オーラルヒストリー(口述歴史)の危険性2020/11/16

 オーラルヒストリーというのは関係者から直接話を聞いて記録する歴史のことです。 人間というのは、本人が実際に体験したりして印象に残ったことだけを記憶する場合が多いものです。

 しかしその体験部分だけは事実でも、前後の脈絡が変であったり、時代に合わなかったりすることがしょっちゅう出てきます。 また誇張・錯誤も多いし、後付けの知識で語ったり、時には何かを隠そうとして虚偽を言う場合もあります。

 従ってオーラルヒストリーをしようと思えば、当時の社会状況や歴史をかなり細かく知った上でやらないと、間違った記録が残ってしまうことになります。 私の経験から、二つお話しします。

ある在日女性が子供時代の思い出話で、戦争中に民族差別にあったと話した。 曰く、学校で朝鮮人だけ集められて、それまで仲良くしていた日本人の友達と別れることになり、悲しくて泣いた、というものだった。

 当初これは戦中の民族差別事象だと思ったのですが、どうもおかしい。 戦前・戦中の日本本土の学校で、朝鮮人だけを集めるということはなかったはずで、当時の歴史には全く出てきません。 出てくるのは戦後で、在日朝鮮人連盟が中心になって朝鮮人学校を設立し、そこにそれまで日本の学校に通っていた朝鮮人生徒を集めて朝鮮語を教えたというのが出てきます。 

 これしか考えられなくて、改めてその女性の年齢を見ると、戦中から戦後にかけて学齢期であることが分かりました。 つまりこの女性は、朝鮮人の子供ばかりが集められて差別されたという記憶があって、それを戦争中のことと思い込んでいたことが判明しました。 ですからこれは「民族差別」ではなく、「民族回復」だったのです。

 このようなオーラルヒストリーは検証しなければ、戦中の厳しい「民族差別」事例として間違って記録しただろうと思います。 次にもう一つ、挙げます。

「朝鮮人強制連行」があったかどうか世間で議論になっていた時期に、あるキリスト教会の韓国人牧師が、戦中に強制連行は確かにあった、自分が子供の時に目の前で畑から兵隊が人を無理やり連れ出すのを見た、この目で確かに見た、と言った。

 牧師さんからこの話を聞いたとき、当初はやはり強制連行は本当だと思ったのですが、どうも変なのです。 牧師さんの年齢からすると太平洋戦争中ならごく幼い時期ですから、そんなに鮮明に記憶しているものなのか、という疑問です。 それに当時の歴史では、朝鮮は植民地化されていたとはいえ治安は比較的よかったとあります。 もし民間人を軍隊が強制連行することはあり得るとしたら一体どういう状況だったのか、という疑問が湧きました。 

 韓国の歴史を調べると、朝鮮戦争中に朝鮮人民軍が攻め込んだ際、その占領地では地主・資本家・反動などと目された者を連れ出し、人民裁判にかけたとあります。 改めて牧師さんのことを調べると、この方の住所は朝鮮戦争では朝鮮人民軍の占領地に当たる地域で、年齢からすると小学生であり、そしてその方はこの戦争後に来日したことが分かってきました。

 とすると彼が見たという「強制連行の記憶」は日本の戦時中ではなく、その数年後の朝鮮戦争中の出来事ではないか、だから強制連行したのは朝鮮人民軍ではないか、という推定ができます。 目の前で強制連行されたのはおそらく事実でしょうが、それが日本の強制連行の歴史の資料と断定するには躊躇せねばならず、北朝鮮による強制連行の可能性があるとすべきところです。

 オーラルヒストリーは、本当の真実を語っていれば矛盾や疑問は出てきません。 むしろ、へー!そんなことがあったのかと感心し、新たな知識を得ることが多いものです。 しかしそこに何か不自然なことがあると、そしてその不自然さが消えないとなると、果たしてこの人の言っていることは本当なのか、何か勘違いしているのではないかと疑わざるを得なくなります。 だから歴史資料としての価値が減じることになります。

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