金時鐘氏への疑問(7)―4・3事件(その3) ― 2025/04/28
https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/23/9770375 の続きです。
⑫ 4・3事件の一面しか語らない
4・3事件がどういうものだったのか、金時鐘さんは『朝鮮と日本を生きる』(岩波新書 2015年2月)に詳しく書いておられます。 ただし彼は共産主義者(南労党員)でしたから、書かれている内容は武装蜂起を肯定する立場からの記述です。 また彼の講演でもこの立場で語っておられます。 そのためでしょうか、事件は〝島民らが祖国の分断に反対するためにやむにやまれず立ち上がった”というようなイメージになっています。 それは〝善”は蜂起した「南労党」「島民」であり、〝悪”はこれを過酷に弾圧した「米軍政」「軍警察」と単純に二分化するものです。 しかしそれでは事件の真相が見えてこないと考えます。
金時鐘さんは著書『朝鮮と日本を生きる』で、4・3事件が自分の身内に及ぼした殺人亊件を語っています。 まずは身内の南労党員が軍・警によって殺害された事件です。
狂乱の虐殺はついに、私の身近な従姉の夫にまで及んできました。 惨殺された屍体をまじまじと見たのは、この時が初めてです。 ‥‥日本から引き揚げてきてまだ3年も経たない、高南杓という実直な40がらみの男でした。 (220頁)
次に金時鐘さんが4・3事件に関与して警察から逃げ回り、叔父の家で匿われていた時、その叔父が南労党によって殺害されました。
かくまってくれた叔父貴(母方の)があろうことか、武装隊(遊撃隊)の手によって殺されてしまうのです。‥‥ 区長の家ですので‥警察の上役あたりがしょっちゅう出入りします。 そのつどちょっとした酒食をもてなしてもいたようです。 それが武装隊には討伐隊(軍・警)に肩入れしているように見えたのでしょう。‥‥ 明け方に襲ってきた武装隊に腹部を二ヶ所も竹槍で刺された叔父貴は、腸をはみださせたまま裏の石垣をよじのぼって裏の小道に落ちました。 それでもすぐには死ななくて、七転八倒の苦しみが3日も続きました。 (228~229頁)
以上のように、金さんの身内のうち従姉の夫が南労党、叔父が警察関係者として、この二人が犠牲になったわけです。
ところで大部分の身内の方は、南労党とか警察とかの関係者を抱えながら、普段はそんなことと関係なく過ごしてきていたでしょう。 特に女性たちはなぜ彼らが殺し合うほどに対立せねばならないのか、理解できなかったはずです。 しかし身内の中にそういう人たちがいて、どちらも惨殺されるのをただ見るしかなかったのです。 その時、金時鐘さんもまた南労党員として逃げ回っていて、周囲の身内は彼を匿わざるを得ませんでした。 そして自分たちもいつ巻き込まれて殺されるかも知れなかったのです。
朝鮮民族はよく知られている通り家族・宗族の絆が強く、祖父母・父母・伯父・伯母等々の本家分家一族が数十人単位、遠い親戚を含めると「八寸=八親等」ですから数百人となるかも知れない、そんな血縁共同体を形成しているのが一般的でした。 4・3事件の当時、この大家族共同体=身内のなかで、ある青年は南労党に入り、別のある青年は警官になり、地元の有力者である家長は選挙管理人になり‥‥。 こういった身内がテロの対象になって、自分たちもそのテロに巻き込まれていくのでした。
ここまできて、金時鐘さんが語る「4・3事件」は共産主義者(南労党員)の立場から語っているもので、そんなものとは関係ない〝身内から見た事件”というものが語られていないことに気付きました。 それは、殺し合いをしている南労党と軍・警の両方が身内にいるという中で、ただひたすら右往左往するしかなかった身内のことです。 南労党による「赤色テロ」も軍・警による「白色テロ」も、どちらも家族をも対象にしていたのです。
金時鐘さんが語る4・3事件は、事件の一面にしか過ぎないものです。 事件から76年も経ったのですから、今は冷静になって、周囲や相手の立場も踏まえた上で事件の説明をしてほしいと思うのですが‥‥。 (続く)
金時鐘氏への疑問(1)―在留資格 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/26/9763626
金時鐘氏への疑問(2)―韓国戸籍・墓参り https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/31/9764818
金時鐘氏への疑問(3)―教員免許・公務員就職 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/05/9766006
金時鐘氏への疑問(4)―日本語・創氏改名 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/11/9767588
金時鐘氏への疑問(5)―政党加入・4・3事件 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/18/9769221
金時鐘氏への疑問(6)―4・3事件(その2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/23/9770375
【4・3事件に関する拙稿】
世に出ている4・3事件の説明は権力側による白色テロばかりがクローズアップされているのに疑問を感じて、下記のように反権力の南労党側による赤色テロを取り上げました。 赤色テロの残酷さに言及する人があまりにも少ないと思えたからです。
残虐非道な殺害は権力側の白色テロだけでなく、反権力側の赤色テロにもありました。 何万人もの島民が犠牲となった責任は権力側だけでなく、反権力側にもあります。 下記拙ブログをお読みいただければ幸い。
済州島4・3事件の赤色テロ(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/10/8890890
済州島4・3事件の赤色テロ(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/18/8896622
済州島4・3事件の赤色テロ(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/23/8900976
済州島4・3事件の赤色テロ(4)-警官家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/30/8906338
済州島4・3事件の赤色テロ(5)―右翼家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/05/8909472
済州島4・3事件の赤色テロ(6)―評価は公平に http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/10/8912907
4・3事件-南労党を隠ぺいする読売解説 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/11/19/9000560
4・3事件 南労党を隠ぺいする毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/02/29/9218957
南労党を隠ぺいする韓国マスコミ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/04/9055271
4・3事件―ハンギョレ新聞も南労党を隠ぺい https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/03/9537878
韓国映画『チスル』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/06/01/7332806
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