の高さを論じています。 ↑は、それを示す根拠して掲載されているグラフです。

 在日韓国・朝鮮人はこれまで様々な調査が繰り返されてきており、統計数字もたくさんあります。 しかし自殺率に関する資料は見たことがなく、私には新鮮な印象をもちました。(自殺に関する統計数字ですから、「新鮮」はちょっと言い過ぎかも知れません)

 論者は次のように言います。

図からわかることは、日本の韓国・朝鮮籍者の自殺死亡率が、「日本全体」(外国人を含む)や他の外国籍の人々よりきわだって高く、その傾向は一貫している(94頁)

 この統計の典拠の一つはおそらく厚生労働省「人口動態統計に基づく自殺死亡数及び自殺死亡率」と思われ、ネット上でも公開されていますので関心ある方はご覧ください。 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jinkoudoutai-jisatsusyasu.html

 これを見れば、論稿の↑グラフ図は信頼できるものと判断できます。 韓国・朝鮮籍の自殺率は2010年以降減少してきているのですが、それでも他と比べて「きわだって高い」のは事実と言わざるを得ないですね。

 ただしこの「韓国・朝鮮籍者」には近年に来日した「ニューカマー」も含んでいるので、論者は「『在日』の自殺死亡率と言い切ってしまうにはやや語弊がある」(94頁)と注意を呼びかけています。

 論者はこの方面の専門家のようですから政府統計だけでなく、ご自分で「特別永住者」と「ニューカマー」の自殺率の違い、あるいは帰化者の自殺率といったものを調べることができないものだろうか、という期待を持ちました。

 例えば、帰化者の自殺率が「韓国・朝鮮籍者」のそれより低ければ「在日」は帰化によって精神的安定を得ることができるとなるだろうし、同じであれば帰化しても在日問題は解決しないとなるだろうし、高ければ帰化はかえって危険となるでしょう。 そういった数字がほしいところです。

植民地時代の土地調査事業の遺跡が文化財に2021/04/16

 『朝鮮日報』2021年4月5日付に、植民地時代に施行された土地調査事業の遺跡が韓国の登録文化財に指定されたというニュースが出ました。

https://www.chosun.com/culture-life/culture_general/2021/04/05/6V45OQML7ZDLRF2DEF73HCXIQM/

 関係する部分は次の通りです。

문화재청은 …1910년대 토지 측량사업 유물로 강원도 지방의 지형, 거리 등을 정밀하게 측정하는 기준이었던 ‘고성 구 간성기선점 반석’을 문화재로 등록했으며… 등 3건을 등록문화재로 예고했다.

 この記事の日本語版は4月13日にネット上で公開されました。 該当部分は次の通りです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/6ff922f60e73fa9d424ceed1c8dfac1f978ed196

文化財庁は ‥‥1910年代の土地測量事業の遺物として江原道地方の地形や距離などを精密に測定する基準だった「高城・旧杆城基線点磐石」を文化財に登録し‥‥ など3件を登録文化財として予告した。

 ここで注目してほしいのは、「1910年代の土地測量事業」というところです。 これは朝鮮総督府が日韓併合当初より始めた土地調査事業のことで、1918年までの約8年間にわたって朝鮮全土の土地測量を行ない、土地所有権の確定等々の近代的土地所有制度を確立していったものです。 これによって朝鮮では、それまで不安定だった土地所有権が安定化しました。

 これはどういうことかと言うと、ある常民が先祖の代から耕作していた畑について、どこかの両班が「ここは元々俺たち家門の土地だ!お前らは出て行け!」と迫られるとか、どこかの役所が「ここは昔に朝廷から我々が賜った土地だ!勝手に耕作するとは怪しからん!」と訴えられる可能性があったのです。 何百年も昔の記録らしきものを突きつけられると、常民には両班やお上に逆らうことは難しい時代でした。 つまり日韓併合以前の朝鮮では、土地所有権が不安定だったのです。

 それがこの土地調査事業で所有権が確定したことによって安定したのです。 ですから、どこかから「ここは元来自分の土地だ」とか言われても対抗できることになったのです。 つまり土地調査事業は私有財産制の確立であって、近代化に絶対に必要なものだったのです。 そしてその成果は現在の韓国の土地制度にまで及んでいます。 今の韓国でも土地の所有権は争いの種ですが、その裁判ではこの土地調査事業の成果物が出てくるのです。 それ以前の李朝時代の記録はあっても無視されます。 ということは、100年以上前に朝鮮総督府が施行した土地調査事業の成果は現在の韓国にまで継承されているのですから、事業は歴史の理に適っていたと言ってもいいと考えます。

 従って韓国が今度、この土地調査事業の遺跡を重要だからと文化財登録したことは、歴史価値の重要性からしても当然なことです。

 ところが世間に出回っている韓国史では、この土地調査事業は「日本帝国主義による土地収奪」だと極めて低い評価を与えています。 そして在日も自らの歴史を語る時に、自分たちの祖父は日帝の土地調査事業で土地を奪われてやむなく日本に来た、だからこれは「強制連行」と同じだ、というような「歴史」を語ることが多いです。 これは「虚偽の歴史」と言っていいものです。

 それでは真実の歴史は何か?

土地調査事業によって土地所有権が確定したので朝鮮人は安定した生活を送り、結婚して子供を産むことができるようになった、だから朝鮮人の人口は日韓併合後に爆発的に増えた、しかしこの人口増に農業生産が追い付かず、朝鮮の各農村では人口過剰に陥って貧困層が拡大し、農村外に出ようとする動きが活発化した、その出稼ぎ先の一つが産業化の進んでいた日本(当時は内地)だった。

 「在日の歴史」は、このように語ってほしいと思います。

【拙稿参照】

土地調査事業           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/04/23/3273840

水野・文『在日朝鮮人』(7)―人口の急増 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/05/14/8089137

『現代韓国を学ぶ』(2)      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/06/6470236

毎日新聞「在日3世代100年の歴史」への違和感(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/08/13/9278142

『金達寿伝』を読む―金家はなぜ没落したか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/07/9293017

朝鮮奨学会のアンケート調査(3)2021/04/13

 前回と前々回では、朝鮮奨学会が実施した民族差別体験アンケート調査について、まず毎日新聞が記事にして、次に韓国の中央日報が記事にしたことを紹介しました。 それでこの朝鮮奨学会の調査というものを見たくて探したところ HPで公開されているのですねえ。   http://www.korean-s-f.or.jp/doc/201912survey.pdf

 「韓国人・朝鮮人生徒学生の嫌がらせ体験に関する意識調査」と題するものです。 設問は四つあって、①「言葉による嫌がらせ体験(言葉)」 ②「嫌な思い(差別的処遇)」 ③「ネットでの嫌な体験(ネット)」 ④「ヘイトデモ・街宣の見聞き(デモ街宣)」。

 毎日新聞が報道したのは、このうちの ①「言葉による嫌がらせ体験(言葉)」だけで、「体験あり」30.9%、「体験なし」が69.1%です。 それ以外をみると‥‥

 ②「嫌な思い(差別的処遇)」は、「体験あり」が39.4%、「体験なし」が60.6%です。 差別的処遇というのは、「公共機関や住宅利用などにおける差別的処遇」となっています。 家を借りようとする際に、“外国人お断り”で苦労する話はよく聞きます。 家主さんにとっては日本語が通じるのか、不法滞在者の溜まり場にならないか等々の懸念があって、外国人に貸すのを嫌う場合が多いです。 

 「公共機関における差別的処遇」というのが何を指すのか分かりません。 これまで何人かの外国人に、公的機関の人から受けた嫌なことを聞いたことがあります。 それは入管や警察なんかから疑うような目つきで外国人登録証(今は在留カード)を見せろと言われることでしたね。 こんなことを指しているのかなあと想像します。

 ③「ネットでの嫌な体験(ネット)」は、「体験あり」が73.9%、「体験なし」が26.1%です。 多いですね。 これはいわゆるネットウヨ(嫌韓偏執狂)の書き込みでしょう。 こういったものには法的規制をかけるべき時期に来ているのかも知れません。 ごく一部の愚か者のために言論の自由が阻害されることになるのですが、止むを得ないと思うようになりました。

 ④「ヘイトデモ・街宣の見聞き(デモ街宣)」は、「体験あり」が75.7%、「体験なし」が24.3%。 これも多いです。 日本にも在特会など公然と人種差別する集団がいると全世界に報道されているようですから、困ったものです。 レイシスト集団はほんのごく一部とはいえ、放置していると犯罪につながる可能性があります。 実際に外国ではその例が多々ありますから、公安当局の監視を願うところです。

 奨学会のアンケート調査を見ながら感想を書きました。 被差別の「体験あり」が、「言葉」や「差別的処遇」では30~40%なのに対し、「ネット」「デモ街宣」が75%と高いことに目が行きます。 ごくわずかの少数者による悪行がこの数字の高さとなっているところにため息が出ますね。

朝鮮奨学会の民族差別実態アンケート―『中央日報』  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/30/9361948

朝鮮奨学会の民族差別実態アンケート(2)―『毎日新聞』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/06/9364434

朝鮮奨学会の民族差別実態アンケート(2)―『毎日新聞』2021/04/06

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/30/9361948 の続きです。

 前回の『中央日報』の記事のネタ元は『毎日新聞』です。 インターネット版では2021年3月13日付けにあります。 https://mainichi.jp/articles/20210313/dde/007/040/017000c  ただし有料記事ですから、勿体ないと思われる方はお近くの図書館に行って探してくださいね。

 この記事のなかで、次のような一節があります。

20年夏、BLMを巡り、「日本には人種差別はない」という言葉がツイッター上を駆け巡った。 同じ年の11月には、在日コリアンを含む外国ルーツの女性アスリートたちが、差別やいじめを受けながらもスポーツを通じて乗り越えようとする姿を描いたナイキのCMが話題になり、これに対して「捏造(ねつぞう)だ」「私の周囲に差別はない」という批判が殺到した。 だが、調査結果や取材から見えてくるのは、日韓、日朝関係が硬直化する中、「嫌韓」感情が一部の極端な言説だけでなく一般市民の間に広がり、在日コリアンの若者たちを追い詰めている今の日本社会の有り様だ。

 このなかの「『嫌韓』感情が一部の極端な言説だけでなく一般市民の間に広がり、在日コリアンの若者たちを追い詰めている」というのは、私には異議があります。

 今は「第三次の韓流ブーム」と言われています。 韓国ドラマやK‐POPにはまって韓国語を勉強したいという人が増えているそうです。 また韓国映画を見に行く人も、このコロナ禍でも相変わらず多いです。 以前の日本では韓国に関心を持つのが圧倒的少数だった時代を思い起こすならば、今は「韓国好き」が一般市民に広がっていると言い切ることができます。

 従ってこの毎日の記事は「韓国好き」が忘れられていると言わざるを得ません。 なぜ「嫌韓」ばかりを取り上げるのか、しかもなぜ「日本社会が在日コリアンを追い詰めている」とまで言うのか。 毎日は日本人を差別者=加害者、在日を被差別者=被害者という構図を作り上げようとしているようです。 「嫌韓」も広がってはいるが、同時に「韓国好き」も広がっている、こう書いてほしかったし、またこれが正解でしょう。

ジャーナリストの安田浩一さんはこう語る。「特定の民族は出て行けとか、殺せとかいう言葉は、街頭の中で叫ばれる一部の過激化した特殊な言葉だった。 でも今、その差別の言葉がどんどん標準言語として定着している。 街頭やネットだけでなく、日常生活のあらゆる場で差別と偏見がすり込まれ、発出しているんです。これは日本人側が解決すべき問題です」

 「特定の民族は出て行けとか、殺せとかいう言葉は‥‥その差別の言葉がどんどん標準言語として定着」とはビックリ。 安田さん自身が、そんな言葉が「標準言語として定着」している場所で暮らしておられるのでしょうねえ。 そんなごく狭い所だけで通用している「標準言語」を持ち出されても、私のような部外者は戸惑うだけです。

 「街頭やネットだけでなく、日常生活のあらゆる場で差別と偏見がすり込まれ、発出している」 これにもビックリ。 「街頭」は在特会とかいうトンデモ団体なんかがやっているヘイトデモで、「ネット」は確かに嫌韓偏執狂ともいうべきヘンテコ人士がやっています。 しかし安田さんは「日常生活のあらゆる場で差別と偏見がすり込まれ」と書いていますから、ご自身が、特定外国人に対して「出ていけ」「殺せ」が標準言語である場所で「日常生活」を送っているということです。 彼の周囲には在特会とか嫌韓偏執狂ばかりがいる、かなり特殊な環境におられるのですねえ。 彼と私とは住んでいる世界が違うと言っていいのかも知れません

 また彼は「これは日本人側が解決すべき問題」としておられますが、一部の狭い空間での問題とはいえ、日本社会内での出来事です。 そして在日外国人も日本社会を構成しているのですから、両者が共同して解決すべき問題だと私は考えます。 しかし彼は解決の主体がなぜ日本人側だけにあると言うのか、そこが私には理解できないところです。

 それでは私のことについて話しますと、私は彼のいう「標準言語」が存在しない場所で日常生活を送っていますから、普段は韓国語を学び韓国の文化を楽しむ、時には本国や在日韓国人たちと愉快にお付き合いする、そして在日や韓国には苦言を呈することに遠慮はしない、そんな風に過ごしています。

【拙稿参照】

朝鮮奨学会の民族差別実態アンケート―『中央日報』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/30/9361948

なぜ嫌韓は高齢者に多いのか―毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/05/25/9076605

嫌韓を実践するおばあさん    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/14/9059752

韓国語のできない嫌韓派     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/03/28/9052386

韓国語が出来ずに韓国を論じる人たち http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/03/16/9047781

嫌韓派と韓流派         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/01/17/7540292

最初の韓流ブーム        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/06/8934724

日本語と韓国語の微妙な違い   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/05/19/9074339

朝鮮奨学会の民族差別実態アンケート―『中央日報』2021/03/30

 『中央日報』2021年3月16日付けに、「日本の学校に通う韓国人学生の30%以上が民族差別的な言葉の暴力受ける」と題する記事がありました。   https://japanese.joins.com/JArticle/276591?sectcode=A10&servcode=A00

15日の毎日新聞によると、朝鮮奨学会が在日コリアンと韓国人留学生など高校生~大学院生1030人を対象に日本国内での民族差別の実態に対するアンケート調査を実施した結果、30.9%が「直近3年間に言葉による嫌がらせを受けたことがある」と答えた。

このうち48.1%は「同級生など日本人の生徒・学生」からのものだった。16.4%はアルバイト先の客、10.1%は教師・教授ら日本人教員だった。

具体的な嫌がらせの事例では、「韓国に帰れ」「日本から出て行け」のような日本人同級生による言葉の暴力をはじめ、「日本人の教員から『北朝鮮のスパイなのか』と言われた」「彼女の父親に、民族学校に通った韓国人は危ないと言われた」「バイト先で、ネームプレートを見た客から『まともな日本語使えないのか』と言われた」などの被害の訴えもあった。「通名(日本名)じゃないと雇わない」という就労差別も数件あった。

日本人から嫌がらせを受けた73%が「不快に感じた」と答えた中で10.1%は「韓国人・朝鮮人である自分を嫌だと思った」と答え、「日本人に生まれたかった」という回答もあった。朝鮮奨学会の権清志代表理事は「学生たちは文字通り心から血を流していると思う」と批判した。

 これを読んで先ず目が行ったところは、「言葉の嫌がらせを受けた」と答えた在日学生が31%という点です。 これを多いと見るか、少ないと見るか。 中央日報は多いと見たから、記事化したのでしょう。 

 しかし50年前の1960年代以降の民族差別を知る私には、へー!そんなに少なくなったのか!という感想を抱きました。 

 当時の学校では、朝鮮人と日本人生徒とのケンカはそれこそ本当に血みどろでしたし、その時に日本人側から「やい!朝鮮!」「何を!この朝鮮!」という言葉を投げつけるのはいつものことでした。 日常で朝鮮人の子に「朝鮮、にんにく臭い!」「チョーセン、チョーセン、パカスルナ!」「オナチ メシクテ トコチガウ!」とからかうのも日常茶飯事でした。 また登校道にある高架下などに個人名をあげて「〇〇は朝鮮だ!」と書かれた落書きもよく見たものでした。

 その時代に在日の生徒・学生らに民族差別の実態アンケート調査をとったら、ほぼ100%が「差別を受けた」と答えると思います。 ということは当時の在日の若者にとって自分たちの共通点が“日本人から差別された”という体験になります。

 これは実際の体験ですから、それを語る時の彼らの表情や態度は、感情がほとばしると言っていいほど激しいものになるものでした。 民族差別糾弾闘争などで、俺にも言わせてくれ!と参加する在日が次から次へと現れたという話はよく聞いたものでした。 この時代の在日のアイデンティティは「日本人から差別された」という被差別体験といって過言でありません。

 こんな50年前の時代を思い出すと、今の在日生徒・学生が「言葉の嫌がらせを受けた」と答えたのが31%というのは、状況がかなり良くなったんだなあという感想を持ちます。 「差別を受けなかった」が70%もあるじゃないか!? という疑問も抱きます。 

 参考までに30年近く前の1993年の在日韓国青年会の調査によると、18~30歳の在日800人のうち、民族差別を体験したがことが「とてもよくある」2.5%、「よくある」6.5%、「少しはある」32.5%、「ほとんどない」28%、「まったくない」30.5%です。 これは中公新書『在日韓国人の終焉』(鄭大均著 平成13年4月)の24頁に紹介された数字です。 数字をまとめると民族差別体験のある者は41.5%、体験のない者は58.5%となります。

 ただし調査の対象ややり方が違うでしょうから、今回の朝鮮奨学会の調査の数字と単純に比較することはできません。 しかし被差別体験はどんどん少なくなってきたことの裏付けの一つになるでしょう。

 ところで「チョーセン、チョーセン、パカスルナ!オナチ メシクテ トコチガウ!」というからかいは、1970年代には聞くことがなくなりました。 これは一世の朝鮮人が差別する日本人らに拙い日本語で抗議する言葉で、日本人がそれをそのまま真似して朝鮮人をからかったものです。 今考えると、酷かったですねえ。

「左」が担った「通名禁止」運動(3)2021/03/23

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/18/9358120 の続きです。

 前回で、日本人の一部に在日外国人の「通名禁止」を強固に叫ぶ人がいることを論じました。 本名を出させて晒し者にしようとする人種差別主義者たちで、左右でいうと「右」です。

 しかし20年ほど前までは、在日韓国・朝鮮人の通名を止めさせ、本名を名乗らせようとする運動があったことは記憶に留めてほしいと思います。 彼らは在日の本名こそが民族主体性を獲得するものだと唱え、日本社会の民族差別を告発しました。 ですから「左」からの「通名禁止」運動でした。

 「通名禁止」という点では、時間差がありますが「右」と「左」が一致していることに注目されます。

 「左」の「通名禁止=本名を呼び名乗る」運動については以前に拙稿で取り上げたことがありますので、要点部分を再録します。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

1970~80年代、在日韓国・朝鮮人が通名(日本名)を名乗ることについて、差別的な日本社会が在日の民族性を否定するために通名を強制している、だから在日は通名を捨てて本名を名乗り、自らの民族的アイデンティティを確立せねばならないという主張がありました。 いわゆる「本名を呼び、名乗る運動」です。この考え方は解放運動と結びつき、在日が本名を名乗ることは日本社会の差別に対して闘うことのように考えられました。

特に公教育でこの考え方が広まり、同和(解放)教育の集会では、教師たちの取り組みの報告として「うちの学校では何人の在日生徒を本名宣言させた」が、自慢のように語られたものでした。

また民族差別と闘う運動団体や解放運動団体は、教育委員会に圧力をかけ、在日生徒に通名を捨てて本名を名乗らせる指導をするような指針を作らせることもしました。

このような「本名を呼び名乗る運動」は、さらに「通名禁止」を実践するところまで現れました。 一部の公立学校(解放運動や日教組の影響の強い)では、入学してくる在日生徒の名前を、保護者や本人の了解なく、本名を強制的に使うところが出てきました。 また一部の大学(左系が強いR大など)でも、今もそうだと思われますが、通名で入試を受けて入学してきた在日を、本人・保護者の了解なしに強制的に本名を使っていました。

このように「本名を呼び名乗る運動」というのは、“日本社会の差別性=保守的・右翼的体質が在日の民族性を否定するために通名を強制している、だから在日が通名を捨てて本名を名乗ることは日本社会に対し闘うことなんだ、君も在日なら共に闘おう”という考え方だったのです。正に左翼運動の一貫だったのです。

つまり「通名禁止」は「左」が主張し、そして場所によってはそれを実践していたということです。

 名前をどう名乗るかは本人の自由な権利なのですが、「左」も「右」も通名を禁止して本名を名乗れと主張しています。 しかしその主張は、「左」では善意からであり、「右」では悪意から、という違いがあります。

 「左」は自ら善意と確信していますから強要・押し付けとなりやすいものです。 権利を侵害しているとは全く思っていません。 本名は嫌だ!と激しく抵抗する生徒がいたら、民族差別と闘う運動団体では「心を鬼にして本名を名乗らせねばならない」という主張が堂々と語られていましたねえ。 

 一方「右」特に「ネットウヨ」は自分の本名を隠して特定外国人に「通名を使うな! 本名を名乗れ!」と主張しています。 外国人であることを晒して差別してやるぞ!という考えです。 自分の本名は出さないのですから、悪意があることを自ら表明しているようなものですね。 ですから「右」からの主張はレイシズムというかエゲツなさが甚だしく、人間性に疑問を抱くしかありません。

 本名か通名か、これは本人が決めればいいだけの話です。 他人が本名か通名かを強制することはできません。 本人が通名を使いたいと言うなら、周囲の人は分かりました、そうしましょう、ただし必要ならば本名を使いますよ、で十分です。

 日本人でも知事や国会議員といった公職に通名の人がいます。知事ではかつての横山ノック、最近では森田健作や玉城デニーなんかが有名ですね。 国会議員では自民党の高市早苗もそうだし、古くは共産党の不破哲三もそうでした。 探せばいくらでも出てきます。 こういった人たちと同じ扱いをすればいいだけです。

 この常識が特定国籍の外国人に限り、かつては「左」に通用せず、近年では「右」にも通用しないということですね。 同じ穴のムジナに見えますが、悪質性は「右」の方が上回ります。 (終わり)

【拙稿参照】 

外国と日本の文化の違い―卑猥語(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/18/9358120

人に卑猥語を言わせるトンデモ俗悪人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/28/9351491

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

第21題「本名を呼び名乗る運動」 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

第85題(続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

第84題 「通名と本名」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

外国と日本の文化の違い―卑猥語(2)2021/03/18

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/28/9351491 の続きです。 ここで「外国人の名前には日本では卑猥語に相当するものになる場合がある」と書きましたので、続けてこれについて書きます。

 外国人の名前には日本の卑猥語に相当する場合があります。 また日本で生まれ育った外国人の場合、その名前が本国では卑猥語になって本国では受け入れられないということもあります。 来日外国人が外国人登録すると普通カタカナ名が記載されますが、そのカタカナ名が本国で卑猥語に聞こえる場合もあります。 逆に日本人ではごく普通の名前が、外国では卑猥語になる場合もあります。 それぞれを例示します。

 「外国人の名前が日本の卑猥語に相当する場合」というのは例えば、①昔プロレスラーに「ボボ・ブラジル」という人がいました。 「ボボ」は日本のある地方の卑猥語です。 ですからその地方でこのレスラーが出場するプロレス会場は異様な盛り上がりを見せたものでした。 ②またこの地方にフランスの女性哲学者「ボーヴォアール」が講演に来た時、地元の人は「ボーヴォアールはやはり女だった。“ボボ・アール”だから」なんて噂していました。

 ③あるいは1960年代にアフリカのコンゴに「チョンベ」大統領が誕生しました。 「チョンベ」は日本の某地方の卑猥語です。 この地方ではこのニュースを聞いた時、みんなビックリしたと言います。 ④韓国人では「好美」という女性がおられました。 ハングル読みで「ホミ」となりますが、これも日本の某地方の卑猥語です。 この地方出身の方に聞くと、それを若い女性が聞くと顔を赤らめ体を震わせるだろうと言っていましたね。 幸いにもこの韓国人はその地方に住まなかったですが、住んでいたら大変なことになっていたでしょう。

 「日本で生まれ育った外国人の場合、その名前が本国では卑猥語になって本国では受け入れられない」というのは、⑤在日韓国人ですが「早智」という名前の女性がいました。 これをハングル読みすると「チョジ」となり、これは韓国では男性のペニスの意味になります。 つまりオチンチンですから、本国では絶対に付けることのない名前だそうです。 在日韓国人は本国の韓国文化と断絶する場合がほとんどですので、このように本国文化に馴染まない名前が出てくることがあります。

 「来日外国人の外国人登録名が本国で卑猥語に聞こえる場合」というのは、これも私の職場の十年ほど前のことですが、⑥アフリカからの留学生がアルバイトを申し込んだ時に、賃金を振り込む銀行口座名義と印鑑名が違うということがありました。 事情を聞くと、外国人登録のカタカナ名を日本語のイントネーションで発音されると、本国では卑猥語か罵倒語に聞こえるそうです。 だから通名を作って登録してそれで口座名義を替えた、しかし印鑑は買い換えるのにお金がかかるからそのままにした、ということでした。

 「日本人ではごく普通の名前が、外国では卑猥語になる場合」というのは例えば、 ⑦「伴(ばん)」さんという名前の日本人がいます。 マンガ「巨人の星」にも出てきますね。 そして「バン」はアメリカの某地方の卑猥語だそうです。 ですから「伴」さんがアメリカのこの地方に住むことは難しいという話でした。 ⑧同じように日本人では「まこと」「ことみ」のような名前はごく普通です。 しかしドイツの某地方では「こと」を日本語風の発音とイントネーションで話すと卑猥語になるとのことでした。 以上は聞いた話で確実ではありませんが、可能性は十分にあるものです。

 これはかなり昔の話ですが、⑨ロシアから日本のボクシングジムに入った青年がいました。 かなり成績がよくて日本でプロデビューすることになり、日本のジムは彼に昔の日本チャンピョンだった「海老原(エビハラ)」というリングネームを付けました。 しかし彼はそれでやる気を失くし、祖国に帰りました。 「エビハラ」は祖国の自分の地方では卑猥語か侮蔑語になるので両親に言えず故郷に錦を飾れない、ということでした。

 口にできないような卑猥語は世界のどこにでもあります。 そして外国と日本では文化が違いますから、卑猥語も違ってきます。 ですから、外国ではごく普通の名前が日本では卑猥語になるとか、逆に日本ではどうということのない普通の名前が外国では卑猥語になる場合もあります。

 もしこんな名前の外国人が住んでいたら、子供や心無い大人たちはからかいの絶好の対象とするでしょう。 口にするのも恥ずかしい卑猥語を叫んでも外国人の名前を呼んだだけだと居直るだろうし、デパートなんかで「この人を呼び出してください」といってその外国人の名前を出すとか、様々な手口を使うことでしょう。 

 日本では外国人は通名をつけて登録することができます。 そうするとその通名で銀行口座を開いたり、様々な契約を結ぶことも可能になります。 ですから日本では卑猥語となるような名前を持つ外国人には、“それでは日本での生活に支障をきたしますから通名を作って登録しなさい”と忠告してあげるのが最善だと考えます。 またそれが人権を守ることにもなります。

 ところが数年前ですが、外国人には通名を認めてはならないと強硬に反対する日本人が多いことにはビックリしました。 特定の国の外国人の通名(日本名)に、異常なほどの反対を主張します。 その主張をよくよく見ると、外国人を晒し者にして差別したいというのが本音でした。 “通名を使うな!通名反対!”は人種差別主義者=レイシストの主張だったのです。 (続く)

【拙稿参照】

人に卑猥語を言わせるトンデモ俗悪人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/28/9351491

外国人の通称名はワガママか     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/09/09/516945

外国人が日本名(通名)を使う理由  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/23/6640875

外国人の名前が日本文化に馴染まない例  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/17/6662794

出自を隠すための通名には事情がある   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/21/6666178

「通名禁止」主張はレイシズム      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/29/6673689

二つの名前を持つこと          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072

在日の本名とは?            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

通名を本名と自称する在日        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

日本名を本名とする在日朝鮮人      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

在日の通名使用の歴史は古い       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526

ある在日の通名騒動記          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

外国人が通名で銀行口座を設ける場合   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/13/6945717

外国人の名前              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/16/6948002

在日の通名は特権ではない        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

通名登録制度を悪用した事件       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887

本名強要は人格権侵害ー判決       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561

第21題 「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

第85題 (続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

第84題 「通名と本名」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

尹東柱の国籍は?2021/03/13

 『朝鮮日報』3月8日付けに、「ソ・ギョンドク教授「中国人よ、私の家族を中傷すればキムチが中国のものになるのか」と題する記事がありました。 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2021/03/08/2021030880243.html

 この中に詩人の尹東柱のことが出てきます。

中国のネットユーザーから送られてきたメッセージには「尹東柱詩人は中国・吉林で生まれ育った中国人」‥‥と書かれていた。

ソ教授は、現在「中国」になっている尹東柱の国籍を訂正するよう求める抗議メールを中国のポータルサイト「百度(バイドゥ)」側に送った。

 2020年12月30日付けの聯合ニュースに、ソ教授の抗議がもう少し詳しく報道されています。 https://news.yahoo.co.jp/articles/3e64cd63c9d967cf45a84d282eaa17e87fd3c853

【ソウル聯合ニュース】韓国の広報活動などに取り組む誠信女子大の徐ギョン徳(ソ・ギョンドク)教授は30日、中国のインターネット検索大手、百度(バイドゥ)が詩人・尹東柱(ユン・ドンジュ、1917~1945)の国籍を中国と歪曲(わいきょく)しているとして、誤りを指摘する電子メールを送ったと明らかにした。

尹東柱の生誕102年を迎える30日現在、オンライン百科事典「百度百科」は尹東柱の国籍を「中国」、民族を「朝鮮族」と表記している。

徐氏は、中国の吉林省・延辺朝鮮族自治州にある尹東柱の生家の標石に中国を愛した朝鮮族詩人という意味の「中国朝鮮族愛国詩人」と記されていることも大きな問題だと指摘。「中国の歴史歪曲に怒るだけでなく、何が誤っているかを正確に伝えて正しく修正されるよう努力することがより重要だ」と強調した。

 尹東柱について、中国側が中国国籍の朝鮮族だとしたことに対して、韓国のソ・キョンドク教授が‘いや違う!韓国国籍だ!’と抗議したということです。

 こんなことでカリカリと頭に来ることかな?と思います。 国籍というものは国家の所属を示すもので、その認定はその国家政府のみができる主権行為です。 ですから国籍はその時に存在した国家が定めるものなので、まず初めにこれを調べねばなりません。

 尹東柱は1917年に満州の間島(今の中国吉林省)に生まれ、1945年に日本の福岡刑務所で獄死した詩人です。 彼は1940年の創氏改名で「平沼東柱」となっていることから、朝鮮総督府が編成する朝鮮戸籍に登載されていたことが分かります。 つまり彼は日本国籍の朝鮮人だということになります。 生年は日韓併合後、没年は日本の敗戦前ですから、生まれてから死ぬまで日本国籍でした。

 なお1932年に「満州国」がつくられます。 だからその「満州国」領内で暮らしていた尹は日満の二重国籍の可能性があります。 しかし「満州国」は傀儡国家ですから、1932年に満州国籍を取得したと言えるかどうか、極めて疑問です。

 次に大韓民国、朝鮮民主主義人民共和国は没後の1948年に樹立され、中華人民共和国は1949年に成立します。 尹東柱の生きていた時期にこれらの国家は存在しませんから 尹はこれらの国の国籍を有したことがありません。

 なお尹の時代の中国は中華民国でした。 しかし当時の中華民国政府は、尹が生まれ育った間島にまで支配が及んでいなかったのですから、尹はこの国の国籍を有していたとは言えないでしょう。

 以上により尹の国籍について、今の韓国と中国がそれぞれ自国民だと主張することには無理があると言わざるを得ません。 尹東柱は生まれてから死ぬまで、単一の日本国籍だったのです。

 いま中国と韓国では中国人か韓国人かで争っていますが、民族ではなく国籍ということに限ると、彼の生涯は単一日本国籍であった事実が忘れられているか、あるいは無視されていることになります。 これはいかがなものかと考えます。

 以下は想像の話をします。 もし尹東柱が獄死せずに戦後も日本で暮らしていたらどうなっていたか。 日本は彼を外国人登録し、その国籍欄に「朝鮮」と記載することになります。 なおこの「朝鮮」は国家の所属を示す国籍ではありません。

 一方韓国は朝鮮総督府が作成した朝鮮戸籍に登載された人を韓国籍としましたから、韓国政府は尹を自国の国籍者としたでしょう。 ただし韓国の国民登録をしなければ、韓国政府は自国籍者として認定しません。 つまり韓国の国籍だが、韓国政府はその国籍証明ができない状態になります。

 次にもし尹東柱が戦後に両親・親戚らが暮らす中国の満州に帰ったらどうなっていたか。 尹は中国朝鮮族の人となり中国政府の作成する戸籍に登載されますので、中国は尹を自国の国籍者と認定します。 そして韓国は1992年に中国と国交を結んだ際に、中国朝鮮族の国籍が中国であることを認めました。 従って尹が生きていたら1992年までは中韓の二重国籍(ただし韓国政府は国籍証明できない)、1992年以降は単一の中国国籍となります。 

 なお北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国籍はどうなるのかについて。 この国の国籍法の実態と運用が明らかでないので、何とも言えないところです。 ただし尹東柱が戦後も日本に残ったとしたら、北朝鮮は自国の国籍者とみなしたと思われます。

 以上は「もしも」の話ですが、当事者でないわれわれ日本人にとっては国籍を考えるのにちょっとした頭の体操になりますね。

尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000

『言葉のなかの日韓関係』(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/09/6772455

【尹東柱に関する拙稿】

『言葉のなかの日韓関係』(3)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/11/6774088

『言葉のなかの日韓関係』(4)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/13/6775685

尹東柱記事の間違い(産経新聞)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/09/7568265

尹東柱記事の間違い(毎日新聞)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/15/7572811

尹東柱記事の間違い(聯合ニュース) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/29/8339905

水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/26/8118773

尹東柱のハングル詩作は容認されていた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/11

尹東柱の創氏改名記事への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/16/8917954

尹東柱の創氏改名―ウィキペディアの間違い http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/11/8939110

尹東柱の言葉は「韓国語」か「朝鮮語」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/19/8945248

孫基禎が学徒兵志願を訴える―親日行跡2021/03/09

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/05/9353642 の続きです。

 ベルリンオリンピックのマラソン優勝者である孫基禎にちょっと関心があって、中公新書『孫基禎―帝国日本の朝鮮人メダリスト』(金誠 2020年7月)を読んでみました。 そのなかに彼が戦時中に、朝鮮人学徒兵志願を呼びかけていた事実がありました。 ちょっと引用してみます。

1943年10月、日本で学徒出陣の壮行会が催されている頃、朝鮮・台湾では陸軍特別志願兵臨時採用規則が公布・施行され、植民地からも学徒志願兵が駆り出されることになっていた。 孫は明治大学の卒業生として学徒先輩中堅団という組織の一員となり、朝鮮人学徒志願兵の募集を呼び掛けていく。

孫は咸鏡北道に出かける前に以下のようにその抱負を述べている。

われら若き半島青年が今こそ起って大東亜戦争に直接身をもって戦わなければ、何時またこんな絶好の機会があるでしょうか、大いに血を流し、血をもって、若き日の熱誠を願わねばなりません。いま、半島はあげて学徒の出陣を励行しているのです。全く□(判読不明)然です。未だ曾てこんなに2500万が総決起しえその熱と誠を一つの点に集中させたことがあったでしょうか、私はこのような気持ちを学徒やその家族を訪れて伝え志願を乞うと共に、微力ながら大いに激励するつもりです。 (『京城日報』1943年11月14日) (以上は147~149頁)

 孫基禎は朝鮮の北東端にある咸鏡北道に行って学志願兵の応募を訴えるのですが、この本に載っているのは行く前に書かれた上記の決意表明ですね。 現地で実際にどのような呼びかけをしたのか関心があるのですが、この本ではそこまで書かれていません。 咸鏡北道は今の北朝鮮ですから、今は資料収集が難しいのでしょう。

 孫は当時の朝鮮人社会で超有名人となっており、非常に影響力の大きかった人です。 従って日本は彼を利用して、戦時動員=軍国主義に協力させようとしました。 そして孫はそれに応じたということになります。

 1945年の解放後、孫はこの当時のことを次のように回顧したといいます。

学徒志願兵の呼びかけについて自責の念に強く駆られ、晩年には「映画『ホタル』のなかで、特攻で死んでいった金山少尉を生んだのは、私の責任である」と述べ、深く後悔していたという。

映画『ホタル』は、アジア・太平洋戦争末期の鹿児島県知覧を舞台に特攻機の搭乗員に触れた物語である。 その重要な登場人物は光山文博、朝鮮名を卓庚鉉といった。

彼を志願兵として神風特別攻撃隊に送ったのは孫基禎ではなかったが、その死を悼む思いは彼が募集に携わった朝鮮人青年たちに向けられていたのだろう。

朝鮮人学徒志願兵で最初に戦死した「光山昌秀」は咸鏡北道の出身であったという。孫が学徒先輩中堅団として訪れた地の朝鮮人青年であった。 (以上は151~152頁)

 日本の敗戦=朝鮮の解放後、彼はこのように後悔したのですが、日本軍国主義に協力したという「親日行跡」の事実は残ります。 しかし韓国では彼を「親日派」と糾弾する人はいません。 韓国において「親日派」と「親日派でない」との違いは何か、理解できないところです。

【拙稿参照】

孫基禎は植民地支配に抗議したのか?  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/03/9352492

孫基禎の写真   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/05/9353642

孫基禎の写真2021/03/05

 前回 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/03/9352492 で、「金銀銅メダルの三人(孫基禎、ハーパー、南昇龍)が並んで撮られた記念写真」 「『東亜日報』は孫の胸に掲げられていた日の丸を消して報道するという、いわゆる「日章旗抹消事件」という大事件を引き起こした」と書きました。

 中公新書『孫基禎ー帝国日本の金メダリスト』(金誠 2020年7月)の101頁に、その二枚の写真がありました。 参考までに紹介します。

 この写真でも、メダルは見えませんねえ。 当時のオリンピック表彰式ではメダルは首に掛けないのかも知れません。

【拙稿参照】

孫基禎は植民地支配に抗議したのか?  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/03/9352492