体験談にはウソがある2025/05/29

 2025年5月17日付けの毎日新聞連載コラム『土記』に、 専門編集委員である伊東智永さんの「戦後80年の敗戦後論」と題するコラムがあります。 https://mainichi.jp/articles/20250517/ddm/002/070/132000c (ただし有料記事)

 文芸評論家の加藤典洋さんを素材にして、戦争体験談の継承について論じているのですが、そのなかに次の一文に目が行きました。

戦争体験者の証言をどう継承するか。 それを何より正しい実践と信じる平和愛好家がいる。 体験談をとことん聞き取った経験のある人なら、当事者は必ず「うそ」をつくと知っている。

 コラムでは先の戦争の体験談の聞き取りについて、「当事者は必ず『うそ』をつく」とあります。 「必ず」というのはちょっと言い過ぎのような気がしますが、戦争でなくても体験談には「うそ」が混じるものです。 体験談は「オーラルヒストリー(口述歴史)」とも言いますが、これには「うそ」がつきものであり、そのまま信じることが危険であることは、私は拙ブログでも論じたことがあります。 

オーラルヒストリー(口述歴史)の危険性 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/11/16/9317033 

 戦争でも災害でも事件でも何でもそうですが、自分が直接体験した範囲での話に限るなら「うそ」は少ないものです。 しかし様々な間接情報が入ってきたり、あるいは年が経つにつれ、「うそ」が多くなります。 正確な記憶の希薄とともに錯覚や誇張が生じたり、思い込みや後付けの知識が加わったり、実際に体験していないことまでも語り出したり、時には何かを隠そうと虚偽を言う場合も多々あります。 ですから上記のコラムにあるように、「体験談をとことん聞き取った経験のある人なら、当事者は必ず『うそ』をつくと知っている」のです。

 拙ブログでは、在日の著名な作家である金時鐘さんが公開しているご自身の体験談を検証してみて、悪意はないと思われますが、「うそ」がかなり混じっていることを見つけました。 金さんは著名人であり、また多くの研究者が彼を研究対象としてきたのですが、彼の体験談はさほど検証されてこなかったのだろうと思われます。 しかし「うそ」はやはり困ったもので、これによって彼自身の価値が下がることにもなりましょう。 私は他人の欠点を見つけるのが得意な性格(嫌われますねえ)と自覚していますので、この作業はこれからもしばらく続けるつもりです。

 体験談は貴重な歴史証言ですが、そこに「うそ」が含んでいる可能性があることを常に念頭に入れて読まねばなりません。 ですから当時の社会状況や関連する法・ルールをよく知った上で読んでいき、疑問や矛盾があれば何故それが生じたのかということまで追究する必要があります。 また違う場所にいた人や違う考え方を有している人など、できるだけ多くの人からの体験談も合わせて読むことによって、その信用性を確認することも重要です。

 皆さまには、誰かの体験談を読むときには出来る限り検証してみることをお勧めします。