神戸の「朝鮮部落」―毎日新聞2022/08/11

 拙ブログ7月12日・19日の二回にわたって、昔に私が見た「朝鮮部落」について思い出を書いてみました。  

「朝鮮部落」の思い出(1)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/12/9508262

「朝鮮部落」の思い出(2)   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/19/9510331

 それから10日ほどして、毎日新聞に「源平町かいわい(神戸市長田区) 知られざる共生の歴史」と題する、朝鮮部落(記事では「在日コリアン集落」)の記事が出ました。(2022年7月29日付け)   https://mainichi.jp/articles/20220729/ddf/012/040/001000c  有料記事なので、関心ある方は図書館にでも行って頂ければ幸い。

 記事はこの朝鮮部落の成り立ちと、そこには日本人との「共生の歴史」があったことを報告するものです。 このうちの日本人との「共生」に目が行きました。 その部分を抜き書きします。

在日2世の女性(79)から話を聞いた。 「集落は隔絶されていたわけではなく、日本人コミュニティーとも活発な往来があり、助け合って暮らしていましたよ。 子どもたちが『朝鮮村や』と興味本位で言っていたのも覚えていますが、偏見はごく一部で、仲良うやってましたよ」。 45年3月17日の神戸大空襲後、沿岸部で焼け出された被災者が多く避難してきた所でもあったという。

「喫茶・赤倉」‥店長の小竹雅子さん(84)は、かつての在日コリアンのコミュニティーや丸山地区のにぎわいを知る一人だった。‥‥「通学時に、リヤカーに乗せていた豚たちが逃げ出して、こちらに走ってきてね。今となってはいい思い出やね」と懐かしそうに語った。

以前に集落で暮らしていた女性は繰り返した。「未来を担う韓国と日本の若者たちにお願いがありますよ。源平町のように仲良く暮らしてほしい」。時代の中で消えていった在日コリアン集落は、共生社会を体現してきた集落であった

 この記事中でまず驚いたのは、子供たちが言っていたという「朝鮮村」です。 私の経験では「朝鮮部落」であって、「朝鮮村」なんて聞いたことがありません。 「朝鮮部落」は周囲の日本人だけでなく、そこに住んでいる朝鮮人も自分たちの住所を「朝鮮部落」と呼んでいました。 また関西から遠く離れた地域でも「朝鮮部落」という言い方が普通でした。

 としたら「朝鮮村」は、神戸の独特な呼称なのでしょうか。 神戸では湊川等々で不法占拠の朝鮮部落が点々と存在していましたが、やはり「朝鮮部落」であって「朝鮮村」ではなかったと記憶しているのですが。

 日本語では「村」と「部落」とでは昔から意味が違っているのであって、互いに言い換えることのできない言葉です。 ですから「朝鮮村」という言葉には、私には違和感が非常に大きいのです。

私の考えでは、1970年代以降の解放運動の活発化とともに「部落」が差別語とされてきたために、記事では「朝鮮部落」と書くことに躊躇いが生じて「朝鮮村」に言い換えたのではないかと思います。 とすれば歴史用語の捏造だと考えるのですが、どうなのでしょうか。

 次に「集落は隔絶されていたわけではなく、日本人コミュニティーとも活発な往来があり、助け合って暮らしていました」とあります。 つまりここの「在日コリアン集落」には「日本人コミュニティー」が存在しており、朝鮮人と日本人は「助け合って暮らしていた」というのです。

 実際にどのような「助け合い」だったのかに関心があるのですが、記事では書かれていません。 私の経験では、朝鮮部落に日本人が混在する例は、河川敷の部落でした。 戦後の混乱の中、住居に困り果てた日本人も多く、さまよった末に河川敷に住むようになり、朝鮮人と混住状態になったというものです。

 そこではどんな「助け合い」があったのかと言いますと、私自身の知識の範囲内で答えます。 そこには行政の末端としての住民自治会というものがありませんでした。 多くの場合朝鮮人は朝鮮総連の分会に集まり、そこが朝鮮人同士の助け合い組織として機能します。 当然ながら日本人は全く関わりがありません。

 つまり朝鮮人と日本人とは隣人同士でありながら、その地域の問題を両者で話し合う場所がなく、ですから共同して行政に何かを要求することもありませんでした。 つまり朝鮮人と日本人が「助け合う」ということは難しかったと言わざるを得ません。

 また火事が起きた場合、市役所からは毛布等々の支援物資が自治会を通して被災者に支給されるのですが、自治会に加入していない朝鮮人には総連分会を通して支給されるということでした。 日本人にはどうなるのかについては、朝鮮部落に住む日本人が火事に遭ったという例が私の経験では寡聞にして知りません。 しかし、それぞれが市役所に行って支援物資を受け取るという話を聞いたことがあります。

 ところで河川敷の朝鮮部落に住んだことがあるという日本人から話を聞いたことがあります。 朝鮮人の家では夫婦ケンカが激しく、時に刃物を振り回すような大立ち回りもあった、そんな時にケンカの仲裁によく行ったものだったという思い出話でした。 その方は中学時代に柔道をやっていて、身体も大柄だったので、そんな激しいケンカでも仲裁できたと言います。 しかし朝鮮人との付き合いというのはそれだけで、あとはせいぜい道端で出会えば会釈するくらいで、仲良く過ごしたなんてことは全くなかったそうです。 しばらくして公営住宅に当選したのでそっちに引っ越しし、その後その朝鮮人たちがどう暮らしているかなんて全く関心がない、ただあの激しい夫婦ケンカだけはよく覚えている、ということでした。

 なお当時の公営住宅の入居資格には国籍条項があり、朝鮮人には応募資格がありませんでした。 日本人は応募して当選すれば、さっさと引っ越したといいます。 ですから朝鮮部落の日本人は生活していた年月は短く、逆に朝鮮人たちはますます取り残されていったと言えるかも知れません。

 朝鮮部落をいくら思い出してみても、「朝鮮人と日本人との共生」というような〝ほのぼのした関係″があったとは私には考えられません。 単に住む場所がたまたま同じであったことに過ぎず、何か生活上で助け合うこともなかったし、ましてや例えばキムチの漬け方とか洗濯の仕方とかを教え学ぶような文化交流は全くなかったのでした。 (キムチ漬けと洗濯は女性の家事労働において、朝鮮人と日本人の違いがはっきりと見えるものでした ―下記【拙稿参照】)

 しかし毎日新聞の記事では、神戸の源平町という朝鮮部落では「朝鮮人と日本人共生社会」を「体現」していたというのですから、私には大きな驚きでした。 本当にそんなことがあったのか?という疑問ですね。 おそらくは、単にケンカやもめ事を起こしていないだけの関係を「共生」と表現したのではないかと思うのですが、どうでしょうか。

【拙稿参照】

「朝鮮漬け」の思い出(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/17/9327581

「朝鮮漬け」の思い出(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/22/9329211

砧を頂いた在日女性の思い出(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/21/9297618

砧を頂いた在日女性の思い出(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/07/9303008

砧を頂いた在日女性の思い出(3)―先行研究 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/12/9304894

砧を頂いた在日女性の思い出(4)―宮城道雄 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/10/22/9308333

砧を頂いた在日女性の思い出(5)―宮城道雄(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/11/02/9312276

マッコリ(タッペギ)とシッケ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/28/9331179

「原子力ムラ」は差別語では‥  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/09/22/6580751

『ハンギョレ』中村一成氏への違和感(3)2022/08/06

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/03/9514505 の続きです。

 前回は、記事の中で中村さんの発言(カッコ書きされている)部分から、私の抱いた違和感というか疑問を提示しました。 次に記事の地の文から、彼に対する私の感想を書きます。 まずは彼の生い立ちです。

在日2世の韓国人の母親と、日本人の父親の間に生まれた彼は

 生い立ちは、このようにごく簡単に紹介されています。 彼は1969年生まれですから、両親の結婚は1960年代と推定されます。 この時代に、日本人男性と朝鮮人女性の結婚は大変だったろうと想像できます。 なぜなら、どちらも家族・親族から猛反対を受けたでしょうから。

 当時は朝鮮人への差別はすさまじいものでした。 日本人男性がこの人と結婚しますと家族に紹介したら猛烈に反対され、それでも結婚しますと意思を貫いたら、親戚連中に知らせることなく式も挙げなかった、というような話をよく聞いたものです。

 朝鮮人女性の方も、日本人と結婚しますと言えば、これまた猛烈に反対されました。 当時の朝鮮人たちの考えでは、男子が日本の女と結婚するのはまだ許せるが、女子が日本の男と結婚するのは絶対にダメ、というものでした。 1960年代後半頃でしたか、余りの反対に絶望した朝鮮人女性が自殺するという事件が起きました。 このためにこの地域の在日朝鮮人社会では、娘と日本人男性との結婚は最初は一応反対するが、結局は仕方ないと諦めるようになったという実話を聞きました。

 中村さんのご両親はどうだったのか分かりませんが、おそらくは親族・親戚からの祝福を受けずに結婚されたのかなあと想像します。

在日コリアン3世として波風のない人生を送ることができなかった。‥‥彼は幼い頃から母親に向けた父親の差別的な言葉を聞きながら育った

 父母が日本人男性と朝鮮人二世女性で、その間に激しい葛藤があったのですねえ。 父親の母親に対する差別言動、これが彼のアイデンティティに大きな影響を与えたようです。

一時は「朴一成(パク・イルソン)」という韓国名だけを使ったりもしたが、就職する時期には「中村一成(かずなり)」という日本名を使った。毎日新聞記者として働いていた時、多くの在日朝鮮人に会って考えが変わり、自分のアイデンティティを隠さないために両方の言葉の名前を使っている

 中村さんは、アイデンティティに重要な名前をこれほどに変えてきたということです。 当時の戸籍・国籍法からすると、彼は父親の戸籍に入りますから、国籍は日本の単一国籍で名前は父親の「中村」となります。 この父系主義は韓国でも同様で、彼は韓国の法律からしても韓国籍ではあり得ず、名前も母の「朴」ではあり得ません。 北朝鮮も同様です。

 つまり彼のアイデンティティの裏付けとなる国籍と本名(法律名)は、日本でも本国でも、日本国籍の「中村一成」です。 ということは「朴一成」は通名です。 ですから彼は本名と通名の二つにアイデンティティを置いていることになります。

 自分のアイデンティティをどう考え、本名と通名をどう使うかは、本人の自由な選択に任せるべきことです。 ただ在日の中には、本名や国籍を隠そうとする性向が見られるのは残念ですね。 その点、中村さんはそれを隠さずに「両方の言葉の名前を使っている」とありますので、ここは好感を持ちます。

中村さんは、在日朝鮮人は植民地出身という認識がいまも日本国内に広がっていると話した。強制徴用被害者に賠償せよという韓国最高裁(大法院)の判決を日本企業が無視する状況も、同じ理由だと説明した。

 日本側が有している「在日朝鮮人は植民地出身という認識」は「今広がっている」のではなく、1945年の敗戦以降から続いて現在に至っているものです。 これは前記したように、在日には「特別永住」という、他の外国人から比べると特段に恵まれた在留資格を与えていることから、はっきり指摘できます。 在日は植民地出身だからこそ、外国国籍を維持しながら限りなく日本人に近い恵まれた権利を有しているのです。

 「強制徴用被害者に賠償せよという韓国最高裁(大法院)の判決を日本企業が無視する状況も、同じ理由」というのは、いかがなものですかねえ。 文面をそのまま読めば、中村さんは、日本企業は「在日が植民地出身という認識」をすれば韓国の最高判決を受け入れると思っているようです。 あまりに理解し難い内容です。 彼は韓国の反日民族主義に迎合しようとして、ハンギョレ新聞記者にこのように言ったのでしょうかねえ。

 考えてみれば、在日は今や三・四・五世の時代です。 もはや韓国語ができないので、祖国の人とのコミュニケーションがかなり難しいです。 それでも在日が祖国の人と何か共通する感情を持とうとするならば、日本はわが祖国を植民地化して搾取・収奪した、そして今も在日を差別抑圧している‥‥という被害者意識を掲げて日本を糾弾することくらいでしょう。 そしてそれが在日と祖国の人たちが共感を得る、ほとんど唯一の方法になっているのではないかと思います。

 今回のハンギョレ新聞の記事を読みながら、中村さんの発言をハンギョレが記事にしたのは、こういう被害者意識を共有化しようとする意図だろう、という感想を抱きました。 (終り)

【拙稿参照】

『ハンギョレ』中村一成氏への違和感(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/30/9513291

『ハンギョレ』中村一成氏への違和感(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/03/9514505

在日は「生ける人権蹂躙」?-『抗路』巻頭辞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/31/9460212

『抗路』への違和感(2)―趙博「外国人身分に貶められた」  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/02/9383666

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/09/8589790

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593507

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/16/8598422

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601961

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/25/8603941

『ハンギョレ』中村一成氏への違和感(2)2022/08/03

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/30/9513291 の続きです。

 「外国から帰ってくると再入国許可を受けなければならず」。 在日は外国人ですから、海外に出る際には再入国許可が必要なのは当たり前です。 もしこの許可なしに海外に行くと、日本での在留資格を失います。 こんな当たり前のことを、わざわざ言うことが理解できません。

 「就職でも差別を受ける」。 1970年代までは、その通りでした。 ある大学では成績優秀者に就職の際に推薦書を出すのですが、一人の在日がこの推薦書をもって有名企業を受けました。 しかし朝鮮人であるという理由で断られました。 しかも面前ではっきりとその理由を言われたのでした。 そのため悲観した当人は自殺したという悲しい出来事が本当にあったのが、1960年代後半でした。

 しかしいわゆる日立裁判によって、朝鮮人という理由でもって就職を断ることは不法であると判決されたことが契機になって、露骨な就職差別はなくなりました。 それ以降、在日の就職状況はよくなっていきした。 1990年代以降には私の周辺でも、あそこの在日の子供さんがあの有名大企業に就職したというような話がしょっちゅう聞こえるようになりました。 在日の就職状況は格段によくなりました。 在日の就職差別は過去の話であって、現在の話ではないと考えます。

 「最近は右翼団体の攻撃に苦しんでいる」。 右翼団体のみならず、ネットウヨなども露骨に嫌韓発言をしますねえ。 ちょっと頭の構造がおかしいと思えるようなレイシストたちがヤフコメなどに投稿したり、時には電車内や道路上で周囲に聞こえるような差別発言をします。 こんな悪質レイシストの中から、有本匠吾のような犯罪者が出てくるのでしょう。 「日本には人種差別はない」とか言う能天気な人がいるようですが、馬鹿なことは言わないでほしいと思います。 ここは公安当局の強力な取り締まりを求めたいところですね。 

 なお韓国でも、こちらが日本人で韓国語を知らないと思っているのか、「チョッパリ」とかの差別発言する韓国人がいますねえ。 路地裏の飲み屋なんかでは、それがさらに激しくなります。 私は経験ありませんが、割り箸や時には焼酎の空瓶が飛んでくることがあるようです。 これにも言及してほしいですね。

70年代初め、在日2世の朴鍾碩(パク・チョンソク)さんは、入社志願書に日本名だけを記載して韓国人であることを隠したという理由で就職を拒否されたが、訴訟で勝利し、差別を勝ち抜いた。

 これは前述した日立闘争のことです。 この中村さんの説明に、大きな間違いがあります。 日立が就職を拒否した理由として前面に掲げたのは、本籍欄に父母の住所地(愛知県)を書いたからです。 本来は「韓国」と書かねばなりません。 つまり志願書に虚偽記載があったというのが最大理由でした。

 ただしこの理由は表向きのことで、本当の理由は朝鮮人だからでした。 このことが裁判では明らかとなったので、就職拒否は不当と判決されたのでした。 (続く)

【拙稿参照】

『ハンギョレ』中村一成氏への違和感(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/30/9513291

電車での嫌な出来事      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/06/9323886

在日韓国人と華僑―成美子  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/09/25/8964788

ウトロと韓国民団を放火した人物―有本匠吾(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/25/9484690

ウトロと韓国民団を放火した人物―有本匠吾(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/28/9485573

『ハンギョレ』中村一成氏への違和感(1)2022/07/30

 7月7日付け『ハンギョレ新聞』に、「ウトロの『80年闘争史』、20年訪ね歩いて記録」と題する記事がありました。 副題は「在日コリアンの中村一成さん|ジャーナリスト」です。   https://japan.hani.co.kr/arti/politics/43977.html  https://news.yahoo.co.jp/articles/5c5dbc2c94688c1d76a58f32cc7f446e044449f7

 一読して、中村さんは在日についてかなり昔の考え方をしているのだなあ、と思いました。 これには私はちょっと一言付さなければならない、と考えました。 まずは彼の発言から見ていきます。 発言は記事内でカッコ書きしている部分です。

日本で在日朝鮮人はいまも植民地の国民という差別と抑圧の中で生きています。韓日両国から背を向けられた在日朝鮮人の勝利を象徴するウトロを忘れてはなりません。

 1970~80年代、民族差別と闘う運動が盛んだった時期には、こんなことを主張する活動家が多かったなあと思い出させてくれました。 しかしそれから在日は、1982年の難民条約締結により福祉面での差別はほとんどなくなり、1991年の特別永住制度を定めた特例法により特段に恵まれた在留資格を得て、指紋押捺義務もなくなりました。

 このように在日への差別はどんどん解消していきました。 そして今の在日は日本に在住する外国人として、もうこれ以上はないと言えるくらいに優遇された法的地位にあります。

 その理由は、在日はかつて「植民地の国民」だったからです。 つまり今の恵まれた地位はかつて「植民地の国民」だったという歴史的経緯から発生しているのです。 そうであるのに中村さんが「いまも‥‥差別と抑圧の中で生きている」というのは、一体どういうことなのでしょうか? おそらくは、在日はいつまでも「差別抑圧」された惨めな存在であらねばならない、というイデオロギーから来ているのではないかと思います。 

 「韓日両国から背を向けられた在日朝鮮人」とは、どういう意味なのか分かりかねるところです。 在日は韓国からは在外国民として位置づけられており、所定の手順を踏めば韓国のパスポートの発給を受けて海外旅行に行くことが出来ます。 また日本からは上記のように非常に恵まれた法的処遇を受けています。 これで何故「日韓両国から背を向けられた」なのか??? ビックリですね。

在日朝鮮人は日本で一番低い位置にいた。外国から帰ってくると再入国許可を受けなければならず、就職でも差別を受ける。最近は右翼団体の攻撃に苦しんでいる

 「日本で一番低い位置」って何でしょうねえ。 どこの国も同じと思いますが、外国人は政治分野で高い地位に就くことがあり得ないので、経済分野で成功して富裕になって高い地位を目指すものです。 この点で在日は成功した人が多いと言えます。

 一番の成功者は、昔は“東のロッテ、西の阪本紡績”と言われました。 ロッテは知る人がいないくらい有名ですが、阪本紡績はもう大部分の人が知らないでしょう。 1960年代に大阪で高額納税者(長者)番付トップだった徐甲虎(日本名は阪本栄一)が経営した紡績会社です。 

 この二つが在日で大成功を収めた両雄なのですが、それ以外にもかなりの成功を収めて、それなりの会社となっているところも多いです。 在日は就職が難しかったですから自ら事業を興す自営業が多く、それが1960年代の高度経済成長に乗って成長したのです。 これは当時、韓国民団や朝鮮総連の商工会の盛行ぶりからも知ることができました。

つまり当時の在日は、一方では経済的に成功して裕福な人がいて、他方では就職できずに日雇い労働等で貧困な生活を送るしかない人も多かった、というのが現実でした。 つまり現在風に言うと、ジャパンドリームを実現した人とそうでない人とが両極化していたなあと思い出されます。 それはともかく、人口50~60万人くらいの在日からすれば、成功者の割合が高かったと考えているのですが、どうなんでしょうか。

 以上は20世紀の在日でしたが、21世紀の日本では在日が一番の成功をおさめた企業は何といってもソフトバンクでしょう。 ただソフトバンクは民団や総連の商工会とは関係がなく、独力で会社を立ち上げて発展させてきました。 また昔のロッテや阪本紡績のように、祖国に貢献することは考えてこなかったようです。

 従ってソフトバンクは社長の孫正義さんがたまたま在日であったというに過ぎず、民族的な意味を含む「在日企業」とは言えません。

 在日が日本から「差別抑圧を受けている」なんて、もはや言うべきものではありません。 在日の若者には、もはや差別抑圧はなくなっているので、第二の孫正義を目指して頑張ってくださいと言いたいものです。 (続く)

【拙稿参照】

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/09/8589790

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/13/8593507

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/16/8598422

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/22/8601961

中村一成『ルポ思想としての朝鮮籍』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/06/25/8603941

「同性婚」について雑感2022/07/24

 これまでとは違う話題で、私のただの呟きです。 

 このごろマスコミでよく取り上げられるのが「同性婚」です。 同性婚を認めろ!という主張ですね。 これについて私の感想(つぶやき)を書きます。

 まず「婚」という漢字は「男女(異性)が夫婦になる」という意味です。 従って「同性婚」というのは言葉自体が矛盾しています。 ですから「同性婚」という言葉が適切なのかどうか、最初に疑問を感じるところです。

 次に、同性が婚姻関係を結ぶ「同性婚」は近年までなかったことで、同性愛の延長として最近になって出てきた風潮ではないかと考えます。

 同性愛は世界的に古くからあるものです。 例えば戦争に赴く戦士が戦友・同志との関係を深めて同性愛に行くことは珍しくなかったし、それを称賛するような風潮の国もあったと聞きます。 しかしこれはいわゆる「義兄弟の契り」とほとんど同じで、婚姻と言うことは出来ません。 婚姻は男女で行なうものでした。

 日本でも男性間の同性愛は江戸時代に盛んで、朝鮮通信使は来日した際にこれを見聞して驚いています。 しかしこれも婚姻まで行きません。 婚姻はやはり男女に限られています。

 歴史的に見て、やはり「同性婚」は最近に出てきた風潮と言わざるを得ないですね。

 次に2022年7月22日付けの毎日新聞社説 https://mainichi.jp/articles/20220722/ddm/005/070/127000c にあるように、多様性のある社会のために「同性婚」を法制化せよ、という有力な主張があります。

どうすれば多様性のある社会を実現できるか。同性カップルの権利を守ることは、そのための大切な取り組みだ。

 これが私には理解できません。 社会(家族を含む)の「多様性」を言うのなら、あらゆる婚姻形態をも認めるということになるのではないか、という点です。 具体的に言うと、一夫多妻制も公的に認めていいということなのか、ということです。

 一夫多妻は、現在は日本を含めて多くの国で法的に認められていません。 しかし歴史的にみて、一夫多妻は全世界で古くからあるものです。 「多妻」は、正妻の他は「側室」「妾」「第二夫人」などと呼ばれます。 一夫多妻は何千年以上も続いて存在してきたものであり、現在でも私的に実践している人がいます。 これも家族の形態の一つですから、「多様性」を言うなら、一夫多妻も認めなければならないでしょう。 つまり「同性婚」は社会の多様性のために法的に認めよと主張するなら、一夫多妻も法的に認めろという主張が成立することになります。

 家族の多様性を一旦認めてしまうと、あらゆる家族の在り方を認めねばなりませんから、二人だけの同性婚に止まらず、三人以上の同性婚、そして一夫多妻、多夫多妻、多夫一妻にまで広がるのではないかと思います。 つまり家族とは何でもありで、混乱して収拾がつかない状態になるでしょう。 従って「多様性」を理由とする主張は、不適切だと考えます。  

第24条 婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

 これが憲法に定める婚姻です。 どう読んでも「同性婚」は見当たりません。 しかしだからと言って「同性婚」を禁止しているものでもありません。 婚姻は「両性の合意のみによって成立」するものであって、これだけが憲法が定めるところの婚姻です。

 つまり、「同性婚」は禁止されていないが、憲法上の婚姻ではないということです。 あえて言うなら、憲法第21条の「結社の自由」ですね。 同性が家族のような共同体社会をつくるというのなら、憲法の「結社」としてのみ認められるでしょう。 ただし、それはあくまで婚姻ではありません。

 「同性婚」を法的に認めようとするなら、今のところ憲法の枠外で定めるしかないでしょう。 果たしてそれが可能なのかどうか、私には分かりません。 憲法を改正して、婚姻の定義と範囲を明確にするのが一番すっきりすると思うのですが、どうなんでしょうかねえ。

 今回は現在話題になっている「同性婚」について、少し呟いてみました。

【拙稿参照】

馴染めないジェンダー論  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuusandai

仏が日本女性に逮捕状―離婚と親権について https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/12/04/9445288

在日の協議離婚        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/29/425590

「朝鮮部落」の思い出(2)2022/07/19

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/12/9508262 の続きです。

 朝鮮部落は法的に不法占拠となっている場合が多いです。 しかしそこでは多くの人が家庭を営み、子供を育てていますから、強制退去は難しいです。 ところが強制退去させるチャンスがたまにあります。 それは火事です。

 朝鮮部落に火事が起きると、地主(国有地なら国)はすぐさま裁判所に立ち入り禁止の仮処分を申請します。 仮処分が決まって裁判所の執行官が仮処分の命令書を持って朝鮮部落の火災現場に現れるのは、翌日の朝です。 ですから焼け出された住民はみんなと協力して徹夜して家を再建し(雨風を防ぐ屋根と壁さえあればいい)、執行官が来た時には布団で寝ながら「私はこの通りここに住んでいます」と主張するのです。 執行官はそのような人を強制退去させて路頭に迷わせることは出来ず、諦めて帰るしかありません。 このようにして朝鮮部落の生活は、火事という危機を乗り越えて維持されてきたのでした。

 当時、朝鮮人たちは何故そんな劣悪な住環境を我慢していたのか、 彼らが言っていたことを思い出します。 この日本にはお金を儲けるために住んでいる、お金を貯めていずれ朝鮮に帰るつもりだから家は雨風を防いで最小限のものがあればいい、家にお金をかける必要はない、ということでした。 

 つまり住環境をよくしようという気がなかったのでした。 ですから、朝鮮人たちにとって朝鮮部落は愛着のある場所ではありませんでした。 少なくとも級友や同僚らに、良かったら遊びにおいでと気軽に言えるような場所ではなかったのでした。

 以上は朝鮮部落について、もう何十年も昔の思い出です。 朝鮮人と周囲の日本人とは緊張関係にあり、隣人として仲良く付き合うなんて考えられなかった時代でした。

 ところで話は飛びますが、それより数十年もさかのぼる植民地時代の朝鮮では植民者の日本人が隣の朝鮮人と家族ぐるみの付き合いをし、娘がその朝鮮人の家でキムチを一緒に漬けて作り方を覚えてきたというような話を複数で聞いたことがあります。 戦後日本に引き上げて周囲に朝鮮人が全くいない地域に住みながらも当時を思い出して本格キムチを漬けてきたというのですが、その話を聞いた時はビックリしましたねえ。 朝鮮人と日本人との関係は、戦前は良好だったが、戦後になって悪くなったと言えるのかも知れません。

 私には以上のような思い出がありますから、京都ウトロ地区では朝鮮部落を保存し、記念館を建てるということに違和感を持ちました。 ウトロ地区の朝鮮人たちは自分たちが生活した地区(部落)に愛着があったということなのだろうか? 粗末な自分の家を見せて恥ずかしいと思わなかったのだろうか? 周囲の日本人から厳しい目で見られた記憶がよみがえらなかったのだろうか? 

 ここでムクッと思います。 差別問題を訴える時に、被差別者がこれほど苦労しているんだということを見せるために、その惨めな生活を多くの人にさらけ出すことがあります。 そうすることによって、みんなの同情を喚起し関心を集めようとするわけです。 そういう方向に一旦走り出すと、被差別者は自分たちが悲惨であればあるほど周囲から同情されるのが当然だと考えるようになります。 そして自分たちの実際に体験してきた惨めな生活を見ず知らずの人たちに平気で見せることに、ためらいがなくなります。

 このような差別問題の扱い方が、在日朝鮮人の間にも広がっているのだろうか。 そう言えば、在日は日本の植民地支配によって無理やり連れて来られ、解放後も日本社会と政府から差別と抑圧を受けてきた、という被害者性ばかりを強調する本が多いですねえ。 (終わり)

【拙稿参照】

「朝鮮漬け」の思い出(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/17/9327581

「朝鮮漬け」の思い出(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/22/9329211

マッコリ(タッペギ)とシッケ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/28/9331179

「朝鮮部落」の思い出(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/07/12/9508262

「朝鮮部落」の思い出(1)2022/07/12

 「朝鮮人集中地区」は40年ほど前までは「朝鮮部落」と呼ばれていました。 今は「部落」が差別語扱いされていますが、私には耳慣れた「朝鮮部落」を使います。

 朝鮮部落は全国各地に散在していました。 有本匠吾が放火した京都ウトロ地区も、典型的な朝鮮部落の一つですね。    私は幾つかの朝鮮部落、およびそこの住民を知っていたので、思い出があります。 それを話そうと思うのですが、私の狭い範囲での話であることを念頭に入れておいて下さい。

 朝鮮部落にはいくつか種類がありました。 一つは河川敷に形成されたものです。 大きな川の河川敷に、バラック小屋が不法占拠で立ち並ぶものです。 1960年前後に伊勢湾や第二室戸という大型台風が相次いで来襲し、この朝鮮部落も大きな被害を受けたため、問題になりました。 この災害を契機に、市当局が河川外の土地や借家を斡旋するなどして転居を促し、やがて消滅しました。 今は河川敷の朝鮮部落は、全国的に見てもほとんどないのではないでしょうか。

 その当時ここで育った朝鮮人から思い出話として、級友から「お前、あの川に住んでいるのか?」と聞かれて、「アホか!川なんかに住めるわけがないだろ!」と言い返した、 しかしそこを引っ越してから、一般の人は河川敷も含めて「川」と言うことを初めて知ったと話してくれました。 「あの時は河川敷に住んでいたから『川』といったら水の流れている所を指すのであって、そんな所に住めるわけがないのに何を言うのかと思っていた、しかし周囲の人は堤防の内側がすべて『川』なんやねえ。」

 なお河川敷の朝鮮部落は、朝鮮人だけでなく日本人も住んでいました。 戦後の混乱の中、住む場所がなくて彷徨った末に河川敷に住みついたという日本人は意外と多かったのです。 1960年前後の台風災害を契機に市当局が問題解決に動いたのは、日本人の存在があったからではないかと思うのですが、どうなんでしょうかねえ。

 もう一つの例として、戦時中に大規模土木工事等に動員された朝鮮人が、戦後もそのまま住み続けて朝鮮部落となったというのがあります。 京都ウトロ地区もその例ですね。

 某空港に隣接する朝鮮部落もこんな経緯で形成されたようです。 敷地は国有地で、法的には不法占拠となります。 ですから土地の掘削ができません。 ということは水道管の敷設が出来ないということです。 ここで生まれ育った朝鮮人から、水道がないからずっと井戸で水を汲んでいた、住環境が余りに劣悪だということで市当局の力で水道が入ることになった、しかし水道の水は不味いし値段が高い、と嘆く話を聞きましたねえ。 それでも衛生面と防災面(消火栓が設置された)で少しは安心できるようになったそうです。 

 朝鮮部落でも住民は結構出入りがあります。 そうするとバラック小屋のような家でも売買されます。 その際に土地の境界をはっきりさせねばなりません。 そこで朝鮮部落内では境界杭が設置されるようになったそうです。 え!そこは国有地で不法占拠だろ?他人の土地なのになぜ個人が勝手に境界杭を打つんだ? こんな疑問を抱きつつ、朝鮮部落も歴史を重ねるとこういう状態になるものなのだなあと、妙に感心した次第。

 朝鮮部落内にある焼肉屋で飲んでいた時、そこで生まれ育った人と話がはずみました。 昔はタクシーがここには来てくれないという話を聞いたのですが本当ですか?と聞きました。 するとその人が、中学か高校ぐらいの時にタクシーが入ってきたので、みんなで取り囲んでそのタクシーをばんばん叩いたり蹴ったりしたことがあった、そのタクシーはビックリして行ってしまって、それからこの部落にはタクシーが来なくなった、もし駅からここに行ってくれと言ったら、部落のずっと手前で下ろされて、歩いて行ってくれと言われるようになった、という昔話を聞かされました。 その年代を測ってみると、1960年代でした。

 以上は周囲の住宅地より少し隔絶した位置にある朝鮮部落です。 それ以外に住居が密集する都市部にも、その一角に朝鮮部落がありました。 ここも劣悪な住居が十数軒くらい集まっており、トイレは共同トイレです。 ですから朝はトイレの前にずらりと並んで待たねばなりません。 お腹の調子が悪くてトイレで長居すると、凄まじく怒られるといいます。

 また朝鮮部落からはニンニクなどの強烈な臭いが流れてくるし、派手な夫婦喧嘩を恥かしげもなく見せたり、そして道行く日本人を険しい目付きで見ることがしょっちゅうです。 こういうことは体験者でないと分からないでしょうねえ。 だから日本人はここを避けて通るようになります。 あるいはその道をどうしても通らねばならなかったら、その部分だけを誰にも目を合わさないように足早に通り過ぎます。 そして周囲に住んでいる日本人は、お金ができれば引っ越すようになります。

 朝鮮部落の人たちは、自分たちが日本人に嫌われていることを実感します。 なお繰り返しますが、これは何十年も昔の話で、現在のことではないことを念頭に入れてください。

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(3)2022/07/05

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/28/9504029 の続きです。

 小倉さんは、韓国と日本とでは「道徳」「法」が違うと論じます。

「道徳」「法」などという語彙を日本語と韓国語は共有しているが、これらが「両社会で同じ意味内容を持つ」と誤解するとき、日韓の対立が大きくなる(28頁)

 「道徳(도덕)」や「法(법)」、日本と韓国とでは同じ言葉を使っていても、内包している意味が違うのです。 朝鮮人と日本人は区別がつかないほどによく似た人種ですが、歴史も文化も違う民族です。 この二つの民族が同じ釜の飯を食って運命を共にしたのは、植民地時代の35年間だけです。 それ以前の数千年間、そしてそれ以後の数十年間は別社会として両民族は過ごしました。 従ってたとえ同じ言葉でも意味が違うのは、もう当たり前でしかありません。 それを同じだと思い込んで話し合えば、違和感さらには葛藤するのは当然です。 

「日本では法が重視され、韓国では道徳が重視される」という認識‥‥ この場合に、韓国に対する蔑視や軽視の視線は介在していない。(31頁)

 小倉さんは日本の法重視と韓国の道徳重視を並べて、韓国は間違いで日本の方が正しく優れていると考えることは危険だと忠告します。

ところが日本の嫌韓派は、この認識をよりどころにして、韓国蔑視をしている。 これが危険なのだ。‥‥ 「日本と違って韓国の民主主義は法を軽視するのでレベルが低い」と単純に考えるのは危険だ。(31~32頁)

 なぜ危険か。 世界標準的(グローバルスタンダード)に見ると、日本は韓国に完敗する可能性があるからです。

韓国の法的な交渉力は、グローバルスタンダードに照らし合わせて、きわめて高いレベルにあるのである。徴用工や慰安婦の問題に関しても、国際司法裁判所などの法的判断にゆだねれば日本の主張が必ず認められる、と日本政府や保守派は考えているのかも知れないが、それは甘い。 むしろ日本が完敗する可能性すらある。 その理由は、日本のリーガル(合法性とか順法とかの意味)精神よりも韓国のそれのほうがずっと進んでいるからだ。(32~33頁)

たとえば日韓基本条約と請求権協定、慰安婦合意などに対して「合意は拘束する=守られなければならない」という原則論のみを押しの一手で主張しても、負けるときは負ける。(33~34頁)

慰安婦問題に関する韓国の地裁判決に対して「主権免除の原則(外国の主権的行為に対する損害賠償は認めることはできない)」のみを唱えても、負けるときは負ける。(34頁)

 なぜ負ける可能性があるのか。 それは、今の世界では「正義を取り戻そうとする潮流」が展開されているからだと小倉さんは説きます。

19世紀から20世紀前半にかけて支配と被害を受けた側がいま、正義を取り戻そうとする潮流がグローバルに展開しており、国際的な司法もそれに呼応しつつある。 つまり法の世界がいま、「正義の回復」というメガ・イシューをめぐって攻防している。 これは、政治学・政治思想・法学などの世界で「移行期正義」といわれている概念とリンクした動きだ。(35頁)

独裁や強権支配や紛争状態から解放されていく過程において、どの国も統治権力によっておびただしい人権蹂躙や暴力が行使されてきた。 その犠牲をそのままにせず、過去に踏みにじられた人権の回復を目指そうというのが「移行期正義」である。 正義を取り戻す際に、政治や法を道徳的な要求に呼応できるものにかえていかなくてはならない。 「法の道徳化」という現象がグローバルなレベルで起こっているのだ。 これは韓国人がもっとも得意とするベクトルである。(35~36頁)

 「日本の法」「韓国の道徳」という言葉で論じてきましたが、小倉さんは世界では「法の道徳化」現象が起きていると説きます。 そしてそれは、「韓国人が最も得意とする」ところなのです。 

 日本が韓国に「約束を守れ!」「法に従え!」と要求することは我々から見れば正当なのですが、世界の「法の道徳化」の動きのなかでは日本が世界の理解を得られるとは限らない、ということになります。 韓国の「道徳性優位論」の方が世界的に認められる可能性があるのです。 そう、わが日本が正しいのだと思って油断していてはいけないのです。 韓国側の考え方を常に分析・研究して知っておかねば、「負けるときは負ける」のですから。(終わり)

【追記】

 小倉紀蔵さんは韓国について以上のように鋭い分析をしていますが、一方ではかなり疑問なこともたくさん発言しておられます。 今回紹介した『韓国の行動原理』(PHP新書)でも、何故こんなことを言うのだろう、余りにも理解できないという箇所が多いです。

拙ブログでは小倉さんについて、4年ほど前ですが、下記のように疑問を論じました。

小倉紀蔵さんの疑問な発言   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/09/13/8959634

【拙稿参照】

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/21/9501927

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/28/9504029

「両班」理念が復活した韓国―『朝鮮日報』(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/17/9491298

李朝の「両班」理念が復活した韓国(2)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/24/9493453

李朝の「両班」理念が復活した韓国(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/31/9495653

「通常‐両班社会」と「例外‐軍亊政権」―田中明  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/07/9497623

「例外」が終わり「通常」に戻る―田中明(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/14/9499717

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/21/7250136

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/26/7254093

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/29/7261186

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(2)2022/06/28

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/21/9501927 の続きです。    次に「道徳」について、日本人のなかでも韓国と同じような考え方をする人たちがいます。 それは左翼だと小倉さんは言います。

日本左翼は、「韓国人・朝鮮人・在日こそ道徳的で、日本人は不道徳」という枠組みを死守していた。かつて帝国主義の悪辣な日本が朝鮮を植民地支配したことで、そして戦後も韓国へ「経済侵略」を続けることなどを糾弾するために、道徳という概念を使った。(25頁)

この(日本左翼)たちは ‥‥日本の併合植民地統治に対して朝鮮人がすべて抵抗心を持っていたとか、韓国人・朝鮮人・在日はすべて真摯に生きる道徳的な人々である、などという虚構を捏造して日本批判をする。 そのとき、自分たちの目的(日本の保守や侵略性への批判)を推進するために、韓国人・朝鮮人・在日の多様で実存的で魅力的な生をすべて画一化し、「道徳的な怪物」にでっち上げてしまった。(26頁)

 左翼は韓国人・在日らを「道徳的な怪物にでっち上げた」とは、“言い得て妙”ですね。 

このような二項対立(道徳的な韓国・朝鮮と不道徳的な日本)は歴史について何も語らないだけでなく、虚偽の歴史を捏造し、韓国人・朝鮮人・在日の生の多様性と主体性を無化して画一化し、それを単なる利用対象としてしまったのである。 これが蔑視でなくて何なのか。(26頁)

 左翼が韓国人・在日らを「単なる利用対象とした」というは、正にその通りです。 彼らは自分たちの反体制思想を宣伝するために、体制側(戦前復帰とか植民地主義などと表現される)の犠牲となったとされる韓国人・在日を取り上げます。 小倉さんはこれが結局、韓国人・在日に対する「蔑視」であると小倉さんは喝破しました。

 日本批判を繰り返す韓国人・在日の活動家や知識人たちは多いのですが、日本左翼では彼らが重宝されるのでした。 かつての朝鮮問題の集会で、在日活動家が植民地支配の歴史と戦後の差別を滔々と演説し、それを日本人支援者たちが黙って聞き入る、これこそが日朝(日韓)連帯だ、なんてことが繰り返されたことを思い出します。 こういう集会は、今も行なわれているみたいですね。

 小倉さんは以上のような日本左翼だけでなく、右翼=保守派へも厳しい批判を浴びせています。

保守側の「朝鮮半島認識」にも、蔑視の領域に属するものが多い。 それを尖鋭化したのがいわゆる嫌韓派の言説だが、これには民主的な社会の公的空間において到底容認できないレベルのヘイト的なものが多く、実に嘆かわしい。 伝統的に日本人が持っている韓国・朝鮮への強い差別意識の土台のうえに、この20年の間に蓄積された客観的で高度な朝鮮半島認識が都合よく加味されているのが、この嫌韓的言説の特徴である。 つまり嫌韓派は‥‥あたかも自分たちの認識は客観的であるかのように装っている。 しかしここに陥穽がある。 ここには洞察がなく、自分に都合のよい知識の断片をパッチワークしているだけだからだ。(27頁)

嫌韓派の多くは「日本は法治がきちんとしている立派な民主主義国家だが、韓国は情治や人治しかできず、三権分立もできていない前近代の国」という認識をもっている。これは部分的には正しい。‥‥だが、この枠組みが過度な信念体系になってしまうと、あきらかに誤謬の領域に突入し、日本の国益にも著しく反する認識となる。(27~28頁)

 嫌韓派が「誤謬の領域に突入し、日本の国益にも著しく反する」というは、その通りとしか言いようがありません。 しかし当の嫌韓派たちはそれを自覚しておらず、自分たちこそが正義だと勝手に思い込んで、ネット等でせっせと熱心に「国に帰れ!」「国交断絶!」「韓国はウソつきだ!」などの嫌韓投稿をしています。 更に犯罪まで行ったのが、ウトロ放火の有本匠悟でしょう。 

 こういった嫌韓派(ネットウヨ)の存在が、日本は道徳的に下位にあるとする韓国の「道徳論」の材料となっています。 嫌韓派は、韓国の「道徳優位性」主張の根拠をせっせと提供してやっている、という構図ですね。 嫌韓派は自分たちが結局は韓国を応援しているということに気付いてくれればいいと思って、私はかつて彼らと議論したことがあったのですが、やはり無理だと分かりました。

【拙稿参照】

嫌韓は2005年から本格化した  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/01/9477726

ウトロと韓国民団を放火した人物―有本匠吾(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/25/9484690

ウトロと韓国民団を放火した人物―有本匠吾(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/04/28/9485573

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/21/9501927

韓国の「道徳」は日本と違う―小倉紀蔵(1)2022/06/21

 韓国のニュースを読んでいると、いつも違和感を持つ単語があります。 それは「道徳」です。 例えば、日本関連のニュースでは「道徳的優位性」という言葉がよく使われます。 言葉のニュアンスと前後の文脈から、わが韓国は日本よりの道徳的に優位に立つ、という意味であることが分かるのですが、はて「道徳」?

 普通の日本人なら何を言っているのか分からず、どうやら韓国は自分たちの道徳性が高いと自慢しているようだ、そんな人に「その〝道徳″って何ですか?」と聞き返すことはケンカになるかも知れないので当座は黙っておこう、となるでしょうから、会話がそこで途切れることになります。

 韓国の「道徳」について、詳しく説明しているものはないかと探していたら、小倉紀蔵『韓国の行動原理』(PHP新書 2021年7月)に次のようにあるのを見つけました。

この『韓国は一個の哲学である』という本で、私が主張したことをひとことで言えば、「韓国人は道徳を叫ぶが、それは韓国人が道徳的だからではない」ということだった。 これは私が八年間、韓国社会をつぶさに見聞きした結果得た認識である。 私の核心的な疑問は、「韓国人はなぜ、自分がさして道徳的な生を営んでいるわけでもないのに、四六時中、道徳ばかりを叫んでいるのか」ということだった。 これを私は「道徳的志向性」という言葉で表現した。 (24頁)

 なるほど、韓国で使われる「道徳」という言葉は、わが日本で使われる「道徳」とは意味が違っているようです。 それでは韓国の「道徳」とは何か? 小倉さんは「朱子学」だと説きます。

(道徳志向性の)傾向性の淵源は、朝鮮王朝を500年間支配した朱子学にあると見た。‥‥(朱子学の)特徴は、宇宙や人倫社会のすべてを理と気で説明することにある。 気とは霊的な物質であり、理とは根源的な道徳である。

理は、宇宙の秩序の原理であると同時に人間関係の根本を規定する道徳でもある。 朱子学的な社会においては、この理を体現している人間でなければ主体性を持つことができない。 理を体現できなければ、他者に支配されてしまうのである。 だから、人間関係すべて「自分と相手とどちらがよりたくさん理を体現しているか」という競争的なものになる。‥‥韓国で道徳というのは、敵を叩き潰すときに使われる武器なのだ。(以上、24~25頁)

 朱子学は難しいですね。 要は、「理」とは「根源的な道徳」であり、この「理=道徳」を有する者こそが社会を支配することができる、ということです。 この「理=道徳」を体現する者が儒教でいうところの「君子」であり、李朝(朝鮮)時代では「両班」と呼ばれる上流身分であり支配階級となります。

 逆に「理=道徳」のない者は、両班から支配されて当然ということになります。 この理や道徳のない人間が、儒教でいうところの「小人」であり「夷狄」です。 「小人」は下層身分で常民とか言われる人たちで、そして「夷狄」が我が日本のことになります。

 両班が小人や夷狄に対して「道徳」を説くということは、お前たちはこちらの支配を受けるのだから言うことを聞け!と言うのと同じなのです。 だから韓国における「道徳」というのは、小倉さんの言葉を使えば「敵を叩き潰すときに使われる武器」なのです。

 韓国では日韓の外交交渉時などで、「日本に対してそんなことを言っていたら、道徳的優位性を示せない」という意見が何の違和感もなく受け入れられるのは、李朝時代からの伝統である朱子学から説明できると思われます。 逆に日本では、「道徳的優位性」という言葉に大きな違和感を持つでしょう。 外交は対等な国家間での交渉なのに、なぜ「道徳」というようなことを言うのか?という疑問です。

 ここで小倉さんが「韓国で道徳というのは、敵を叩き潰すときに使われる武器」と喝破しました。 韓国は、“日本はいつまでも「夷狄」なのだ、そのために我が韓国は常に道徳的優位に立って、対等なんて考える日本を叩き潰さねばならない”という風に「道徳」を「武器」として使っているということです。 こういう説明は分かりやすく、説得力がありますね。

【拙稿参照】

「両班」理念が復活した韓国―『朝鮮日報』(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/17/9491298

李朝の「両班」理念が復活した韓国(2)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/24/9493453

李朝の「両班」理念が復活した韓国(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/31/9495653

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/21/7250136

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/26/7254093

古田博司 『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/29/7261186