李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行2022/11/30

 本棚を整理していたら、『在日韓国人三世の胸のうち』(李青若著 草思社 1997年1月)が出てきて、そう言えば昔こんな本を読んだなあと懐かしく思い、二十数年ぶりに読み直しました。

 当時の在日韓国・朝鮮人は、強制連行で来日した朝鮮人およびその子孫で、日本のさまざまな厳しい差別に呻吟している人たちというイメージが強い時代でした。 特に学校の先生には在日問題に熱心な人が多く、授業で強制連行の歴史や民族差別などを生徒に教えることも少なくありませんでした。

 そんな時代にあって、ある在日韓国人が自分の家族史や同じ在日との付き合いを通して、強制連行や民族差別などのイメージに対して大きな違和感を抱いたことを正直に語ったのが李さんの『在日韓国人三世の胸のうち』という本でした。 私は「そうだそうだ、その通りだ!」と膝を打ちながら読んだものでした。

 しかし世間では在日に対するイメージが上述のように日本帝国主義の被害者だとするものばかりで、李さんの本はそれとかけ離れていたせいか大きな話題にはならなかったという記憶があります。 そんな本を久しぶりに読み直したというわけです。

 著者の李さんは1965年生まれで、父親は一世、母親は二世。 この本を出したのが1997年ですから、本の内容は彼女が1980~90年代に体験して得た知識が中心になります。 まずは当時の日本で定着していた「強制連行説」です。

私が在日韓国人だというと、多くの人は私のことを、無理矢理日本に連れてこられた韓国人の孫だと思うようでした。 私が、祖父たちは仕事をしにやって来て、そのまま日本に留まったんですというと、相手の人はとても驚くのです。

こんなにも在日のことが報道され、その存在が知られているのに、在日はどのような歴史的背景を持っているのか、どのような事情で日本に渡ってきたのか、どうして日本で暮らし続けているのかといった、基本的なことが分かっていない人が多いのは不思議な気がしました。(以上10頁)

 1990年代までは「強制連行説」が幅を利かせていましたから、在日が目の前に現れたら「あなたも強制連行された朝鮮人の子孫で、日本社会から厳しい差別を受けて本名を名乗りたくも名乗ることができず、指紋押捺を強制されて犯罪者扱いされるなど、塗炭の苦しみを味わっている、可哀そうな人なのだ」というステレオタイプで見る人が多く、そのイメージをそのまま当の在日に語りかけていたのです。

 そんな時代でしたから、李青若さんは自分が在日韓国人だと名乗ると相手から「無理矢理日本に連れてこられた人」と反応されたというのは、当時としては珍しくありませんでした。

 李さんは、家族が来日した経緯について聞き書きしています。 まずは李さん母方の祖父である在厳ハㇽベ(ハㇽベは「おじいさん」という意味の方言)の話です。

在厳ハㇽベは1930年頃、たった一人で韓国の田舎から日本へ出稼ぎにやって来た。 もともとは小作農で畑を耕していたのだが、日本で働いた方が稼ぎがいいと考えたのだろう。‥‥祖父はつてを頼って仕事を見つけると、ヒョイと日本に渡ってきた (36頁)

在厳ハㇽベはというと、しばらくは工場で働いていた。 何の工場か分からないが、旋盤を使っていたと聞いたことがあるから、機械か部品を作る工場の労働者だったのだろう。‥‥何度か職を変えたそうだが、やがて屑鉄屋をするようになった。(37頁)

いろいろ苦労はあっただろうが、それでも働けば働いた分だけ見返りはあったそうだ。 そのうち最低限の生活基盤もでき、家族を本国から呼び寄せた。 妻と子供二人が渡日し、それから祖父母は五人の子供をもうけた。(37頁)

 李さんの母方家族は、このようにして日本での生活が始まりました。 男性が日本で生活基盤を築きそこに家族を呼び寄せる、これは当時の在日朝鮮人の普通によくあるパターンですね。 李さんの母親はこのハㇽベのもとで生まれた二世です。

 次に李さんの父親です。 祖父の成泰ハㇽベが先に日本で働いていて、その元に家族が呼び寄せられて来日します。 

1955年(昭和30)、父は17歳の時に成泰ハㇽベを頼って日本に渡ってきた。 息子にきちんとした教育を受けさせたいからこちらに寄越すようにという手紙が、順伊ハㇽメ(「おばあさん」の方言)宛に届いたのだ。(52~53頁)

 以上のように父方の祖父もまず最初に渡日して働いて生活基盤を築き、そこに故郷から家族を呼び寄せています。 父親は17歳まで韓国で過ごしていますから一世で、しかも戦後の来日です。

 私も1980年代に20人以上の在日一世から聞き書きしましたが、同じような話でした。 男性の場合、日本語ができなくても一生懸命に働いてお金を貯め、生活できるようになってから朝鮮の故郷に里帰りしてお見合い結婚し、新妻を日本に連れて帰ってきたというような話であり、女性はそんな男性の下に嫁に来たというような話です。 自らの意志に反して無理矢理連れてこられたという「強制連行」という話は全くありませんでした。(下記【拙稿参照】)

 李さんも  

以前、在日は強制連行によって日本に来た朝鮮人とその子孫だと書いてある本を読んで驚いた。 少なくとも私の周囲には、仕事をしに渡ってきたか、朝鮮戦争を逃れてきた人しかいない。(36頁)

と書いています。 

 私は20年ほど前に、HPで「『強制連行』考」を発表しました。 昔に書いたものですから、間違いがあります。 汗顔の至りです。

【拙稿参照】

「強制連行」考     http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuhachidai

「朝鮮人は朝鮮に帰れ」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunanadai

韓国語の雑学―賻儀2022/11/26

香典袋とクレヨンしんちゃんシール

 「賻儀」なんて、日本人は知らないでしょう。 お葬式に参列する時に出す「香典」の意味です。 ハングルでは「부의」で、これを使う場合もありますが、漢字で「賻儀」と書いて香典袋とすることも多いです。 漢字を廃止した韓国ですが、葬式などの儀式の場合には漢字が今でも使われます。 他に「謹弔」「訃告」など。

 韓国では漢字教育がなくなりましたので、韓国人、特に若い人は漢字を全く読めなくなってきています。 そのために韓国大企業のある担当者が「賻儀」と書かれた封筒の意味を知らず、消費者からの苦情のお詫びにこの封筒を使ったというトンデモない事件がありました。 ソースは、2022年11月22日付けの聯合ニュースです。 https://www.yna.co.kr/view/AKR20221121051800505?section=search

 訳してみました。

ロッテ製菓が製品に苦情を言ってきた顧客に香典袋を送り、論議を呼んでいる。

(ソウル=聯合ニュース) キム・デホ記者= 慶尚南道梁山市(キョンサンナムド・ヤンサンシ)に住む専業主婦Aさんは11日、近くのコンビニでロッテ製菓の菓子「ペペロ」を購入した。 アニメーション「クレヨンしんちゃん」のキャラクターが描かれた箱と製品に入っているシールが欲しかったAさんは、ペペロを箱ごと買った。  ところが、その箱には表に描かれたものとは違うペペロ製品が入っており、シールもなかった。

Aさんは週明けに、コンビニを通じてロッテ製菓担当者に連絡したところ、担当者からシールを送るという回答があった。  しかし今月17日ロッテ製菓から送られてきた箱を開けてみて、驚いて泣いてしまったという。  自分の欲しかったキャラクターのシールが香典袋に入れられていたからだ。 Aさんは「封筒を見るやいなや恐ろしく、鳥肌が立って手が震えた。 私は信心深い方なので、これには非常に憤りを感じた」と話した。

Aさんは、「最近事故で足を怪我して手術を受け、今治療を受けているせいなのか、香典袋が本当に不吉に見えた」とし、「その前に、ロッテ製菓の担当者からコンビニに直接行って製品を交換してほしいと言われたのが最初だった。 その時は体調が悪くて動けないという事情を言ったのだが」と話した。 Aさんの夫はロッテ製菓側に、「足を怪我したことを知っていながら香典袋を送ってきたのは、死ねという意味ではないか。 常識からして呆れる」と抗議した。

ロッテ製菓担当者はこれに対して、「絶対に悪意がなく、ミスだった。 お客様にお詫びする。 無地の袋を使おうとしたのだが、ちゃんと確認せず、ミスが発生した。 シールの余分があったので顧客の要請に応じた」とし、「消費者に直接会って心を傷つけた点をお詫び申し上げたい」と明らかにした。

また、ペペロの包装箱と中身が異なるのは「シールが入っている製品が早く売り切れたため、コンビニが自主的判断で他のペペロ製品を入れて販売したため」と説明した。

 以上です。 韓国語の「賻儀」は、漢字を知らない今の韓国人には単なる模様でしかないようです。 漢字は韓国文化から消えつつあるのですねえ。

【拙稿参照】

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/10/7183064

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(2)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/12/7190236

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(3)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/15/7193473

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(4)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/19/7197589

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(5)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/22/7200651

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(6)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/27/7205232

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(7)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/31/7208311

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(8)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/02/7210006

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(9) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/05/7213236

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(10) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/08/7216206

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(11) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/10/7218555

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(12) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/09/7240684

『韓国が漢字を復活できない理由』(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/15/6982629

『韓国が漢字を復活できない理由』(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/18/6985544

『韓国が漢字を復活できない理由』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/20/6987935

『韓国が漢字を復活できない理由』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/21/6989129

『韓国が漢字を復活できない理由』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/23/6990160

『韓国が漢字を復活できない理由』(6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/25/6991952

『韓国が漢字を復活できない理由』(7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/26/6992771

『韓国が漢字を復活できない理由』(8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/28/6994523

韓国語の雑学―将棋倒し http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/15/9235466

韓国語の雑学―下剋上  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/22/9237987

韓国語の雑学―「クジラを捕る」は包茎手術の意 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/10/9325273

韓国語の雑学―내로남불(ネロナムブル) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/04/9334079

韓国語の雑学―東方礼儀の国    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/17/9388692

韓国語の雑学―동족방뇨(凍足放尿)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/09/02/9418323

「いわれなき差別」あれば「いわれある差別」あり2022/11/22

 毎日新聞の10月29日付けに、「変わる地域、関わる「表現」/下 劇場育む東九条の文化つなぐ=蔭山陽太」という記事がありました。 ただし有料記事ですので、関心のある方は図書館にでも行ってください。 https://mainichi.jp/articles/20221029/ddf/012/040/006000c

 東九条は京都市にあって、日本でも有数の朝鮮人集中地区(いわゆる朝鮮部落)です。 この地区が文化の町として大きく変わりつつあるという記事です。 その中に次のような一文がありました。

1910(明治43)年、日本が朝鮮半島を植民地として統治下に置いた「日韓併合」以来、この地域には朝鮮半島から多くの人々が職を得るために移住し、戦後も敗戦からの復興や高度成長期の大規模公共工事などに従事しながら劣悪な居住環境の下、いわれなき差別や偏見を受けながらも助け合って生活を続けていた。

 このなかで「いわれなき差別や偏見」という表現に目が行きました。 「差別・偏見」に修飾する「いわれなき」というのは、一体何だろうか? という疑問ですね。 「差別・偏見」という四文字ではややこしいので、「差別」の二文字で使います。

 「いわれなき差別」があれば、当然「いわれのある差別」もあることになります。 「いわれ」というのは理由(あるいは由緒・由来)という意味ですから、差別には「理由のない差別」と「理由のある差別」の二種類があることになるでしょう。 それでは「いわれ(理由)のない差別」とは何であり、逆に「いわれ(理由)のある差別」とは何か。 ここでは後者の「いわれのある差別」について、部落差別を例にとって考えてみたいと思います。

 「いわれのある差別」を考えるのにちょうどいい例が、最近の『文芸春秋』にありました。 西岡研介さんの「部落解放同盟の研究」と題する論稿です。 全部で6回の連載ですが、そのうちの最初のものがインターネットで公表されています。 https://bungeishunju.com/n/nf91af6b0651d

 西岡さんは、部落差別には次のような「いわれ(理由・由緒・由来)」があるとしています。

近世封建社会における身分制度の残滓であり、江戸幕府、明治政府には民衆の分断統治に用いられてきた「部落差別」。 いまだ社会や人々の意識の奥底に潜み、かつては日常のあらゆる局面で、そして今なお結婚などの際に、その醜悪な姿を現わす。 こうした封建時代から脈々と続く部落差別

 このように「近世封建社会における身分制度の残滓‥‥こうした封建時代から脈々と続く」と、部落差別の「いわれ」を解説しています。 つまり部落差別は「いわれのない差別」ではなく、ちゃんとした「いわれがある差別」というわけです。

 そして西岡さんは、被差別部落を代表すると考えられている部落解放同盟について、次のような認識が広まっていると論じています。

戦後75年の歴史の中で、一部過激化した糾弾闘争によって、「暴力集団」という負のレッテルが貼られた

 ここでは「一部の過激化した糾弾闘争」が理由となって、「暴力集団」という差別的な「レッテルが貼られた」としています。 解放同盟は先に言ったように被差別部落を代表するとされていましたから、「暴力集団」というレッテルは部落差別そのものであり、それには理由があったということになります。 記事ではその具体例の一つとして、「八鹿高校事件」を取り上げています。 つまり西岡さんは、部落差別はその代表団体である解放同盟のために「いわれのある差別」となっていると論じているわけです。

2000年代に入ってから、後述する「同和対策事業」をめぐる不祥事が相次いで発覚。 「同和利権」と大々的に報じられ、「利権集団」というイメージが、今なおつきまとっている

 ここでは「利権集団」という差別的イメージが強く残っている理由として、「『同和対策事業』をめぐる不祥事」が取り上げられています。 不祥事は主に被差別部落を代表する部落解放同盟が犯したものですから、ここでも部落差別は「いわれのある差別」ということになります。

 解放同盟をめぐる不祥事は「飛鳥会事件」「ポルシェ中川事件」「北九州土地転がし事件」「モード・アバンセ事件」等々、その他に部落差別の自作自演事件などもあります。 下記の【拙稿参照】で挙げていますので、ご笑読いただければ幸い。

 さらにヤクザ・暴力団という反社です。

解放同盟も同盟員の思想の左右を問わず、さらにはヤクザからインテリまで様々な人々が集う組織となった

 ここでは西岡さんは、解放同盟にヤクザが加わっていることをはっきりと認めています。かつて解放同盟にヤクザ・暴力団が多数入っていたのは公然たる事実で、解放同盟自身が飛鳥会事件の際にそれを認めており、公表しました。 これについて拙ブログでも取り上げたことがあります。  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/04/1482616 

 ヤクザ・暴力団を社会から排除するのは一般常識となって久しいですが、解放同盟はそういった反社の人を組織内に多数抱えていたのでした。 しかし解放同盟からはそういった反社を追放したとかいう情報は聞こえてこないし、反社を真人間にするためのプログラムがあるという話も聞いたことがありません。 解放同盟はヤクザ・暴力団と関係の切れない組織であると考えるのは、やむを得ないでしょう。

 被差別部落を代表する解放同盟がそうであるなら、部落自体もそうだろうという差別的イメージが持たれるのはどうしようもないと思うのですがねえ。 解放同盟はもはや部落を代表してはならないと考えるのですが、どうでしょうか。

 最初東九条の話のつもりが、関係のない部落差別の話になってしまいました。 「いわれのない差別」があれば「いわれのある差別」がある、その「いわれ」とは何かを考えるうちに部落差別には「解放同盟」という「いわれ」があるという話になったという次第です。 

 解放運動がなかったら部落差別はもっと早く解決しただろうに、と思います。 一方、韓国では解放運動がなかったために「白丁差別」は実質的になくなったと言えます。 「白丁」は差別用語として一部で残っているだけでしょう。

 また韓国では「白丁」という名前の焼肉チェーン店が展開しており、日本にまで進出しています。 それが何も問題化されていません。 そこが日本の部落差別との違いですね。 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/08/26/9415503

【拙稿参照】

ラムザイヤー教授の部落論(1)―同和対策事業 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/12/26/9450880

ラムザイヤー教授の部落論(2)―同和事業の裏では http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/12/31/9452108

ラムザイヤーの部落論(3)―解同の不祥事はいっぱい http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/05/9453615

ラムザイヤーの部落論(4)―解放運動はお金が儲かる http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/10/9454916

ラムザイヤー部落論(5)―反社に行く者,地区から出る者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/15/9456213

ラムザイヤー教授の部落論(6)―エセ同和行為 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/20/9457467

ラムザイヤーの部落論(7)―同和事業の終了で正常化へ https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/25/9458701

差別の自作自演事件       https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/06/9385057

解放運動に入り込むヤクザ     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/04/1482616

【韓国における「白丁」】

日本進出の焼き肉店「白丁」    https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/08/26/9415503

韓国ドラマに出てくる「白丁」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/05/31/3552264

韓国映画に出てくる「白丁」   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/13/8070271

韓国の有力紙に出てくる「白丁」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/30/8121172

脱北者団体が使った「白丁」という言葉 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/08/9056977

「개백정」とは何か?      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/12/29/9018451

「白丁」について       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/05/03/8841899

韓国の進歩系も使う「白丁」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/01/17/9202929

「白丁」考         http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuunanadai

これは民族名と言えるのだろうか(2)2022/11/15

 何十年も昔ですが、ある大学の朝文研(朝鮮文化研究会)の人から聞いた話です。 当時は大学当局から韓国・朝鮮人学生の名簿をもらうことができて、その名簿を使って韓国・朝鮮籍学生を一人一人訪ねてオルグしていました。 その中に「李みどり」という名前の学生がいたと言うのです。

 実際にその学生に会うと、外国人登録証には確かに「李みどり」と書かれていたのでした。 つまり、ひらかな名の「みどり」が本名だということが判明したのです。 ならば本名を名乗って民族を取り戻そうという「本名を呼び名乗る運動」は一体どうなるのか、大いに戸惑ったと言っていましたねえ。

 在日は通名として日本風の名前(例えば「貞子」さん)を使うか、あるいは漢字名の本名(例えば「貞淑」さん)を日本読みして「ていしゅく」とするようなことが普通です。 しかし本名が「みどり」であるならハングル読みしても「미도리(ミドリ)」とするしかなく、これで「本名を取り戻して民族を自覚」とか「民族の誇り」なんて言えるのか、疑問になります。

 これまた昔の話、「朴早智」という名前の在日女性がいました。 ただしこの人はハングル読みをせず、「ぼく・さち」でした。 もしハングル読みをすれば「パク・チョジ」となります。 韓国語に詳しい人なら分かると思いますが、「チョジ」という名前は韓国ではあり得ません。 「좆(チョッ)」は男性のペニスを指し、それに「이」を付けて「좆이(チョジ)」と発音すれば「おちんちん」という意味になるからです。

 卑俗語(スラング)ですから普通の辞書には載っていませんが、「早智」をハングル読みした「チョジ」は韓国ではあり得ない人名なのです。 まさに「좆같은 놈」(直訳すれば〝チンポみたいな奴″で、意味は〝憎たらしい奴″となる)です。 もし「早智」さんが民族に目覚めてハングル読みをすれば、本国ではとんでもないことになっていただろうと想像します。

 朝鮮学校に通っていた人に、もしこんな子供が入学しに来たらどうなるのかと聞いたら、校長先生がちゃんとした民族名をつけてくれるとのことでした。 民族を大事にするなら、それまでの日本風の名前ではなく新たに民族名をつけて通名とするのが正解のように思うのですが、どうでしょうか。

 外国人は通名を登録する(ただし一つだけ)ことができて、その名前で銀行口座を開くことができます。 外国人の通名制度は外国人が生活するには便利にできている制度ですから、これをうまく利用すればいいということですね。 (終り)

【拙稿参照】

ヘイト投稿者への損害賠償請求訴訟 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/11/28/9443703

二つの名前を持つこと          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072

在日の本名とは?            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

通名を本名と自称する在日        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

日本名を本名とする在日朝鮮人      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

在日の通名使用の歴史は古い       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526

ある在日の通名騒動記          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

外国人が通名で銀行口座を設ける場合   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/13/6945717

外国人の名前              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/16/6948002

在日の通名は特権ではない        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

通名登録制度を悪用した事件       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887

本名強要は人格権侵害ー判決       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561

「本名を呼び名乗る運動」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

(続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

「本名の朝鮮語読み」考    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuichidai

「通名と本名」考       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

「左」が担った「通名禁止」運動(3)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710

外国と日本の文化の違い―卑猥語(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/18/9358120

人に卑猥語を言わせるトンデモ俗悪人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/28/9351491

大阪の民族学級―本名とは何か  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271

これは民族名と言えるのだろうか(1)2022/11/10

 ここ何年間か、ヘイトの被害者として「崔江以子」さんという在日女性の名前がマスコミにしょっちゅう出てきます。 彼女は自らを「チェ・カンイジャ」と名乗っています。 ここで違和感を抱きます。 余りに日本風の名前である「江以子」をハングル読みすれば確かに「カンイジャ」ですが、こんな名前を「民族名」と言えるのだろうかという疑問です。

 同じような例として、去る8月の毎日新聞に、在日の男性で「金竜太郎(キム・ヨンテラン)」という方が出てきました。 https://mainichi.jp/articles/20220812/k00/00m/040/004000c   「竜太郎」というこれもまた余りにも日本風の名前をハングル読みした「ヨンテラン」は、はたして民族名と言えるのであろうかということです。

 そういえば1970年代に在日の「本名を呼び名乗る」運動が起きた時、ある学校の先生から、本名が「一二三」という在日の子がいるが、これをハングル読みした「イリサム」と呼んでいいのか、韓国ではあり得ない名前だと言われているのだが‥‥という提起がありました。

 また1990年代になって従軍慰安婦問題が大きく取り上げられ始めた時期に、この問題に取り組む活動家の「金伊佐子」さんは自分の名前を「キム・イサジャ」と名乗っていました。 「伊佐子」という三文字の名前自体が日本風なので民族名といえるのか疑問なのですが、これを「イサジャ」と一見ハングル読みしているかのように言っていることにビックリしました。 実は「佐」はハングルでは「좌(チョア)」と読むのであって、「サ」とは読みません。 つまり「イサジャ」は日本語とハングルのチャンポン読みなのです。 こうなると、民族名とするには更に違和感が強くなります。

 下の名が漢字三文字で「江以子」「竜太郎」「一二三」「伊佐子」のような日本風の名前は韓国・朝鮮の民族文化に馴染まないと思うのに、それを更にハングル風に読むことに何の意味があるのだろうかと思った次第です。 本人に聞くしかありませんが、自分の民族的アイデンティティということであれば、大いなる疑問を感じます。

 在日は日本で生まれ育っていますから民族文化を知らず、名前が日本風になる場合が出てくるのはやむを得ないでしょう。 しかしそんな日本風の名前を敢えてむやみにハングル読みをするのは、民族文化への冒涜のような気がするのですが、いかがなものでしょうか。 (続く)

4・3事件―ハンギョレ新聞も南労党を隠ぺい2022/11/03

 韓国のハンギョレ新聞に「ヤン・ヨンヒ監督「記憶を失っていく母…日本人婿に打ち明けた済州4・3」と題する記事がありました。(2022年10月21日付け)

https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1063651.html?_ga=2.176699488.433915441.1666479846-33680394.1595957328 https://japan.hani.co.kr/arti/culture/44898.html

 ヤン・ヨンヒ監督の『スープとイデオロギー』という題名の映画を紹介するものです。ヤン監督の母親は済州島4・3事件の際に日本に密入国した方で、長年その事件を語ってこなかったが、娘のヤン監督が日本人男性と結婚したことを契機に事件を語り出したというドキュメンタリー映画です。

 この記事を読んで一番の違和感は、「南労党(南朝鮮労働党)」が全く出てこないことです。 4・3事件を簡単に概説しますと、

 1948年の4月3日までの済州島では、南労党を中心に単独政権に反対する活動が活発で、それに対して警察や右翼(西北青年会)による激しい弾圧が続いていた。 そしてこれに対抗して4月3日の未明、南労党の武装組織(遊撃隊とか山部隊、武装隊と呼ばれる)が決起し、警察署12ヵ所と警察官・右翼の家を襲撃したことから始まるのが「4・3事件」である。

 当初は南労党側が圧倒的優勢で、済州島における単独選挙の阻止に成功し、選挙は延期された。 その後も南労党の優勢が続くのだが、本土から軍部隊が応援に入り、形勢は互角となる。 そして両者の赤色テロと白色テロの応酬のなか、警察・軍側が優勢となる。 単独選挙は翌年の5月に実施された。 南労党はどんどん縮小していき、少数の残存部隊が1953年まで活動を続けたのであるが、結局は壊滅した。

 事件のあらましは以上ですが、事件の当事者であるはずの「南労党」がハンギョレ新聞の記事には全く出てこないことに、大きな違和感を持つのです。

 事件では、済州島の住民は赤色テロと白色テロの激烈な闘いのなかでどちらかを選択することを強制されます。 南労党側についた村は警察・軍側から見ればパルゲンイ(赤)の村と見なされましたから、過酷な弾圧の対象となり、白色テロが横行しました。 パルゲンイ村は漢拏山の中山間部に分布しており、生業の畑作や牧畜がほとんど不可能になりました。 村人は生活に困難を極め、多くの人が日本へ密航しました。 ヤン・ヨンヒ監督の母親もこの時に日本に来たようです。 ですから、おそらくパルゲンイ村の村人だったのでしょう。 記事では次のように続きます。

2018年に母を連れて4・3事件70周年の犠牲者追悼式に参加するために済州を訪れた‥‥母の初めての帰郷だった。 「母は韓国に行くことを怖がっていました。 もう民主化されて、4・3事件も政府が認めて、平和公園もできたのだと言っても信じませんでした」。 若い頃は、北朝鮮を強く信じる母は何も知らないのだと思っていたが、韓国では銃刀で脅され追い出されるように日本に渡り、日本では数十年間差別されたことで、「心の故郷、祖国が本当に欲しかった人なんだな。 つらいことがあった人ほど信じるものがなければ生きていけないけれど、母には北朝鮮が信じるものだったんだな」ということを理解した。

 母親が「北朝鮮を強く信じた」理由は、4・3事件では南労党側にいて凄惨な白色テロを見たからではないかと考えられます。 以上のような経緯でしたから、記事に南労党が出てこないことに私が大きな違和感を持つのはご理解いただけるでしょう。

 次に、日本人婿の荒井さんの発言にも、大いなる違和感を持ちました。

荒井カオルさん‥‥は「4・3事件は日本の植民地支配の責任とも結びつく歴史だ。日本人が、外国の歴史ではなく自分の祖母や祖父につながる過去だということを映画を通じて知ってくれれば」と語った。

 1945年の解放(終戦)時に、日本は植民地としていた朝鮮の統治を終了させ、その後の治安・経済・政治の全てを現地の朝鮮人に任せて、朝鮮から去りました。 解放後の朝鮮は全的に朝鮮人たちが責任を負うことになります。 4・3事件はその解放から3年も経って発生した事件です。 事件当事者である南労党も警察・軍も朝鮮人たちが自らつくった組織なのであって、日本は関係ありません。

 その南労党と警察・軍との双方が悪魔と化して狂気のテロを互いに繰り広げたのが4・3事件です。 つまり解放後の朝鮮人(韓国人)たちは自らの行く道を自ら選び、そして敵対関係となって殺し合いの闘争をしたのです。 そんな事件がなぜ「日本の植民地支配の責任と結びつく」のか、もう全く理解できません。 荒井さんという方は歴史をどのように勉強されたのでしょうかねえ。

【拙稿参照】

済州島4・3事件の赤色テロ(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/10/8890890

済州島4・3事件の赤色テロ(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/18/8896622

済州島4・3事件の赤色テロ(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/23/8900976

済州島4・3事件の赤色テロ(4)-警官家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/30/8906338

済州島4・3事件の赤色テロ(5)―右翼家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/05/8909472

済州島4・3事件の赤色テロ(6)―評価は公平に http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/10/8912907

4・3事件-南労党を隠ぺいする読売解説 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/11/19/9000560

4・3事件 南労党を隠ぺいする毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/02/29/9218957

南労党を隠ぺいする韓国マスコミ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/04/9055271

韓国映画『チスル』      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/06/01/7332806

韓国の「満州我が領土説」2022/10/27

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/10/20/9534539 の続きです。

 前回で韓国では「対馬我が領土説」が跋扈している話をしました。 ついでに言うと、韓国ではもう一つ「満州は我が領土」と考えている人も少なくありません。 古代の高句麗・渤海の故地である満州は、元々わが国の土地だというものです。 最近、中国の博物館が韓国歴史年表から高句麗・渤海を省いていたことが判明して韓国側が強く抗議したのは、韓国では「満州領土説」が広まっているからです。  https://m.khan.co.kr/world/world-general/article/202209131927001

 1992年の韓中国交正常化後、中国東北地区(旧満州)に旅行する韓国人が多くなりました。 高句麗の首都であった集安にある博物館にも韓国人が見学に訪れます。 その時に「この満州は我が領土」と大声を張り上げる韓国人が何人もいたといいます。 中国には朝鮮族がいて、当然ながら韓国語を解しますから、「満州わが領土」を聞きつけて問題になったことがあったようです。 この博物館では一時、韓国人の出入り禁止になったという話を聞きました。 ですから日本人がこの博物館に行くと、韓国人か否かを尋ねられるそうです。

 さらに満州での韓中間の領土問題いえば、白頭山(中国名は長白山)に触れないわけにはいきません。

 2007年に中国の長春で開かれたアジア冬季競技大会で、女子ショートトラックリレーで銀メダルを取った韓国選手が表彰台で「백두산은 우리 땅 (白頭山は我が土地)」というプラカードを掲げたため、大きな騒ぎになったことがあります。

「白頭山」は朝鮮民族の聖山とされていますが、同時に中国では「長白山」という名前で中国満州族の聖山でもあります。 だから長春のアジア冬季競技大会では、長白山(白頭山)で聖火が採られたのでした。 韓国の女子選手たちは白頭山が中国のものだとする大会に我慢できず、抗議したということですね。

 今の白頭山は頂上を境に中国領と北朝鮮領と二つに分かれていますが、中国と北朝鮮の間には国境紛争はありません。 両国が仲良く白頭山(長白山)を分け合っていますね。 そこに韓国の若い女性選手たちが、世界に中継されるメダル授賞式で「白頭山は我が土地」を堂々と掲げたのですから、かなりの問題になりました。 結局は、未熟な若者が犯した軽率な行動ということで騒ぎが収まったという話を聞きましたねえ。

 さらに「満州」といえば、そこには中国朝鮮族がいることを忘れてはなりません。 人口は2010年調査で約180万人とされています。 しかし韓国人は朝鮮族を高句麗・渤海と結びつけて考えておらず、同じ民族同胞という意識が希薄なようです。 極端に言うと、満州という土地は我が領土だが、そこに住んでいる朝鮮族は同胞とは思えない、ということでしょうか。 ただし例外があります。 詩人の尹東柱です。

 尹東柱の詩は韓国の教科書に出てきますから、韓国人は尹を自分たちと同じ民族同胞だと考えています。 ところが実は尹は「満州」の間島出身であり、尹の生家と墓は中国吉林省延辺にあり、中国当局によって保存されています。 そして中国側は尹を我が国の朝鮮族であり中国国籍の愛国詩人であると評価しています。 これに対し韓国側は、尹は中国人ではなく韓民族の詩人だとして激しく反発しています。 しかしこの反発が今のところ「満州韓国領土説」に結びついていません。 そこがちょっと理解できないところですね。

 つまり「満州韓国領土説」と「中国朝鮮族」と「尹東柱」、韓国ではこの三つは繋がっていないのです。 韓国人は領土と民族を見る視点がわれわれとは違う、と考えればいいのかも知れません。 そうならば、韓国人の民族性を見る上で参考になるでしょう。

 いずれにしろ我々にとっては、「満州韓国領土説」は「対馬韓国領土説」と同様に韓国にはそんなことを言っている人がいるんだなあと、軽く触れるだけにしておけばいいことです。 まともに取り上げて賛成とか反論・反駁なんてすれば、火の粉が飛ぶでしょうから。

 高句麗・渤海および尹東柱については拙ブログで下記のように論じましたので、ご笑読いただければ幸い。

【拙論参照】

高句麗は韓国か、中国か      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/22/1812668

高句麗―韓国か中国か       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/09/28/3787613

高句麗は北朝鮮でもあり中国でもある http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/09/6849374

高句麗広開土王碑は全世界人民のもの   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/22/6954699

韓国のマスコミが語る「中国の歴史歪曲」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/10/17/5420260

南北国時代            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/05/18/6814446

尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000

尹東柱の国籍は?         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/13/9356544

尹東柱と孫基禎の国籍について   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/18/9399145

かつて対馬は我が領土と返還要求した韓国2022/10/20

 日本では北方領土・竹島・尖閣諸島の領有権について、ロシア・韓国・中国と争いになっています。 これ以外に日本領土に関して今は問題になっていませんが、ロシアの少数政党が「ロシアは北海道に権利を有している」と発言したり、中国では『人民日報』に「琉球帰属問題は解決していない。沖縄は日本領土とは言えない」と主張する論文が掲載されたりしています。

 これらは当然ながら政府の公式見解ではありません。 しかし国民のレベルでは、ロシアでも中国でもそう考えている人がかなり存在していることは確実です。 こういったナショナリズムを刺激する発言は広がりやすく、時には政府を動かすこともありますので、油断は禁物です。

 韓国でも同じように「対馬は我が国の領土」だと主張する人がいます。 竹島問題にからめる場合が多いですが、対馬韓国領土説を真剣に信じている韓国人は結構います。 具体的な動きとしては、国会議員が対馬返還要求決議案を国会に提出したり、議政府市の市議会では対馬返還要求を議決しています。 民間でも「対馬奪還本部」という市民団体をつくっていますね。 

 これは韓国人でも一部の人たちの主張です。 政府の公式見解ではありません。 ところが70年以上前ですが、韓国は外交ルートを通じて日本に対し「対馬は我が属領だから返還を要求」しました。 つまり政府の公式見解だった時期があるのです。 この事実はほとんど知られていませんが、韓国内では今でも「対馬我が領土説」が根強く残っていますから、これも含めて知っておいた方がいいと思います。

 水野俊平さんが著書のなかでこの「対馬領土説」に触れていますので、これを紹介します。 水野さんは韓国の歴史・文化等について、一般向けにちょっと面白おかしく書いたものをいくつか出版しています。 しかし元々まともな実証主義的研究者ですから、事実関係については信じていいと思います。 『韓vs日「偽史ワールド」』(小学館 2007年3月)の166~177頁に、「第5節 対馬は韓国の領土」という小見出しの一節があります。 このなかから主なものを引用します。

1948年1月、過渡政府(韓国政府の樹立以前なので「過渡」がつく)立法委員会で立法委員60名が「対馬は元々韓国の領土だったのであるから、対日講和会議で返還要求をすべきだ」と提案し、同年8月(韓国政府が樹立された)には李承晩大統領が「対馬島の返還」を日本に要求している。 これに対しては日本側の抗議があったが、9月には韓国の外務部が抗議に反駁する形で「対馬は我が国の属領」とする声明を発表している。 翌年の1月7日には李承晩大統領が新年の記者会見で対日講和会議への参加計画を明らかにする席で、対馬の領有権を重ねて主張した。 

李大統領は昨7日午前10時半、中央庁第一会議室で内外の記者と年頭の記者会見を開き、当面の諸問題に対して、ともに一問一答した。

李大統領: この問題(対日賠償請求)は関係者と協議しなければならないものであるが、私の考えでは壬辰乱(秀吉の朝鮮出兵のこと)まで遡及して請求したいが、だいたい、過去40年間我が国から搾取したものを要求する。 特に対馬返還をこれに含める考えだ。 (以上 171~172頁)

 対馬返還を公式に要求した韓国の動きに連合国(アメリカ等の講和会議当事国)が制止し、李大統領はこれ以降、対馬発言をしなくなりました。 そしてその後の日韓会談や1965年の日韓条約では、対馬は何も問題になりませんでした。

 ところが1990年代に入って、韓国では再び対馬返還要求の声が上がります。

96年2月13日に開かれた国会の統一外務委員会では‥‥金元応委員は孔魯明外務部長官に対して次のような質問を行なっている。

我が政府は対馬島の返還要求をして、対馬の領有権回復の前段階として対馬を紛争地域化するのが当然とであると考えます。 我が民族は対馬に対して長い間「故土意識」を持ってきました。 ‥‥私はこのような歴史的に明らかな根拠を持っている対馬島の領有権を回復するために日本に対馬返還を我が政府が公式的に要求しなければならないと考えます。

これに対して、孔魯明外務部長官は「対馬に対する我々の領有権主張は日本の独島(竹島)領有権主張をさらに激しいものにする恐れがあり、政府としてそのような主張をすることは望ましくないと、このように考えております」と答弁している。 (以上 170~171頁)

 ウィキペディアで「対馬島返還要求決議案」を検索してみると、2008年にも国会議員50名が対馬返還要求の決議案を国会に提出したとあります。

 また水野さんの本によると、対馬返還を実現するために対馬に韓国の国花であるムクゲを植える運動があるそうです。

黄ベクヒョン氏が04年4月に行なわれた国会議員選挙で配布したビラには、対馬関連の公約がちゃんと載せられている。

対馬島をムクゲの花畑にし、100年後大韓民国を文化国家にすれば、失った対馬は自然に我が領土になります。 これを成し遂げるために私をはじめとする「対馬島ムクゲ花畑づくり運動本部」の会員は毎年ムクゲを植えています。

公約で「対馬を韓国の領土にする」と主張するのは自由だが、黄氏の行為は明らかに植物検疫法違反である。(以上167~168頁)

 同じく上記のウィキペディアによれば、2012年に市民団体「対馬奪還本部」が発足したとあります。

 対馬が韓国領土だなんて我々から見れば荒唐無稽でしかありませんが、ナショナリズムはどこにどう広がるか分からないものです。 何をアホなことを言っているのかと思いながらも、注視しておく必要があるでしょう。

「法」に対する日韓の違い―韓国は民主的か?2022/10/13

 韓国は「法」よりも「情」を重視する、だから韓国は「法治国家」ではなく「情治国家」だ、というような考え方は昔からよく言われています。 確かに韓国のニュースや色んな本を読んでいる時、「法」に対して韓国人は我々日本人と違う感覚を持っているようだと感じることが多いものです。 これについては、拙ブログではこれまで下記の【拙稿参照】のようにたくさん論じましたので、参考していただければ幸い。

 これに関して、浅羽祐樹・木村幹『だまされないための韓国』(講談社 2017年5月)に、次のような対談があり、なるほどと思いましたので紹介します。

ところで気になるのですが、一度合意した条約なり、成立した法律なりをひっくり返す振る舞いについて、韓国側でそれを問題視するような意見は出てこないのでしょうか。

浅羽 ―「合意は拘束する」というのが古代ローマ以来の大原則ですが、韓国では「事情変更原則」が優先することが少なくありません。 「合意を結んだ当時とは、民主化したり政権交代があったり新しい司法判断が出たりと、事情が根本的に変わったので、もう一度ゼロベースでやり直しが可能である」と。

木村 ―基本的に韓国の人たちは法律に対する考え方が日本人とは違いますからね。司法積極主義というのですが、「法律は状況に合わせてどんどん解釈を変えていくべきだ」という考え方です。

木村 ―例えば現在(2017年2月16日)の朴槿恵大統領の弾劾についても、野党「共に民主党」の秋美愛代表は「国民の大多数が望んでいるので、憲法裁判所は早く罷免すべきだ」といった発言を行なっています。 日本人の感覚からすれば、政治家が司法に圧力をかけたように思える発言ですが、韓国ではこの発言に大きな違和感は持たれない。

木村 ―例えば国会による大統領の弾劾訴追が、法的にはそれにふさわしくない部分を含んでいて、これを審判する裁判所にとって認めがたいものがあったとします。 そのような場合でも、「国民が望んでいるのだから、裁判所はそれを認容(罷免)すべきだ」という主張は韓国では普通に通用してします。

しかし、そうした司法積極主義をとると、法律の運用のされ方がその都度ブレてしまうのではありませんか?

木村 ―もちろんそう言って反対する人もいます。 ただ韓国社会においてはこうした司法積極主義がむしろ前提になって議論が進んでいます。 だからこそ類似した問題についても、以前と異なる判断が出てきても許容される。

浅羽 ―大半の人はこれで法的安定性が揺らいでしまうとは捉えません。 「その都度立ち上がる新しい民意に沿った歴史の大きな流れ」だと受け止めます。 民意に沿って、より「正しい」解釈が更新されるわけですから、当事者としては社会がより「正しい」方向に着実に前進しているという実感をともなうものとなっています。

木村 ―そうですね。 むしろポジティブに受け止められていて、今回の弾劾を巡る展開でも「国民の命令」という表現が使われています。 そこには「国民の命令」である以上、国家による解釈も必要に応じて変えて然るべきであるという意味も込められています。 (以上29~31頁)

 うーむ、なるほど。 その時の国民の考え方(民意)こそが最高であり、これに「法」も司法も従わねばならないということですねえ。 三権分立の原則に反するような主張も「民意」であれば通る、あるいは外国との条約や合意も「民意」でひっくり返すことができる、それが韓国だというわけです。

 「国民の命令」、これは日本ではなかなか聞くことのない言葉です。 せいぜい「民意の尊重」くらいでしょう。

 韓国人の「民主」についての考え方に対し、どうも違和感を持つのはこういうことなんだなあと思った次第。 別に考えれば、その場その場の国民の気持ちによって国家(行政も立法も司法も)が左右されるのですから、何とダイナミックなことかと感心します。 これこそ「民主主義」だと言われれば、まあそうかも知れませんが‥‥。

【拙稿参照】

元徴用工判決「日本は法的な問題とみなしてはならない」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/12/06/9007579

法に対する思想が根本的に違う日本と韓国 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/11/6570566

法より情を優先する韓国社会       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/16/6575093

伊藤亜人さん 「法」より「惻隠の情」―毎日新聞  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/25/9133090

韓国の古代的法規範意識         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/10/27/1873691

韓国の法意識              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/11/10/1900716

韓国の法意識(続)           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/11/17/2393593

法を軽視する韓国の民族性        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/01/6967936

法を守るという価値観          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/11/1501343

法治国家かどうか疑問の韓国       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/19/7496467

法治主義と儒教             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/11/23/7500552

英雄を救うために法を変えよ―韓国    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/03/25/7597162

朴槿恵の謝罪―親の罪は子の罪か?    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/25/6584335

韓国の非常識判決―対馬の盗難仏像  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/02/27/6732313

非常識がさらに非常識を呼ぶ―対馬仏像盗難事件 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/03/12/6744868

「賄賂は腐敗ではない」民本主義と法治主義―趙景達 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/28/7233914

「賄賂は腐敗ではない」民本主義と法治主義(続)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/02/7235833

パク・チョンスで見る韓国人の考え方―『中央日報』2022/10/06

 ちょっと古いですが、韓国の『中央日報』2022年8月2日付けに、「日本・小田原で起きたこと」と題するコラムがありました。    https://www.joongang.co.kr/article/25091383   

 論者は韓国の円仏教(仏教系の新宗教団体)の教務であり、「チョンス分かち合い実践会」理事長であるパク・チョンス(朴清秀)さんです。 検索してみますと、1937年に全羅北道で生まれ、祖母の誘いで1945年に円仏教に入信、以降ハンセン病やカンボジアでの奉仕活動などに従事し、ノーベル平和賞の候補にも挙がったことがあるそうです。 

 パクさんは、2006年に日本の小田原で開かれた「道徳再武装(MRA)」国際大会に出席して発表しました。 「道徳再武装」なんて初めて聞きましたが検索してみますと、道徳と精神を標榜する国際的な組織で100年の歴史があるようです。 彼女はこの大会での思い出を語ったのが今回の『中央日報』のコラムです。 16年も前のことを鮮明に覚えているのですから、頭脳明晰な方ですね。

 ところでこのコラムでは、韓国人が日本に対してどう考えているかについて、分かりやすく端的に説明しています。 韓国人の発想法というか考え方というか、理解するにはちょうどいいと思って紹介します。 おそらく読んでみて、これはおかしいし間違っているという感想を持たれる方が多いと思いますが、彼らの実際の文章に接してその思考パターンを知ることも重要でしょう。 

日本と韓国はとても近い隣国です。 しかし相手国よりも強い国は常に弱い国を支配したがります。1910年、韓日両国にはとても悪い歴史が始まりました。 その当時、日本は韓国に比べてさまざまな面でとても強かったようで、その時代を生きた日本の人々は韓国を占領しました。 1945年韓国が解放されるまでの36年間、植民地として統治し、韓国の人々を抑圧して苦しめました。

私は幼いころ、その時の歴史を経験しました。最も強烈な記憶は、自分たちの言葉と文章を書くことができないことでした。 そして各自の姓と名前さえも日本語に変えなければなりませんでした。 そして私たちが栽培した米はすべて奪われ、韓国人は油を絞り出した豆かすで命をつないでいかなくてはなりませんでした。 私の母、祖母は金属器すら奪われるまいと奥に隠すことに苦心しました。 若い男性は戦場に連れて行かれて命を失い、いま韓国で挺身隊と呼ばれるその時代の若い女性たちは日本軍慰安婦として連れて行かれました。

 後半で並べられた歴史のうち、事実といえるのは金属器の供出くらいですかねえ。 「豆かすで命をつないだ」のは解放後の話で、植民地時代の話ではないと思うのですが。

 他の「自分たちの言葉を書けなかった」 「姓名を日本名に変えさせられた」 「米をすべて奪われた」 「男は戦場に連れて行かれて死んだ」 「挺身隊と呼ばれる若い女性が慰安婦として連れて行かれた」は、「歴史事実」とするには疑問であることはおそらく周知のことと思います。 これは「歴史事実」に対して、日本人と韓国人とでは認識が違っているからです。

 日本では歴史資料を丹念に収集し検討したうえで「歴史事実」を探るものとされていますが、韓国では特に日韓関係史ではあらかじめ定まった歴史があって、それを根拠付けるのが「歴史事実」ということになります。 別に言えば、日本では新たな歴史資料が発掘されてそれまで信じられてきた「歴史」が揺らぐなんてことは珍しくないですが、韓国では特に日韓関係史が侵略の歴史であることが揺らぐなんてことはあってはならず、侵略の歴史を証明するためのものが「歴史事実」です。

 別に言えば、日本では「歴史事実」は個々の各資料を緻密に検証していかねばならないということに対し、韓国では日本の侵略史を示す「歴史事実」をまず最初に知らなければならず、今さら事実の検証というのは侵略を否定しようとする意図があるからだ、ということになります。 日本人は自分たちこそが正しいと思うでしょうが、残念ながら世界では慰安婦問題等に見られるように韓国の方が理解を得られています。 (拙ブログ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/05/9506190 参照)

 なお日本人の中でも、「韓国はウソつき」を証明するために偏った資料ばかりを集める人がいますね。 これは韓国人が「侵略の歴史」を証明するために、これまた偏った資料を集めているのと同じレベルです。 そしてどちらも、「真実はこれだ!」「相手は歴史を直視していない!」と叫んでいます。 私はこのような日本人を「韓国化した日本人」と呼んでいます。 

日本植民地時代に抑圧されて苦痛を受けた韓国の人々はその全てのものを歴史として記録し、後の人々に語り継いでいます。 そのためこの時代を生きている現在の韓国の人々も胸中深く日本人を嫌って憎悪しているとみることができます。 私もそのような人でした。

 韓国人は歴史を語り継いできたから日本人を憎悪している、これが一般的な韓国人の考え方です。 

その瞬間、相馬さんの隣の席に座っていたケイコさんが急に私のところまでやってきて跪き、上半身をまっすぐにした姿勢で私を仰ぎ見ながら「パク教務、私たちをお許しください。私はキリスト教徒です。イエス・キリストの名の下に私たちの誤った過去に対して心からお詫びし、容赦を求めるのでお許しください」と涙声で話した。すると椅子に座っていた多くの人々が皆一緒に跪き涙を拭いて首をうな垂れた。

とても慌てた私はどうしたらよいか分からなかった。ケイコさんの視線は非常に強烈で、私が発表したすべてのことに一つひとつ言及して容赦を求めた。私は彼女を立たせて懐に引き寄せて軽く叩いた。私は他の人にもそのようにした。

 ここに韓国人が日本人に何を求めているのかが分かります。

 日本の過去の歴史の悪行を告発したパク・チョンスに、ひざまずきながらすり寄って涙声で許しを求める「ケイコ」。 彼女に合わせて周囲の日本人たちもひざまずき、涙を流してうなだれる。

 これに対し、パク・チョンスはケイコたちを抱きながら許しを与える。 

 韓国人が日本人に対してどのような関係を求めているのか、よく分かります。 このような関係に真剣に答えてくれる「ケイコ」のような日本人こそ、韓国人が期待する日本人像なのです。 韓国人が元首相の鳩山由紀夫さんを高く評価する理由も分かりますね。

 韓国では日本に対する「道徳的優位性」がよく議論になりますが、今回の『中央日報』のコラム「日本・小田原で起きたこと」を読めば、その韓国の「道徳」とは一体何なのかを理解しやすいのではないかと思います。

 本稿で言いたいのは、韓国を批判するのではなく、隣国の韓国ではそのような考え方をしているということを知るべきである、ということです。

【追記】

 8月26日付の『プレジデント』で、在韓日本大使館の元公使の道上尚史さんの一文があります。     https://president.jp/articles/-/60883

 韓国人と日本人の思考法について、冷静に分析されています。 一読の価値があると思い、紹介します。

【拙稿参照】

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/21/9501927

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/28/9504029

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/05/9506190

韓国人のアンビバレントな感情 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/01/8690297

韓国の反日感情はいつ形成された? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/08/8698008

35年前における日韓の認識差(1)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/11/20/8731033

35年前における日韓の認識差(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/11/26/8734592

35年前における日韓の認識差(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/02/8738535

35年前における日韓の認識差(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/08/8744482

日韓交流は相互理解に役立ってきたか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/13/8747383

30年前の反日感情と違いはあるか  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/12/28/8756501

韓国の対日感情は理解が難しい  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/29/8813934

矛盾      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/05/31/8862743

道上尚史事務局長のインタビュー―『月刊中央』(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/10/03/9428968

道上尚史事務局長のインタビュー―『月刊中央』(2)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/10/10/9430861

道上尚史事務局長のインタビュー―『月刊中央』(3)https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/10/17/9432654