朝鮮語は容認されていた―愛国班 (2)2017/11/14

 これは水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる』(岩波書店 2012年9月)の83頁に掲載されている、愛国班のチラシです。 全文ハングルで、漢字が全くありません。

 この本では日本語訳が添付してくれているので、内容はお分かりになるでしょう。 「⑧特に来年に徴兵制度に‥‥」とあるところから、このチラシが昭和18年(1943)であることが判明します。

 当時のハングルで、今韓国で使われているハングルとは少し違います。 分かち書きしていないし、個々の単語の綴りも違いがあります。今の韓国語を勉強している人には、ちょっと戸惑うかも知れませんねえ。

 植民地時代は朝鮮語が禁止されていたという俗説は、否定されねばなりません。

 公用語が日本語ですから、公用語を使う場所では日本語になり、朝鮮語を使わないということに過ぎません。 公用語を使う場所とは、書き言葉では公文書や契約など、話し言葉では学校や裁判、公的会議などです。 従ってそれ以外の日常会話で朝鮮語を使うことは、自由でした。

【拙稿参照】

 朝鮮語は容認されていた―愛国班  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/11/10/8724405

 日本統治下朝鮮における朝鮮語放送  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/11/06/8721782

 『現代韓国を学ぶ』(6)       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/11/6476173

 『図録 植民地朝鮮に生きる』   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/02/6621470

 朝鮮語を勉強していた大正天皇  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/09/24/6111974

 「朝鮮語は禁止された」というビックリ投稿  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/15/8324407

 学校で朝鮮語を禁止した理由  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327730

朝鮮語は容認されていた―愛国班2017/11/10

昭和18年8月1日付け「愛国班」第32号 編集発行人・森田芳夫

 この資料は、水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる』(岩波書店 2012年9月)の81頁に掲載されている、「愛国班」の機関紙です。 昭和18年(1943)8月日1日付けですから、軍国主義の真っ最中です。

 愛国班とは昭和15年に結成された「国民総力朝鮮連盟」の末端組織で、日本内地で言えば「隣組」に相当するものです。 この愛国班では機関紙を発行していました。

 本文がすべてハングルばかりで、漢字がないことに注目されます。 これは当時の朝鮮人には教育の義務がなく、学校に行くか行かないかは自由でした。 ですから就学率は朝鮮人男子の場合5割程度、女子の場合1割程度でした。 学校では日本語教育が徹底されて、漢字も教えられますが、そうでなければ日本語が不自由になります。 朝鮮人の過半数は、特に女性の場合は大部分は日本語が不自由でした。

 愛国班は上述したように日本の隣組と同様の組織ですから、構成員の多くが日本語を読めません。 日常語である朝鮮語でなければ、書いたものが理解できなかったのです。

 朝鮮総督府(日本帝国主義)は日本語を禁止するのではなく、朝鮮語で戦争政策を周知徹底しようとしたということです。

 「日本は言葉を奪った」という朝鮮史の解説が見られますが、誤りです。

日本統治下朝鮮における朝鮮語放送  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/11/06/8721782

日本統治下朝鮮における朝鮮語放送2017/11/06

朝日新聞外地版52 南鮮版 昭和18年2月11日付け

 これは1943年(昭和18)2月10日付けの『朝日新聞 南鮮版』に掲載された、ラジオの番組表です。 当時はテレビがない時代でしたから、ラジオは貴重な情報源です。 またラジオは高価でしたから、公共施設か或いは裕福な家庭にしかありませんでした。

 朝鮮は植民地支配されていましたので、公用語は宗主国の日本の言葉です。 ラジオ放送では日本語が主となりますが、なかに朝鮮語の番組が混じります。

朝の9時40分 「戦時家庭の時間(朝鮮語) 洪善杓」。  昼の2時半 「朗読(朝鮮語) 『密林の奇襲』 呉島進」。   夜の9時 「合唱(朝鮮語)『国語常用の歌』ほか、京城放送混成合唱団、総力回覧板(朝鮮語)青山鶴夫」。

 1日に3回の朝鮮語放送でした。

 当時は公用語の日本語が奨励されましたが、日常語の朝鮮語が禁止されたことはありません。 だからラジオ放送にも朝鮮語の番組があるわけです。 しかもこの資料は1943年(昭和18)ですから、軍国主義時代の真っ最中です。

 しかし‘日本は言葉を奪った’という言説が後を絶ちません。 間違った歴史がいつまでも続くのには、困ったものです。

【拙稿参照】

『現代韓国を学ぶ』(6)       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/11/6476173

『図録 植民地朝鮮に生きる』   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/11/02/6621470

朝鮮語を勉強していた大正天皇      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/09/24/6111974

「朝鮮語は禁止された」というビックリ投稿  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/15/8324407

学校で朝鮮語を禁止した理由  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327730

朝鮮人志願兵初の戦死者2017/11/02

朝日新聞外地版60南鮮版 1944年(昭和19)1月1んち付け

 この資料は1944年1月1日付けの朝日新聞南鮮版にある記事です。 忠清北道の知事が年初に当たって抱負を述べたものです。 クリックすれば拡大します。

 忠清北道出身の「李仁錫」が日本軍志願兵の初の戦死者となったことを誇りにして、道民の戦意が高いことを誇っています。 

 その部分を現代漢字、かな遣いに書き直すと、次の通りです。

李上等兵に続く    忠北道道知事 平松昌根氏     本道は志願兵初の戦死者李仁錫上等兵を出した誇りも高く、道民の敵米英に対する敵愾心の熾烈、皇民化の進捗は目覚ましきものあり。 学徒兵願の如きその応募率最も優秀で、検査の成績も5,6名の不合格者を出したに過ぎず、海軍志願兵の届出も盛んである。 こうした李仁錫上等兵の志を継ぐ道民の赤誠はあらゆる部面で現われ、‥‥

 朝鮮で志願兵制度が始まったのは1938年です。 この最初の戦死者となると、この年か翌39年でしょうから、創氏改名以前の話と思われます。 知事が「李仁錫」の戦死を数年経ってその名前で称揚しているのですから、旧日本軍において朝鮮人の民族名は何ら支障になっていなかったと言えるでしょう。

 1945年に内務省は軍隊における朝鮮人兵士について、「今日皇軍トシテ些ノ差別ナク渾然一体トナリテ軍務ニ精励シツツアリ」と評価しているように、民族名の朝鮮人兵士も差別なく取り扱われていたのでした。 その根拠としてこの資料を挙げることができるのではないかと思います。

 宮田節子は、日本は軍隊に「金」とか「李」とかの名前の朝鮮人がいるを嫌い、創氏改名で日本名に変えさせる政策をとったとしています。 この説は成り立たないと言うしかありません。

宮田節子の創氏改名論          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

朝鮮人戦死者の表彰記事ー1944年  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/29/8716160

民族名で応召した朝鮮人         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

朝鮮人戦死者の表彰記事ー1944年2017/10/29

朝日新聞 外地版 60 南鮮版 昭和19年(1944)1月5日付け

 この資料は、『朝日新聞 外地版 60 南鮮版』の昭和19年(1944)1月5日付けにあるもので、第二次世界大戦における朝鮮人戦死者を表彰する記事です。 クリックすると拡大します。

 支那事変の戦死者の場合は創氏改名以前の可能性がありますが、大東亜戦争の方は1941年以降ですから創氏改名の施行以降のことです。 大東亜戦争の朝鮮人戦死者22人のうち6人が、日本名ではなく民族名です。 分かりやすいように赤線を引きました。 なおこれは昭和19年1月に表彰された記事ですので、朝鮮人戦死者の全てではありません。 お間違いのなきよう、お願いします。

 当時の漢字と表現の記事ですので、ちょっと読みにくいと思われます。 標題と前文だけを書き直しました。

余栄一入 輝く  朝鮮関係出身勇士

支那事変ならびに大東亜戦争死没者に対し、今般畏くもそれぞれ第53回、第13回の優渥なる行賞を賜う恩命を拝したが、赫々たる武励に余栄一入輝く朝鮮関係出身の勇士ら、つぎの通り

   「余栄」「一入」「優渥」は、今では使わない言葉ですね。

 ところで宮田節子は、創氏改名は朝鮮に徴兵制の準備の一環として日本軍から朝鮮名を排除しようとするものであったと論じています。 しかし実際に日本軍に入隊した朝鮮人には、創氏改名以降にも拘わらず朝鮮名を維持した者が多かったことが、この資料からも判明します。 しかも朝鮮名で戦死した朝鮮人をそのまま表彰しているのですから、日本軍と朝鮮名は何ら矛盾しない存在でした。

 宮田が「天皇の軍隊の中に、「金某、李某」が混入するのがたえがたいという思いが、にじみ出ている」(『創氏改名』明石書店 1992年1月 40頁)と論じたのは、誤りと言わざるを得ないでしょう。

【拙論参照】

宮田節子の創氏改名論          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

民族名で応召した朝鮮人         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817

民族名での人探し三行広告        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/09/24/7807103

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/07/8447420

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/09/8451992

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/11/8457633

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (9)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/14/8478676

「5・18光州事件」小考2017/10/25

 韓国の現代史では例えば5・18光州事件を「光州民主化運動」と称するなど、「民主」という言葉の使い方にちょっと理解できないところがあります。 この事件は『韓国・朝鮮を知る辞典』(平凡社 2014年3月)では次のように解説されています。

1980年5月17日の全斗煥らによる軍事クーデターと金大中の連行をきっかけに、全羅南道光州を中心として起こった民衆の蜂起。5月18日、クーデターに抗議する学生デモが光州で起こったがデモ隊に対する戒厳軍の暴行が激しかったため、それに怒った大勢の市民がデモに立ち上がった。19日にもデモが行われたが、戒厳軍の暴行がやまなかったため、デモ隊は20万人にふくれあがり、木浦など全羅南道一帯にまで波及した。光州では、学生と市民の一部が武器をとって戒厳軍と対峙し、道庁舎を占拠したりしたが、5月27日に鎮圧され、各地の闘いも前後して鎮圧された。逮捕者は2200余名で、そのうち175名が内乱・布告令違反容疑などで起訴された。

 この事件は映画化もされていて、市民が軍・警察の武器庫から銃・弾薬等を奪取し、道庁舎に立てこもって武装闘争する様子が描かれていました。 私がこれを見て疑問に思ったのは、これが何故「民主化運動」なのか、ということです。 抗議してデモを行なったところまでは「民主化運動」と言っていいと思いますが、武器を持って官庁を占拠したとなると果たしてそれは「民主化」と言えるのだろうか、という疑問です。 つまりその時点で「民主化」から抜け出て、民衆による武装反乱へと質を転換させたのではないか、ということです。

 私見ですが、光州事件は国家権力の過酷な行為に対する抵抗運動であって、過去の朝鮮史において頻出する「民乱(民擾ともいいます)」の系譜を引くと考えた方がいいと考えます。

 民乱の最古の記録は高麗時代の「万積の乱」です。これは1198年に万積という奴隷が起こそうとして未遂に終わった反乱事件です。 また李朝時代後期以降の19世紀に頻発した民衆反乱では、洪景来の乱(1812)、壬戌民乱(1862)、東学党の乱(1894)などがあります。 いずれも過酷な国家行為に対する激しい抵抗運動と位置付けることができます。 ただし現政権を打倒して新たな国家を作ろうという革命運動でもなく、ましてや民主社会の実現を目指すものでもありませんでした。

 光州事件は軍の理不尽な弾圧に対して民衆が激憤し過激化した結果、武器庫襲撃・奪取、道庁舎占拠という武装反乱に至った、そして反乱指導者たちはその後の見通しを有していなかった、だからかつての「民乱」の再現と言えるのではないか、少なくとも「民主化運動」とは言えないと思います。

嫌韓派の論者たち2017/10/19

 嫌韓雑誌や嫌韓本が売れているようです。 かつては私も購入していましたが、ここ数年は全く購入していません。 なぜなら、内容が以前と変わりなく面白くないからです。 買うのが勿体ないし、といって話題になっているのに全く知らないというのも何ですので、もっぱら立ち読みです。 このごろは机と椅子を置いてくれている本屋が多くなっているので、立ち読みではなく座り読みですね。これで十分です。

 ケント・ギルバードの『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』。 40万部も売れているそうです。 私も儒教についてはそう詳しくないので偉そうなことは言えませんが、この人の場合は儒教の知識が全くないと言っていいと思います。 古代中国の孔子・孟子、中世の朱子学と陽明学の違い、日本近代に儒教が及ぼした影響(教育勅語など)等々の知識ぐらいはあると思っていたのですがねえ。 保守とか右派論客と呼ばれる人たちの文章をざっと読んで書いた感想文に「儒教」という言葉を挟み込んだだけの本みたいでした。 こんな本がたくさん売れているのですから、むしろどんな人がこれをわざわざ買って読むのかの方に関心が行きます。 そうだ!その通りだ!と溜飲を下げながら読むのでしょうかねえ。 

 呉善花も嫌韓雑誌の常連です。直接投稿だけでなく対談もするし、他の嫌韓論者の文章の中にも彼女の名前が出てきますから、かなり影響力を持っています。 彼女の初期の著作である『スカートの風』は体験に基づくものでしたから面白かったですが、近頃の文章は嫌韓ブームに乗っているだけのように見えます。 自分の考えについて検証・裏付け・確認の作業をしているとは思えないからです。

 例えば、彼女は『漢字廃止で韓国に何が起きたか』という本を10年ほど前に出しています。 この本で彼女は、韓国は漢字廃止によって知的荒廃をもたらしたと論じました。 この「韓国の知的荒廃」論が影響力を持ち、あちこちで引用されてきたし、今も彼女の名前を挙げてこれを論じる人もいます。 しかし彼女はこれについて事実かどうか、何の検証もしていません。 ただ自分がそのように思っているというだけの印象論に過ぎません。 大学教授ですから一応研究者なのですが、なぜ研究の基本である検証作業をしないのか、不思議です。 古田博司は、そんなことは漢字があった李朝時代から続いているという異論をどこかで唱えていましたねえ。 しかし、そんな彼女に多くのファンができて、全国の講演でかなりの人を集めるというのですから、これはこれで興味ある現象です。

 結局、ケントも呉も嫌韓の民衆を喜ばせる講釈師の役割をしていると考えます。 なおこれはこの二人に限ったことではなく、嫌韓論者の全般に言えることではないかと常々思っています。

【拙稿参照】

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/10/7183064

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(2)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/12/7190236

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(3)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/15/7193473

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(4)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/19/7197589

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(5)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/22/7200651

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(6)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/27/7205232

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(7)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/31/7208311

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(8)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/02/7210006

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(9) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/05/7213236

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(10) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/08/7216206

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(11) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/10/7218555

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(12) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/09/7240684

外国人観光客の増加2017/10/15

 外国人観光客が急増し、過去最高を記録しています。 わざわざ日本に来て、お金を落としてくれるのですから、日本の経済に大いに役立っていて有難いものです。 

http://www.recordchina.co.jp/b193650-s1-c30.html

 ところで観光案内をしている韓国人から、日本人が不親切になってきているという話を聞きました。

 外国人に大人気となっている場所にある有名な食堂で、店の主人が余りに不親切でケンカになったといいます。 かつては落ち着いた雰囲気の店だったのに、外国人客が押し寄せたせいで店の人が不機嫌になったのだろう、しかしお客さんにあんな態度は許せない、ということでした。

 ヨーロッパでも有名観光地では、観光客による環境悪化により、ここはテーマパークではないとして、外国人観光客排斥運動が起きています。 環境悪化とは、観光客のマナー違反だけでなく、物価の高騰、特にアパートの所有者が民泊の方が儲かるからと長年住んでいる人を追い出す等々が報道されています。

 日本でも外国人が集中する観光地で地価が高騰し、そのせいで周辺の住居や店舗の家賃が値上がりして生活しにくくなったとかいう話を聞きます。

 国は外国人観光客の誘致に熱心ですが、急な変化にはトラブルがつきものです。 やはり対策を考えねばならない時期に来ているようです。

韓国の反日感情はいつ形成された?2017/10/08

 韓国の反日感情について、30年ほど前までは日本の過酷な植民地支配の記憶があるから反日感情がある、というのが定説でした。 だから、植民地支配を体験した世代が社会の第一線から退き、それを知らない若者が韓国を担う時になれば反日感情は薄れるというものでした。 だから日韓の若い人同士の交流ともっと盛んにせねばならない、という主張となりました。

 しかし日韓交流を進めて相手方をよく知るようになると、実際に植民地支配を体験したお年寄り世代は必ずしも反日感情を有しておらず、むしろ懐かしさを語る人が多いことが分かりました。 また世界史において主に欧米がアジア・アフリカ・アメリカ等に植民地を経営していましたが、それらと比較してみると日本の朝鮮植民地支配は過酷と言えるかどうか疑問になります。 としたら過酷な植民地支配ゆえに反日感情が形成されたとは言えないのではないか、と思われるようになりました。

 次に反日感情をもっと遡らせて、李朝時代(朝鮮時代)に徹底された儒教(=朱子学)の華夷思想から反日感情を説明する人が出てきました。 朝鮮は文明国、それに対して日本は野蛮国だと軽蔑するもので、これが反日感情の淵源だとするものでした。 これはこれで説得力がありましたが、これでは近代化が進行すれば反日感情は薄れていくはずです。 しかし実際はそうではありません。 韓国の反日感情は維持されたままです。

 以上のようなことを考えていたら、最近になって黒田勝弘『隣国への足跡』(角川書店 2017年6月)に 反日感情は戦後(1945年の解放後)に形成されたと論じているのを見つけました。

朝鮮半島では多くの若者が戦時中、日本軍の戦勝ニュースに熱狂し、志願兵応募には列をなすほど日本人化していた。    日本統治時代の35年間に育った世代は‥‥ 解放後の新しい韓国を担う新しい中心世代にならなければならない。 ところがまずいことに彼らの多くは日本人化していた。   その結果、1945年の解放・独立は彼らに、「自分たちは日本人なのか韓国人なのか」という切実な問題をもたらした。 いわゆるアイデンティティの動揺である。 (308~309頁)

「はい、あなたは今日から韓国人ですよ」といわれてもすぐには実感できない。新生・韓国にとって最大の課題は、それまで日本人になりかかっていた韓国人を、あらためて本当の韓国人に作り直すことだった。   ‥‥ 「われわれは日本人ではない。韓国人である」ことを教え、韓国人に日本人離れを促すためにもっとも効果的な方法は、過去の日本つまり日本による統治時代のことを徹底的に否定することだった。 日本はいかに悪い存在で、いかに多くの悪いことをし、いかに韓国人はいじめられ、苦労したか‥‥を徹底的に教え込むことで、韓国人の日本人離れを促そうとしたのだ。 (309頁)

そのためには、日本支配の過去の歴史は酷ければ酷いほど都合がいい。   したがって過去は実態以上に、過剰に、暗く否定的に教えられた。 「韓国人の反日感情は戦後(解放後)に形成された」とよくいわれるゆえんである。 韓国としては、新しい韓国人作りのためにはそれはやらざるを得なかったのだ。

(日韓の国交正常化が遅れた理由は) 韓国人を本当の韓国人に作り変えるために、徹底した日本否定、日本非難の文字通り“洗脳作業”が展開されている時、宿敵・日本との国交正常化、関係改善などやれないのは当然だろう。  つまり、日本との関係改善や新たな交流がはじまっても、再び日本人に戻ってしまわないような“装置”を韓国社会に作っておくことが先決だった (310頁)

 韓国人は日本を否定することによって初めて韓国人らしくなると観念されていた、というのは説得力を感じました。 つまり反日感情こそが民族アイデンティティだということです。 確かに、在米韓国人は日本とは関わりがないのに従軍慰安婦問題で日本糾弾の運動を熱心にやっている理由がここにありそうです。

 韓国人が日本に魅力を感じながらも反日感情を維持しているというアンビバレントは、反日感情がなければ日本人化してしまい韓国人でなくなる、という危機感かも知れませんね。 それが戦後(解放後)の韓国人だったということです。

 黒田さんの「韓国の反日感情は戦後(1945年の解放後)に形成された」という主張は説得力がありますが、正しいかどうかとなると、その検証はこれからですね。

【拙稿参照】

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(3)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/21/7250136

世界で唯一日本を見下す韓国人   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/06/8216253

日本を見下す韓国(2)         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/12/22/8285733

韓国人のアンビバレントな感情2017/10/01

 朝日新聞に「池上彰さんが歩く韓国―少女像を守る学生『日本好き』」と題する記事があります。 ソウルの日本大使館前の慰安婦像を守る活動をしている学生にインタビューしているのですが、興味深いのでその部分を引用します。   http://www.asahi.com/articles/ASK9V4JXXK9VUTQP00V.html

いつまでやるつもり?    「韓日合意を廃棄するまでです」

なぜこんなことを?      「(慰安婦問題は)歴史の中の話だと思っていました。でも、(元慰安婦の)おばあさんの話を聞いて、今も進行していることだと知ったからです」

大使館の前に少女像を置くことはウィーン条約に違反していると日本は指摘する。条約では大使館の受け入れ国には「威厳の侵害を防止するためすべての適当な措置をとる特別の責務を有する」となっている。どう思う?       「民間人が私費を投じてつくったもので、威嚇するものではありません」

日韓合意で、慰安婦問題は解決済みと合意したことについてはどう思う?      「おばあさんたちはそれに対して、とても反発しました。公式謝罪や法的賠償については何の言葉もなく、しかも賠償ではなく、補償金、寄付金の状態でお金をもらうという、怒るしかない状況でした」

そのお金を受け取ったおばあさんたちもいるが。       「おばあさんたちも多様です。名誉と人権を回復しようという考えの人もいましたが、疲れ果てた人もいます。高齢ですし、『自分は終わりにする』という人もいるわけです」

安倍総理が謝罪している。あれでは不十分?        「真摯(しんし)さをみせようとするなら、直接おばあさんたちを訪ねるべきです」

国民の選挙で選ばれた政府同士の約束は、それぞれの国民に不満があっても守るのが民主主義では?      「大統領が国民を無視して結んだことです。私たちが朴槿恵(パククネ)大統領を引きずり下ろした大きな理由の一つがこの問題だと思います」

あなたは日本が嫌い?        「いいえ、好きです。漫画も好きですし、ハハハハハ。すしも好きですし。隣の国ですし。外国に行けば、顔が似ているじゃないですか。日本人に会えば、懐かしくなります。歴史的な事実について解決すれば、もっと良い関係になるのではないかと思います」

 慰安婦問題で反日活動をしながら、日本が好きだと堂々と言う学生です。 これはこの学生に限ったことではなく、韓国人の一般的な傾向です。 また新しく出現したものでもなく、昔からある傾向です。 つまり「反日」と「親日」が同時存在(アンビバレント)しており、彼らはそれを矛盾とは思っていないということです。 

 池上さんは徴用工像について、その活動家にインタビューしています。

一方、徴用工像を建設する動きはなぜなのか。 韓国労働組合総連盟対外協力本部局長の曺善児(チョソナ)さんに聞いた。       「慰安婦問題は国民全体が力を結集していますが、強制徴用の問題は今の時代に生きている労働者たちが掘り起こしていく必要があると考えました」

日本で戸惑いが広がり、平昌五輪で韓国に行きたくないよね、という声もちらほら聞かれるが?         「労働団体である私たちの場合、強制動員で日本の工事現場や工場で犠牲になったり、生き抜いてきたりした人々を改めて記憶することが重要だと考えるわけです。私たち自身が忘れてはだめだという趣旨でこの事業を始めました」

日韓請求権協定で解決済みと日本政府は言っているが?       「私たちは清算がされていないと思っています。実際にあったことをまた起こさないために、未来を模索するための合意が必要です。正常な状態なら、加害者が被害者に『申し訳なかった』と言い、被害者が加害者に『許します』と言います。それを基盤にして、これから平和に過ごそうという約束をします。それが正常な解決だと思います」

国と国が約束したら、それは守らなければならないのでは?        「一般的にはその通りですが、『慰安婦問題は事実ではない、それらの人々は自発的に来た』などという人が日本の政界に出て来なければ、状況はここまでにならなかったでしょう」

 これは予想通りの内容です。 池上さんはさらにこの徴用工像を熱心に見ている人にインタビューします。

日本政府が謝罪しても、日本国内で「そんな事実はなかった」と言い出す人がいると、韓国側が硬化する。その繰り返しだということだろう。すでに徴用工像が立てられているソウル市内の竜山(ヨンサン)駅前。高齢の女性が像を熱心に見ていたので声をかけた。71歳だった。         「おじいさんやおばあさんが苦労した話を知っています。日帝時代35年の苦労を知っています。今があるのは祖先のおかげです」

日本をどう思う?         「とても親切で、礼儀もあり、良い印象です。また(日帝時代に)汽車もつくり、韓国を発展させました。いい部分もありますし、感謝もしていますが、最後に正しく締めてくれればいい」

 池上さんはこのインタビューの後、次のような感想を述べます。

驚いた。日本が朝鮮半島を統治していた時代、「日本はいいこともした」と日本の政治家が発言して大騒動になったことがあるが、まさか韓国の人から同じような発言が出るとは。でも、これも現代の韓国の一断面なのだろう。         韓国の労働組合の方針について、私の韓国滞在中の9月中旬、韓国の新聞2紙が同時に社説で批判を掲載した。「『韓国は外国公館の安寧と品位を守ってくれない国』という世界の見方が、韓国にとって何の得になるのか疑問だ」(朝鮮日報)「日本は緊密な安保的協力関係を強めるべき、地理的に最も近い隣国だ」「感情的に葛藤を深めることは自制しなければいけない」(中央日報)          少女像を守る女子学生が「日本は好き」とあっけらかんと発言し、新聞が自制を呼びかける。平昌五輪を控える韓国社会に、明らかに変化が見える。モヤモヤは消えないが、少し晴れた気もする。

 池上さんは「韓国社会に、明らかに変化が見える」としていますが、これは間違いでしょう。 上述しましたように韓国では昔も今も「反日」と「親日」が同時に存在しており、それが各個人も有している感情なのです。 だから「反日」だと思って警戒しながら近づくと意外に親切にしてくれて「あ!この人、親日なんだ」と思ってしまったり、逆に「親日」だと思って近づくと「反日言動」にビックリすることになります。

 相反する感情を同時に有していることを「アンビバレント」と言いますが、韓国人の日本に対する感情が正にアンビバレントなのです。 池上さんのインタビューは昔からあるアンビバレントが現れただけで、「明らかに変化が見える。モヤモヤは消えないが、少し晴れた気もする」と楽観視するのは、いかがなものかと思います。

 韓国人が日本に対して有するアンビバレントな感情は、日本人には理解が難しいものです。 だからなのでしょうか、嫌悪・うんざり感の嫌韓派と韓国にのめり込む韓流派と、両極端化していますね。 嫌韓派は韓国に関心があるのに韓国語を勉強しようとせず、韓流派は嫌韓雑誌に見向きもせず‥‥。

 韓国のアンビバレントと、それに対応する日本の両極端化は興味深い現象だと思います。 一人が相反する感情を同時に持つことができる韓国人と、一人は一つの感情しか持てなくて相反する感情を持つ複数の人間に分かれる日本人‥‥となりましょうか。