韓国が天皇訪韓を望む!?-朝日インタビュー2017/09/23

 韓国の李首相が朝日新聞のインタビューで、天皇の訪韓を望むと発言しました。 インタビュー記事のうちで、天皇に関する部分は以下の通りです。

韓国の李洛淵(イナギョン)首相は22日、朝日新聞のインタビューに応じ、天皇陛下の退位前の訪韓を求める考えを示した。日韓双方には、朝鮮半島とのゆかりに言及してきた天皇の訪韓が、日韓関係改善の大きな契機になると期待する声がある。   李氏は「退位される前に韓国へいらして、この間の両国がほどけなかったしがらみを解いてくだされば、両国関係の発展に大きな助けになる。それだけの雰囲気が早く醸成されることを望む」と語った。文在寅(ムンジェイン)政権として、訪韓実現の雰囲気を盛り上げていきたい考えも示した。 ‥‥‥

――退位前に天皇陛下の訪韓が実現すれば、日韓関係改善の大きな契機になるという指摘があります。

そうなることを望む。退位される前に韓国へいらして、この間の両国がほどけなかったしがらみを解いてくだされば、両国関係発展に大きな助けになると思う。それだけの雰囲気が早く醸成されることを望む。

――文在寅政権も努力されるのですか。

そうだ。雰囲気を共に醸成しつつ、私の希望では、退位前に一度訪韓が実現されれば良いと思う。

http://www.asahi.com/articles/ASK9Q5S0GK9QUHBI031.html

 韓国政府の要職に天皇についてインタビューするなら、2012年に行なわれた李明博大統領(当時)の天皇謝罪要求発言に言及するのが当然と思うのですが、全く出てきません。 わずか5年前に現職大統領が国民の前で、広く報道されることを前提になされた発言ですから、公式発言です。 これを無視して「天皇の訪韓が日韓関係発展の大きな助けになる」と言われても、果たしていかがなものなのでしょうか。

 李大統領の天皇に関する発言は次の通りです。

天皇は訪韓をしたがっているが、独立運動をして亡くなった方を訪ねて、真心を込めて謝罪するなら来てもいい

「痛惜の念」という言葉なんかで誤魔化すなら、来る必要はない

 朝日記者がこれを敢えて触れなかったのか、あるいは触れていても記事化する際に敢えて削除したのか、分かりませんねえ。

【拙稿参照】

李大統領の発言    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/08/18/6546033

『朝鮮日報』李河遠記者の天皇戦犯論   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/08/24/6553068

『朝鮮日報』記事に出てくる若宮啓文のコラムとは http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/18/6636750

木村教授が朝鮮日報に投稿2017/09/21

 韓国政治史研究の木村幹教授(神戸大学)が、韓国の有力紙『朝鮮日報』に9月20日付で投稿されています。 日本の研究者の論考が韓国の新聞に載るのは珍しいですね。 http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2017/09/19/2017091903210.html

 韓国語への翻訳は自分でされたのでしょうかねえ。 それとも直接韓国語で書かれたのでしょうか。 かなり達者です。 日本語ネイティブの韓国語ですから読みやすいです。

 この論考には私が新鮮に感じた考察があります。 その部分を訳してみます。

さらに根本的な問題は、韓・米・日の間の認識格差が生じて、政策が分裂している点である。 日本にとって北朝鮮の脅威は「当面する問題」だから、政府も世論も迅速な対処を求める。 反面アメリカは「将来の脅威」と考えてICBMの完成を抑制できるなら、それで十分なのである。 韓国にとっては北朝鮮の脅威は70年間続いてきた「日常」なので、北朝鮮の脅威それ自体よりは北朝鮮問題で朝鮮半島に危機感が高まることを恐れている。

そのような韓国が、米日には緊迫感がないように見えやすい。 北朝鮮のミサイルに怒る日本人には韓国の対北対話政策は、現状を放置するか悪化させる行動と映るのだ。 「朝鮮半島統一の主導権は韓国にある」という韓・米共同声明は、アメリカ政府が韓国政府を認め信頼しているという表明であると同時に、「アメリカが最終責任を取らない」という意味である。 韓国が強く主張すればするほどに、アメリカでは「我々は関与するまい」という声が大きくなる。

最悪のシナリオは「韓国の孤立」である。 対北強硬策を求める日本と対立し、アメリカでも「この際に駐韓米軍を再配置しよう」という声が高まる状況だ。 危機を実感している日本でさえ、朝鮮半島の有事の際に北朝鮮の脅威に直接さらされることはない。 日本が朝鮮半島問題に関与しないならば、北朝鮮が攻撃する可能性は低くなる。 政治家たちが適当に強硬発言をしながら、実際は責任を他国に回しておけばいいのだ。

事態がそのように流れていくなか、米・日から出てくる主張は「韓国の言う通りにしておけ」である。 今の構図では、韓国政府が主導権を主張すればするほど、韓国はさらに孤立する。 アメリカ大統領選の時、トランプが「韓・日はアメリカに期待するな」と言った局面で韓国が自らの核武装を主張することは、アメリカに朝鮮半島から手を引く機会を与える憂慮がある。 そうなれば韓国は北朝鮮と巨大な中国の前で、一人残ることになる。

韓国政府が苦労しなければならないことは、韓国の対北主導権を主張することではなく、どんな形であれ、米・日に具体的な役割を分担するように協力を求め、朝鮮半島問題から手を引くことが出来ないようにすることだ。 他国にとって朝鮮半島は「外国」でしかない。 自国の利益にならないなら、いつでも手を引くことが出来る。 北朝鮮が核開発を止めないことは明らかで、これを防ぐ解決方法は見えないのであるから、全ての国が「どのようにしたらこの問題から逃げられるか」と考えているところである。 彼らの耳に「韓国が主導権を持とう」という言葉がどのように聞こえるか、考えてみなければならない。

 朝鮮半島の歴史は、周辺の大国に翻弄されてきた歴史と言ってもいいぐらいです。 高麗時代はモンゴル・元に、李朝時代は明・清に翻弄され、近代になっても日本・中国・ロシア・アメリカに翻弄されました。 そのためか、韓国人には祖国の問題は自分で解決したいと「主導権」を主張することに心が引かれるようです。 しかしこの主張が、今の段階では孤立を招くということですね。

 なお木村幹さんについては、拙ブログで一度触れたことがあります。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/05/19/7636889

「島国夷」とは?2017/09/16

 日経新聞、鈴置高史さん『早読み 深読み 朝鮮半島』の9月15日付け「ミサイル乱射の中、「親北」に突き進む韓国」のなかに、北朝鮮のアジア太平洋平和委員会が出した声明の中に日本に関して次のように述べたという記事がありました。          http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/226331/091500125/

•米国の制裁策動に便乗して軽率に振舞った日本の島国夷に対する指弾の声も激しく出ている。

•千年来の敵であるウェノムのざまを見るほど目に火がつくようだ、わが人民に千秋にすすげない罪を犯しておきながらも謝罪をまともにせず、米国の「制裁」の笛に踊りながら憎らしく振る舞う奸悪なチョッパリらをそのまま放っておけない、日本列島の上空を飛び越えるわれわれの大陸間弾道ロケットを見ながらもいまだ気を確かに持てず、意地悪く振る舞う日本のやつらにはっきり気概を示すべきだ、取るに足りない日本列島の4島をチュチェの核爆弾で海の中に押し込むべきだ、日本はこれ以上われわれの近くに置く存在ではない、これがわが軍隊と人民の激昂した声である。

 この中の「島国夷」という聞き慣れない言葉に、本当かなと思って朝鮮中央通信の該当部分を探しました。 それは次の通りです。

미국의 제재소동에 편승하여 새망을 떤 일본의 섬나라족속들에 대한 지탄의 목소리 또한 거세게 터져나오고있다.

천년숙적 왜놈들의 꼴을 볼수록 눈에 불이 인다, 우리 인민에게 천추에 씻지 못할 죄를 짓고도 사죄 한번 제대로 하지 않고 미국의 《제재》장단에 춤추며 가증스럽게 놀아대는 간악한 쪽발이들을 가만두어서는 안된다, 일본렬도상공을 날아넘는 우리의 대륙간탄도로케트를 보고도 아직 정신을 덜 차리고 못되게 나오는 일본놈들에게 단단히 본때를 보여주어야 한다, 보잘것없는 일본렬도의 4개 섬을 주체의 핵탄으로 바다속에 처넣어야 한다, 일본은 더이상 우리 가까이 둘 존재가 아니다, 이것이 우리 군대와 인민의 격앙된 목소리이다.

 「島国夷」は「섬나라족속들」なんですねえ。 直訳すれば「島の国の族属たち」です。 「族属」というのは普通は「一門」とか「宗族」とかの意味ですが、軽蔑的に「輩(やから)」「一味」の意味もあります。 今回は後者の意味です。

 これは朝鮮中央通信の日本語版にあるものですから、北朝鮮自身の訳です。 悪口・罵倒の言葉を日々練磨している北朝鮮です。 「夷」と訳すとは、さすがですねえ。 しかし「島国夷」は日本語としてはこなれておらず、違和感があります。

 なおこの文中に「새망」があります。 手元の辞書にない言葉で何だろうと調べてみたら、北朝鮮の言葉なんですねえ。 意味は「軽率」「軽はずみ」ですから、そのまま訳されています。

 日経の鈴置さんの記事をきっかけに、久しぶりに北朝鮮のニュースを読んだ次第。 たまには読まなくてはいけませんねえ。

北の核ー歴代韓国大統領の発言2017/09/12

 韓国の新聞『朝鮮日報』9月7日付けに、楊相勲主筆の「本当の国ではない」と題するコラムがあります。 このなかで北朝鮮の核開発について、歴代の韓国大統領がどのように発言したか、ちょっと簡潔に書かれていました。 日本語版には出てきませんので、その部分をここに訳してみました。   http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2017/09/06/2017090603596.html

1991年以前は韓国に核(米軍の戦術核)が存在し、北には核が存在しなかった。 それが今、韓国に核が存在しなくて北には存在しているとなって逆転した。 国際政治の歴史にはこのような逆転劇はない。 一体全体どうしてこんなことが起こり得たのかが気になって、1991年の朝鮮日報を探して読んでみた。 11月9日付けである。 1面トップは「駐韓米軍、核を年内に撤収」だ。 その横には更に大きく「慮泰愚大統領、朝鮮半島の非核化宣言」という記事が出ている。国内の核兵器を全面的に撤去し、これから核を保有・製造・使用をしないという宣言である。 「非核の門はまず南が開き、北朝鮮の核放棄を強く迫る」というものであった。

続いて12月19日付けの1面トップは慮大統領の「南韓(南朝鮮)の核不存在」宣言である。 米軍の戦術核が全て撤収されたという意味である。 1992年1月1日付け新聞のトップ記事は「南北 非核宣言 完全妥結」である。 南北ともに核兵器の試験、生産、受け取り、保有、貯蔵、配備、使用を禁止するというものである。 北は国際原子力機構の核査察を受けると約束した。 その日、慮大統領は新年の辞で「我々の自主的努力で、核の恐怖のない朝鮮半島を実現するという夢に向かって大きく前進した」と言った。 「北が核兵器の製造施設を持たないと明らかにしたことは、間違いなく喜ばしいことである」とも語った。

全てのことが北の完全な欺瞞、詐欺劇であった。南北非核化宣言に合意したその日も、北は寧辺でプルトニウムを抽出していた。 金日成は米軍の戦術核が撤収したことを確認した後、韓国の鄭元植首相と会見した席で「我々には核がない。駐韓米軍を撤収せよ」と迫った。 しかしこちらからの「核査察の約束を守れ」という要求には答えなかった。 韓国の阿呆ドラマと北の核兵器という悪夢の同時開幕であった。

北の核開発の過程は、歴代韓国大統領たちの北に対する無知と幻想が国家の安全保障を崩壊に導いたという失敗の歴史でもある。 慮泰愚の次の金泳三大統領は、北が核兵器を作っていても就任の辞で「どの同盟国も、民族よりもっと良いというものはない(民族が米国などの同盟国よりも大切だ)」と語った。 金大中大統領は北の金正日と首脳会談を終えて、「我々にも明るい未来が見えてきた。分断と敵対に終止符を打ち、新しい転機を開く時が来た」と語った。 「北は核を開発したこともなく、その能力もない。私が責任を取る」という彼の言葉が報道されている。 そして慮武鉉大統領は「北朝鮮の核には一理がある」と語った。

彼は2006年に「北に多くの譲歩をする」「北の核問題については解決に乗り出すことが出来る」「北朝鮮に核実験の兆候は全くない」と語った。 しかし、北朝鮮はその直後に最初の核実験を行なった。 そうすると慮大統領は「北に核兵器があっても、韓国が優越的な軍事均衡を保っている」という四次元的(時間を超越したような)主張をした。 その当時の外務長官は、北がミサイル試験用に打った長距離ロケットを「人工衛星用」だと言った。

 これを読んで、ああそうだった、昔韓国の大統領はこういうことを言っていたなあと思い出させてくれました。 こういう風に整理してくれると、理解しやすいものです。

 要するに歴代韓国大統領は、自分がまず譲歩すればその誠意が北に通じると勝手に思い込んできた、北はそれを利用して詐欺劇を演じて核開発を進めてきた、ということです。

 今の文在寅大統領は、北の核に対して一応は厳しい対応を見せていますが、これからどうなることやら分かりません。 何しろ文大統領は、「北の核には一理がある」と言い放った慮武鉉前大統領の側近だった人ですから。

北朝鮮の核開発の目的2017/09/07

 北朝鮮の核兵器について、その目的は北朝鮮自身が「朝鮮半島の核問題は朝米間の協議事項」と言っている通り、アメリカとの直接交渉にあります。 ところが、北の核は‘自らの体制を守るために核を開発している’という説が世に出回っています。

 北朝鮮自身が実際にそのような発言をしているのかどうかですが、それが見当たりません。 つまり北朝鮮が金正恩体制を守るという目的のために核開発をしているのかどうか、誰も確認していないのです。 ということは、これは周囲で勝手に憶測して言っているだけのものということになります。

 しかしこの憶説が独り歩きしているようで、北に対して‘体制保障の対価として核の凍結’とか‘独裁体制容認と核開発放棄のバーター’というような意見が多く見られます。 専門家らしき人がこういう主張をするのには困ったことだと思います。 またこれに煽られたのか、報道では日米韓の政府関係者からこの憶測が語られています。

 北の核開発の目的は、上述したようにアメリカとの直接交渉です。 体制維持ではありません。 そもそも既に核を持っているのですから、体制維持は当然のことであって、交渉の材料になり得ないものです。 それでは核開発の真意は一体何かです。 それは北朝鮮がこれまで国家方針として公表してきたところから読み解くことができます。

 北朝鮮の最大の国家目標は自らが主導する祖国統一です。 南朝鮮解放路線とか赤化統一とも言います。 この目的達成のために、①自主的、②民主的、③平和的の三段階を想定しています。

 「①自主的」というのは、統一事業は他国の干渉を排するというものです。 つまり朝鮮半島からアメリカを追い出すことです。

 「②民主的」というのは、南朝鮮(韓国)に親北民主政権(人民革命政権とも言います)を樹立することです。 

 「③平和的」というのは、①と②の段階を経て南朝鮮と平和的に統一するということです。

 今の北朝鮮が核開発で「アメリカとの交渉」を叫んでいるのは、「①自主的」の段階にあってアメリカに朝鮮半島を干渉させないために協議しようと言っているのです。

 この「①自主的」の段階を達成するための核なのです。 だからこれを見落としたまま‘体制保障の対価として核の凍結’などと主張しても、北にとっては既に核を持っている以上、体制維持は当然のことであり、アメリカの撤退を勝ち取れば次の「②民主的」段階へ、さらに「③平和的」祖国統一へと突き進むだけです。

 北の最終目標は大韓民国を否定し、朝鮮半島全体を朝鮮民主主義人民共和国にすることだということを忘れてはなりません。 この祖国統一を成し遂げる過程として、核開発を決意したのです。

【拙稿参照】

韓国に親北民主政権=人民革命政権が樹立される可能性 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/02/01/6315655

自主的、民主的、平和的統一       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/04/22/6421457

南朝鮮解放路線はまだ第一段階      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/03/30/6762019

北朝鮮を甘く見るな!(1)        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/07/23/7395972

北朝鮮を甘く見るな!(2)        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/07/28/7400055

北朝鮮を甘く見るな!(3)        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/08/02/7404064

関東大震災「朝鮮人虐殺事件」2017/09/01

関東大震災は1923年の今日ですから、95周年です。 韓国では「関東大地震朝鮮人大虐殺犠牲者遺族会」が結成されて、真相究明と賠償を求める活動を始めるようです。    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170830-00000062-yonh-kr

 この記事の中にある 「政府機関「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者ら支援委員会」が虐殺の調査に協力したが、この会も15年末に解散した」に関しては、かつて韓国の聯合ニュースが報道しています。 虐殺された朝鮮人の数は、意外と少ない数字です。

2014年7月7日付け 「関東大震災時の朝鮮人虐殺名簿 韓国政府機関が検証開始」 http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2014/07/07/0800000000AJP20140707002900882.HTML

2015年1月18日付け 「関東大震災時の朝鮮人虐殺名簿 第1次検証結果発表=韓国」 http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2015/01/18/0200000000AJP20150118000200882.HTML

2015年12月6日付け 「関東大震災時の朝鮮人虐殺犠牲者 40人確認=韓国政府」 http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2015/12/16/0400000000AJP20151216001000882.HTML

 この事件に関しては、拙論では下記の通り論じてきました。 参考いただければ幸甚。

【拙稿参照】

水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

関東大震災時の「在日朝鮮人虐殺者」の数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/09/398058

関東大震災の朝鮮人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/26/8163009

関東大震災の日本人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/15/8189607

 拙論の要旨は、大震災に関するこれまでの解説が ①朝鮮人の虐殺ばかりが取り上げられて災害死が無視されていること、②6000人以上が虐殺されたとされているのに在日朝鮮人の人口統計では人口が増加している理由の説明がないこと、の疑問です。

 在日朝鮮人の人口増加については、大震災発生時の1923年に80,415人、翌年の1924年に118,152人と47%という激増ぶりを見せています。 これで「6000人以上の大虐殺」と言われても、信じられるものではありません。

私の国籍研究史(8)2017/08/27

 二重国籍には「積極的な二重国籍者」・「消極的な二重国籍者」・「潜在的な二重国籍者」の三種があるとしました。 このうちの「積極的な二重国籍者」は複数のパスポートを有したり、両国の参政権を行使したりしますから、非常に分かり易いです。 多くの人が二重国籍というと、これをイメージするようです。

 「消極的な二重国籍者」は二重国籍を証明することができる状態なのに、二重国籍の権利を行使せずに単一国籍者として行動しています。 これで日本では何の支障もなく生活できますので、自分が二重国籍であることを忘れてしまう場合も往々にしてあります。

 一番厄介なのは「潜在的な二重国籍者」です。 本人も周囲も気付かないで日本単一国籍者として生活している場合や、両国の国籍法上は二重国籍でありながらもう一つの国に国民登録(戸籍に該当)をしていない場合など、様々な場合が想定できます。いずれにしても二重国籍であることの証明が難しくなります。逆に二重国籍ではないという証明も難しいものです。

 例えばある人が、「私は二重国籍ではない。この通り、私の戸籍を見てくれ」となった場合、その戸籍を見て二重国籍でないと直ぐには断定できません。 父母欄には日本人の名前が記載され、出生地が日本であっても、二重国籍でないとは言えないからです。 なぜなら父母が二重国籍の可能性があるからです。

 1985年の国籍法改正以降、日本では二重国籍者が急増します。 大抵は日本の国籍法に従って22歳までに国籍選択をして単一日本国籍者になりますが、そんなことをせずに二重国籍を維持している日本人も少なくありません。 この人たちが今や子供を産む時代になっています。 つまり二重国籍者の子供が生まれる時代に既になっているのです。 この子供は日本国籍を有するのは間違いないですが、もう一つの外国籍を有するかどうかはその国の国籍法に拠るもので、日本の法律は関係ありません。

 そしてその外国の国民登録(戸籍登載)がされていないとなると、二重国籍でありながら二重国籍が証明されない状態となります。 戸籍の父母欄に日本人名が書かれて日本で出生していても二重国籍という場合があり、しかもその証明が出来ないという事例がこれから増えていくことでしょう。

 またいわゆるシングルマザーの場合、戸籍の母親欄には日本人の名前があるので日本国籍は間違いありませんが、外国人の父親が認知していることがあります。 しかもその認知届を日本ではなく、自分の本国だけに提出・受理されていたら、父親欄は空白ですが本人は二重国籍となる場合が出てきます。 しかし日本には認知届が出されていませんので、日本では認知が戸籍に記載されず、戸籍をいくら見ても二重国籍か否か全く分からない状態となります。

 何が言いたいかといえば、戸籍を見ると日本国籍であることは判明するが、二重国籍か否かは判明しないことが多々あるということです。 戸籍をどう見ても日本単一国籍と思えるのに実は二重国籍という例がこれから増えていくことでしょう。 そしてまた両国の法律に従えば二重国籍となるがそれを証明できないという例も、あるいは逆に二重国籍ではないという証明が出来ないという例も増えていくことでしょう。

 二重国籍の疑いがあるから戸籍を公開しろという主張がありましたが、戸籍を見ても二重国籍の疑いが晴れるか分からないものだし、疑い出せばキリがないものです。 あなたの戸籍を見ても二重国籍の疑いがまだ残るから父母・祖父母の戸籍も公開しなさいとなるでしょう。 そしてそのうちの一人でもが外国と関係した(外国で出生したとか、外国人と身分関係になっていたとか、帰化しているとか等)痕跡があれば、そら見ろ!二重国籍の疑いがあるじゃないか!二重国籍でない理由は本人が出せ! となることでしょう。

 戸籍公開は意味のないことです。

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/11/8644295

私の国籍研究史(5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/15/8646853

私の国籍研究史(6)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/19/8650171

私の国籍研究史(7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/23/8654056

私の国籍研究史(7)2017/08/23

 世界中の国の国籍法には、国籍離脱の定めのない国があります。 つまり国籍離脱ができないのです。 ブラジルやペルーなどですが、最近フィリピンもそうなったと聞きました。 それでは例えば両親が日本人で、たまたまブラジルで子供を出生したとしましょう。ブラジルは国籍出生地主義ですから、ブラジル国内で生まれた子供はすべてブラジル国籍を取得します。 従ってこの子は日伯の二重国籍になります。

 そしてブラジル人は国籍離脱できませんから、この子は日本で一生二重国籍者として生きていかねばなりません。 もし二重国籍立候補禁止の法律ができれば、この子は日本国籍を有しながらも日本の議員になる権利がなく、またその権利を得る道も閉ざされることになります。

 またヨーロッパでは二重国籍を容認する国が多いですが、逆に国籍離脱が難しいことになります。 これは前に書きましたように兵役と関係があります。 要するに兵役に就いたことがない人は国籍離脱が許可されないのです。 こんな国と二重国籍となっている日本人は、日本単一国籍にしようとしてもその国の兵役を終えないと国籍離脱できないことになります。

 だったらその国の兵役に就いて国籍離脱すればいいじゃないかと思われるかも知れませんが、今度は日本の国籍法により他国の兵役(公務員)に就くと日本国籍を喪失することになるでしょう。 つまり日本国籍を維持しようと思えばいつまでも二重国籍のままで行くしかありません。 もし二重国籍立候補禁止の法律ができれば、本人がいくら努力しても日本の議員になる権利がないことになります。

 本人の意志で二重国籍になったのなら構わないでしょうが、生まれついた時に既に二重国籍で、それを本人の努力では解消できない場合があります。 彼らに被選挙権がないというのは生まれによって差別するもので、憲法第44条に違反します。

 そうなのです。 二重国籍立候補禁止法案は違憲なのです。

【ご注意】 拙文で使っている用語。

 「積極的な二重国籍」=(複数のパスポートを所有するなど、二重国籍の権利を生かしている者)

 「消極的な二重国籍」=(二重国籍を知りながら単一国籍として行動している者。あるいは二重国籍の権利を行使していない者)

 「潜在的な二重国籍」=(二重国籍だがその証明が困難な者。あるいは二重国籍であることに気付いていない者)

 これらは二重国籍を説明するために私が作った言葉です。 念のため。 しかし割と分かりやすい言葉だと思っております。

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/11/8644295

私の国籍研究史(5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/15/8646853

私の国籍研究史(6)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/19/8650171

私の国籍研究史(6)2017/08/19

 蓮舫の二重国籍問題が燃えていた時、二重国籍者の立候補を禁止しようという主張が出てきて、実際にそのような法案が出されたようです。 各国の国籍法を読んだことのある私には、これは絶対にあり得ない主張だと思いました。

 国籍の判定は各国の主権行為に属します。 従って日本政府は特定個人が日本国籍を有しているかどうかを判定する権限を有していますが、その人が外国籍を有しているかどうかを判定する権限はありません。 つまり日本政府は自分だけの判断で二重国籍を有しているかどうかを判定できないのです。

 例えば、ある日本国民が外国のパスポートを所持している(積極的な二重国籍者)場合、その外国パスポートの真贋を調べることによって二重国籍かどうかを判断できます。 しかし外国パスポートの真贋判定はその国の権限であって、日本の権限ではありません。 従って日本政府はパスポート発給国と関係なしに独自に二重国籍判定をすることが出来ないことになります。

 また本人が外国パスポートを持たずに日本単一国籍者として行動(消極的な二重国籍者)していると、二重国籍者かどうかの判断が難しくなります。 本人の経歴を見て、ひょっとして二重国籍ではないかと推定は出来ますが、結局はその国の政府機関で確認するしかありません。 果たして日本政府が日本国籍を有する自国民について、外国政府にこの人はおたくの国籍を持っていますかと問い合わせが出来るのかどうか。 パスポート等があれば問い合わせは出来ますが、そうでなければ困難でしょう。

 そしてまた外国の国籍はあってもその存在が証明できない例はいくらであります。 本人がその外国の国民登録(戸籍等に該当)の内容を正確に把握していない場合や国民登録が済んでいない場合などがあるからです。 つまり二重国籍でありながら、二重国籍を証明できない例があります(潜在的な二重国籍者)。 これは逆に、二重国籍者ではないとする証明もまた困難であるということにもなります。 日本に居住して日本単一国籍者として行動していたら、もう一つの外国籍なんて関係なしに生活できますから、こういうことは往々にして起きます。

 二重国籍を証明できない例として、以前にも書きましたが韓国・朝鮮からの帰化者は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国籍を有しますがほとんど大部分が公民登録をしたことがないので国籍が存在していたことを証明できないし、従って国籍離脱も証明できません。 つまり北朝鮮との二重国籍でありながら二重国籍が証明されず、また二重国籍を解消したという証明も出来ない状態となっています。

 今は亡き金英達さんが「かりに共和国(北朝鮮)政府が『わが国の国籍法にてらし、日本に帰化した者およびその子孫も共和国の国籍を喪失しておらす、共和国公民である』と宣言したら、大多数の帰化者には青天の霹靂となることはまちがいない」(『日朝国交樹立と在日朝鮮人の国籍』明石書店 1992年10月)と論じたことには、根拠があるのです。 

 あるいはまた二重国籍者がもう一つの国籍である外国の国民登録(戸籍等)の内容を正確に把握していなかったら、その外国政府はその人が自国民である証明を出すことができません。 こういう場合も二重国籍でありながら二重国籍を証明できないことになります。

 蓮舫の場合、二重国籍ではないかと指摘された時に父母の名前や本籍地等の台湾戸籍記載内容を正確に把握していたから、台湾政府は台湾籍を証明することができました。 しかしもし彼女が不正確な記憶であったとしたら、台湾政府は台湾籍を証明することはなく、従って二重国籍を証明できないとなっていたことでしょう。 そうなれば自分は日本単一国籍者だと居直れたのですが、なまじっか正確に知っていたからそれが出来なかったということになります。

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/11/8644295

私の国籍研究史(5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/15/8646853

私の国籍研究史(5)2017/08/15

 先に書きましたように1990年代から2000年代にかけて、日本も二重国籍を認めろという運動が盛んになりました。 オーストリア在住の「チッペルレゆり」とかいう日本人女性が盛んに音頭を取っていましたねえ。 私の所にもメールが来たくらいです。 二重国籍者は合法的に重婚ができると指摘したら、ビックリ・動揺していたことを覚えています。 彼女だけでなく、日本国内でも二重国籍を求める主張が盛んな時期でした。

 そしてこの時期は、外国人が輝いて見えた時代でした。 

外国籍が輝いて見えた時代があった http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/19/8623371

 蓮舫はこの時代の風潮に乗じて、一連の国籍発言をします。

蓮舫の過去の「国籍発言」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/16/8190975

 この時期の蓮舫の発言の中には、「中国国籍」「帰化して」という、国籍法を知っていれば間違うはずのない虚偽が含まれています。 これは彼女が国籍法に無知であったことを示しています。 だから「二重国籍」「自分の国籍は台湾」「国籍は日本人だが」のような矛盾した発言が出てきたものと考えられます。

 本人が無知であったし、家族を含めて周囲の誰も台湾に籍が残っていたことは分からなかったのですから、日本単一国籍になったと思い込んでいて二重国籍だとは知らなかった、という彼女の主張はその通りだろうと判断しました。 国籍法第14条に違反していたとしても、意図したものではないと私は考えています。

 これまでの経過を簡単にいうと、蓮舫は自分が日本単一国籍者だと思い込んで二重国籍者としての行動をしてこなかった。 それが二重国籍ではないかと指摘されて、調べてみたら台湾に籍が残っていたことが判明した。 そこで台湾籍の離脱の手続きをし、日本政府には日本国籍選択を届け出た。 こういう経過ですので、今では法的には全てが解決したことになります。 従ってこれ以上問題にすべきものではありません。

 蓮舫は台湾に親戚がいるからでしょうか、台湾は独立した国であるという意識があるようです。 私は、日本は台湾を国家として承認していないので蓮舫の台湾籍は国籍ではない、だから蓮舫は日本の国籍法にいう二重国籍ではないので国籍法第14条違反には当たらないと考えているのですが、彼女はそのような主張を最後までしませんでしたねえ。 

 蓮舫には日本政府に対し、台湾籍は国籍なのかどうか、問い正してほしいものです。 自分は法務省の行政指導により日本国籍選択を宣言したが、その行政指導の法的根拠は何か、これくらいは聞けるのではないかと思うのですが‥‥。 私の予想では、法務省は法的根拠がないから行政指導したという訳の分からないことを言うと思います。 

 蓮舫は民進党党首を辞任したので、彼女のことは沈静化するでしょう。 しかし政治家と二重国籍の問題がこれで収まるかどうか。

① 収まってしまって、もはや関心が持たれなくなるかも知れません。 二重国籍者が立候補しても話題にならない、となるでしょう。

② あるいは収まらなくなって、政治家を片っ端から二重国籍の疑惑があると次々と槍玉にあげるかも知れません。 お前は二重国籍の疑いがある、ウソだというなら戸籍を公開しろ、となるでしょう。 

 果たして、どうなりますやら‥‥。

蓮舫二重国籍問題のまとめ (再掲) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/15/8620565

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/11/8644295