在日総合誌『抗路』に出てくる「北鮮」2021/01/16

『抗路7』106頁

 コロナのためにちょっと外出が難しくなったというか、億劫になっていました。 先日久しぶりに遠出して本屋に立ち寄り、在日総合誌の『抗路7』(2020年7月)を購入。 在日の雑誌でまとまったもので書店に売っているものは、昔は『青丘』や『ほるもん文化』なんかがありましたが、今はこれだけですねえ。 

 これを読んでいて一番驚いたのは、凛七星の短歌があるのですが、そのなかに「北鮮」が出ていたことです。 「凛」はペンネームでないなら、本当に珍しい稀姓ですね。 106頁にあるこの短歌は、次の通りです。

韓国でも北鮮でもなく吾は朝鮮人で過去の残骸

 念のためにそのページをスキャンして掲載しました↑。 「北鮮」部分には赤の横線を引きました。 

 かつて、「北鮮」「南鮮」「鮮人」など朝鮮の略称として「鮮」を使うことは民族差別だとして厳しく指弾されました。 民族差別と闘う団体らは、この差別語を使った新聞社や出版社、放送局等々に対して、厳しい糾弾闘争が行なったものでした。 こんな歴史を知る私としては、在日の雑誌に「北鮮」が出てきたことに驚いたのです。

 時代が変わって「北鮮」はもはや差別語でなくなったのか、あるいは韓国・朝鮮人なら「北鮮」を使って構わないと考えるようになったのか、それとも雑誌『抗路』の編集者が能天気だったのか。 そのあたりの事情は分かりません。

 今回は短歌で出てきた「北鮮」です。 ところで40年ほど前に「北鮮」を使ったとして糾弾された短歌がありますので、紹介します。 

朝日歌壇1982年10月31日

崔青学という名で届く北鮮に 帰化せし姉のふみ懐かしむ  (東久留米 小島範浩)

朝日歌壇1982年11月28日

国敗れ北鮮に奉仕の稲刈りに 出されし白飯のうまかりしかな  (長崎 高岡李子)

 「在日韓国・朝鮮人生徒の教育を考える会」という団体が、これを掲載した朝日新聞に「『北鮮』なる用語は‥‥日本帝国主義の朝鮮に対する植民地支配の下で意図的につくりあげられた差別語」「このようなことばを平然として使用して恥じない現実の背後には、植民地支配とひきつづく民族差別に対する無自覚と無責任が蟠踞」だとして厳しく抗議しました。

 朝日は「北鮮」という言葉を使ったことが間違いだったとして、この短歌を削除しました。 こんな事件があったのが40年ほど前。 そして今は在日の雑誌に「北鮮」を使った短歌が掲載されているのです。

【拙稿参照】

第24題「差別語」考      http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuyondai

在中韓国人は「新鮮族」     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/06/07/3565930

朝日の<おことわり>の間違い  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/29/1827082

奇妙な朝日の社説―慰安婦判決2021/01/11

 韓国の元慰安婦が日本政府を相手に起こした賠償請求裁判の判決が1月8日に出ました。 予想通りの原告側全面勝利です。 これについて、日本の各マスコミは厳しい批判をしていましたが、朝日新聞だけはちょっと違った見解を出していました。 それは日本側のこれまでの姿勢にも問題があったと批判しているところです。 その部分を引用してみます。

朝日 社説 2021年1月9日

https://www.asahi.com/articles/DA3S14757182.html?iref=pc_rensai_long_16_article

歴史の加害側である日本でも、当時の安倍首相が謙虚な態度を見せないことなどが韓国側を硬化させる一因となった。

今回の訴訟は合意の翌年に起こされた。合意の意義を原告らに丁寧に説明していれば訴訟が避けられたかもしれない。

徴用工問題をめぐる18年の判決と、それに続く日本の事実上の報復措置により、互いの隣国感情は悪化している。今回の判決はさらに加速させる恐れがあり、憂慮にたえない。

最悪の事態を避けるためにも韓国政府はまず、慰安婦合意を冷静に評価し直し、今回の訴訟の原告でもある元慰安婦らとの対話を進めるべきだ。日本側も韓国側を無用に刺激しない配慮をする必要がある。

日本側も韓国側を無用に刺激しない配慮をする必要がある。

 つまり朝日は、日本は「安倍首相が謙虚な態度を見せないことなどが韓国側を硬化させる一因となった」 「合意の意義を原告らに丁寧に説明していれば訴訟が避けられたかもしれない」と我が日本をも批判し、 韓国側に「配慮」しろと主張しているのです。  相手も悪いが、こちらも悪いという論理ですねえ。

 慰安婦裁判はどう考えても、国際法や政府間合意に反した韓国側が悪いとしか言いようがありません。 「請求権に関する問題が‥‥完全かつ最終的に解決された」 「慰安婦問題が『最終的かつ不可逆的に』解決」と明記して結んだ約束を、韓国側が後になって「まだ解決していない」と破ったのですから。

 日本側にも悪いところがあるとする朝日の主張は、奇妙としか言いようがありませんねえ。

 参考までに毎日新聞の社説のうち、日本について触れている部分を引用します。

毎日 社説 2021年1月9日

https://mainichi.jp/articles/20210109/ddm/005/070/069000c

判決が、慰安婦問題での日本の取り組みを無視していることも見過ごせない。

日本は、国家としての責任を認めて謝罪してきた。1990年代に始まったアジア女性基金の事業では、歴代首相からの「おわびの手紙」が元慰安婦に手渡されてもいる。

2015年には最終的な解決を図るための日韓合意が結ばれた。元慰安婦の救済を優先させるために両国が歩み寄った成果だった。国家間の明確な合意を、内政事情で一方的にないがしろにすることは許されない。

 毎日はこのように、これまでの日本側の取り組みを評価しています。 朝日のようにわが日本も悪いとする考えは、出していません。

 他の新聞の社説をインターネット版で読んでみましたが、日本側を批判するものはないようです。 やはり朝日の社説が特異というか奇妙さが際立ちますね。

【拙稿参照―慰安婦合意以降】

 慰安婦合意の検証   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/31/8758841

 韓国政府の慰安婦合意に対する方針 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/01/10/8766575

 慰安婦問題の日韓合意は混乱を呼ぶか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/01/02/7968787

【慰安婦合意以前の拙稿】

 やはり韓国政府には当事者能力がない―慰安婦問題 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/11/13/7906094

 慰安婦問題―韓国政府には当事者能力がない http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/03/09/7586932

 朝日の反「アジア女性基金」キャンペーン  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/12/28/7525901

韓国語の雑学―내로남불(ネロナムブル)2021/01/04

 『朝鮮日報』日本語版12月27日付のコラムに「外国語にない『ネロナムブル』」と題する記事がありました。 (インターネットでは公開期限が過ぎて、今は見ることができません)

 「내로남불(ネロナムブル)」はここ4年ほど前から韓国のマスコミでしょっちゅう出てくるようになった言葉です。 主に政権や政党批判で使われますね。 これの意味は、記事では次のように説明しています。

「ネロナムブル(私がすればロマンス、他人がすれば不倫=身内に甘く、身内以外に厳しいこと)」という言葉の語源ははっきりしない。

 つまり同じことをするのにしても、自分がやれば美しく正しい、しかし他人がやれば醜く不道徳だ、というものです。 記事によると、これにピッタリとした外国語がないそうです。

そう考えると、「ネロナムブル」にぴったり当てはまる外国語の表現があるか気になった。米国在住の著述家チョ・ファユ氏は「英語では『double standard(二重規範)』という言葉が似ているが、『ネロナムブル』のようなニュアンスはない」と説明した。

 そういえば日本語で何と言うのかと考えてみると、やはり「二重基準」「二枚舌」「自己矛盾」ぐらいでしょうが、意味が少し違います。 「自分のことを棚に上げる」という言い方もありますが、これも意味が少し違いますね。

 諺にありそうな気もしましたが、ちょっと思い当たりません。 そんなことを考えているうちに、40年程前に学生間でよく使われた言葉を思い出しました。

笑って誤魔化す自分の失敗、怒って罵る他人の失敗

 韻を踏んでいて覚えやすく流行語になるだろうと思ったのですが、意外と流行らなかったですねえ。 ここの「自分の失敗」と「他人の失敗」は違う行動で、「ネロナムブル」のように「同じことをするにしても」の意がありませんから、ちょっと違いますね。 またこれは冗談っぽい感じで周囲を笑わせるのにいいでしょうが、「ネロナムブル」は政治の世界で使われていますので真剣味が含まれており、冗談では済まないところがあります。

 記事では次のような四字熟語が出てきます、

大学教授団体による新聞「教授新聞」が今年の四字熟語に「我是他非」を選んだ。 「私は正しく、他の人は間違っている」という意味だ。もともとは「ネロナムブル」を選んだのだが、これに合う四字熟語がなかったため、仕方なく「我是他非」にしたという。 我是他非は「ネロナムブル」の本当の意味を表現できていない。

 「我是他非」は創作四字熟語のようですね。 辞書には出てきません。 そしてまた「同じことをするにしても」の意が含んでいないようですから、やはり意味が少し違うようです。

 ところで「ネロナムブル」はハングルで「내로남불」の四文字になります。 とすると、漢字ではなくハングルの四字熟語ということになりましょうか。 韓国ではこのような「ハングル四字熟語」がこれから広がるかも知れませんねえ。

【拙稿参照】

「내로남불」とは何か    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/05/29/8578519

내로남불ー産経の黒田さんが紹介 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/03/8584497

【関連拙稿】

韓国語の雑学―将棋倒し http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/15/9235466

韓国語の雑学―下剋上  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/22/9237987

韓国語の雑学―「クジラを捕る」は包茎手術の意 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/10/9325273

マッコリ(タッペギ)とシッケ2020/12/28

 朝鮮伝統酒のマッコリの話です。 前回の話のように、植民地時代の日本人女性は仲良くなった朝鮮人から「朝鮮漬け」の作り方を習いましたが、マッコリの作り方は学んでいませんねえ。 やはり不法だという認識があったためでしょうか。 なおマッコリは在日朝鮮人社会では「タッペギ」と呼ばれていました。

 タッペギの「タッ」は「탁(濁る)」だから濁酒(どぶろく)そのものを指す、 マッコリの「マッ」は「맑다(澄む)」という意味、「コリ」は「거르다(濾す)」の意味で、濁酒を濾して上澄みだけを取ったものが「マッコリ」だと解説する人がいました。 だからタッペギは安物で、マッコリはちょっと高級というのでした。

 説得力がありますが、そんな解説をした本がなく、また韓国文化に詳しい人に聞いても、そんなことは初めて聞いたと言っておられました。

 マッコリ(タッペギ)については、下記の拙稿を読んでいただければ幸い。

タッペギ(マッコリ)の思い出  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/03/04/6359741

伊地知紀子『消されたマッコリ』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/08/7940574

伊地知紀子『消されたマッコリ』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/13/7947408

伊地知紀子『消されたマッコリ』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/17/7951241

伊地知紀子『消されたマッコリ』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/21/7956212

伊地知紀子『消されたマッコリ』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/26/7961704

伊地知紀子『消されたマッコリ』(6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/29/7964563

 次は酒ではなく甘酒の話です。 1970年代に在日一世のおばあさんから、「近所の日本人に、うちらの国ではこんな甘酒を飲むといってシッケ(食醯、식혜)を出してあげたら、ちょっと匂いを嗅いで目の前で捨てられた。日本人はうちらの国の食べ物を絶対に食べないのだから」という話を聞きました。

 かつての在日と日本人との関係を象徴するような話です。 自分が作ったものを目の前で捨てられるという体験話は胸を締め付けられるもので、今なお私の記憶に残っています。

 シッケは今の韓国で缶入りのものが売られています。 冷やしたものは夏にちょうどいい飲み物です。 韓流ファンの女性たちはよく飲んでいるようです。

「朝鮮漬け」の思い出(2)2020/12/22

 前回(http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/17/9327581)で、次のように記しました。

在日朝鮮人と隣近所の日本人は交流があったはずなのに、日本人が在日朝鮮人の家からキムチの作り方を教わったという話は全くと言っていいほどにありません。 また在日朝鮮人側も、どうせ日本人はキムチが嫌いで食べないからと教えることはなかったようです。

 これを書きながら、 40年ほど前に聞き取りをした、ある在日韓国人一世の女性のエピソードを思い出しました。 この方は字の読み書きが出来ませんでしたが、ご主人を事故で亡くし、失対労働(ニコヨン)などをしながら、5人の子を一人で育てたという気丈な方でした。 (“ニコヨン”なんて、今は完全に死語ですね)

 朝鮮人集中地区(いわゆる朝鮮部落)に住んでおられて、家でキムチを漬けて周囲の知り合いの朝鮮人の家に分けてやって、生活費の足しにしておられました。 その方の子供さんが日本の会社に就職し、その職場で自分の母親が朝鮮漬け(キムチ)を作っているという話をしたら、上司から一つ持って来てくれと言われたそうです。

 日本人はキムチは辛い、臭いと嫌って食べないものなのにと思いながら、キムチを一つ持たせました。 ところがその職場で“美味しい”と評判になり、そこの人たちから次々と注文が来ました。

 女性は、これは商売になると思って保健所に届けを出して、販売するようになったという話でした。 ただし大量生産する考えはなく、ごくわずかな範囲での商売だったが、生活が少し楽になったということでした。

 当時の日本人は「朝鮮漬け」と言えば、白菜の浅漬けに「朝鮮漬けの素」なんかを混ぜて入れたものを知っていただけでした。 これは「キムチもどき」でしかなく、ちょっと変わった漬物という感じでしたねえ。 だから「本格キムチ」を食べると、えー!これは美味しい!とビックリしたというわけです。

 私も昔こんな本格キムチを貰って、朝鮮問題にちょっと関心のある日本人に分けてやったことがあります。 ところが彼からそれをきれいに洗って食べたと聞いて驚きました。 真っ赤なキムチをそのまま食べることに抵抗感があったというのが、当時の一般日本人でした。

 昔は本格キムチは市場なんかでは売っておらず、日本人は本格キムチを全く知らなかったと言ってもよかったものです。 在日と知り合いになって、その家から本格キムチを頂いて初めてその美味しさに気付く、こういうパターンの時代でした。

 在日朝鮮人のキムチに関して、40年以上前のことを思い出した次第。

 今スーパーで売られているキムチは「キムチもどき」が多いですねえ。 キムチの基本は白菜・塩・トウガラシ・ニンニクですが、「本格キムチ」はこれにイカやエビの塩辛、リンゴや柿などの果物、ニンジンなどの野菜の千切りなど色々入れて、またトウガラシも高級品を使いますから材料代だけでもかなり高くつきます。 そして発酵食品ですから熟成するのに少々時間がかかります。 ですから「本格キムチ」は値段が高いものなのです。 安いキムチは「キムチもどき」と見て間違いなく、美味しくもありませんね。

スーパーで買うキムチは、名の通った製造元で少々値の張るものをお勧めします。 もしくはちょっと遠くても、昔からある朝鮮料理材料店で購入するのがいいですよ。 その時はニンニクの匂いが漏れやすいので、ビニール袋を何枚も持参することです。

「朝鮮漬け」の思い出2020/12/17

 今は日本人で「朝鮮漬け」と言う人はいませんねえ。 「キムチ」のことなのですが、私の記憶では1970年代までは「朝鮮漬け」と言っていました。 日本人は朝鮮漬けは「辛い」「ニンニク臭い」と言って、見ただけで嫌う人が多かったものです。 しかし中には本格的な朝鮮漬けを食べて、「おおー!結構おいしい!」と好きになるというか、はまる人もいましたが、極めて珍しかったです。

 そんな時代に、私がある地方で仕事していた時です。 作業員として働きに来ていた中高年の女性が、「監督さん、『朝鮮漬け』食べるか?」と聞いてきました。 昼食時には監督、作業員、業者等々いろんな人が一緒に弁当を広げていましたから、こんな会話は自然なものです。

 「はい、食べますよ」と答えると、その「朝鮮漬け」を出してくれました。 最初は日本人が作る朝鮮漬けなんて浅漬けみたいなものだろうと思っていたのですが、見ると何と!本格キムチ、本物のキムチです。 色は真っ赤でしたが、食べてもそんなに辛くなく、実においしいキムチでした。

 ビックリして聞いてみると、子供の頃に朝鮮に住んでいて、隣の朝鮮人の家の子と仲良くなった、しょっちゅう遊びに行っていて「朝鮮漬け」も一緒に漬けた、日本に帰ってからも漬けてきたのだが、家族はなかなか食べてくれない、という話でした。

 あー、なるほど、周囲に朝鮮人がほとんどいないような田舎で、日本人女性が一人で昔を懐かしみながら「朝鮮漬け」を作っている事情が分かりました。 だから本格キムチだったのです。

 これと同じ話を、そこから数百キロ離れた地方でも聞きました。 知り合いの家のおばあさんから「朝鮮漬け」をもらったら本格キムチでビックリした、聞いたら昔朝鮮にいた時に仲良くしていた朝鮮人の家で「朝鮮漬け」を教えてもらった、日本に帰っても作ってきた、という話でした。

 離れた場所で同じような話を聞くということは、体験を同じくする女性が非常に多かったと考えられます。 そして日本に帰国して数十年が経つというのに、彼女たちは一人「朝鮮漬け」を作り続けてきたということなのです。

 植民地時代は日本人と朝鮮人とは緊張関係ではなく、このようなほのぼのとした文化交流があったことはもっと強調されていいと思います。 しかしその成果が孤立した日本人女性によってほそぼそと続けられただけで、周囲に広まらなかった事実に残念な気持ちになります。

 戦後在日朝鮮人は日本社会の中で暮らしてきており、女性たちは家の中でキムチを工夫しながら漬けてきました。 しかし在日朝鮮人と隣近所の日本人は交流があったはずなのに、日本人が在日朝鮮人の家からキムチの作り方を教わったという話は全くと言っていいほどにありません。 また在日朝鮮人側も、どうせ日本人はキムチが嫌いで食べないからと教えることはなかったようです。

 古く植民地時代は朝鮮人と日本人との交流があってキムチの作り方を教え学ぶ関係があったのに、戦後の在日と日本人との間にはそれがなかったというのは、これまた残念ですねえ。

 そして日本人が本格キムチを食べるようになった最近の2・30年間に、今度は在日女性がキムチの漬け方を知らず、キムチは母か祖母から貰うだけ、あるいは日本人と同じようにスーパーで買うだけとなりました。 在日社会ではキムジャン(キムチを漬けること)文化が絶えつつあると言えるでしょう。

 ところが今、韓流ファンの日本人女性たちが韓国料理の講座を受けてキムチの漬け方を習っている話を聞くようになりました。 私には隔世の感があります。 いい時代になりましたね。

韓国語の雑学―「クジラを捕る」は包茎手術の意2020/12/10

 1ヶ月前の拙ブログ「在日朝鮮人には徴兵されたのか」http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/11/09/9314653 で次のように締めくくりました。

韓国は今でも徴兵制で、19歳に徴兵検査を受けます。 かつての日本のように、徴兵検査で性病が見つかれば恥とする考え方があるのかどうか、ちょっと分かりません。 韓国の男性は徴兵検査前に包茎手術をするという話がありますから、性病よりも包茎を恥と考えているかも知れませんねえ。

 これが気になって、韓国の包茎手術について、ちょっと調べてみました。 すると韓国語で包茎手術することを「고래를 잡다(クジラを捕る)」と言うのには、ビックリしました。 本当かなと思ってNAVER辞典で調べると

慣用句  ‘포경’에 ‘고래잡이’라는 뜻이 있어서 생긴 말로, 포경 수술을 함을 속되게 이르는 말.

と説明されていました。 訳すと「“捕鯨(포경)”にクジラ捕りという意味があることから生まれた言葉で、包茎(포경)手術をすることを俗に言う言葉」です。

 「包茎」と「捕鯨」はどちらも韓国語で「포경」、同音です。 「クジラを捕る=包茎手術」は、手元の20年以上前の辞書には採録されていませんから、新語なのでしょう。

 韓国では包茎手術をあまり隠さないで話す人が多いようです。 ここは日本とちょっと違いますね。 子供の時にすでに包茎手術したと堂々と言うし、中には姉が弟の包茎手術を恥じらいもなく周りにしゃべる人もいるようです。 

 ということで冒頭に戻りますが、韓国では包茎手術は子供の時にしている場合が多く、徴兵検査に向けてやることはない、というのが結論です。

 ついでに話しますと、3ヶ月前の拙ブログ「徴兵検査後の買春エピソード」http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/11/9294268 で、戦前の日本の徴兵検査で「おちんちんをぎゅっと握られた」という体験談があったと書きましたが、これは実はペニスの皮をめくられたのです。 性病検査ですから、包茎だったらめくられるのです。 

 かつての韓国の徴兵検査でも、包茎だったらやはり皮をめくられたそうです。 今もそうなのでしょうか。 上述したように韓国では子供の時に包茎手術する人が多いですから、今は単に触るか握るだけかも知れませんねえ。

【関連拙稿】

韓国語の雑学―将棋倒し http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/15/9235466

韓国語の雑学―下剋上  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/22/9237987

電車での嫌な出来事2020/12/06

 ユーチューブは滅多に見ないのですが、 先日久しぶりに、来日10年になるという韓国人の映像を見ました。 タイトルは「韓国人が日本で経験した嫌な体験」。

 その嫌な体験の一つに、家族と電車に乗って韓国語で話をしていた時、そばに立っていた50代くらいの男が「韓国人、死ね!」「バカ!」「クソヤロウ!」と言い、さらにその後ろにいた男も「早く降りろ!」「ここは日本だ!」と加勢したという話でした。 何とまあ、ひどい話ですねえ。

 これによく似た体験は、私も去年ありました。 当時は通勤に二時間近くかかっていたので、電車のなかで本や新聞を読みます。 新聞は購読している韓国の『朝鮮日報』です。 ある朝、横に座っていた中年の男が持っている傘をドンドンと床に突くように叩くのです。 何度もやるので何だろうかと思って新聞から目を離して見ると、その男はこわい形相でこちらを睨んでいました。 

 こっちは静かに新聞を読んでいるだけで、何も迷惑をかけていません。 無視して読み続けていると、またドンドンとやるのです。 また目を向けると、やはりこちらを睨みつけていました。 それでも無視して新聞をまた読み続けました。 ちょうど面白い記事だったので、集中して読んでいましたねえ。 そのうちに電車が駅に着いて、その男は下りました。 私はその二駅向こうだったので、そのまま座っていきました。 同じ駅で下りていたら、そこでケンカになっていたかも知れません。

 あの鋭い目つきは今でも忘れられません。 単なるバカなのか、親の躾がなっていなかったのか、それとも嫌韓偏執狂なのか。 レイシスト=嫌韓派というのは、あんな感じの人なんだろうなあと思いました。 

 昨年中にそこの仕事を辞めたので、電車に乗ることはなくなりました。 ところが最近、家の近くのスーパーで見知らぬ人から「韓国語の新聞、読んでおられますね」と声をかけられたのには驚きました。 電車通勤をしなくなって1年以上経つのにそれを覚えているとは! 電車のなかで韓国の新聞を堂々と読んでいたのがよほど印象的だったみたいです。 本当にビックリでしたね。

8歳の子が永住権を取り消された事件2020/12/01

 11月30日付けの朝日新聞に、8歳のフィリピン人の子供が永住権を取り消され、日本から出国するよう求められているという記事が出ました。  https://news.yahoo.co.jp/articles/ed4a30deac2aca342bb3d8cdd109f561594097a3

永住許可申請書に父親の名前を記さなかったことにより、約6年後に国から在留資格を取り消されたのは違法だとして、フィリピン国籍の女児(8)が処分の取り消しなどを求めた訴訟を起こしている。父親を記さなかった原因の一つは同申請書の記載が日本語と英語で違う表記だったことだった。12月2日、東京地裁で判決が言い渡される。

女児は2012年2月に関東地方で生まれた。翌3月、永住権を持っていたフィリピン国籍の母が代理人になり入国管理局(当時)に女児の永住権申請をした。永住権は同年4月12日に許可された。

申請書には日英2カ国語で記載する内容が指示されている。その中に、日本語では「在日親族及び同居者」を書くように指示し、英語では「在日親族もしくは同居者」を書くように指示する項目があった。英語の表記は「Family in Japan or co-residents」となっている。日本語では「及び」、英語では「もしくは」のため誤解が生じやすい部分だ。

申請時、フィリピン国籍の両親は婚姻関係がなく、同居もしていなかったため、英語を第二母国語とする母は申請書に父の名前を書かなかったという。

約6年後の18年2月、女児は入管から「不法滞在の父の存在を隠していた」として在留資格を取り消された。出国を求められたが、その後も滞在を続け、小学校に通っている。在留資格はなく、仮放免の状態だ。

国側は「原告母は父親を申告する必要があったのに、偽りその他不正の手段で永住許可を受けた」などと主張している。

女児の代理人を務める駒井知会弁護士は「父と女児は当時、法的なつながりがなかった。申請書の記入は指示通りになされ、国は父親を問題にせず永住を許可した。6年もたって在留資格を取り消すのは残酷だ。国は女児の人生を破壊するのか」と話している。

 永住権者が日本で子を産むと、余程の理由がない限りその子にも永住権が認められます。 今回はその“余程の理由”が、当時不法滞在の父親の存在を隠したからだそうです。 しかし永住権者の母親は子の永住権申請の際に、英文の説明をそのまま信じて父親の名前を記さなかったというのが、記事の要旨です。

 記事に書かれている具体的内容が事実であれば、これは国(=入国管理局)の判断の誤りでしょう。 ただ子の永住権取り消しを一度決裁してしまったために、自らそれを取り下げる訳にはいかずそのまま突っ走り、その子を在留資格なしの状態に追い込んだというのが真相のような気がします。

 国側は「原告母は父親を申告する必要があったのに、偽りその他不正の手段で永住許可を受けた」と主張しているようです。 そういう場合はとりあえず特別在留許可を与え、何年かしたら永住権に切り替えるという方法があると思うのですが、それも自分の立場上できなかったのでしょうねえ。

 こういう場合は裁判で決めてもらうしかないものです。 朝日の記事を読みながら、感想を書きました。

【拙稿参照】

かつての入管法の思い出 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/17/9306547

昔も今も変わらない不法滞在者の子弟の処遇  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/03/21/9226536

若者世代の「保守・保身」性向はあるのか?2020/11/30

 2020年11月24日付け毎日新聞の「若者ほど『内閣支持』 将来不安、『保守』より『保身』? 毎日新聞世論調査」を読む。 https://mainichi.jp/articles/20201124/ddm/005/010/090000c

毎日新聞と社会調査研究センターが今月7日に実施した全国世論調査では、世代間の意識の差がくっきりと表れた。 内閣支持率は若い世代ほど高く、年齢が上がるにつれて減少。 菅義偉首相による日本学術会議の会員候補の任命拒否は「問題とは思わない」との回答が若年層ほど高かった。 米大統領選では、若者ほどトランプ大統領が当選した方が日本にとって好ましいと答えた。

 世代間でどれほどの違いがあるのか。 内閣支持率について、記事では次のような数字を出しています。

全体では57%だった内閣支持率を年代別に見ると、18~29歳は80%▽30代は66%▽40代は58%▽50代は54%▽60代は51%▽70代は48%▽80歳以上は45%――という結果だった。 安倍内閣では若年・中年層より高齢層で支持率が低くなる傾向があったが、今回はより明らかな支持率の「右肩下がり」の傾向が見て取れる。

 若い世代ほど今の自民党政権を支持する傾向が強いのは、もう何年も前から指摘されてきました。 この傾向は今度の毎日新聞の世論調査でも、はっきりと確認されたことになります。 

 何年前でしたか、あるリベラル評論家が選挙年齢の引き下げに賛成していたところ、若者世代の自民党支持率が高いと聞いて、あわてて反対意見に変えたという話がありましたねえ。

 今問題になっている学術会議の任命拒否についても、世代の見解差がくっきりと現れます。

首相が学術会議の会員候補6人の任命を拒否したことについては「問題とは思わない」と回答した人は、18~29歳が59%▽30代が54%▽40代が48%▽50代が43%▽60代が41%▽70代が37%▽80歳以上が21%――と若い世代ほど高かった。

「問題だ」と答えた人は、逆に18~29歳が17%▽30代が25%▽40代が33%▽50代が39%▽60代が45%▽70代が48%▽80歳以上が49%――と若年層ほど低かった。若者ほど首相や政府の主張に理解を示していると言える。

 学術会議任命拒否について、マスコミは「学問自由の侵害」「民主主義の危機」だとキャンペーンに近いくらいに報道し、戦前回帰だとか時にはヒットラーやスターリンまで持ち出して危機感を煽っていましたねえ。 しかしそれでも内閣支持率があまり下がらないことに苛立つ意見が多くみられました。 若い世代になるほど学術会議任命拒否に問題はないと考え、また内閣支持率が高くなっているのですから、年寄りが「このごろの若者はなっとらん」と嘆いているのと同じだということになります。

 これをどう考えるか。 記事では次のような見解が出ています。

社会調査研究センター社長の松本正生・埼玉大教授(65)=政治意識論=によると、1980年代後半まで、自民党の支持率は若い世代ほど低く、グラフは「右肩上がり」の線を描いた。 今とは正反対だ。松本教授は今回の結果について「若い世代の『今を変えたくない』『変わってほしくない』という『現状維持』の志向が表れている。 『保守』というよりも『保身』と言うべきで、政治的な意味での保守化とは次元が違うのではないか」と指摘する。

 これはどうでしょうか。 安倍晋三は「戦後レジームの脱却」を唱え、戦後70年以上続いている体制の変革を訴えました。 これに対しリベラル派は憲法を守れ!と対抗しました。 つまり変えようと主張したのは自民党政権であり、変えたらダメだと現状維持を主張したのが野党です。 従って松本教授の「若い世代の『今を変えたくない』『変わってほしくない』という『現状維持』の志向…‥『保守』というよりも『保身』と言うべき」という見解は、私には異議があります。

「若者保守化のリアル」などの著作がある中西新太郎・関東学院大教授(72)=社会学=は、「意識調査をすれば、若い世代は日本社会の将来について明るい見通しを持っていない人が多数派だ。 現状は格差社会で『生きにくい社会』だ。それでも、若者が現状維持志向なのは『これ以上ひどくならないように』との思いからだ」と語る。

 この中西教授は今の若者が「将来について明るい見通しを持っていない」という見解を出していますが、どうでしょうか。 1970年代の学生たちは左翼・革新系を支持し、自民党支持なんて口に出せないような雰囲気がありました。 当時の若者も「日本社会の将来について明るい見通しを持っていない」と考える人が「多数派」で、だから「革命」「変革」が必要だとして左翼・革新へと流れていったのです。 若者にとって「将来に明るい見通しがない」と感じるのは、今も昔も変わらないと思うのですが。 教授はさらに次のように述べます。

中西教授によると、若い世代は「ルール」や「秩序」を重視する傾向があるという。今の生活がより悪くならないよう、守ってくれているのが「ルール」や「秩序」だという発想だ。 「現在の『ルール』や『秩序』をつかさどっているのが、菅内閣であり自民党というイメージがある。 若い世代の内閣や自民党への支持は、『政治を動かしているのは菅内閣、自民党でしょ』ぐらいの感覚なのではないか」と推測する。

 「若い世代は『ルール』や『秩序』を重視する傾向がある」のは事実です。 2000年代に入って、少年犯罪が急減しています。 10万人当たりの検挙少年の数は2003年までの約30年間は10~16人で推移していたのがそれ以降減少し、2017年には4人です。  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/30/9135053

 この少年たちが今若者世代となっています。 これは非常に喜ばしいことです。 ルール・秩序を守ってこそ自分たちの権利が守られ、社会に向かって主張することが出来るという民主主義的な思考が、若者に定着してきたと言えるのではないかと思っています。  

 しかしこれを内閣や政党の支持に結びつける教授の見解には、異議があります。 若者が与党政権を支持するのは野党への信頼性が低いからであって、「ルール・秩序の重視」とは関係のないことでしょう。 逆に年寄り世代の方が野党への信頼性が高いと言えます。

次に記事では、20代から次のような意見が出ています。

「NO YOUTH NO JAPAN」代表の能條桃子さん(22)は、同世代の内閣支持率や自民党支持率の高さに、違和感はないと言う。 「他の政党には期待できそうにないから自民党を選び、菅さんがダメなら誰がいいか思いつかないから『このままでいいか』となる。 積極的な支持というより、消極的な支持では」と分析する。

能條さんは同世代が「不支持」を選ぶことは、「支持」を選ぶよりもハードルが高いと考えている。 「政治に限らず『ノー』と言うには、きちんとした理由が必要。内閣についても基本は『イエス』から始まり、どうしても許せないときに初めて『ノー』という選択肢が出てくる」と説明する。

少子高齢化や格差拡大が進み、若年層には閉塞(へいそく)感も漂う。 「これまでの人生で、世の中が上向きだったことがない。20年後はもっと悪いだろうなというイメージがある。 政治に対する期待感は他の世代と比べて低い」という。

 このような分析が正しいのかどうか。 若者が「政治に対する期待感は他の世代と比べて低い」のは、上述したように昔も今も変わりません。 ただ昔はだからこそ政治を変えねばならないと「左翼・革新」に流れ、それが挫折した今は与党政権の「支持」に流れているということではないかと思います。

 若者世代は否が応でも2・30年後には日本の中枢を担うことになります。 その時に松本教授や中西教授、能條さん、そして私の分析・見解が検証されることになると考えます。

【拙稿参照】

 若者世代の大きな変化   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/30/9135053