毎日の余録に出た金時鐘さん ― 2018/08/27
毎日新聞の2018年8月25日付コラム「余録」が金時鐘さんを話題にしていました。 https://mainichi.jp/articles/20180825/ddm/001/070/145000c その中身に疑問な点があります。 その部分を紹介しますと、
「在日」として日本語で詩を書いてきた奈良県在住の詩人、金時鐘(キムシジョン)さん。日本に植民地支配された朝鮮半島で生まれ、学校では日本語の使用を強制された。敗戦からほどなくして思い出したのは、幼いころ、港で釣り糸を垂れる父の膝で一緒に朝鮮語で歌った「いとしのクレメンタイン」だ ▲<ネサランア ネサランア(おお愛よ、愛よ)ナエサラン クレメンタイン(わがいとしの クレメンタインよ)>。日本の勝利を信じる「皇国少年」だった。敗戦直後は涙に暮れて海辺で「海行かば」を口ずさんだ。だが、父の歌が「私に朝鮮をよみがえらせた」(著書「『在日』のはざまで」)という ▲母国語を奪われた朝鮮の人々は日本の支配からの解放をどれほど喜んだことだろう。しかし故国は米ソの対立によって南北に分断される。日本でも、同じ朝鮮人なのに南か北かで対立を強いられた ▲南北は融和に向けて動き出そうとしている。半島の非核化の進展に日本から注目が集まるのも当然だ。だが金さんのように半島の悲劇の歴史に翻弄(ほんろう)された在日コリアンがいることも忘れずにいたい。
余録は、金時鐘さんが「父の膝で一緒に朝鮮語で歌った」書きながら、その直後に「母国語を奪われた朝鮮の人々」と書いています。 母国語を奪われた朝鮮人の親子が母国語で一緒に歌を歌ったというのは、矛盾だと思うのですがねえ。
「学校では日本語の使用を強制された」とありますが、日本語が公用語ですから学校で日本語を厳しく教えられるのは当然です。 これは例えばイギリスの植民地だったインドや香港の学校で英語を教えられていたのと同じです。
公用語というのは公文書、裁判、公的会議、契約等々の社会生活に必要な言語ですから、公用語が出来る・出来ないは就職に大きく影響します。 学校の教師たちが朝鮮人の子供たちに公用語である日本語を覚えさせて、子供らの将来の生活の安定を図ろうとしたのは当たり前のことでしょう。 これを「強制」と否定的に表現することは、事実を歪曲するものと言っていいと考えます。
また当時の朝鮮人には教育の義務がありませんでした。 ですから朝鮮人子弟の就学率は、男子は50~60パーセント、女子は10パーセントしかありませんでした。 もし親が子供に日本語を覚えなくてもいいと考えれば、学校に行かせなくてもペナルティがなかったのです。 そんな時代でしたから「母国語を奪われた朝鮮人」というのは、当時としてはあり得ないことです。
余録は金時鐘さんを「半島の悲劇の歴史に翻弄(ほんろう)された在日コリアン」と評しています。 果たして金さんが「歴史に翻弄された」というような没主体的な生き方をされたのでしょうか?
金さんは植民地支配下では自ら皇国少年となり、日本が敗戦すると南朝鮮労働党に加入して共産主義者として活動し、4・3事件で警察に追われると日本に密航し、日本では日本共産党に入党して吹田事件等の暴力闘争を闘い、その後朝鮮総連とたもとを分かち、日本公立高校の教師として就職し、そして執筆活動して生計を立ててこられました。 余録は「同じ朝鮮人なのに南か北かで対立を強いられた」と書きますが、金さんはその対立なかで北を自ら選び、その後南の韓国籍を自ら取得されたのです。
これらはその時々の社会情勢に合わせて自ら主体的に選んできた道であって、外部の力によって押し流されて生きてきたことを意味する「翻弄された」ことはなかったのではないでしょうか。
そんな彼が本名を「金時鐘」と「林大造」の二つを使い分けていることについて、主体的な選択という説明がないことに大きな違和感と失望感を抱いたことは、下記のブログで書きました。 ご参考いただければ幸い。
【拙稿参照】
本名は「金時鐘」か「林大造」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/28/7718112
金時鐘さんの法的身分(続) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/13/7732281
金時鐘さんの法的身分(続々) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/26/7750143
金時鐘さんの法的身分(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951
金時鐘さんの出生地 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/05/7700647
金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038
済州島4・3事件の赤色テロ(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/10/8890890
済州島4・3事件の赤色テロ(5)―右翼家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/05/8909472
済州島4・3事件の赤色テロ(6)―評価は公平に http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/10/8912907