朝鮮民主主義人民共和国の正統性は何か?2023/11/21

 1970年代に、朝鮮総連の方と話をしていた頃のことです。 当時の在日朝鮮人は日韓条約に基づく協定永住権を得るために朝鮮籍から韓国籍へと替える人が多かった時で、朝鮮総連はこれに危機意識を持ち、韓国籍への切り替え阻止の運動をかなり激しくやっていました。 ですからその総連の方も、なぜ韓国籍を取るのが間違いであるかを一生懸命に説明してくれました。

 それは北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)にこそ国家正統性があるのであって、南朝鮮(大韓民国)には国家正統性がないということでした。 もう少し詳しく言うと、1948年に朝鮮全体で選挙を行なって代議員を選出し「朝鮮民主主義人民共和国」の樹立を決定した、それに対しアメリカ軍が支配する朝鮮南部では最初から北を無視して南だけの単独選挙を強行させて「大韓民国」という傀儡政権をつくったもので国家正統性はないという説明でしたね。 

 その時私は、朝鮮民主主義人民共和国は朝鮮全体で選挙した結果樹立された国家であるのに対し、大韓民国は南半分だけの選挙で樹立したのであるから韓国より北朝鮮の方に正統性があるし、北朝鮮が統一を目指すのは当然のことだと思いました。 ですから韓国を表示する時、総連の主張するように必ず「韓国」と括弧を付けていたのでした。

 それから今までこのこと(正統性)にさほど関心を持たなかったのですが最近になって、朝鮮民主主義人民共和国を正統であることの根拠として挙げられた全朝鮮での「選挙」について、米軍政下にあった南朝鮮ではどういう「選挙」をしたのかが気になり、ちょっと調べてみました。

 実は南朝鮮では「地下選挙」で選ばれた代表者が海州という所に集まって「人民代表者会議」を開いて最高人民会議に出席する代議員を決め、そして南北の代議員が集まった「最高人民会議」で「朝鮮民主主義人民共和国」の樹立が決定された、という経過でした。

 金石範・金時鐘『なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』(平凡社 2015年4月)という本の中に、文京洙さんが南での「地下選挙」とそれに続く人民代表者会議「海州会議」について、次のように解説しています。 なおこの本は済州4・3事件をテーマにするものですから、その事件に関連付けて解説されています。

海州会議: ‥‥北側は、南の単独選挙に対抗して、独自の議会と政府づくりを目指した南北両地域での統一選挙の方向を打ち出す。 北朝鮮地域では、直接、最高人民会議代議員(国会議員)を選出するものとされたが、それが難しい南では地下選挙で選ばれた代表者が北朝鮮の海州で「人民代表者会議」を開いて代議員を選出するという間接選挙の方式が取られた。 7月、済州島でもこの地下選挙が実施され、8月初めには、武装隊司令官・金達三など6人の南労党幹部が「人民代表」として密かに済州島を抜け出し、北に向かった。 海州の会議(8月21~26日)では金達三が演壇に立って済州島での「戦果」を報告したが、そのことは、済州島の蜂起勢力と北との結びつきを公然と示す結果となった。 4・3事件は、その出発点では警察や右翼の横暴に対する自衛的な反撃という性格を帯びていた。 しかし、いまやそれは、南北の分断政権の正統性をめぐる争いの文脈にはっきりと位置づけられ、国際冷戦の最前線に生まれた南北の分断政権が交えるかもしれない“熱戦”の前哨戦としての意味をもち始める。 (『なぜ書き続けてきたか なぜ沈黙してきたか』 263~264頁)

 「海州会議」で検索すると次のような論文で触れられており、この文さんの解説には根拠があるものと判断できます。

北朝鮮人民会議は、前述の第5次会議で最高人民会議選挙の実施を決定し、8月25日、選挙が実施され、212名の代議員が選出された。 これと時期を同じくして、8月21日から26日まで海州で南朝鮮人民代表者大会が開催された。 この大会の開催は、6月29日から7月5日まで開かれた南朝鮮諸政党・社会団体指導者協議会において、南朝鮮では最高人民会議選挙を公開で行なえないために、南朝鮮各市・郡の代表を海州に集め、最高人民会議代議員を選出することに決定したからであった。 この大会で南朝鮮の諸政党・社会団体の代表1080名が360名の代議員を選挙した。 9月2日から10日まで、南北の代議員を集めて、第1次最高人民会議が開催され、朝鮮民主主義人民共和国の樹立と政府要員が発表された。 南朝鮮の代表を形式的にせよ、参加させることによって、8月15日に樹立された大韓民国の正統性を公式に否定した。 したがって、大韓民国は完全に打倒されなければならなかったのである。 (「第2章 北朝鮮における党建設」  http://www.dce.osaka-sandai.ac.jp/~funtak/papers/S43kenkyu.htm 61~62頁)

やがて、南北朝鮮で単独政権樹立のやむなき情勢があきらかになると、北朝鮮においても、北朝鮮の政権が全国的基盤の上になりたつことを装わねばならなかったので、そのための準備に力がそそがれた。 ‥‥ 北朝鮮の発表にしたがえば、南朝鮮でも、8月上旬秘密裏に地下選挙がおこなわれ、その結果南朝鮮代表1080名が選出され、これらの代表者は8月21日から26日にかけて北朝鮮の海州で、「南朝鮮人民代表者大会」を開いて、そのなかから360名の最高人民会議代議員を選出した。‥‥ 9月9日‥ここに朝鮮民主主義人民共和国政府が成立した。 ‥‥ アメリカ帝国主義と売国奴たちが南朝鮮に単独カイライ政府を樹立し、わが民族を永遠に両断しようとして最後のあがきを見せている現在の条件のもとにおいて、南北朝鮮人民の総意によって樹立された中央政府‥‥ (尾上正男「朝鮮民主主義人民共和国の成立」 https://www.jstage.jst.go.jp/article/asianstudies/10/2/10_13/_pdf/-char/ja 27~30頁)

 南では「地下選挙」によって代表者が選出され、その代表者が北の海州に集まり「南朝鮮人民代表者会議」を開いて代議員を選出して「最高人民会議」に送り、ここで「朝鮮民主主義人民共和国」の樹立が決定された、だから朝鮮民主主義人共和国は朝鮮全体を唯一正当に代表する国家であり、南の地にできた「大韓民国」なるものは正統性がない、というのが北朝鮮や朝鮮総連の主張なのです。 これまで薄ぼんやりした知識だったのですが、ようやくはっきり分かってきました。

 それでは「地下選挙」とは何か? 名前からすると、“公開されずに秘密裏に行われた選挙”という意味のようですが、一体どのような選挙だったのでしょうか? 「済州四・三平和財団」が2016年に出版した『済州4・3事件の理解』と題する本には、済州島における地下選挙について次のように触れられています。

1948年7月中旬に南半部全域で「地下選挙」が開かれた。それは北朝鮮の政権樹立に伴うものだった。 四・三の渦中にあった済州道での地下選挙は主に白紙に名前を書いたり、拇印を押したりする場合が多いものだったが、後にそれが仇となって甚大な人命被害が発生することになる。 「白紙捺印」したことが罪になって、銃殺の原因になったのだ。 (25頁)

 どうやら「地下選挙」とは南労党(南朝鮮労働者党)の支配地域だけで行なわれたようです。 中身は南労党の指名する者を代表者として選ぶ(ただし選択肢がない)もので、しかも記名投票(投票用紙には誰がこの投票をしたかが分かる)で、信任の白紙投票しかできなかったようです。 これを「民主主義」と呼べるかどうかは難しいところです。 だいたい共産主義政党・国家の選挙というのはこういうもので、彼らはこれを「民主的」だと言い張るからです。 我々の常識からすると、かけ離れています。

 中身はともかく、朝鮮では北も南も含めて全朝鮮で一応「選挙」なるものが実施され、「最高人民会議」が開かれて朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)が樹立されたのでした。 ですから北朝鮮は自分たちこそが朝鮮全体の唯一正当な国家であり、南に作られた「大韓民国」は傀儡であると否定することになります。 つまり北朝鮮は、南に攻め入って韓国を消滅させて朝鮮の統一を成し遂げるという大義名分を獲得したのでした。 この大義名分に基づき北朝鮮は2年後に朝鮮戦争を起こし、その後は韓国に工作員や戦闘員を潜入させたり、韓国を変革させる運動を支援・扇動するなどして現在に至っています。 朝鮮統一を成就せねばならないのは我が北朝鮮であるという大義名分は、今なお継続して生きています。 だから朝鮮の統一は、韓国と協議するものではないとなります。

 50年前に朝鮮総連の方から、北朝鮮は朝鮮全体で行なわれた選挙によってできた国家だから正統性がある、対して韓国は正統性がなく存在してはならない国だと説明してくれたことが今やっと理解した次第です。 ちょっと遅すぎですね。 

 周囲の人々は平和と和解を望んで、北朝鮮も韓国もお互い国家として認め合って統一に向けた話し合いをすればいいのではないかと思うでしょう。 また数年前に北朝鮮の金正恩総書記と韓国の文在寅大統領とが話し合ったのは互いに国家として認めたということではないのか、とも思うでしょう。 しかしこれは北朝鮮にとっては、南の政権がすり寄ってきたから相手にしてやった、となります。 別に言うと、朝鮮統一の協議はアメリカだけが相手であって、南はそのアメリカの橋渡しをやるというので付き合ってみただけで、韓国はいつまでも否定の対象である、ということに変わりはありません。

 まとめますと、「朝鮮民主主義人共和国」は全朝鮮を代表する国家であり、だから南朝鮮をも支配・統治することが当然であり、「祖国の統一」とはそれを意味する、というのが北朝鮮・朝鮮総連の考えで、その根拠はかつて南で実施された「地下選挙」である、というのが今回のお話です。

 なおもう一方の「大韓民国」の正統性については、拙論では下記で少し触れましたので、ご笑読いただければ幸い。 要は、韓国は国連決議195号(Ⅲ)に示される限りの正統性が国際的に認められている、ということです。 韓国は南だけでの選挙によって韓国政府が樹立されたのであって、全朝鮮を支配・統治することが認められたのではありません。 韓国が北朝鮮に攻め入って併合するような統一(いわゆる北進統一)は認められていないのです。  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dairokujuudai

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