こんなメールが来ました(2)2017/06/29

 拙ブログを批判するメールが来ました。  昔はこんな議論が盛んだったなあ、と感懐にふけりました。 相手方の意見を曲解・誤解して厳しい批判を浴びせる手法は当時の左翼・革新系諸君によくあったものです。 私にはそんなノスタルジーを感じさせて興味深かったので、公開の了承を求めましたが、返事がありませんでした。 そこで発信者の名前を出さずに、部分公開します。

あなたのブログは最低としか言いようがありません。もし本当に朝鮮の強制連行が無かったとしても、その子孫の人たちに「国に帰れ。日本が嫌なら外国に行け」なんて支離滅裂極まりないことに気が付かないんですか。歴史も祖先がやったことにも民族も、その人の努力では変えられるものじゃないじゃないですか。それなら黒人を追い出して住み着いている白人や、アイヌの人々を迫害して暴利をむさぼった日本人はどうなんですか。それでも共存しているのは「その人個人は何も悪いことはしていない。歴史は変えられないけどこれからは差別のない社会を作っていこう」という基盤を目指しているからじゃないんですか。もし本当にあなたの言う通り祖先が図々しく日本に来たからと言って、生まれた時からの思い出、友人、憩いの場所がある地で「お前の祖先は日本に寄生するために来たんだから、子孫のお前は高い金払って友人とも別れ、言語も文化も頼れる人もいない外国に移れ。あんた自身は悪いことをしてなくてもルーツがそんなだから差別されるのは当たり前。嫌なら出てけ」とつまはじきにされなきゃいけないんですか。私にまだ幼い在日の知り合いがいて、彼女がこの文章を読んでどんなに深い傷を負うかなんて想像もつきません。おかしいでしょう。そんなの、差別する方が悪いんです。何で被差別者に上から目線で説教しているんですか。

 3年ほど前に同じようなメールが来たことがあります。 こちらは公開に反対されましたので、こちらからの返事メールだけの公開となりました。 合わせて読んでいただければ幸いです。

 こんなメールが来ました         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/12/7242809

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(5)2017/06/25

 中村さんはこの本を刊行した目的を次のように書いています。

これら6人は、いずれも植民地期に帝国日本の「臣民」として生を受け、1940年代後半から50年代にかけて青年期を過ごした。それはこの日本が敗戦という「生き直し」の契機を棄て去り、米国の世界戦略に便乗しつつ、戦後補償のネグレクトに始まる「固有の利益」を実現する道を選んだ時期である。政府の暴走ではない。社会全体がその破廉恥に順応したのである。戦争法が制定され、さらなる愚行へと一直線に突き進む現在、あらためて、この時代を《他者》の眼差しを通して振り返りたい。現在の荒廃をその根から問い直すために。(まえがき ⅸ頁)

 自分の左翼的、革新的思想を主張するために、「朝鮮籍」を維持する在日朝鮮人のお年寄りから聞き書きをしてきた、ということですね。 従って極めてイデオロギー的な著作と言えます。 そのイデオロギーは、「あとがき」で次のようにまとめられています。

「戦争放棄」を唱えつつ、一方の国家殺人「死刑」を」支持、「基本的人権の尊重」を言いながら、「元国民」である在日朝鮮人がその享有主体から排除されている現状を看過する。「平和主義」を口にする一方で米国の戦争に付き従う――。これらの欺瞞を多くの日本人はそれとして認識してきたか?倫理と生活を切り離し、日常の安定を謳歌してきた結果が、数年来、吹き荒れるレイシズムであり、「戦後」という欺瞞を最悪の形で解消しようとする第二次安倍政権の誕生ではなかったか。(220頁)

本稿執筆の最中、戦後日本が拠り所とした「世界秩序」の創造主たる米国で、レイシストでセクシストの金満家が大統領に当選した。これはイスラモフォビアが蔓延する欧州の極右や、日本の差別主義者を後押しし、「市民社会」という概念を破壊していくだろう。人類の英知「人権」を取り巻く危機的状況は、新たな段階に入った。「人類の尊厳」や「自由」がいかに尊いか。なぜそこに命を賭けて闘う者がいるのか、その真の意味と重みを今後、私たちは、空虚な「お題目」ではない形で身をもって知るはずだ。およそ70年前、「平和」のありがたさを身をもって知ったように。それが「別の在りよう」を求める連帯と生き直しの出発点になるだろう。(220~221頁)

 お年寄りからのインタビューを、現在の問題に引き付けて自分のイデオロギーに沿って編集した本ということですねえ。在日朝鮮人の歴史研究においては、これを資料として使うには躊躇せざるを得ないところです。

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/09/8589790

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593507

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/16/8598422

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601961

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(4)2017/06/22

 この本に登場する「朝鮮籍」の方は6人。うち、北朝鮮の国籍を有している方は李実根さんだけで、他は南北両方の祖国の国籍を有していません。 つまり韓国にも北朝鮮にも、どちらの国家にも所属していません。 日本の国籍も有していませんから、日本では外国人登録するしかなく、その国籍欄に「朝鮮」と記載されているわけです。 

 つまり「朝鮮籍」は祖国が証明するものではなく、日本国が証明するものなのです。  そして祖国と切れていることを明言する方の「朝鮮籍」に「思想」があると中村さんは論じます。 

 ところで「朝鮮籍」に拘る方は、そんなことに拘らない家族と違う道を歩むことになります。

 鄭仁さんは、「机上には息子夫婦や孫たちの写真が飾ってある。息子は全員韓国籍に切り替えた。」(111頁)とあるように、家族の中で一人「朝鮮籍」を維持しています。

 朴正恵さんも「家族は私以外みんな韓国籍に切り替えたけど(144頁)」語って、家族の中で唯一「朝鮮籍」を維持していることを明らかにしています。

 私がこの本を読んで思うには、「朝鮮籍」を維持しているという方は、それまでの自分の考え方に固執する年寄りの頑固さではないか、ということです。 その頑固さは、故郷の親戚に会わなくてもいい、先祖の墓参りをしなくてもいい、とまで考えるほどに強固なものです。

 この頑固さに中村さんは「思想」を読み取ろうとしていますが、私には頑固一徹、悪い言葉を使うと高齢者特有のワガママに思えます。

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/09/8589790

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593507

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/16/8598422

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(3)2017/06/16

 なぜ日本の外国人登録で韓国籍に切り替えずに、「朝鮮籍」を維持するのか。

 朴鐘鳴さんは次のように語っています。

朝鮮籍か韓国籍か選択を迫られる局面があると、そこで考えるわけですね。‥‥‥朝鮮半島全体の南だけの範囲での韓国を選びますか。北半分だけの共和国としてそこを選ぶかと。私が生きてきた朝鮮とは何だ?古朝鮮から現在に至る統一体としての朝鮮。地域の統一性、言語の統一性、文化の統一性、その一体としての存在。そのような存在としての朝鮮こそが朝鮮半島全体を、歴史的に表現し、高麗時代からだけをとっても1000年近くを統一的な地域として存続してきた。その意味での朝鮮があり、私は朝鮮人として生まれ、朝鮮人として生き、朝鮮人としての自己表現のままで死んでいきたい。中身が変わる形で行きたいとは思わない。」(70~71頁)

 鄭仁さんは次のように語っています。

やっぱり一応は統一した祖国やろうな。なんせストレートにいえば、今の北朝鮮の政権にも、朴槿恵(当時の韓国大統領)の政権にも俺、帰属感がないもん。でも出自は朝鮮人や、これは間違いない。そういう出自に対する愛はあるよ。あるけど、国家権力に対する帰属感はない。あえていえば自分自身に帰属しているとしかいいようがないよ。朝鮮籍なのもそこ」(110頁)

 朴正恵さんは次のように語っています。

韓国籍に変える人を批判するつもりはないですよ。お墓守るとか、親族に会わなアカンと各々の事情があるから。でも私でいえば一生変えない。 ‥‥あんな理由(上述のような各々の理由のこと)で変えざるを得ない状況にすごい憤懣がある。この分断状況を続ける朝鮮人社会と、その原因である日本に対してね。 ‥‥それにしても私、死んだら夫の家の墓に入れるのかな。それとも朝鮮籍は骨になっても入国拒否で、玄界灘に散骨するんかなあ‥‥」(144~145頁)

 彼らによると、韓国籍は統一した祖国ではなく、祖国の分断を表すものだ、朝鮮籍こそが統一した祖国なのだ、という「思想」ですねえ。 ここで疑問なのは、そもそも国籍とは所属する国家と国民の関係を表すものですが、彼らの言う「朝鮮籍」は日本の外国人登録上の表記であるということです。つまり、統一した祖国を表す「朝鮮籍」は、祖国でもない日本の、しかもそこの国家権力が証するものだということです。

 別にいえば「朝鮮籍」によって祖国の統一を訴えるにしても その「朝鮮籍」を証明するのが日本の国家権力であり、本人もそれを承知し、望んでいるということになります。 祖国の問題なのに、なぜ日本の権力に依拠しようとするのか。

 「朝鮮籍」というのは、中村さんによれば「(日本が)植民地出身者への法的、道義的責任を打っ棄るために、在日朝鮮人から諸権利を奪いとり、公的空間から排除する措置だった。『朝鮮』籍は、いわば犯罪の上塗りで始まった『戦後』の証明でもある」(ⅵ頁)。その中村さんが、日本の「犯罪の上塗り」である「朝鮮籍」を維持する人たちに歩み寄って賛同するところに、私には理解できないのです。

 なお李実根さんは、少し違って次のように言います。

朝鮮籍でいるのは大した問題ではない。後でできた韓国に替える必要はないし、ましてや日本に替えるなんてありえません。韓国にだってアメリカにだって堂々と朝鮮籍で、朝鮮民主主義人共和国の国籍で入りました。私のプライドですよ。」(180頁)

 李さんは北朝鮮の国籍を有しているから「朝鮮籍」だとしています。 北朝鮮の評価は別にして、国籍だけを取り出して考えると、分かりやすく明快です。李さんの「思想」が一番真っ当ではないかと思います。

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/09/8589790

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593507

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2)2017/06/13

 日本の外国人登録で韓国籍ではなく、「朝鮮籍」を維持すると、不利な面がかなり出てきます。 中村さんは次のように解説しています。

朝鮮籍を生きる者はいくつもの困難に晒される。一つは移動である。実在しない「くに」の名が国籍欄に表記されている事態は世界では理解され難い。日本への再入国許可証(これ自体、「元国民」への処遇として不当の極みである)を手にしての海外渡航は、しばしば海外の入管で足止めされる。慮武鉉政権時代はほぼ認められた朝鮮籍者の韓国入国も、李明博政権以降は不承認が増え、年によって申請者の6割以上が入国を拒まれている。 ‥‥‥そして、日本では差別や不当な処遇を受ける。かつての外国人参政権法案でも朝鮮籍者は排除されていたし、2012年に導入された「みなし再入国制度」(1年以内の海外渡航なら再入国許可が不要になる)からも「有効な旅券」の所持を条件にする形で除外された。DPRK(北朝鮮のこと)の「核」や「ミサイル」が喧伝されるたびに、朝鮮籍者は「制裁」という不当弾圧の的にされる。 ‥‥‥DPRKに渡航すれば原則として再入国不許可とされる者の範囲は拡大しているし、再入国の許可期間も短縮された。出国する朝鮮籍者に再入国拒否をちらつかせ、「北朝鮮に行かない」との誓約を迫っていたのも最近のこと。 (まえがき ⅷ頁)

 外国人登録で「朝鮮籍」の方は、これだけの多くの不利があります。しかし彼らは、手続きをするだけで簡単に「韓国籍」にすることができます。 またこの切り替えをすれば、韓国のパスポートも取得できます。そうなれば故郷の親戚に会ったり、先祖の墓参りをすることも簡単です。けれども朝鮮籍はこんなことすら困難なのです。

 従って「朝鮮籍」の方は不利であることを承知の上で、「韓国籍」に切り替えることなく「朝鮮籍」を維持していることになります。それなりの確固とした「思想」があるのでしょう。

 ところで中村さんは、朝鮮籍の不利さについて「不当」という言葉を何度も使っています。 ここに彼のイデオロギー的立場が現れていますね。

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1)2017/06/09

 在日朝鮮人のなかには、朝鮮籍を維持している方がおられます。 その朝鮮籍には「思想」があるという本の題名に引かれて、中村一成『ルポ 思想としての朝鮮籍』(岩波書店 2017年1月)を購読。

 「朝鮮籍」とは、日本政府の外国人登録において、その国籍欄に「朝鮮」と記載されている人を指します。 これについて、中村さんは次のように説明します。

(終戦直後の1947年の外国人)登録令の公布当時、朝鮮に主権国家はなかった(独立運動側が朝鮮人民共和国の建国jを宣布したが、南朝鮮を占領した米軍は否認、これを潰した)。「外国人登録」をするにも、書く「国」がない。そこで持ち出されたのが帝国時代民族籍としての「朝鮮」だった。もちろん、植民地支配で皇国臣民にしたのだから元に戻すのは当然だ。でもこれは現状と全く意味が違う。植民地出身者への法的、道義的責任を打っ棄るために、在日朝鮮人から諸権利を奪いとり、公的空間から排除する措置だった。「朝鮮」籍は、いわば犯罪の上塗りで始まった「戦後」の証明でもある。(まえがき ⅵ頁)

 つまり在日の「朝鮮籍」は、日本が植民地支配の責任を何ら取ることもせず、在日の権利を奪って植民支配の犯罪性を上塗りするための措置であったと明確に述べています。 当然のことながら、「朝鮮籍」は本人の承諾もなく、日本国が勝手に付与したものということになります。

 そんな「朝鮮籍」を戦後70年以上もの間、維持してきた在日というのは、一体どんな「思想」があるのか?に関心がありました。

 日本政府の外国人登録において、朝鮮人は「朝鮮籍」か「韓国籍」に分かれます。そして韓国政府はこの外国人登録の記載が「韓国」とある者のみパスポートを発行します。 ですから日本政府の外国人登録で「朝鮮」と記載される人には、韓国のパスポートはありません。

 従って外国人登録で「朝鮮籍」を維持している人は、韓国のパスポートを所持していません。 現在、世界中で韓国への信頼性は抜群ですが、北朝鮮への信頼性はかなり低いです。 だから在日が外国人登録の国籍欄を「朝鮮」から「韓国」へ切り替えるのは、国際的に活動しようとする在日では当然のことになります。 それでも「韓国籍」を否定して「朝鮮籍」を維持しようとするのは、北朝鮮を肯定する意思を示したことになるでしょう。

 この中村さんの本で取り上げられている人たちは、結局は北朝鮮に国家的正当性があって韓国にはない、という北朝鮮寄りのイデオロギーから抜け出せていないように思えます。 中村さん自身がそのイデオロギーに染まっているように見えます。

내로남불ー産経の黒田さんが紹介2017/06/03

 前回に「내로남불とは何か」と題する、拙論を書きました。    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/05/29/8578519

 これと同じ趣旨のことを、産経の黒田勝弘さんが本日書いていますねえ。

http://www.sankei.com/world/news/170603/wor1706030051-n1.html

 この黒田さんの記事では、「내로남불」をカタカナ書きで「ナロナムブル」としています。 

 あれ?! このハングルをカタカナ書きすれば「ネロナムブル」になるはずですが・・・・。「ネ」と「ナ」は韓国語では「私」という意味ですが、使い方が違うものです。

 この記事では、「ナムアミダブル(南無阿弥陀仏)」とひっかけているので、それにつられて「ナロナムブル」としたのでしょうかねえ。

「내로남불」とは何か2017/05/29

 韓国の文在寅政権は、首相、外相人事でつまづきを見せています。

 文在寅さんは選挙公約で、政府高官人事では5大原則(兵役逃れ、脱税、偽装転入、不動産投機、論文剽窃に関係した者を登用しない)を打ち出したのですが、首相・外相に登用しようとした人物が、このうちの偽装転入に関係した事実が明らかになったのです。

 このニュースのなかに、「내로남불」という言葉がありました。 辞書に載っていないし、どんな意味なのか気になっていたのですが、「내가 하면 로맨스, 남이 하면 불륜」(自分がやればロマンス、人がやれば不倫)の意味なんですねえ。 

 これは知りませんでした。 勉強になりました。 この言葉、韓国の諺として定着するかも知れませんねえ。

韓国の砧石2017/05/23

 先週末から今週初まで韓国旅行。 その間、北のミサイル発射がありましたが、韓国は至って平穏、のんびりした雰囲気でした。 行った先が全羅道~慶尚道で、韓国の南部で、北とはかなり離れていたせいですかねえ。

 新聞を買おうとコンビニに行ったら、置いていないという。 聞いてみたら、新聞は駅かバスターミナルでなら売っているだろうが、そうでなければ新聞を買う人はいない、とのことでした。 せっかく韓国に行ったのに、かえって状況が分からない羽目になりました。

 ところで泊まった宿が韓屋という、木造の韓国風建物。 部屋の入口に置かれた沓脱石(踏み台に使う石)が、何と砧に使う石でした。(↑写真) 洗濯の仕上げに使う道具が、人間の足を乗せる踏み台になっているのですねえ。

 韓国では1970年代ごろから砧を打つ風習が廃れました。 砧石を何かに再利用しようとすれば、こういう使い方になるしかないのでしょうねえ。 そういう目で市内を回ってみたら、何軒かの家の出入り口のところに置かれているのを見かけました。

 砧については世界で唯一の研究者(?)と勝手に自負している私には興味深いものです。

【拙論参照】

第66題 砧(きぬた)    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dairokujuurokudai

第106題 砧 講演    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakurokudai

第107題 砧 講演(続)  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakunanadai

第108題 「砧」に触れた論文批評   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakuhachidai

第109題 ネットに見る「砧」の間違い  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyakukyuudai

第114題 韓国における砧の解説  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/hyaku14dai

第115題 다듬이  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku15dai.htm

第118題 砧―日本の砧・朝鮮の砧  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihyaku18dai.pdf

角川『平安時代史事典』にある盗用事例  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/04/07/1377485

「砧」と渡来人とは無関係        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/04/14/1403192

北朝鮮の砧               http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/12/22/2523671

砧という道具              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/01/05/2545952

韓国ロッテワールドの砧          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/05/11/5080220

韓国ロッテワールドの砧のキャプション  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/05/12/5082741

「砧」の新資料(1)          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/09/6655266

「砧」の新資料(2)          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/10/6656721

「砧」の新資料(3)          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/11/6657527

「砧」の新資料(4)          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/13/6659222

「砧」の新資料(5)          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/14/6659970

「砧」の新資料(6)          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/16/6661166

砧ー日本の砧・朝鮮の砧         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/05/6888511

佐藤春夫の「砧」            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/02/05/8008944

朴槿恵の官邸暮らし(2)2017/05/18

 前回 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/05/14/8558090 の続きです。

―崔順実は内室に出入りしなかったのですか?―

 「崔順実もガラスドアの中には入ったことはないです。大統領と一緒に食事をしたという話も全部デタラメです。大統領はいつも一人で食事をなさいます。」

―崔順実は官邸で何をしていたのですか?―

 「2014年からほとんどの週末にやって来ました。事務室で三人組(イ・ジェマン、チョン・ホソン、アン・ポングンの各秘書官)を呼んで、会議のようなものをしていました。朴前大統領は時々参加していました。こういった人たち以外は会うのを嫌がっておられましたから。なぜこんな方が大統領になったのかと思いましたよ。他の人たちと会わなければならないのに、たった一人(崔順実)だけに会うなんて、意思疎通が取れないという指摘はその通りです。‥‥大統領は他の面では細かい方なのですが、なぜあんな人と付き合っているのかと思いました。大統領は貴婦人のようで、世の中のことを何もご存じないです。自分で靴下一つ買ったことがないのです。

―朴大統領は官邸に毎日いましたか?―

 「外出の日程や首席秘書官会議がなければ、出かけることはありませんでした。一日中、内室にばかりおられました。いつ大統領がインターホンで呼ばれるか分からないので‥‥私は休めなくて、一息もつけなかったですよ。セウォル号事件の時「七時間の空白」がどうのとか、あらゆる言い方がされましたが、ただいつものように内室におられたのです。」

―普段はテレビドラマをよく見て楽しんでいると言われていますね。―

 「それは事実ではありません。普通、午後三時頃インターホンで『ちょっと掃除をしてください』と連絡が入れば部屋に入って、1時間半ぐらい掃除をしている間、大統領は席を外さないでパソコンが置かれている机に座っておられます。何をしておられるのか分かりませんが、テレビを見ていたことはありません。ベッドにも横になることはありません。机で居眠りするお姿はたった一回だけ見たことがあります。」

―青瓦台の料理長であるハン・サンフン氏がそのように証言していますが‥?―

 「その人は官邸の中に入ったことがありません。ハンさんが私に『大統領は一日中何をしておられるのか』と聞いたことに、『私は分からない。食堂で一人食事をなさる時にテレビを見ておられた』と言ったのがそのように歪曲されたのです。一人食事をとりながら中国ドラマをよく見ておられました。しかし内室ではテレビを見ることはなかったです。朝、新聞をドアの前まで持って行くと、ラジオの音が聞こえてきました。」

―美容手術や疲労回復剤の注射のために外部から人を呼んだというのは本当ですか?―

 「体がお弱いんです。体の調子が悪い時は、消化が出来ないのです。私がもどかしかったのは、主治医がいるのに何故入ってはいけない人を使うのか。あれほど几帳面で隙のない方が何故あんな馬鹿なことをしたのかと思います。」