尹東柱の創氏改名―ウィキペディアの間違い2018/08/11

 尹東柱の創氏改名について、彼が「苦悩した」とコメントされた方がいて http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/16/8917954  ちょっと疑問に感じ、調べてみました。 

 尹東柱が創氏改名に「苦悩した」という説はかなり広まっていて、ほとんど定説化しつつあるようです。 彼自身がそのように書き残していれば問題ないのですが、それが全くありませんから後世の人の推測に過ぎないことになります。 つまり苦悩せずに創氏改名を素直に受け入れた可能性もあるということです。 そうであるのに一方が定説化しつつあることは、かえって尹東柱を誤解することにもなりますから、困ったことだと思います。

 ところで韓国のウィキペディアでは、尹東柱の創氏改名について次のように説明しています。 

창씨개명     윤동주 집안은 1941년 말 '히라누마'(平沼)로 창씨한 것으로 돼 있다. 일본 유학에 뜻을 둔 윤동주의 도일을 위해선 성씨를 히라누마로 창씨를 개명하게 되었다.     윤동주의 창씨개명은 본인의 의사와는 관계 없는 것이었다. 그의 연보에 의하면 윤동주가 전시의 학제 단축으로 3개월 앞당겨 연희전문학교 4학년을 졸업하면서 1941년 연말에 "고향 집에서 일제의 탄압과 동주의 도일 수속을 위해 성씨를 '히라누마'로 창씨했다" 는 것이다. 개명 후 윤동주는 매우 괴로워했다 한다.     창씨개명계를 내기 닷새 후 그는 창씨개명에 따른 고통과 참담한 비애를 그린 시 참회록을 썼다.     윤동주의 창씨개명설은 해방 이후에는 알려지지 않았다가 1990년대에 와서 알려지게 되었다.

 ちょっと訳してみますと、

創氏改名      尹東柱の家は1941年末に「平沼」に創氏したとされている。日本留学を志した尹東柱の渡日のために姓氏を平沼と創氏改名することとなった。      尹東柱の創氏改名は本人の意志とは関係ないものだった。彼の年譜によれば、尹東柱が戦時の学制短縮で3ヶ月繰り上げて、延禧専門学校4学年を卒業し、1941年の年末に「故郷の家で日帝の弾圧と東柱の渡日手続きのために姓氏を『平沼』と創氏した」のである。改名後、尹東柱は非常に苦しんだという。     創氏改名を出して五日後に、彼は創氏改名による苦痛と惨憺たる悲哀を表した詩、懺悔録を書いた。      尹東柱の創氏改名については解放以後では知られることがなかったが、1990年代になって知られるようになった。

 この韓国のウィキペディアの記述は間違いだらけで、驚きました。 創氏改名の基礎的知識もなく、俗説を信じて尹東柱の創氏改名を解説したようです。 

 創氏の届出期限は1940年8月10日ですから、尹東柱が「平沼東柱」と創氏改名したのはこの日までのことです。従って「1941年末に『平沼』に創氏した」というのは明確な間違いです。 彼が日本留学を決意した時には、既に『平沼』と創氏していたのでした。 だから「渡日手続きのために姓氏を『平沼』と創氏した」もまた明白な間違いです。

 「尹東柱の創氏改名は本人の意志とは関係ないものだった」はその通りです。 このウィキペディアで唯一の正解ですね。 創氏は尹氏一族が、自分たちは「平沼」と創氏すると決めたから戸主である尹の父親(あるいは祖父)が創氏を届け出たのです。 創氏は戸主がするものであって、尹東柱個人が出来るのではありませんでした。 だから本人の意志とは関係なく、父親(あるいは祖父)の意志によって創氏したのです。

 「日帝の弾圧のために創氏した」とあるのは、おそらく「平沼」と創氏することを日本帝国主義が強制したという意味のようです。 しかし尹家では何も「平沼」のような日本名で創氏せずに、「尹」のまま創氏することも可能でした。 「平沼」で創氏するか、それとも「尹」で創氏するかは、戸主である父親(あるいは祖父)が決めることでした。 「日帝の弾圧のために『平沼』と創氏した」も間違いです。

 また尹東柱が創氏改名に「苦悩した」とする根拠として、彼の「懺悔録」という詩が挙げられています。 この詩は作詞日が1942年1月24日となっています(後述の岩波文庫)。 ウィキペディアによればその5日前に創氏したとありますから、1942年1月19日が創氏の日となります。 しかしウィキペディアは一方で彼の創氏の日を「1941年末に創氏」としていますから、1ヶ月の違いがあって矛盾となっています。

 以上により韓国のウィキペディアの「1941年の年末に故郷の家で日帝の弾圧と東柱の渡日手続きのために姓氏を『平沼』と創氏した」という解説は虚偽であり、作り事としか言い様がありません。 

 次に上述の「懺悔録」という詩が「創氏改名による苦痛と惨憺たる悲哀を表したものだ」としています。 これは岩波文庫『尹東柱詩集 空と風と星と詩』(金時鐘編訳 2012年10月)の46頁に翻訳、原文が122頁に掲載されていますので、是非お読みください。

 これが果たして「創氏改名による苦痛と惨憺たる悲哀を表した」詩なのかどうか。 どうしてそのように読み取れるのか、私には不思議に思えてなりません。

 尹東柱の詩は素直にそのまま読めばいいものを、当時の時代の状況について何か思想的なメッセージが内包しているかのように考えて読むことは、果たしていかがなものでしょうか。 それは尹東柱に対する冒涜と思うのですがねえ。

【関連拙稿】

尹東柱の創氏改名記事への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/16/8917954

尹東柱記事の間違い(産経新聞)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/09/7568265

尹東柱記事の間違い(毎日新聞)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/15/7572811

尹東柱記事の間違い(聯合ニュース) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/29/8339905

水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/26/8118773

尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000

尹東柱のハングル詩作は容認されていた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/11/8618283

『言葉のなかの日韓関係』(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/09/6772455

『言葉のなかの日韓関係』(3)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/11/6774088

『言葉のなかの日韓関係』(4)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/13/6775685

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/07/8447420

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/09/8451992

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/11/8457633

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (9) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/14/8478676

宮田節子の創氏改名論          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

民族名で応召した朝鮮人         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817

朝鮮人戦死者の表彰記事ー1944年  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/29/8716160

朝鮮人志願兵初の戦死者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/11/02/8719450

コメント

_ ヌルボ ― 2018/08/14 00:58

 先の「尹東柱の創氏改名記事への疑問」にコメントを送信した後「コメントの受付件数を超えているため、この記事にコメントすることができません。」との表示があることに気づいたのでほぼ同じものを再送します。

 私は「六畳部屋は他人の国」だけしか書きませんでしたが、辻本さんのことですから、もちろんこの詩全体を読まれたことと思います。この詩に漂う孤独感をどのように説明されるのか知りたいところです。
 また「この場合の「国」は、国家ではなく、出身地あるいは故郷を意味します」と断定的に書かれているのは何か根拠があるのでしょうか?
 元の韓国語では「ナラ」で、「コヒャン」ではありません。「ナラ」を「出身地あるいは故郷」と解釈するのは無理があると考えます。
 もうひとつ。「東京の大学ですから、入学時には日本の各地方から進学してきた学生が多くて、お互いに「お宅のお国はどこですか」と故郷を尋ね合った体験をしたと想像されます」という部分も、辻本さんらしからぬ想像が先行した、緻密さを欠く推論と感じた次第です。

 なお、韓国で定説になっているような、尹東柱を「抗日詩人」と位置付けて彼の詩もそのような観点から解釈して他の見方を誤りとする論は私も間違っていると思います。

_ 辻本 ― 2018/08/14 05:28

そうですね。ちょっと想像を膨らませ過ぎました。

>「この場合の「国」は、国家ではなく、出身地あるいは故郷を意味します」と断定的に書かれているのは何か根拠があるのでしょうか?

 4月に全国から東京・京都等の大学に入学しますが、彼ら新入生同士の最初の挨拶の一つが、「お宅の国はどこですか」と尋ね合うことです。 これは昔も今も変わらないようです。 この場合の「国」は国家ではなく、出身地あるいは故郷です。
 これは拙文でも書いております。

 韓国からの留学生で、入学直後に日本人の新入生同士が「あなたの国はどこか」とあいさつし合うのを聞いて、ちょっとビックリしたという話を聞いたことがあります。 その記憶から、尹東柱も同じような体験をしたのではないかと想像を膨らませたのですが、やり過ぎすねえ。

 「たやすく書かれた詩」は確かに孤独感が漂います。 ただその孤独感は、地方から上京した新入生が有する孤独感と共通するものと私は感じた次第。

 「六畳房은 남의 나라」は、下宿先である六畳の部屋は故郷の実家とは違う、と解釈しました。 大学や東京ではなく、六畳一間という狭い空間を「남의 나라」と表現しているからですが、これは私個人の勝手な解釈です。

 「ナラ(나라)」は韓国語としては国家の意味の「国」です。 しかし尹東柱の詩において「ナラ」がそういう意味で使われたのかどうか、そこが私の勉強不足で分かりませんでした。

 ところで些細なことですが、「元の韓国語では『ナラ』で、『コヒャン』ではありません」とあります。ここは「韓国語」ではなく「朝鮮語」とすべきではないでしょうか。

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/11/8939110/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。