文大統領の発言2019/08/06

 文在寅大統領が昨日(5日)大統領府で開かれた首席補佐官会議で行なった発言は、自分が今何を考えているかを分かりやすく説明してくれています。 ただ全文を載せているのが今のところ見当たらず、各新聞では大統領発言を部分的にカッコ書きで紹介し、解説しています。 カッコ書きですから、実際の発言と思われます。 ただし上述のように全文がありませんから、どういう文脈での発言なのかが不分明で、ちょっともどかしいですね。

南北経済協力(平和経済)こそが日本に対抗できる

南北間の経済協力で平和経済が実現されると、我々は一気に日本経済の優位に追いつくことができる。 今度のことを経験して、我々は平和経済の切実さをもう一度確認することができた。

平和経済こそが、世界のどの国も持つことができない、我々だけの未来だ。 南と北がともに努力していく時、非核化とともに朝鮮半島の平和とその土台のために共同繁栄を成し遂げることができる。

 南北の経済協力を「平和経済」と言うのですね。 この平和経済のバラ色の未来を語り、それによって日本に追いつくと豪語しています。 北との経済協力なんてほとんど進展していないのに、このような夢物語が大統領という国家最高指導者の口から出てくるのか、不思議ですねえ。 それに北朝鮮は主体思想とか先軍とかのイデオロギーを捨てない限り、経済発展はあり得ないでしょう。 中国では毛沢東思想を捨て去ったから改革開放が成功しました。 これと同じです。

日本に負けないぞ

(日本の経済報復は)経済強国に向かうための我々の意思をさらに大きくしてくれる刺激剤になるのだ。 日本は決して、我が国の経済跳躍を妨げることはできない。 むしろ経済強国に向かうための我々の意思をさらに大きくしてくれる刺激剤になるのだ。 今度のことを冷静に我々自身を振り返ってみて、大韓民国を新しく跳躍させる契機としなければならない。

 今度の日本の輸出管理=ホワイト国除外に対して、韓国は「経済報復」ととらえて、決して日本に負けないぞと決意表明しています。 そのためには次のようにやろうと提起しています。

日本の貿易報復を克服することだけに止まらず、日本経済を乗り越えるもっと大きな視野と非常な覚悟が必要だ。 部品素材産業の競争力を画期的に高めるとともに、経済全般の活力を取り戻す幅広い経済政策を並行していかねばならない。 今度の補正予算に続いて、来年度予算編成から、政府の政策の意思を十分に反映してくれることを望みたい。

 抽象的言辞が並んでいますが、日本に頼っている部品素材を国産に切り替えるために国が予算をつけよう、ということぐらいにちょっと具体性がありますね。 いわゆる輸入代替経済政策です。 1960~70年代にインド・中国等々の非同盟諸国がこの政策を採用し、先進国から輸入品をできる限り国産化して民族経済を確立しようとしたことがありました。 結局は失敗に終わったのですが、これを彷彿させますね。

過去を記憶しない日本

日本政府は痛い過去を踏みしめ、互恵協力の韓日関係を発展させてきた両国の国民に大きな傷を負わせている。 過去を記憶しない国の日本という批判も日本政府が自らつくっている。 自由貿易秩序を毀損することに対する国際社会の批判も非常に大きい。 経済力だけで世界の指導的位置に立つことが出来ない点を悟らなければならない。

 過去を反省しない日本を批判する、これは定番ですねえ。 我々には何べん同じことを言っているのかと思うでしょうが、韓国民族主義の根本といえるものです。 経典か呪文みたいなもので、当人らは何度唱えても、イヤにならないようです。

道徳的優位とは?

われわれは経済強国に向かうための誓いを新たにするとともに、民主、人権の価値を最も大切にし、自由で公正な経済、平和、協力の秩序を一貫して追求していく。 朝鮮半島平和の秩序を主導的に開拓し、国際舞台で共存共栄や互恵協力の精神を正しく実践していく。 国際社会の責任ある一員として人類の不変の価値や国際規範を守っていく。 道徳的な優位を基に成熟した民主主義の上で、平和国家や文化強国としての地位を高め、経済強国として新しい未来を切り開いていく。

 最後は韓国のこれからの方向について、抽象的な決意表明です。 このなかで韓国独特の言い方があるのに注目してください。 「道徳的な優位を基に」というところです。 公的会議で「道徳的な優位」と発言する国家指導者は、おそらく他にいないでしょう。 韓国独特の言い方だからこそ、韓国・韓国人を分析する時に重要な言葉になると考えます。

 韓国のいう「道徳」とは朱子学の理念における「道徳」であって、一般的な意味の「道徳」ではないことに注意が必要です。 そして「道徳的優位」とは、日本を道徳的劣位に置き、自分たちを優位に置くという意味になります。

 約束を守らないのに、なぜ「道徳」というのか?という疑問は、日本人には通用します。 しかし韓国では、道徳的優位に立つ者は劣位の者との約束を守らなくてもいい、という考え方になります。 つまり道徳の優劣関係は、約束を守るか否かの基準になるのです。 これを説明するのが難しいですねえ。

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