尹東柱と孫基禎の国籍について2021/07/18

 7月8日付けの『中央日報』で、「ウィキペディア日本語版に尹東柱詩人の国籍を『日本』に表記…修正を要求」と題する記事が出ました。 ↑は、それに掲載された「ウィキペディア」の部分です。 問題になったところには赤線が引かれています。

https://news.joins.com/article/24100893   https://japanese.joins.com/JArticle/280543?servcode=A00&sectcode=A10

 記事の内容は、尹東柱に関するところは次の通りです。

中国のポータルサイト「百度(バイドゥ)」で尹東柱詩人の国籍を中国と表記したことに続き、今度は日本語版ウィキペディアが尹東柱詩人の国籍を日本と表記した。

誠信(ソンシン)女子大学の徐ギョン徳(ソ・ギョンドク)教授は8日、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に投稿してこのように知らせた。

徐教授は「情報提供を受けたが、日本語版ウィキペディアでは尹東柱の国籍を日本と紹介している」と指摘した。ウィキペディア日本語版のホームページ(ja.wikipedia.org)で「尹東柱」を検索すれば、日本国籍の詩人という説明が記されている。

徐教授は「抗議のメールを送って強く修正を要求した」とし「尹東柱詩人が日帝強占期に活動したのは歴史的なファクトだが、彼は日本人でなく韓国人という事実を全世界にきちんと発信すべきだ」と強調した。

 今ウィキペディアを開いてみますと、「日本国籍の詩人」は、「中華民国時代の満州・間島出身の朝鮮民族の詩人」と書き換えられています。 おそらく徐教授の抗議があったためでしょうね。

 尹東柱の国籍については以前に拙ブログで論じたことがありますので、お読みいただければ幸甚。  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/13/9356544   要は、尹東柱は日本国籍を有した朝鮮人だったのであり、その生涯において韓国国籍や中国国籍を有したことはない、ということです。

 さらに記事では、ベルリンオリンピックのマラソン優勝者である孫基禎の国籍についても言及しています。

最近、日本は日本オリンピック委員会(JOC)のサイトでマラソン選手の孫基禎(ソン・ギジョン)氏を日本人のように紹介して論議を呼んだことがある。サイト内の「オリンピック日本代表選手団 記録検索」によると、1936年ベルリン五輪で金メダルを獲得した孫基禎選手を背景説明なしにまるで日本人のように紹介している。

徐教授は「孫基禎選手に対する紹介を歴史的背景の説明なしに『日本人』としか広報していないなど、歪曲がさらに深刻になっている状況」と指摘した。

一方、2月中国ポータルサイトの百度は尹東柱詩人の国籍を中国に表記し、民族を「朝鮮族」と表記して論議を呼んだ。徐教授は「百度側に持続的に抗議しているが、まだ変わっていない」と強調した。

 ここで孫基禎と尹東柱の二人の国籍をまとめて論じますと、 孫基禎は1912年、尹東柱は1917年の生まれです。 ところで1910年日韓併合によって大韓帝国という国家が消滅しました。 そして亡命政権とされる大韓民国臨時政府の樹立は1919年ですから、1910年から1919年までの10年間は、朝鮮人たちが属していた国家は大日本帝国です。 従ってこの時期の出生である孫基禎や尹東柱は日本国籍を持って生まれました。 

 1919年に上海に韓国臨時政府ができるのですが、世界でこれを承認する国は一つもなく、また「政府」を名乗りましたが、構成員である国民がいない状態でした。 つまり臨時政府は国籍事務をする意図も能力もありませんでした。 従って1919年以降も朝鮮人たちの国籍を証明することのできた国家機関は、引き続き大日本帝国だけでした。

 そして尹東柱は1945年2月に亡くなりました。 敗戦の6ヶ月前ですから、朝鮮は日本統治下でした。 ですから彼は生まれてから死ぬまでの間、大日本帝国の臣民でした。 彼は他の国籍を有したことがなく、日本国籍で一貫していたと言うことができます。

 ところで1945年に朝鮮は日本の植民地から解放され、南朝鮮には米軍が、北朝鮮にはソ連軍が占領して軍政を敷きます。 1948年に南に大韓民国(韓国)、北に朝鮮民主主義人民共和国(共和国)が樹立されましたから、その時になってやっと、南の朝鮮人は「韓国」、北の朝鮮人は「共和国」の国籍を有することになります。 それまでの1945~48年の3年間は国家というものがなく、国籍がなかったのでした。

 ですから孫基禎は1948年から韓国の国籍者となり、2002年に韓国国籍者として亡くなりました。

 まとめますと、孫の国籍の経歴は日本国籍(1912~45) →無国籍(1945~48) →韓国籍(1948~2002)という変遷を経たことになります。

【拙稿参照】

尹東柱の国籍は? https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/13/9356544

尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000

『言葉のなかの日韓関係』(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/09/6772455

孫基禎が学徒兵志願を訴える―親日行跡 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/09/9355293

孫基禎は植民地支配に抗議したのか?  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/03/9352492

孫基禎の写真   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/05/9353642