私の国籍研究史(8)2017/08/27

 二重国籍には「積極的な二重国籍者」・「消極的な二重国籍者」・「潜在的な二重国籍者」の三種があるとしました。 このうちの「積極的な二重国籍者」は複数のパスポートを有したり、両国の参政権を行使したりしますから、非常に分かり易いです。 多くの人が二重国籍というと、これをイメージするようです。

 「消極的な二重国籍者」は二重国籍を証明することができる状態なのに、二重国籍の権利を行使せずに単一国籍者として行動しています。 これで日本では何の支障もなく生活できますので、自分が二重国籍であることを忘れてしまう場合も往々にしてあります。

 一番厄介なのは「潜在的な二重国籍者」です。 本人も周囲も気付かないで日本単一国籍者として生活している場合や、両国の国籍法上は二重国籍でありながらもう一つの国に国民登録(戸籍に該当)をしていない場合など、様々な場合が想定できます。いずれにしても二重国籍であることの証明が難しくなります。逆に二重国籍ではないという証明も難しいものです。

 例えばある人が、「私は二重国籍ではない。この通り、私の戸籍を見てくれ」となった場合、その戸籍を見て二重国籍でないと直ぐには断定できません。 父母欄には日本人の名前が記載され、出生地が日本であっても、二重国籍でないとは言えないからです。 なぜなら父母が二重国籍の可能性があるからです。

 1985年の国籍法改正以降、日本では二重国籍者が急増します。 大抵は日本の国籍法に従って22歳までに国籍選択をして単一日本国籍者になりますが、そんなことをせずに二重国籍を維持している日本人も少なくありません。 この人たちが今や子供を産む時代になっています。 つまり二重国籍者の子供が生まれる時代に既になっているのです。 この子供は日本国籍を有するのは間違いないですが、もう一つの外国籍を有するかどうかはその国の国籍法に拠るもので、日本の法律は関係ありません。

 そしてその外国の国民登録(戸籍登載)がされていないとなると、二重国籍でありながら二重国籍が証明されない状態となります。 戸籍の父母欄に日本人名が書かれて日本で出生していても二重国籍という場合があり、しかもその証明が出来ないという事例がこれから増えていくことでしょう。

 またいわゆるシングルマザーの場合、戸籍の母親欄には日本人の名前があるので日本国籍は間違いありませんが、外国人の父親が認知していることがあります。 しかもその認知届を日本ではなく、自分の本国だけに提出・受理されていたら、父親欄は空白ですが本人は二重国籍となる場合が出てきます。 しかし日本には認知届が出されていませんので、日本では認知が戸籍に記載されず、戸籍をいくら見ても二重国籍か否か全く分からない状態となります。

 何が言いたいかといえば、戸籍を見ると日本国籍であることは判明するが、二重国籍か否かは判明しないことが多々あるということです。 戸籍をどう見ても日本単一国籍と思えるのに実は二重国籍という例がこれから増えていくことでしょう。 そしてまた両国の法律に従えば二重国籍となるがそれを証明できないという例も、あるいは逆に二重国籍ではないという証明が出来ないという例も増えていくことでしょう。

 二重国籍の疑いがあるから戸籍を公開しろという主張がありましたが、戸籍を見ても二重国籍の疑いが晴れるか分からないものだし、疑い出せばキリがないものです。 あなたの戸籍を見ても二重国籍の疑いがまだ残るから父母・祖父母の戸籍も公開しなさいとなるでしょう。 そしてそのうちの一人でもが外国と関係した(外国で出生したとか、外国人と身分関係になっていたとか、帰化しているとか等)痕跡があれば、そら見ろ!二重国籍の疑いがあるじゃないか!二重国籍でない理由は本人が出せ! となることでしょう。

 戸籍公開は意味のないことです。

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私の国籍研究史(7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/23/8654056

私の国籍研究史(7)2017/08/23

 世界中の国の国籍法には、国籍離脱の定めのない国があります。 つまり国籍離脱ができないのです。 ブラジルやペルーなどですが、最近フィリピンもそうなったと聞きました。 それでは例えば両親が日本人で、たまたまブラジルで子供を出生したとしましょう。ブラジルは国籍出生地主義ですから、ブラジル国内で生まれた子供はすべてブラジル国籍を取得します。 従ってこの子は日伯の二重国籍になります。

 そしてブラジル人は国籍離脱できませんから、この子は日本で一生二重国籍者として生きていかねばなりません。 もし二重国籍立候補禁止の法律ができれば、この子は日本国籍を有しながらも日本の議員になる権利がなく、またその権利を得る道も閉ざされることになります。

 またヨーロッパでは二重国籍を容認する国が多いですが、逆に国籍離脱が難しいことになります。 これは前に書きましたように兵役と関係があります。 要するに兵役に就いたことがない人は国籍離脱が許可されないのです。 こんな国と二重国籍となっている日本人は、日本単一国籍にしようとしてもその国の兵役を終えないと国籍離脱できないことになります。

 だったらその国の兵役に就いて国籍離脱すればいいじゃないかと思われるかも知れませんが、今度は日本の国籍法により他国の兵役(公務員)に就くと日本国籍を喪失することになるでしょう。 つまり日本国籍を維持しようと思えばいつまでも二重国籍のままで行くしかありません。 もし二重国籍立候補禁止の法律ができれば、本人がいくら努力しても日本の議員になる権利がないことになります。

 本人の意志で二重国籍になったのなら構わないでしょうが、生まれついた時に既に二重国籍で、それを本人の努力では解消できない場合があります。 彼らに被選挙権がないというのは生まれによって差別するもので、憲法第44条に違反します。

 そうなのです。 二重国籍立候補禁止法案は違憲なのです。

【ご注意】 拙文で使っている用語。

 「積極的な二重国籍」=(複数のパスポートを所有するなど、二重国籍の権利を生かしている者)

 「消極的な二重国籍」=(二重国籍を知りながら単一国籍として行動している者。あるいは二重国籍の権利を行使していない者)

 「潜在的な二重国籍」=(二重国籍だがその証明が困難な者。あるいは二重国籍であることに気付いていない者)

 これらは二重国籍を説明するために私が作った言葉です。 念のため。 しかし割と分かりやすい言葉だと思っております。

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私の国籍研究史(6)2017/08/19

 蓮舫の二重国籍問題が燃えていた時、二重国籍者の立候補を禁止しようという主張が出てきて、実際にそのような法案が出されたようです。 各国の国籍法を読んだことのある私には、これは絶対にあり得ない主張だと思いました。

 国籍の判定は各国の主権行為に属します。 従って日本政府は特定個人が日本国籍を有しているかどうかを判定する権限を有していますが、その人が外国籍を有しているかどうかを判定する権限はありません。 つまり日本政府は自分だけの判断で二重国籍を有しているかどうかを判定できないのです。

 例えば、ある日本国民が外国のパスポートを所持している(積極的な二重国籍者)場合、その外国パスポートの真贋を調べることによって二重国籍かどうかを判断できます。 しかし外国パスポートの真贋判定はその国の権限であって、日本の権限ではありません。 従って日本政府はパスポート発給国と関係なしに独自に二重国籍判定をすることが出来ないことになります。

 また本人が外国パスポートを持たずに日本単一国籍者として行動(消極的な二重国籍者)していると、二重国籍者かどうかの判断が難しくなります。 本人の経歴を見て、ひょっとして二重国籍ではないかと推定は出来ますが、結局はその国の政府機関で確認するしかありません。 果たして日本政府が日本国籍を有する自国民について、外国政府にこの人はおたくの国籍を持っていますかと問い合わせが出来るのかどうか。 パスポート等があれば問い合わせは出来ますが、そうでなければ困難でしょう。

 そしてまた外国の国籍はあってもその存在が証明できない例はいくらであります。 本人がその外国の国民登録(戸籍等に該当)の内容を正確に把握していない場合や国民登録が済んでいない場合などがあるからです。 つまり二重国籍でありながら、二重国籍を証明できない例があります(潜在的な二重国籍者)。 これは逆に、二重国籍者ではないとする証明もまた困難であるということにもなります。 日本に居住して日本単一国籍者として行動していたら、もう一つの外国籍なんて関係なしに生活できますから、こういうことは往々にして起きます。

 二重国籍を証明できない例として、以前にも書きましたが韓国・朝鮮からの帰化者は朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の国籍を有しますがほとんど大部分が公民登録をしたことがないので国籍が存在していたことを証明できないし、従って国籍離脱も証明できません。 つまり北朝鮮との二重国籍でありながら二重国籍が証明されず、また二重国籍を解消したという証明も出来ない状態となっています。

 今は亡き金英達さんが「かりに共和国(北朝鮮)政府が『わが国の国籍法にてらし、日本に帰化した者およびその子孫も共和国の国籍を喪失しておらす、共和国公民である』と宣言したら、大多数の帰化者には青天の霹靂となることはまちがいない」(『日朝国交樹立と在日朝鮮人の国籍』明石書店 1992年10月)と論じたことには、根拠があるのです。 

 あるいはまた二重国籍者がもう一つの国籍である外国の国民登録(戸籍等)の内容を正確に把握していなかったら、その外国政府はその人が自国民である証明を出すことができません。 こういう場合も二重国籍でありながら二重国籍を証明できないことになります。

 蓮舫の場合、二重国籍ではないかと指摘された時に父母の名前や本籍地等の台湾戸籍記載内容を正確に把握していたから、台湾政府は台湾籍を証明することができました。 しかしもし彼女が不正確な記憶であったとしたら、台湾政府は台湾籍を証明することはなく、従って二重国籍を証明できないとなっていたことでしょう。 そうなれば自分は日本単一国籍者だと居直れたのですが、なまじっか正確に知っていたからそれが出来なかったということになります。

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私の国籍研究史(5)2017/08/15

 先に書きましたように1990年代から2000年代にかけて、日本も二重国籍を認めろという運動が盛んになりました。 オーストリア在住の「チッペルレゆり」とかいう日本人女性が盛んに音頭を取っていましたねえ。 私の所にもメールが来たくらいです。 二重国籍者は合法的に重婚ができると指摘したら、ビックリ・動揺していたことを覚えています。 彼女だけでなく、日本国内でも二重国籍を求める主張が盛んな時期でした。

 そしてこの時期は、外国人が輝いて見えた時代でした。 

外国籍が輝いて見えた時代があった http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/19/8623371

 蓮舫はこの時代の風潮に乗じて、一連の国籍発言をします。

蓮舫の過去の「国籍発言」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/16/8190975

 この時期の蓮舫の発言の中には、「中国国籍」「帰化して」という、国籍法を知っていれば間違うはずのない虚偽が含まれています。 これは彼女が国籍法に無知であったことを示しています。 だから「二重国籍」「自分の国籍は台湾」「国籍は日本人だが」のような矛盾した発言が出てきたものと考えられます。

 本人が無知であったし、家族を含めて周囲の誰も台湾に籍が残っていたことは分からなかったのですから、日本単一国籍になったと思い込んでいて二重国籍だとは知らなかった、という彼女の主張はその通りだろうと判断しました。 国籍法第14条に違反していたとしても、意図したものではないと私は考えています。

 これまでの経過を簡単にいうと、蓮舫は自分が日本単一国籍者だと思い込んで二重国籍者としての行動をしてこなかった。 それが二重国籍ではないかと指摘されて、調べてみたら台湾に籍が残っていたことが判明した。 そこで台湾籍の離脱の手続きをし、日本政府には日本国籍選択を届け出た。 こういう経過ですので、今では法的には全てが解決したことになります。 従ってこれ以上問題にすべきものではありません。

 蓮舫は台湾に親戚がいるからでしょうか、台湾は独立した国であるという意識があるようです。 私は、日本は台湾を国家として承認していないので蓮舫の台湾籍は国籍ではない、だから蓮舫は日本の国籍法にいう二重国籍ではないので国籍法第14条違反には当たらないと考えているのですが、彼女はそのような主張を最後までしませんでしたねえ。 

 蓮舫には日本政府に対し、台湾籍は国籍なのかどうか、問い正してほしいものです。 自分は法務省の行政指導により日本国籍選択を宣言したが、その行政指導の法的根拠は何か、これくらいは聞けるのではないかと思うのですが‥‥。 私の予想では、法務省は法的根拠がないから行政指導したという訳の分からないことを言うと思います。 

 蓮舫は民進党党首を辞任したので、彼女のことは沈静化するでしょう。 しかし政治家と二重国籍の問題がこれで収まるかどうか。

① 収まってしまって、もはや関心が持たれなくなるかも知れません。 二重国籍者が立候補しても話題にならない、となるでしょう。

② あるいは収まらなくなって、政治家を片っ端から二重国籍の疑惑があると次々と槍玉にあげるかも知れません。 お前は二重国籍の疑いがある、ウソだというなら戸籍を公開しろ、となるでしょう。 

 果たして、どうなりますやら‥‥。

蓮舫二重国籍問題のまとめ (再掲) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/15/8620565

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/11/8644295

私の国籍研究史(4)2017/08/11

 在日韓国・朝鮮人はかつての大日本帝国臣民であり、戦後の占領下では外国人でありながら日本国籍、1952年の日本独立後は126-2-6の在留資格を持つ外国人となります。 韓国・朝鮮籍はこのように複雑な過程を経ました。 台湾籍も同じような過程でしたが、実はもっと複雑です。

 第二次世界大戦では日本は中国と戦争していたことはご存じでしょう。 当時の中国は中華民国です。 そして当時の日本国内には華僑(中華民国籍)が在住していました。 敵国民が国内に居住していたことになりますが、日本は中華民国でも汪兆銘政権(傀儡政権と言われています)を承認していたので、華僑は敵国民扱いされませんでした。 そして終戦後は戦勝国である連合国の人間となりましたから、米英人等と同様の不逮捕特権を得ました。 華僑と台湾人とは法的地位が違っていたのです。 ところが中国では直後に共産党が中華民国を打倒して台湾に追放し、中華人民共和国を打ち立てました。この時に日本は台湾に追放された中華民国を承認し、中国の大半を占める中華人民共和国を不承認としましたから、台湾籍の位置付けがややこしくなります。

 1952年4月28日サンフランシスコ講和条約、同年8月5日日華条約が施行されます。 そのために4月27日以前と4月28日~8月4日、そして8月5日以降では台湾籍(中華民国籍)の位置付けが違います。 わずか三ヶ月の間に法的位置づけが違ってくるのですから、もうお手上げです。 さらに1972年の日中国交回復により台湾(中華民国)の承認を取り消しましたので、その法的地位はさらに複雑になりました。

 かなり以前になりますが、ある台湾人(中華民国籍)が日本に帰化申請したところ、実際には出生時に日本国籍であり、帰化する必要がないと判明したという記事があったのを記憶しています。 ほんのわずかの期間ですが、中華民国籍人父、日本国籍人母の子が日本国籍を取得することがあったのです。 非常に珍しい例で、法務省でもこれを理解している人は少なかったそうです。 この方は生まれて以来数十年もの間外国人として生活し、投票も出来ませんでした。

 このように台湾籍というのは余りにも複雑すぎて、私はそれ以上知ろうという意欲がなくなりましたねえ。 蓮舫の台湾籍も、最初から調べようとは思いませんでした。

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/07/8641528

私の国籍研究史(3)2017/08/07

 日本の法では二重国籍を認めていないとなっているのに、実際には意外と多いことを知りました。 22歳になれば国籍選択しなければならないのですが、22歳を過ぎても二重国籍という人がかなり存在するのです。 10年以上も前になりますが、二つのパスポートを見せて二重国籍を自慢する人がテレビに出ていたことを覚えています。 顔は隠していましたが。

 二重国籍でありながら日本単一国籍として振る舞って日本で暮らしている人は多いです。 国籍選択義務を知っていながら何もしません。 それでも何の問題もなく過ごせます。 指摘してあげると、これまでの何十年間の生活に何の支障もなかったことだし、何かで支障が出ればその時に考えればいい、というような反応でした。 確かに日本ではそれで済ますことが出来ます。

 自分が二重国籍であることを知らないという場合も結構あります。 両親が日本人で外国で生まれると二重国籍になる場合があるのですが、幼くして日本に帰国すると日本人として育てられ、人種的にも日本人、親戚一同みんな日本人ですから二重国籍という自覚がないようです。 経歴を聞いて、あなたひょっとして二重国籍ではないですかと言ってあげると、「え?!本当ですか?」という反応になります。 

 複数のパスポートを持って使い分けている者(積極的な二重国籍者)だけでなく、二重国籍と知りながらも日本単一国籍者として暮らしている者(消極的な二重国籍者)や自分が二重国籍であること自体を知らない者や二重国籍でもその証明が困難な者(潜在的な二重国籍者)までも含めますと、かなりの数になります。 

 二重国籍者に対しては国籍法第15条により法務大臣より国籍選択の催告を受け、それでも選択しない(二重国籍を解消しない)ならば、日本国籍が喪失するという条項があります。 二重国籍者にはこのようなペナルティが定められているのですが、法務省はこの条項を適用したことがありません。 日本政府(具体的には戸籍担当吏員)は戸籍の原本を見て二重国籍ではないかと気付いても何の措置もしません。 つまり日本は法律では二重国籍を認めないとしていますが、実際には容認しています。 

 蓮舫の場合も、日本政府は二重国籍状態(国籍法第14条違反状態)を25年以上にわたり放置・黙認していた、ということができます。 第14条は有名無実というか、空念仏の法律というか、要するに意味を成していない法律となっているのです。

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/08/03/8638755

私の国籍研究史(2)2017/08/03

 二重国籍者は両方の国民の権利を有しますから、単一国籍者の倍の権利を持つことになります。 さらに単一国籍者ではあり得ない権利もあります。 例えば婚姻などの身分行為を重複(いわゆる重婚)できますし、また複数のパスポートを持つことが出来ますからある国で犯罪を犯して国外追放されても、もう一つのパスポートを持って再入国できます。 二重国籍者は二つの国籍を自分の都合によって使い分けることが出来るのですから、それだけ権利の幅が大きいということです。 

 しかし二重国籍であるが故の問題もあることを知りました。 例えば二重国籍者が第三国でテロに遭って人質になったとしたら、どちらの国が救出に乗り出すのか? 当然のことながら面倒なことはお互いに押し付け合うものですから、結局どちらの国も救出に行かない可能性が高いです。 また離婚・相続等は単一国籍者でもよく揉めますが、二重国籍者は依拠する民法が二つあるのですから、さらにややこしくなります。 それ以外にもいろいろ問題がたくさんありますが、いずれにしろ二重国籍者はこれを覚悟しなければなりません。

 どの国でも二重国籍よりも単一国籍が望ましいとしています。 それでは二重国籍を認めている国はどう対処しているのか。 どこの国か忘れましたが仮にA国としましょう。 A国では二重国籍者は単一国籍者として行動することを強制していました。 A国で自国民として行動した人はその後もその国民として行動し、出入国も自国民(A国パスポート)として行なわなければならず、もう一つのB国籍者としての行動(B国のパスポートを提示するなど)を禁止するというものでした。 逆にB国籍の外国人として入国したら、ずっと外国人として行動せねばならず、自国民として振る舞うことが許されないのです。 もしそれが発覚したらA国籍を剥奪するというのですから厳しいです。

 二重国籍を取ることは自由だが、自国内では単一国籍であらねばならない、二重国籍を自分の都合によって使い分けるなんてことをしてはいけない、ということですね。

 またフランスでは、二重国籍者がフランス国籍から離脱することを厳しく制限しているそうです。 これは兵役と関係があります。 二重国籍者は兵役を済ませなければフランス国籍からの離脱を認めないというものです。 今は兵役義務がなくなりましたが、兵役に就いたことのない者は国籍離脱が困難なのは、今も変わらないとのことです。 日仏の二重国籍者はフランスの兵役に就かない限りフランス国籍を離脱できませんので、日本国籍単一化ができずに二重国籍のままとなります。

 二重国籍だからといって兵役忌避のような‘いい目’はさせないぞ、ということです。 そういえば二重国籍を認めろと主張する人は‘いい目’ばかりを言って、国民の義務について言っていませんでしたねえ。

私の国籍研究史(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/30/8630904

私の国籍研究史(1)2017/07/30

 私は以前から韓国・朝鮮に関心があって、その方面の本はかなり読んできました。 在日の法的地位や国籍にも手を伸ばしました。 そのせいか、在日から在留資格や国籍についての相談を受けることも少なからずありました。 だから日本の国籍法や各国の国籍法に関する本を読んだものでした。 

 その時に気付いたことは、1985年の国籍法改正の影響の大きさでした。 それまでの父系主義から父母両系主義に変わったのですが、それ以来二重国籍が増え、その代わりに無国籍がほとんどなくなった事態を知りました。

 無国籍者というのは日本人ではありませんから外国人登録することになり、その国籍欄に「無国籍」と記載されます。 国籍がないということは保護してくれる国がありませんので、極端な言い方をすれば権利のない人間です。 国籍法改正がこんな無国籍をなくすことになったのですが、今度はこれが二重国籍を増やします。 無国籍よりも二重国籍の方が望ましいというような考え方でしたねえ。

 国籍法改正は二重国籍を増やすことになりましたが、一方でやはり単一国籍が望ましいとして、22歳までに国籍を選択して単一国籍にすることを義務づけました(第14条)。 すると国際化しているのだから二重国籍を認めろ、という運動が広がりました。 ヨーロッパでは二重国籍が広く認められているのだから日本も同じようにしてほしい、二重国籍を認めないから日本は国際化できないのだ、という主張でした。

【拙稿参照】

国籍を考える―ケンブリッジ飛鳥の場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/21/8624643

国籍を考える―小野田 紀美の場合 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/23/8625722

国籍を考える―アルベルト・フジモリ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/25/8626981

国籍を考える―新井将敬      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/27/8628332

外国籍が輝いて見えた時代があった http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/19/8623371

蓮舫の二重国籍疑惑           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/09/8176022

蓮舫の過去の「国籍発言」        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/16/8190975

蓮舫は国籍選択宣言をしていないのでは? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/07/8216765

蓮舫はもともと二重国籍でなかったのでは?http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/16/8230218

二重国籍は複雑で難しい         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/20/8232627

二重国籍でないという証明は困難     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/23/8234323

私が二重国籍に関心を持った訳      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/28/8237467

二重国籍には様々な姿がある       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/10/29/8237969

蓮舫二重国籍問題のまとめ        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/11/03/8241041

二重国籍かどうか微妙な場合       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/11/13/8247093

在日、二重国籍、パスポート       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/18/410931

二重国籍の在日が両国のパスポートを持つ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/23/417465

韓国の二重国籍容認           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/09/07/3749004

「二重国籍」考              http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuusandai

国籍を考える―新井将敬2017/07/27

 今の若い人で新井将敬を知っている人はいないでしょうねえ。 1980年代から90年代にかけて活躍した政治家で、よくテレビに出演していました。 将来の総理大臣候補とまで言われていましたねえ。 最後は50歳の若さで自殺しました。 ここで彼を取り上げたのは、朝鮮人が帰化した場合の国籍を考えるのにたまたま都合がよかっただけです。

 彼のプロフィールの関係部分は次の通りです。

 ・姓  名  : 新井 将敬 (旧姓名は朴景在)

 ・生年月日  : 1948年1月12日

 ・両  親  : 両親はともに朝鮮人。ただし「朝鮮」は日本の外国人登録上の記載。

 ・帰  化  : 高校生時代の16歳に日本に帰化。

 ・就  職  : 1973年、大蔵省にキャリアとして入省。大蔵大臣の渡辺美智雄に抜擢される。

 ・政 治 家 : 1983年、衆議院選挙に立候補、落選。1986年に再度立候補し、初当選。以後、4回連続当選。

 ・自  殺  : いわゆる証券スキャンダルの追及を受け、1998年2月19日、自殺。 享年50歳。

 両親は朝鮮人だったのですが、「朝鮮」は外国人登録の国籍欄に記載されているもので、国家の所属を表すいわゆる「国籍」とは意味が違います。つまり大韓民国あるいは朝鮮民主主義人民共和国の国民(公民)を意味するものではありません。

 彼は16歳という未成年で帰化しましたから、単独帰化ではなく家族全員での帰化と判明します。

 ここで韓国や北朝鮮(朝鮮民主主義人共和国)の国籍法では、在日韓国・朝鮮人の国籍をどう扱っているか、です。 これは両国ともに、在日は自国の国籍を有するものとしています。 これは本人の意志とは関係なく、韓国と北朝鮮の国籍法がそうなっているからです。 つまり在日は韓国と北朝鮮の二重国籍状態だということになります。 

 先ずは韓国側から新井の国籍を見ます。 韓国は在日の外国人登録で「韓国」と記載された者にのみ国民登録を許しています。 新井は「朝鮮」籍で「韓国」籍ではなかったですから、韓国の国民登録はされていませんでした。 これを韓国側から見ると、当時の新井は我が国の国籍を有しているが国民登録がなされていないので、国籍を証明することが出来ない、となります。

 さらに韓国の国籍法では「自己の意志により外国籍を取得したものは国籍を喪失する」とありますから、新井は帰化した時点で韓国の国籍を喪失しました。 ただし上述したように国民登録されていませんでしたので、国籍喪失を証明することは出来ません。 しかし新井は韓国という国家とは完全に縁が切れたと言うことができます。

 次に北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国籍法はどうなっているか。この国の国籍法は一応公表されていますが、どのように運用されているのか、あるいは細則はあるのかなど、さっぱり分かりません。 ここでは国籍法だけを見てお話します。

 北朝鮮の国籍法では、両親が朝鮮人の場合はすべて自国の公民(北朝鮮国籍)となります。 朝鮮籍・韓国籍は関係ありません。 たとえ韓国に国民登録されていても関係ありません。 従って新井は北朝鮮の国籍法に拠って、出生時点で北朝鮮国籍です。 

 新井の両親は北朝鮮の公民登録をしていたかどうかですが、絶対にないとは言い切れませんが考えなくていいと思います。 公民登録をするような朝鮮人は朝鮮総連の熱誠活動家に限られますし、このような人は子弟を朝鮮学校に行かせるからです。 新井は日本の公立学校に通っていましたから、公民登録はなかったと判断できます。 従って北朝鮮は新井が自国の国籍者であることを証明できません。 新井は潜在的な北朝鮮国籍だったと言えるでしょう。

 それでは新井が帰化したことによって、北朝鮮国籍はどうなるかです。 ここに韓国の国籍法との違いがあって、北朝鮮の国籍法には他国に帰化した公民を扱う条項がありません。 つまり新井は日本に帰化しても北朝鮮国籍は残っていることになります。 もう亡くなっているからあり得ませんが、もし新井が北朝鮮に亡命して自分は朝鮮人だからと公民登録を申請したら、おそらく許可されて晴れて北朝鮮国籍者となっていたことでしょう。 

 新井の話はこれまでにします。 ところで韓国・朝鮮籍からの帰化者はこれまで約30万くらいで、韓国の国籍は帰化により解消しています。 ところが彼らのうち両親が朝鮮・韓国人の場合、上述したように帰化によっても北朝鮮国籍は解消されません。 これはニューカマーも同じです。 つまり韓国・朝鮮籍からの帰化者の多く(両親が韓国・朝鮮人の場合)は本人の意志とは関係なく北朝鮮との縁を切ることができず、日朝の二重国籍となります。 北朝鮮の国籍法を素直に読めばこうなるのです。

 ただし北朝鮮国籍を有していても、公民登録をしていない限り北朝鮮国籍を証明されることはありません。 従って二重国籍は誰も(本人すらも)証明できない状態であることに留意してください。

 北朝鮮の国籍について話をしましたが、日本は北朝鮮を国家承認していないので、北朝鮮籍は台湾籍と同じではないか、という人がいるかも知れません。 これは違うと言わざるを得ません。 台湾について、日本は「一つの中国」という考え方から台湾という国家そのものを認めていません。 従って台湾籍は国籍ではありません。 蓮舫は日本の法では二重国籍とは言えないのです。    一方の北朝鮮はどうかというと、日韓条約に次のような一節があります。

「韓国政府は国連総会決議第195号(Ⅲ)に示されている通りの朝鮮にある唯一の合法的政府であることが確認される。」

 これは、1948年に国連は朝鮮半島全体の自由な選挙をしようとしたが、北朝鮮を支配していたソ連がこれを拒否した。そこでやむなく南朝鮮だけの選挙を実施して、大韓民国という政府が成立した。朝鮮半島全体をみて合法的政府と言えるものは、今のところこれだけである、というものです。 分かりやすく言うと、当時国連が有効に支配できた半島南半部では合法的政府はできたが、北半部については知りません、というものです。

 つまり日本は北朝鮮が合法政府であるかどうか判断を保留したまま、つまり国家として承認するかどうかまだ決めていないというものです。 ここが国家不承認を明確にした台湾との違いです。 台湾籍は国籍ではないが、北朝鮮籍は国籍かどうか保留中と言えるでしょう。

 帰化者が北朝鮮国籍との二重国籍であることは現在では問題になりませんが、将来北朝鮮と国交を樹立した時、あるいは朝鮮半島が北朝鮮によって赤化統一された時、問題になる可能性があります。

国籍を考える―アルベルト・フジモリ2017/07/25

 「アルベルト・フジモリ」といっても今では、はて誰?という反応が多いでしょうねえ。 ペルーの第91代大統領として1990年~2000年在職した日系人です。

 彼のプロフィールは次の通りです。

・姓  名  : アルベルト・ケンヤ・フジモリ(日本名は 藤森 謙也)

・生年月日  : 1938年7月28日

・出 生 地 : リマ(ペルーの首都)

 ・両  親  : 父母ともに日本人で 1934年にペルーに移住

 ・出 生 届 : 両親はペルーの役所と日本大使館の両方に出生届を提出

 ・大 統 領 : 1990年、大統領に当選。 1992年、日本を国賓として訪問、天皇に謁見。

・不正選挙  : 2000年、三選目の大統領選挙に勝利したが、不正選挙疑惑発生

 ・日本亡命  : 2000年、外遊中に大統領辞任を表明した後、日本亡命。 その際に二重国籍を明らかにする。 日本政府は日本国籍者として亡命を受け入れる。 その後チリに移住

 ・参議院選挙 : 2007年7月の日本の参議院選挙に立候補し、落選

 ・帰  国  : 2007年9月、ペルーに帰国。逮捕されて収監

 以上のようなプロフィールです。 彼の国籍はペルーで出生しましたからペルー国籍であり、同時に日本大使館にも出生届を出していますから日本国籍でもあり、従って二重国籍者です。

 1985年に日本の国籍法が改正されて、二重国籍者は国籍選択を義務づけられました。 しかし彼はそのような選択をしませんでした。 何もしないで放置したわけですが、彼の場合は日本国籍を選択したものと見なされました(昭和59年国籍法附則第3条)。 これにより彼はその後ペルーの大統領となっても日本国籍を失わず、だからさらにその後に日本に日本国籍者として亡命できたわけです。

 そして彼は日本の参議院議員選挙に国民新党(党首 亀井静香)から立候補しました。 この時の私の記憶では、二重国籍者の立候補に疑問の声はほとんど全くなかったと思います。 日本国籍があるのだから国会議員になっても別に構わない、日本も国際化した証拠だ、というような雰囲気でしたねえ。

 ここで最近になって蓮舫の二重国籍がなぜ問題になるのか、疑問が出てきます。 この間に選挙の法律が変わったわけでもありませんから、二重国籍者が立候補するには何の問題もありません。 当然のことながら当選して議員活動しても法的に不都合がありません。

 しかし蓮舫では二重国籍が大きな問題になってしまいました。 何が違って来たのか? これは国民の二重国籍に対する感覚というか感情・情緒というか、それが違ってきから、としか言いようがありません。

 法的に問題がなく、しかも二重国籍によって不都合な事態が起きたわけでもないのに、今になって問題になったというのは国民の情緒が変わったからとしか説明できません。 法の厳密な解釈ではなく、情緒によって左右されることは、いかがなものかと思います。 

 繰り返しますが、蓮舫の二重国籍問題はもともと「疑惑」でも何でもないことで、今や問題にすべきでないというのが私の考えです。