朴一さん『在日という病』を読む(3)2025/08/27

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/21/9797365 の続きです。

外登証の常時携帯義務

 次に外国人登録証(外登証)の常時携帯義務ですが、朴さんはこれに違反して逮捕されます。 ちょっと長くなりますが、引用・紹介します。

1984年6月、事件が起こりました。 車を運転中に名神高速道路尼崎インターチェンジ入り口で飲酒検問があり、私は外国人登録証(以下、外登証)を携帯していないという理由で、警察に拘束され、尼崎西署に連行されたのです。 外国人登録法(以下、外登法)で「外登証の不携帯」という罰則規定があると聞いていましたが、実際に外登証を24時間携帯するのは不可能で、紛失を恐れていた私はいつも自宅の机の中にしまっていたのです。

その日も、外登証を自宅に置いたまま、車で外出し、たまたま高速入口で行なわれていた飲酒検問で、飲酒ではなく、外登証の不携帯で捕まったわけです。 尼崎西警察署に連れていかれると、二人の警察官から取り調べを受けることになりました。 数時間にわたり、名前、住所、職業などの個人情報だけでなく、姉や妹の配偶者の国籍や職業まで聞かれ疲れていた私は、警察官の質問につっけんどんに答えていたところ、突然、質問していた若い警官がキレて、私にこう言ったのです。

「日本の法律を守らんのやったら、さっさと自分の国に帰れ」

この警察官の一言で、私もアンガ-コントロールできなくなり、こう言い返しました。

「外登証の常時携帯って言いますけど、街の銭湯に行くとき、どうすればいいんですかね。 服脱いで、裸になったとき、ビニール袋にこの外登証を入れて、首からぶら下げて入れるんですか。 あなたも、一度やってみてくださいよ」

この一言で、取り調べは終わり、私の外登法違反事件は裁判所送りになり、数日後、裁判所から次のような略式命令が下されました。

「被告人を罰金8000円に処する。 罰金を完納することができないときは、金2000円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する」

外登証を常時携帯することなど、そもそも不可能なことなのに、それを罪に四日間も労役場留置するとは。 指紋押捺だけでなく、外登証の常時携帯も外国人に対する人権侵害以外の何ものでもない。 指紋押捺拒否運動の方針に、押捺制度の廃止と同時に、外登証の常時携帯制度の廃止を盛り込んだのは、この不条理な判決からです。 (以上、75~77頁)

 私は〝何とアホな人だろう!”と思いました。 外登証をうっかり所持しないで外出することは在日の誰でもよくあることですが、警察の検問や不審尋問などの際に見つかったならば、すぐに家に電話して家人に持ってきてもらえばそれで済んだ話です。 しかし、もし家にもなくて今すぐ提示できないとなれば、外登証の番号を言うとか、誰かに身分を証明してもらうとかしなければなりません。

 1980年代ですから韓国からの密入国者が多かった時代で 密入国者数は数万人などと言われていて、ある人は10万人を越えるなんて言っていましたね。 それ以外に北朝鮮からの工作員潜入もありました。 ですから警察は韓国・朝鮮人だと分かれば、すぐにその身分を確認するために外登証の提示を求めていました。 もし提示しなければ、密入国などの疑いをかけられることになります。 朴さんはそれを人権侵害だとして、おそらく学生運動のノリでイキがって警察に抵抗したのでしょう。 そんなことをすれば、警察はさらに怪しんで徹底した調査をすることになります。

 数時間も取り調べられ、「姉や妹の配偶者の国籍や職業まで聞かれた」といいますから、家人(姉や妹の配偶者)に外登証を持ってきてもらおうとしたのでしょうか。 おそらく朴さんの態度から怪しんだ警察はさらに〝その人は誰だ?”と追及したのでしょう。

 ところが朴さんは逮捕されました(後述)。 逮捕されたとなると、家にあるはずの外登証が見つからず、警察官に外登証の実物を呈示できなかったと考えられます。 おそらくは在留資格(当時は協定永住、126-2-6、4-1-16-2など)を確認するまでの間、逃亡の恐れありとして拘束されたものと思われます。 結局、外登証常時携帯義務違反で罰金8000円。 前科がつきました。

 当時、在日は免許証の本籍欄に「韓国(あるいは朝鮮)」と書かれていましたから、車を運転していて警察の検問にあって免許証を呈示すると、必ず「外登は?」と聞かれました。 だから在日は免許証と外登証をセットで持っているものでした。 しかし朴さんは持っていなかったし、しかもそれをネタに警察とケンカしたというのですから、おそらく最初から反権力思想の実践をしてやろうと身構えていた、つまり確信犯ではないかと思いました。 こんな些細でくだらないことで警察に抵抗しても、相手は最末端の警官ですから何の意味もなく、本人が時間とお金を損するだけです。 まあ、学生運動の仲間うちで〝武勇伝”の自慢話をするくらいの意味はあったでしょうが‥‥。

 ところで朴さんは警察官に「街の銭湯に行く時どうすればいいのか、首にぶら下げて風呂に入れというのか」と聞いたといいます。 これは昔から在日社会で、外登証の常時携帯義務を揶揄する話として語られてきたものです。 これ以外に、在日は相撲力士になったら外登証をまわしに入れておくのか、とかのバージョンがありました。 私がこの話を聞いたのは1970年代初めでしたから、ずっと語り続けられてきたようです。 こんなバカ話を取り調べ中の警察官相手にしたとは、“ほんまにアホ”としか言いようがないですねえ。 また、そんなしょうもない昔の話を数十年経った今度の著書に書き残すなんて、やっぱり〝いちびり大阪人やなあ‥”と思いました。

 なお朴さんは「逮捕」されたと書きましたが、これは次の記述によるものです。

1986年7月8日、ついに尼崎市役所の市民課で指紋押捺を拒否‥‥ もし告発されて裁判になれば、二度目の逮捕もありうるわけで (80頁)

と、過去に逮捕歴があったことを明かしています。 それは今回の外登証常時携帯義務違反ですね。

 なお念のために申しますと、在日の外登証は1991年の特別永住制度の発足時に「特別永住者証明書」となり、その常時携帯義務がなくなりました。 今回記事のような常時携帯義務違反事件は、それより以前のことになります。     (続く)

朴一さん『在日という病』を読む(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/15/9796104

朴一さん『在日という病』を読む(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/08/21/9797365

 

【在日に関する拙論(2021年以降分)】

『在日コリアンが韓国に留学したら』を読む(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/06/9737449

『在日コリアンが韓国に留学したら』を読む(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/11/9738817

在日韓国・朝鮮人自然消滅論(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/26/9734747

在日韓国・朝鮮人自然消滅論(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/01/9736094

在日の「国籍剥奪論」はあり得ない https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/19/9732903

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李青若(3)―1990年代の在日問題 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/11/9547102