創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (8)2017/04/11

 これは以前に紹介した、応召(徴兵されること)した朝鮮人若者を送り出す、壮行の写真です。 李圭憲著『写真で見る韓国の独立運動』(高柳俊男・池貞玉共訳 1988年11月 国書刊行会)の158頁に掲載された写真資料です。

 朝鮮人の徴兵は1944年から始まります。 従ってこの写真は1944年あるいは1945年の写真です。 創氏改名から4~5年経っています。 

 民族名で堂々と大日本帝国軍へ入営しています。

【これまでの拙稿】

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/07/8447420

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/09/8451992

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (7)2017/04/09

 愛国貯蓄帳です。 水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる―韓国・民族問題研究所所蔵資料から』(岩波書店 2012年9月)の109頁に掲載されている資料です。

 詳しい時期は分かりませんが、「銃後の護」とあるところから、太平洋戦争時のものかと推測されます。    名義人は「金禎□」で、最後の□は何という漢字になるのでしょうか、崩し字辞典で探してみましたが、分かりませんでした。

 いずれにしても、民族名であり、日本名ではありません。

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (6)2017/04/07

 銃後貯金預入告知書です。 水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる―韓国・民族問題研究所所蔵資料から』(岩波書店 2012年9月)の109頁に掲載されている資料です。

 周囲の欄外に「輝く聖戦」「一億一心」「銃後の護」と赤字で記されており、時期が太平洋戦争中のものと分かります。 従って創氏改名の数年後です。

 氏名欄で、「李寛鐘」の名前部分を「孟喆」と訂正しています。 名義人を息子か誰かに変えたのでしょうか。 あるいは改名したのかも知れません。

 いずれにしろ、創氏改名後も民族名を維持している例です。

【これまでの拙稿】

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/03/8441238

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/05/8444253

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (5)2017/04/05

 これは水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる―韓国・民族問題研究所所蔵資料から』(岩波書店 2012年9月)の110頁に掲載されている預金証書です。

 年代は詳しくは分かりませんが、中央に赤いスタンプで「銃後報国」「記念□金」(□は預か?)とありますので、太平洋戦争中のものと思われます。 従って創氏改名から数年経っています。

 この預金証書の名義が「黄聖集」です。

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (4)2017/04/03

 この写真資料は、水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる―韓国・民族問題研究所所蔵資料から』(岩波書店 2012年9月)の124頁に掲載されている、武運長久を祈願する日の丸です。 時期は「1944年」とされていますが、おそらく間違いないでしょう。 創氏改名後4年が経ち、しかも軍国主義の象徴の典型となる資料です。

 寄せ書きには多数の名前が記されています。 「高山栄錫」「準錫」「黄原」「金野」等、朝鮮人らしい名前があるなかで、姓名ともに民族名が一つあります。

 右端の「一片丹心」の左側に「祈健康 木下□  江李源達」とあります。 □は何という漢字か、今のところ分かりません。 「江」は方向を示す助詞「へ」になります。 従ってこれは「『祈健康』という言葉を木下□へ李源達が送る」という意味です。 分かりやすいように「李源達」に赤線を引いておきました。

 創氏改名後も民族名が違和感を持たれることなく、ごく自然に受け入れられていた、と言わざるを得ません。

【拙論参照】

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/04/01/8436928

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (3)2017/04/01

 この資料は水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きる―韓国・民族問題研究所所蔵資料から』(岩波書店 2012年9月)の120頁に掲載されているものです。 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667 で紹介した写真資料と同じページにあります。

 大日本婦人会は昭和17年(1942)2月に発足したものですから、この資料が「1942年以降」であることは間違いないです。 資料内の「入会の勧め」に「大東亜戦争の完勝を期して」の文言がありますので、矛盾しません。

 入会を申し込んだ女性の名前は「鄭福純」で、世帯主すなわちご主人の名前は「鄭点龍」です。夫婦同姓ですので、2年以上前の1940年の創氏改名は法定創氏と判明します。

 「鄭福純」の下にご主人の「鄭点竜」の角形印鑑が捺されています。

 大日本婦人会は、先の愛国婦人会の構成員が上流階層の女性であったのに対し、一般女性が対象で、出征兵士の見送りや軍への慰問袋の調達、千人針など、日本軍への支援活動を行ないました。 

 女性が家庭から出て社会活動をする嚆矢として、注目する人もいます。

【拙論参照】

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/30/8425667

創氏改名の誤解―「世界史の窓」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/26/8421515

朝鮮名での設定創氏が可能な場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/12/1178596

宮田節子の創氏改名論    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

民族名で応召した朝鮮人    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817

民族名での人探し三行広告    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/09/24/7807103

創氏改名とは何か (00年4月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai

創氏改名の残滓 (01年6月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai

創氏改名の手続き (04年10月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない (2)2017/03/30

 この写真資料は、水野直樹ほか編著『図録 植民地朝鮮に生きるー韓国・民族問題研究所所蔵資料から』(岩波書店 2012年9月)の120頁に掲載されているものです。

 愛国婦人会は明治34年(1901)に設立された、上流階層の婦人組織です。 この写真のキャプションでは「李容淑」さんの有功賞の受賞時期を「1942年以降」としています。 この時期が正しいなら、創氏改名後2年以上経っていることになります。

 創氏改名でも民族名を維持し、愛国婦人会という軍国主義団体に大きな貢献をした方ですね。

【拙稿参照】

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/28/8423913

創氏改名の誤解―日本名は強制されていない2017/03/28

解放出版社『朝鮮侵略と強制連行』20頁

 創氏改名を、日本風の名前を強制することだとする誤解がまだ多いですね。

 ここに掲げた死体検案書は、解放出版社『朝鮮侵略と強制連行ー日本は朝鮮で何をしたか』(1992年8月)の20頁にある資料です。

 氏名欄には「閔福仁」、作成年月日には「昭和18年10月24日」で、創氏改名の施行後3年経った日付です。 日本風の名前に変えることなく、先祖伝来の民族名を維持している例です。

【拙論参照】

創氏改名の誤解―「世界史の窓」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/03/26/8421515

朝鮮名での設定創氏が可能な場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/02/12/1178596

宮田節子の創氏改名論    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/10/7487557

民族名で応召した朝鮮人    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/14/7491817

民族名での人探し三行広告    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/09/24/7807103

創氏改名とは何か (00年4月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai

創氏改名の残滓 (01年6月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai

創氏改名の手続き (04年10月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai

創氏改名の誤解―「世界史の窓」2017/03/26

 創氏改名については、それまで 「朝鮮人から固有姓を奪い日本式の名前に強制的に変えさせた。これを拒否しようとしたものは非国民とされ、様々嫌がらせを受け、結局は日本名に変えた」 というような誤解・間違いを指摘すべく、16年前に「創氏改名とは何か」を拙HPで発表しました。 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai

 これがきっかけになったかどうか分かりません(そうであれば嬉しいです)が、創氏改名について誤解はかなり減ってきたように思えます。 それでも間違い・誤解はまだまだ残っています。

 創氏改名について解説した「世界史の窓」というHPがありました。 http://www.y-history.net/appendix/wh1505-067.html 高校の授業用のテキストに使うそうですが、間違い・誤解があるのは困ったものです。 明確な間違いから指摘していきたいと思います。

その内容は(1)2月11日から6ヶ月以内に氏を設定し届け出ることを義務とする‥‥つまり、氏の設定は義務であり届け出なければならず、改名は任意で許可を受ける、というものであった。

 ここでは創氏の届け出が義務だと書かれていますが、正解は、氏の設定を届け出るかどうかは任意であって義務ではなかった、です。  届け出すれば「設定創氏」、届け出しなければ「法定創氏」で、どちらも有効です。

朝鮮では個人(男性だけだが)は宗族の原簿である「族譜」に記載されるが、「戸籍」は無かったので、創氏と同時に戸籍制度が導入されたのだった。

 これにはビックリ仰天。 創氏改名は日韓併合から30年経った1940年に施行されますが、それまで「戸籍」がなかったとは‥‥!?。 正解は、日韓併合前の大韓帝国時代に「隆熙戸籍」が編成され、日韓併合後は朝鮮総督府がこれを引き継いだ「民籍法」、さらに1923年に日本の戸籍法に準じて「朝鮮戸籍令」が公布された、です。 「創氏と同時に戸籍制度が導入された」とは、本当にビックリです。

創氏改名と並行して、朝鮮では徴兵制が施行された

 これにもビックリ仰天。 創氏改名の施行は1940年、朝鮮での徴兵制の施行は1944年です。 並行していません。

【拙論参照】

創氏改名とは何か (00年4月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunidai

創氏改名の残滓 (01年6月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuudai

創氏改名の手続き (04年10月1日) http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainanajuudai

終戦時、朝鮮での強姦事件2017/03/22

 終戦=朝鮮解放時、植民地だった朝鮮でも強姦事件が多数発生しています。 北朝鮮ではソ連軍が進駐しましたからソ連軍人による強姦事件、南朝鮮では米軍が進駐しましたから米軍人による強姦事件です。またこれ以外に、朝鮮人による強姦事件も多数あったようです。

 資料は京城で、終戦の半年後の昭和21年1月のものですから、すでに米軍政がひかれていた時期です。ですから加害者はおそらく米軍人、ひょっとしたら朝鮮人ということになります。

 日本女性の強姦被害は、もっと知られていいと思います。特に 戦争と性の問題に取り組んでいる人が、これにあまり関心を向けないのは、いかがなものかと思います。

 資料は手書きで旧文体の「候文」ですから、読み難い方もおられるでしょう。 下記に書き出してみました。 「候」は「そうろう」と読みます。「です」「ます」の意味です。

謹啓 前略

 京城 岸の寮収容所 患者○○○○ は暴行による妊娠三ヶ月と診定 つかまつり候、

 しかるところ、当地 罹災民病院の器械類はほとんど没収せられ手術不可能の状態にこれあり候、

 よって御面倒ながら貴地 九大産婦人科に連絡の上、しかるべく 御処置願い上げ候。

  一月二十六日  産婦人科医    京極佐市

罹災民病院 御中