長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(3)2026/03/27

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/21/9843303 の続きです。

―韓国では、過去の歴史問題は大変敏感だ。

「もちろん1965年の日韓条約で日本は〝最終的に解決した”という立場を取ってきました。 しかしあの時は、長生炭鉱はもちろん徴用工問題も出てくるより以前です。 それ以降に明らかになった日本の間違いの一つ一つが未解決として残っているというのが、私の認識です。 慰安婦や徴用工など、生きて韓国に戻った人たちが自らの尊厳を守る闘いを続けてきました。 彼らが謝罪を求め補償を求めるのは、当然なことです。」

―日本政府の謝罪と賠償を要求する声が大きいのだが。

「今までの日本の政治情勢を見れば、補償を前面に掲げて闘うことは非常に困難な状況です。 私は〝遺骨”に焦点を合わせました。 遺骨さえ元に返さない日本は変ではないか、遺骨を誠意もってお返ししようと言っているのです。 取りあえずはこれを中心に闘いを進めねばなりません。 そうでなければ、今の日本政府に補償のことを言えば、話をしてくれません。 そこで終わってしまうのです。 遺骨という人道的問題を掲げて〝何もしないとは言えない状況”をつくりたい。 その次に日本の加害責任とか謝罪があるのであって、まずは日本が遺骨を返還する道理がなければ、謝罪のようなものを受け入れることはできません。 ですから日韓両国に遺骨返還を優先してくれと呼びかけているのです。」

 彼女の主張をまとめると、〝日本に加害責任があるのだから日本政府が補償や謝罪するのが当然なことだが今すぐは無理だ、我々が遺骨の発掘と返還を進めることによって政府が補償や謝罪へと動かざるを得ない状況を作るのだ”ということですね。 「人道的問題を掲げて」「加害責任」「謝罪」「補償」という言葉が、この運動の方向性を示しているようです。

―人道的次元のことからやろうという意味なのか。

「在日朝鮮人たちは80年経っても堂々と生きることができずに差別されています。 その原因は何でしょうか。 日本人が加害の歴史を十分に勉強しなかったためです。 長生炭鉱の事故を通して、日本がどれほど悪いことをしてきたのか分かります。 これを知った人は「朝鮮に帰れ」のような言葉を絶対に言わない市民、国民として育ちます。 日本社会の不合理性を遺骨の力を借りて変えようというのが私の考えです。」

 〝日本人は自分たちが犯した加害の歴史を勉強していないために在日朝鮮人差別がある、遺骨の発掘を通してこの差別という不合理性を打破しよう”ということですね。 1970年代ごろから民族差別問題を訴える韓国・朝鮮人活動家は、〝日本人は歴史の勉強をしていない、日本がどれほど悪辣非道であったかを勉強しろ”とよく主張していました。 私もよく聞かされたものです。 長生炭鉱では日本人の井上さんからこの言葉が出てきました。 〝昔の私もそのように考えていたなあ”と感慨にふけりました。

―日本人として韓国人のために尽力しているわけだ。 韓国人に伝えたいことは。

「韓国人たちの要求(謝罪と賠償)は当然なことだと私も考えます。 日本がきちんと加害責任に直面し、その方向で行ってもらいたいです。 しかし日本の右傾化した政権では正面でぶつかってもビクともしません。 自己満足で終えることはできません。 確実に一歩前に出たいのです。 そのために遺骨の力を信じてくれと言いたいのです。 遺骨が出てくるたびに、その遺骨が誰なのか、なぜここで亡くなったのか、どんな遺族がいるのか、どんな歴史的背景があったのか、明らかにするのです。 それを積み上げていって日本の世論を盛り上げ、政府を圧迫するのが今の私ができる最善のことです。」

 日本人が韓国人のために働くということですね。 遺骨の発掘によって世論を喚起し「日本政府を圧迫する」と主張しておられます。 政府に謝罪や補償などをストレートに要求するのではなく、遺骨発掘という地道な作業から先ずは始めようとするところに「刻む会」の特徴があるようです。

―これからの目標は?

「とりあえず遺族一人にでも、もっと遺骨を返してあげることが一番大きな目標です。 韓国におられる方たちも、この目的を理解して協力していただけたら、と思います。 遺骨の返還のためにみんなが力を合わせることが重要です。 日本政府が何も関与しないというなら、アジアから信頼を得ることのできない政府になるでしょう。 私たちは本当に一生懸命にやりますので、あきらめずに見守ってほしいです。 日韓の市民の力で日本政府を変える状況をつくりたいです。 支援をお願いします。」 (以上、『週刊朝鮮』2897号2026年2月16日 30~32頁)

 このままでは自国政府が「アジアから信頼を得ることのできない政府になる」という言い方は、1970年代に〝アジア人民と連帯して侵略を目論む自民党政府を倒そう、そうしてこそ日本はアジアから信頼される”と叫んだ左翼運動と共通するものでしょう。 また「日韓の市民の力で日本政府を変える」は、左翼・リベラルが〝韓国の民主化勢力と連帯して韓国軍事独裁政権を支える日本軍国主義を打倒しよう”と唱えた1970~80年代を想起しますね。 長生炭鉱の「刻む会」市民運動は炭鉱事故犠牲者の遺族を探し出して遺骨発掘事業を行なってきたのですが、そんな純粋な人道問題の裏に〝反政府・反権力の左翼運動があるんだなあ”という感想を持ちました。 それはかつて左翼側に立っていた私には郷愁を感じさせるものです。

 遺骨の発掘は2月7日に捜索に参加していた台湾出身のボランティア潜水夫が事故死するというアクシデントが発生したために、中断しました。 遺骨発掘はやはり大きな危険が伴うようです。 歴史を振り返ってみれば1942年の水没事故の際、危険だからという理由で遺体収容をあきらめたといいます。 それから80年以上が経ちました。 複雑な坑道は崩壊し水没したままですから、今はその時以上に危険であることは明らかでしょう。 「刻む会」はこれからどのように安全を確保しながら遺骨発掘事業を続けるのか、注目しています。 

 それから気になるのは、これまで発掘してきた遺骨、そして将来も発掘発見されるであろう遺骨を最終的にどうするのかという点です。 どこかの専門機関にDNA鑑定を依頼して身元を調査し、それが判明した遺骨は遺族に引き取ってもらって終わりますが、それは少数であろうと考えられます。 遺骨は事故で亡くなった183人のうちの誰かであることはほぼ確実と思われますが、80年以上も経っていて遺族のほとんどは孫や曾孫世代でしょうから判明率が落ちます。 またこれまで集めた遺族のDNAは80人分といいますから、半分以上がまだ収集できていないことになります。 ですから発掘された遺骨の多くは、遺族の確定が困難と思われます。 また朝鮮人か日本人かの区別もできませんから、韓国側に引き取ってもらう訳にもいかないでしょう。

 今のところ遺骨は警察が預かっているようですが、事件性がない限り警察にいつまでも保管する義務はありません。 最終的な保管責任は遺骨発掘作業の主体者であり遺骨発見者でもある「刻む会」にあると考えられます。 ですからDNA鑑定しても身元不明となった遺骨、あるいは遺族が引き取りを拒否したような遺骨は「刻む会」に戻されることになるでしょう。 そして「刻む会」は日本政府の関与を要求しています。 しかし身元不明などの遺骨について政府がどのように関与できるのか、ちょっと疑問に感じます。

 80年以上前に起きた長生炭鉱事故の犠牲者の遺体は、その時にそのまま埋没させることで終わったとされています。 もともと海底の炭鉱現場にあった遺骨を取り出してきて結局は所有者・帰属先不明となったのだから元の現場に戻せばいいと考えることは可能ですが、今さらそういう訳にはいかないでしょう。 また遺跡からの出土文化財と同様の取り扱いをすればいいのではないかとも考えられますが、わずか80年ほどの昔の話ですからそういう訳にもいきません。 政府が関わることができるとすれば地元自治体に引き渡し、最終的には無縁仏として処理してすべてが終わることになるでしょう。 しかし日本政府への圧力を企図する「刻む会」は、歴史を反省しない政府を追及するために身元不明等の遺骨をいつまでも保管し続けていくのかも知れません。            (終わり)

長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/16/9842328

長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/21/9843303

【日韓の歴史に関する拙稿】

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