関東大震災「倉賀野事件」-被害者は日本人では‥2024/04/10

 朝日新聞の4月9日付に、「関東大震災、判決に朝鮮人殺害の記述 政府『記録見当たらない』」と題する記事が出ました。  https://www.asahi.com/articles/ASS492SHBS49UTIL00TM.html?iref=pc_ss_date_article   https://news.yahoo.co.jp/articles/b71f0c71f918ce617dea98feefda1a0c8fa7333b

参院内閣委で9日、1923年の関東大震災時に群馬県高崎市などで起きた朝鮮人虐殺をめぐる政府の認識を問うやり取りがあった。政府側は「政府内に記録が見当たらない」とする従来の答弁を繰り返した。

立憲民主党の石垣のりこ氏は、「倉賀野事件」の判決を示した。判決によると、震災発生後の9月4日、現在の高崎市倉賀野町で駐在所に保護されていた朝鮮人男性を連れ出して暴行し殺害したとして、自警団を組織した被告ら4人に有罪が宣告されている。

法務省の担当者は、判決原本が前橋地検高崎支部に保管されていることを認めたが、内容については「裁判所の事実認定が正しいかどうか評価する立場にはない」と答弁した。林芳正官房長官も同様に答えた。

 これを読んで、あれ!? 倉賀野事件の被害者は朝鮮人ではなく、日本人(当時の言葉では「内地人」)だったのでは‥‥と思い、姜徳相・琴秉洞編『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』(みすず書房 1963年10月)を取り出して調べてみました。

 この資料集の437頁に、倉賀野事件があります。 これは「第五章 鮮人と誤認して内地人を殺傷したる事犯」の中の「第四 犯罪事実個別的調査表」で列挙された事件の一つです。

 内容は、「日時:9月4日午後9時」 「場所:群馬郡倉賀野町巡査駐在所付近」 「犯人氏名:島田政吉 外三名」 「被害者氏名:氏名不詳男一名」 「罪名:殺人」 「犯罪事実:巡査が被害者を保護中、駐在所より連れ出して殺害す」と記載されています。

 この資料によれば、事件は上述したように“内地人殺傷事例”に入っていますので、被害者「氏名不詳男」は朝鮮人ではなく日本人です。 ところが朝日新聞の記事では被害者は「朝鮮人男性」としており、その元となった資料は立憲民主党の石垣のり子さんが示した事件判決としています。

 ということは、事件は日本人が殺されたという資料と、朝鮮人が殺されたという資料との二つの相矛盾するものがあるということです。 みすず書房『現代史資料』が間違いなのか、石垣のり子・朝日新聞が間違いなのか、どっちなのでしょうかねえ。

 ただ『現代史資料』は60年以上も前に出版されていて、関東大震災朝鮮人虐殺事件を研究する上では必須のものです。 これまで間違いとされていなかったと思うのですが‥‥。

【関連する拙稿】

関東大震災―自警団は警察も襲撃した https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/09/10/9616540

関東大震災の日本人虐殺     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/15/8189607

【その他の拙稿】

関東大震災―自警団を擁護した政治家の発言 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/09/15/9617769

朝鮮人虐殺事件―自警団の言い分  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/09/05/9615245

関東大震災朝鮮人虐殺事件の犠牲者数の検証(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/08/31/9613843

関東大震災朝鮮人虐殺事件の犠牲者数の検証(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/08/26/9612591

関東大震災―朝鮮人虐殺 寄居事件 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/08/21/9611387

水野・文『在日朝鮮人』(19)―関東大震災・吉野作造 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/04/8169265

水野・文『在日朝鮮人』(13)―関東大震災への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/07/19/8134282

関東大震災時の「在日朝鮮人虐殺者」の数 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/09/398058

関東大震災の朝鮮人虐殺  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/08/26/8163009

関東大震災「朝鮮人虐殺事件」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/09/01/8663629

「十五円五十銭」の練習―こんな在日がいるとは!? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/15/9347314

玄善允ブログ(2)―在日の錦衣還鄕がトラブルに2024/04/04

 玄善允さんのブログ「連作エッセイ『金時鐘とは何者か』2」  https://blog.goo.ne.jp/sunyoonhyun5867kamakiri/e/14b31cbf81eda5ac72f05dac66804bb5 のなかで、次の体験談に目が行きました。  

その一方で、両親が日本で懸命に働いて得たお金を済州に持ちこみ、親戚にばらまくと同時に、いつかはそこに帰って余生を過ごすために確保した不動産などを巡って、親戚や地元の多様な人々との間で深刻な争いが生じ、それを父の生前に解決しない限り、将来に亘って解決不能な問題を抱えかねない状況に追い込まれ、母からその解決のために、済州に同行するようにしきりに頼まれるようにもなっていた。

 玄さんは「両親が日本で懸命に働いて得たお金を済州に持ちこみ、親戚にばらまくと同時に」と書いておられますが、在日の間ではこれはよく聞く話でした。 1960~70年代、在日一世は日本の高度経済成長の波に乗って必死に働き、錦衣還鄕(錦を飾る)で懐かしの故郷を訪問します。 その時にお土産をたくさん持って村中に配り、またお金も親族らにバラ撒くことになります。 当時の日本と韓国とではかなりの経済格差があり、在日が持ってくるお土産やお金は日本での感覚では大した費用でなくても、韓国人には目もくらむようなものだったようです。 ですから韓国人には“在日はお金持ち”というイメージでした。 在日一世たちは、韓国の故郷でそのイメージ通りの振る舞いをしたのでした。

 ですから故郷の韓国人は在日親族に金品をたかるのは当然という気持ちになって更に近付こうとし、逆にたかられる在日、特に子や孫の二世以降はもう付き合っていられないとなって遠ざかろうとしますので、そこに感情の行き違いが生じます。 在日二世が親に連れられて韓国の故郷に行ったときの話を聞いてみると、親戚連中の悪口をよく言っていましたが、それはこんな事情でした。 一方、故郷の親戚たちはおそらく、“日本でお金持ちになっているのに구두쇠(けちん坊)だ”と悪口を言っていることでしょう。

 また在日一世と故郷の親族・親戚との間で財産トラブルがあったこともよく聞く話です。 一世はいずれ故郷に帰ろうと考えていた人が多く、日本で一生懸命働いてお金をため、故郷の朝鮮で生活できるように田畑を買い、時には自分が入る墓地を確保したりするのでした。 そういった不動産は故郷で両親の墓を守ってくれている兄弟などに管理を任せるのですが、問題が起きるのはこの時です。

 一番よく聞くのは、そういった土地を所有者の自分に断りもなしに勝手に処分された、という話です。 相手方の言い分は、一族で経済的に困っている家があれば助けるのが当然だ、日本では金持ちになったのだからその土地を売って一族のために使うのがなぜ悪い、とかになるようです。 もうちょっと詳しく聞くと、一族の中で頭のいい子がソウルの大学に行くことになり、その費用のために売った、というような話だったですねえ。

 玄さんのご両親も、詳しくは書いておられませんが、おそらくこれと同じようなトラブルが生じたようです。 私がなぜこれに目が行ったかというと、世に在日を論じる本はたくさんあっても、このような生々しいことに言及するような本は全くと言っていいほどにないからです。

 在日といえば“強制・剥奪・差別され続けてきた”という被害話が定番です。 そして、この定番イメージに合わない話は無視されるのでした。 在日は作り上げられた定番ではなくリアリティのある話をすべきであるということが私の考えで、今回は玄さんのブログを契機に書いてみました。

【拙稿参照】

在日韓国人と本国韓国人間の障壁 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/12/12/9641974

玄善允ブログ(1)―金時鐘さんの日本名2024/03/31

 玄善允さんのブログ「連作エッセイ『金時鐘とは何者か』2(第一部 金時鐘の年譜)」を読む。  https://blog.goo.ne.jp/sunyoonhyun5867kamakiri/e/14b31cbf81eda5ac72f05dac66804bb5

 ブログでは、金時鐘さんが小学校時代(当時は普通学校)に使っていたとされる日本名は年譜では「光原」となっているが、出身校と推定される済州北初等学校(現在)同窓会誌の1943年卒業生名簿には「金山時鐘」となっているとしています。

『同窓会誌』に付された歴代の卒業生名簿の内、33期(1943年3月25日卒業)の欄では、総116名の卒業生の名前と、番地はないが町名までの住所は記載されており、 ‥‥ 学校の公式記録に劣らぬ信憑性がありそうな総同窓会の卒業生名簿では、金時鐘の卒業時の姓名は「金山時鐘」、住所は「済州二徒」、済州北初等学校の前身である済州北公立普通学校を「1943年3月25日に卒業」したとされている。

 つまり金時鐘さんには「光原」以外に、「金山」という日本名があったことを指摘するものです。 「金山」は卒業者名簿と発見するに至った経緯とを明らかにしていますので、信頼できる情報でしょう。 また「光原」は金時鐘さんの自叙伝である『朝鮮と日本に生きる』には次のように記述されており、確認できます。

そのことを金(金容燮)君に息苦しくてならないと話しましたら、彼は私の手を握って「光原(これが私の日本名でした)! それが詩なんだ! お前の詩はそれなんだ!」と諭してくれました。 (金時鐘『朝鮮と日本に生きる―済州島から猪飼野へ』岩波新書 2015年2月 42~43頁)

 金時鐘さんは「光原」について、わざわざ括弧書きで「これが私の日本名でした」と記しています。 しかし「金山」には全く触れていません。 金さんの小学校時代に「金山」と「光原」の二つの日本名があったと推定されることに対し、金さんの説明がほしいところです。

 まとめますと、金時鐘さんには親に名付けてもらった「金時鐘」、日本に密航した際に不正に入手して今まで使い続けてきた法律上の名前「林大造」、そして今回は「光原」「金山」という二つの日本名、計四つの名前があるということです。

【拙稿参照】

本名は「金時鐘」か「林大造」か  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031

金時鐘さんは本名をなぜ語らないのか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/02/9110448  

金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120

金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038

金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/07/9623500

金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/12/9624809

金時鐘氏は不法滞在者(3)―なぜ自首しなかったのか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/17/9626078 

金時鐘さんの法的身分(4)    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951

在日の定義は歴史意識にある―『抗路11』2024/03/24

 在日総合誌『抗路』11号(2023年12月)の巻頭辞に、在日について次のように書かれていました。

「在日」を論じることは今後も可能なのか、可能であるならば、その内容はどんなものか‥‥ 世代の交代、時代意識の変化その他で「在日」とは誰なのか、定義することすら困難な情況のなかにある。‥‥(在日として)生きていく上で歴史意識のありようが重要な位置を占めることを改めて思う。

 要は、「在日」を定義することは難しい、もし定義しようとするなら「歴史意識」であり、これが重要だ、ということのようです。

 「在日」は、本来の定義は「朝鮮半島に生を受けながらも日本の植民地政策に起因して渡日し、そのまま残留をせざるを得なくなった人々、およびその子孫」であり、法的には入管特例法に基づく「特別永住者」です。

 しかし『抗路』は“在日の定義が困難”だと言うのですから、在日は本来の定義から外れて、誰を在日としたらいいのか分からなくなっている、ということですねえ。 結局、「歴史意識のありよう」が在日の「重要な位置を占める」と主張します。 つまり在日とは法的地位とか血統とかの客観的な根拠ではなく、「歴史意識」という主観的なものに基づく、ということになります。  これは「本誌編集委員会」の巻頭辞ですから、個人の考えではなく在日総合誌『抗路』全体の考えであり、方針ですね。

 こうなると、特別永住者であっても歴史を知らない人であれば“あなたは在日ではない”となるだろうし、帰化して日本人となっている人でも「歴史意識」を有していれば“あなたは立派な在日です”となるでしょう。 つまり在日か否かの境界線は自分たちが想定している「歴史意識」を有しているかどうか、そこにあるとなります。 

 在日の歴史意識とはどういうものか、拙論では20年ほど前に論じたことがありますのでご笑読いただければ幸甚。   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuudai

 『抗路』は、在日のアイデンティティは歴史しかない、という考え方を明確にしたと言えます。

 私は昔のことですが、右翼・ヤクザになって日の丸を掲げながら君が代を鳴らす街宣車に乗る在日(126系列―特別永住者)を知っていました。 それは何十年も前のことで記憶が薄れていますが、山口組系雄心会日本塾というような団体名だったように覚えています。 在日というのは、どんな「歴史意識」を持とうがそんな主観的・情緒的なレベルで定義付けるものではないと考えます。 ですから在日の存在根拠に「歴史意識」のような曖昧なものを持ってこようとするところに、大いなる違和感を持ちますね。 どんな歴史意識を持とうとも、在日は在日です。

 在日はこれから更に日本化して日本社会の一員となり、在日の有してきた文化(チェサなどの祖先崇拝など)は日本文化の一つとして取り込まれるだろう、 そして日本から“侵略され強制され剥奪され差別されてきた”というような被害者意識に終始する歴史は雲散霧消していくだろう、というのが私の見通しです。

韓国人でも日本人でもない―しかし同化する在日韓国人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/02/14/9562752

【在日総合誌『抗路』に関する拙稿】

尹健次さんの北朝鮮密航    https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/07/22/9603772

在日の古代史(1)―古代渡来人と広開土王碑改竄 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/07/01/9598436

在日の古代史(2)     https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/07/08/9600251

在日の古代史(3)     https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/07/15/9601987

民族的アイデンティティはどこまで主張すべきか https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/06/11/9593557

在日誌『抗路』に出てくる「北鮮」(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/06/06/9592240

在日誌『抗路』に出てくる「北鮮」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

在日が入管問題に冷たい理由―『抗路』を読む https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/05/20/9587549

在日のアイデンティティは被差別なのか―尹健次 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/12/9387023

かつての朝鮮学校には日本人教師がいた―『抗路9』 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/03/09/9470770

密告するのは同じ在日同胞―『抗路9』座談会 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/03/03/9468948

親の靴職人を継いだ在日子弟―『抗路9』座談会 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/24/9466872

在日は「生ける人権蹂躙」?-『抗路』巻頭辞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/31/9460212

戦後補償運動には右派も参加していた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/07/9461960

戦後補償問題の解決とは?―『抗路』外村大を論ずる http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/14/9464117

在日誌『抗路』への違和感(1)―趙博「本名を奪還する」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/27/9381682

『抗路』への違和感(2)―趙博「外国人身分に貶められた」  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/02/9383666

趙博さんの複雑な名前     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/11/02/9171893

金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120

在日総合誌『抗路』に出てくる「北鮮」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/16/9338000

在日の自殺死亡率 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/20/9369020

在日の低学力について(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/04/28/9371638

在日の低学力について(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/05/05/9374169

脱北して戻ってきた在日    https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/02/25/9662215

日本のかつての性風俗―夜這い2024/03/17

 前回で、昔の朝鮮の性風俗に少し触れました。

韓国語の雑学―客妾(객첩)      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/03/10/9666292

 これに関連して、日本の夜這い風習を論じた赤松啓介についての拙稿を紹介しました。

赤松啓介の夜這い論 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/02/02/2596000    赤松啓介の思い出―差別と性 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/01/6831892

 今回は夜這い風習について、私が聞いたことを思い出しましたので、それを書いていきたいと思います。

 昔の日本に夜這い風習があったことは割と知られていますが、しかし具体的にどのようなものであったことは分からないものです。 赤松啓介さんによると、夜這い風習はそれぞれの村によって違いがあったそうです。

 ある村では、夜這いができる者はその村の男に限るとして、他の村から夜這いに侵入してくる男を排撃するために、村境に見張りを出していた。 そんな村があったということです。

 しかしそんな決まりがないというか、全くの自由な、今でいうとフリーセックス状態の村もあったそうです。 村で生まれた子供は父親が誰であれ問われることはなく、村の子供として村全体で育てていたという話もありました。

 夜這いのあり方は村それぞれで違いあるなんて、こんな話を聞き出すとは赤松民俗学のすごいところですね。

 赤松さんは自分の体験も含めて、夜這いの実態を話してくれました。 年頃の娘は家の中でも一番奥に寝かせるものですから、夜這いするには寝ている親の枕元を気付かれないように通り抜けて、その娘の部屋に行くことになります。 ですから男が夜這いに行こうと定めると、その家の中のどこに娘が寝て、どこに親が寝ているかをあらかじめ調べておかなくてはなりません。 そこで男は何か理由をつけて農作業などを手伝って、その家の構造をそっと調べることになるそうです。

 そしていざ夜這いを実行するのですが、その時に親に気付かれて怒鳴られて、あわてて逃げることになります。 昔の農家はみなさんご存じかと思いますが、トイレは屋外にあります。 夜にトイレに行こうとすると、暗闇の中を歩いて行かねばならないのですが、それが邪魔くさくて縁側のすぐ下に桶を置いておいて、そこに用を足すようになります。 夜這いが見つかって親から怒鳴られた男はあわてて逃げる時、この桶に足を引っ掛けることがあったそうです。 家の人が朝にそれを片付けるのですが、それを周囲から見つかって、あの家は昨晩夜這いに入られたんだなあと噂し合った、しかし夜這いはどの家でもやっていることだから、それで済んでいた、という話でした。

 ところがそんな村でも、謹厳実直というか、夜這いを許さない家があったそうです。 そんな家では夜にはしっかり鍵をかけているのでした。 こんな家には冬の夜に玄関や雨戸の下に外から水をぶっかけたと言います。 こうすると凍ってしまって、朝に開けられなくなります。 こんな悪戯をしたものだ、という思い出話もありました。  

 このような夜這い風習の村でも、戦争が進む時代になると、村から男が徴兵などでいなくなります。 残ったのは女ばかりで、それまで男がやっていた力仕事を女がしなければなりません。 そんな時代に、若い男が村に入ってきます。 そう、朝鮮人です。 朝鮮人は徴兵されませんでしたから、貴重な労働力として残っていたのです。 夜這い風習の盛んだった村では男日照り状態でしたから、この若い朝鮮人男は特に中年女性たちから目をつけられます。 男は昼は力仕事をして疲れているのに、夜はこういう女性たちが今日は私、明日はあんたと、夜這いに来るのです。 男は最初のうちは日本とはこんなところかと驚いて楽しんだが、ほとんど毎晩なのですぐに嫌になった、と言います。 

 この最後の話は赤松さんではなく、ある朝鮮研究者(佐藤勝巳さんだったかな?)から又聞きのそのまた又聞きで聞いたものでした。 強制連行なんていうが、こんなこともあるという話でした。 赤松さんの話と整合する部分があったので、私は本当のことだろうと印象に残っています。

韓国語の雑学―客妾(객첩)2024/03/10

 性風俗は国や民族によって違いがあります。 また歴史の時代によっても違いがあります。 現在では人権や倫理の観点から否定されるべき性風俗が各国・各民族で見ることがありますが、そうでない限りそれぞれの性風俗は尊重されるべきです。 さらにそれが過去のものであるなら、もう今は存在していないのですから、あげつらうものではありません。 ですから性風俗は国によって違う―他民族を誹謗すべからず、です。

 ということで、今回は隣国朝鮮での昔の性風俗で「客妾(객첩)」の話です。 この言葉は朝鮮史に相当詳しい人でなければ知らないでしょう。 韓流ドラマの사극(史劇 ―時代劇)にも出てきていないと思います。 少なくとも私の見た사극には、ありませんでした。 30年以上前の本ですが『ソウル城下に漢江は流れる』の中に、次のような記述があります。

むかし朝鮮の旅人たちは空腹になると、酒幕(居酒屋兼旅籠)に寄って簡単な腹ごしらえをしたり、旅の途中で日が暮れると客主(商人宿兼問屋)を尋ねたり、まれには素封家の屋敷に招かれて一夜の世話を受けたものである。 酒幕や客主のほかは、ソウルにも地方にも気のきいた食堂や料理屋などはなかった。 それでは旅人たちはどのように旅情を慰め、どこを宿にしたのであろうか。

客人として地方の有力者の家で一夜を過ごす場合、泊まる客人の身分にもよるが、たいてい食事の世話をするのは饌婢(せんぴ)と呼ばれるはしため(端女)である。 接客する方も夜伽(よとぎ)を差し出さねば済まないほどの高貴な客が来訪すると―むかし朝鮮では一時、賓客が訪れると娘や妾を差し出して添い寝させる風習があって、これを客妾と言った―どんな大監(正二品以上の高官)であっても、夫人とか娘を客に供し、彼女たちはそれぞれ独自の方法で相手を勤めたものである。 (以上、林鐘国『ソウル城下に漢江は流れる―朝鮮風俗史夜話』平凡社 1987年1月 16頁)

 ここに「客妾」が出てきます。 いまNAVERの国語辞典を見ると、「客妾(객첩)」は次のように説明されています。

예전에, 손님의 시침(侍寢)을 들던 여자. 보통 집주인의 딸이나 첩이다. (昔、客の侍寢=夜伽をした女。 普通、その家の主人の娘や妾である)

 また別に検索してみると、次のような例が記されていました。

과거에 급제한 선비들이 금의환향하는 길에 얻는 ‘객첩(客妾)’도 있다. (科挙に及第したソンビ(士人)が故郷に錦を飾って帰る道で、奉仕を受ける“客妾”もいる)

 なお얻다は直訳すれば「得る」ですが、ここでは「奉仕を受ける」と意訳しました。

 貴人あるいは高位の人が自分の家に泊まりに来たらその寝床に、娘か妾、時には妻を差し出すという慣習があったということです。 今から見ると、女性差別の最たるものでしょうが、かつての朝鮮ではあったのでした。

 ただ歴史的に見ると、この慣習は朝鮮だけにあったのではなく、全世界的にあったものと推定されます。 例えば古代日本では、日本武尊の東征伝説のなかに、日本武尊が「尾張に至りて、尾張国造の祖美夜受比売の家に入りましき、すなわち婚(まぐわひ)せむと思ほし」(古事記)とあります。 「婚」を「まぐわひ」と読むのは、ずばり性行為を意味します。 尾張の有力者である国造の家に泊まり、客妾の接待を受けたと推定できます。

 世界史では、コロンブスが1492年にアメリカ大陸を発見した際、現地で歓迎を受けました。 そして帰還後間もなくしてヨーロッパでは梅毒が流行しました。 それまで梅毒のなかったヨーロッパで急に流行したのですから、コロンブス一行がアメリカ現地で女性と性交渉した際に当地の風土病であった梅毒に感染して持ち帰った、というのが通説になっています。 性行為は暴力的に強姦したのではないとされているので、現地の部族は神の使いが来たとして女性を差し出した、つまり客妾の接待をしたのだろうと推定できます。

 それ以外にアジアの遊牧民族に、客妾の慣習があったと言われていますが、そこは確認できませんでした。

 セックスは人間にとって非常に重要なものですが、歴史上の記録にはなかなか残り難いものです。 客妾もおそらくはかつて全世界的に広がっていた慣習と思うのですが、今は数少ない記録から推定できるのみと考えます。 それが韓国の歴史の本や辞典にかろうじて残っていた、というのが今回のお話でした。

【朝鮮の性風俗・妾に関する拙稿】

妻の体を売る―『朝鮮雑記』   https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/09/26/9427065

金九―「妻の体を売ってでも美味しいものを」 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/30/9392997

伝統的朝鮮社会の様相(1)―女性の地位 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/08/29/9146768

【日本の性風俗に関する拙稿―赤松啓介】

赤松啓介の夜這い論           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/02/02/2596000

赤松啓介の思い出―差別と性       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/01/6831892

赤松啓介の思い出―売春婦の演技     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/03/31/7600974

【韓国語の勉強―これまでの拙稿】

韓国語の雑学―남부여대(男負女戴)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/11/14/9634052

韓国語の雑学―전산이기(電算移記) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/06/17/9594956

韓国語の雑学―賻儀   https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/26/9543701

韓国語の雑学―将棋倒し http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/15/9235466

韓国語の雑学―下剋上  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/22/9237987

韓国語の雑学―「クジラを捕る」は包茎手術の意 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/10/9325273

韓国語の雑学―내로남불(ネロナムブル) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/04/9334079

韓国語の雑学―東方礼儀の国    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/17/9388692

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在日特権―税制の優遇はあるのか?2024/03/03

 先月、国会でいわゆる「在日特権」について議論があったそうです。 内容は在日への税制優遇があるのかという質問に対して、国がそれを否定したというものです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/b7806079c4c062005ed357a4abbe305eb3b2215c

28日の衆院予算委員会分科会で、在日コリアンへの憎悪をあおるデマとして知られる「在日特権」が取り上げられた。日本維新の会の高橋英明氏が、税制面の優遇措置といった特権はあるのかと質問。国税庁は「対象者の国籍であるとか、特定の団体に所属していることをもって特別な扱いをすることはない」(田原芳幸課税部長)と否定した。

高橋氏が「在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)とか、それに関わる法人個人も一切の優遇措置はないのか」と聞くと、田原氏は「特別な取り扱いをすることはない」と明言した。

「在日特権」を巡り、自民党の杉田水脈衆院議員はXに「実際には存在します」と投稿、批判を招いている。

 記事では「特権」とは、税の優遇措置を言っています。 これは国税庁の言うように「ない」とするのが正解です。 ただ所得の捕捉率という問題点で、かつて在日は有利だったと言うことはできます。    所得の捕捉率の問題というのは、税務署が課税所得を捕捉する際に業種間格差=不公平が激しかったことです。 クロヨンは今は死語かも知れませんが、よく聞いた話です。 これは、捕捉率が給与所得者なら9割なのに、自営業者なら6割、農業従事者なら4割だという意味です。 実際はもっと酷くて、トーゴーサンピン(給与所得10割、自営業5割、農業3割)だと言われていて、サラリーマンでなければかなりの税を免れていたのでした。

 かつての在日は就職が難しかったのですから、自営業をする人が多く、上記でいえば5~6割の所得捕捉率で、それだけ税を免れていたということです。 在日だからではなく、自営業だから免れていたのでした。 つまり日本人も同じだったのでした。 ただ在日は自営業が多くて、税制で優遇されているように見えただけと考えられます。

 なお在日の中でも朝鮮総連系の自営業者は、ちょっと違った様相を見せていました。 総連は傘下に朝銀(朝鮮信用組合)という金融機関がありました。 総連系の自営業者は朝鮮商工会に加入して、朝銀から融資を受けて事業を行ないます。 銀行が自分の側に立つのですから、課税所得を隠すことが難しくありません。 税務署もこれを知っていて追及するのですが、会計帳簿をハングルでつけるという手段で対抗したという話を聞いたことがあります。

 また、こんな話も聞いたことがあります。 あるパチンコ屋は本当なら2億円の税金を払わねばならなかったところ、朝鮮商工会と朝銀が組んで会計操作し、2000万円の税金で済ませ、残りのうち2000万円は当のパチンコ屋、4000万円は総連に、そして1億2000万円は祖国の北朝鮮に送金する、という話でした。 この話は1990年代初めに知ったものです。 北朝鮮はソウルオリンピックに対抗して第13回世界青年学生祭典を1989年に大々的に挙行したため、経済的にかなり窮迫した状況になっていました。 それで日本の朝鮮総連が毎年600億円を北に送金して支援しているということでした。 総連はどうやってそのお金を用意できたのか。 その説明のなかで、上記の話が出てきたのです。 本当かどうか分かりませんが、脱税が資金となっているというのは、バブルの真っ最中の時期でもあったので、さもありなんと思いました。

 しかし1990年代に入ってバブルは崩壊して、朝銀は破たんし、朝鮮商工会の在日会社の多くが借金を抱えて倒産しました。 朝鮮総連も財政が苦しくなったようです。 かつてのような甘い汁は吸えなくなりました。 これで総連がまともになってくれていたらいいのですが、どうなんでしょうねえ。

 ところで話は飛びますが、税制の優遇措置は在日ではなく、いわゆる部落にありました。 1968年頃かと思いますが、国税局と解放同盟の部落解放企業連絡会との間に税務申告の密約協定が結ばれ、この連絡会の企業からの税務申告はすべてフリーパスとなった、というものです。 だから税務署員は同和業者と分かると最初から見なくなった、と言います。 こうなると“政府公認の税制優遇措置”=「特権」と言っていいと思います。 国会議員さんはこれに気付いてほしいですね。

【在日特権に関する拙稿参照】

もう一つの在日特権       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/11/13/8997080

在日特権            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/01/12/2556636

在日の通名は特権ではない    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

在日の生活保護         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/16/6867746

在日の特別永住制度       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/14/6864389

【訂正】

ちょっと間違えましたね。

国税庁と朝鮮商工会(朝鮮総連系)は、1967~8年ごろに、秘密協定を結んでいたようです。

これが後に「在日特権」と言われる材料になったわけですが、今はないようです。

いつごろなくなったのかは分かりませんが、1990 年代末に朝銀が破たんしたからではないかと思うのですが、どうでしょうか。

      (2024年3月7日 記)

やはり上野千鶴子さんは闘う活動家2024/02/29

 文春オンラインに、フェミニズムの上野千鶴子さんの記事が出ました。 見出しは「『言葉を失いました』10代女性を相手に講義をしたところ…東京大学名誉教授・上野千鶴子がかけられた“衝撃の言葉”」です。 https://bunshun.jp/articles/-/69164   https://bunshun.jp/articles/-/69164?page=2

 このなかで彼女は次のように語っておられます。

さらに、衝撃的な体験を語ってくれた。

「このあいだ、10代の女の子たちを相手に講義をする機会があって、いつものように日本女性を取り巻くデータを淡々と見せて話したら、そのうちの1人から『上野さんの講義を聞いて、私たちが出ていく世の中が、まっくらなんだってよくわかりました』と言われて。言葉を失いました」

苛立ちや怒りも隠さない。

「当然、書名(上野著『こんな世の中に誰がした?』)そのままの言葉で詰め寄りたい気持ちはありますよ。社会や会社の上のほうにいる、既得権益にまみれたおじさんたちに」

ただ、もはや彼らにばかり問題を押し付ければ済む段階ではないともいう。

「今の社会をつくってきた大人の“あなた”の責任を果たしてください、と言いたいんです。傍観してきたあなたにも責任があります。だって、10代の女子に、自分が出ていく社会はまっくらだ、なんて言わせていいと思いますか? 彼らの未来が明るくなるように、あなたが果たすべき責任は何か。考えて行動してほしいですね」

 上野さんの本はかつてちょっと読んだことがあって、その時は活動家だという印象を持ちました。 そしてこの一文を読んで、やはり彼女は差別と闘う活動家だと改めて感じました。 

 上野さんは社会における女性差別の現状を講義したところ、10代の女性から「私たちが出ていく世の中が真っ暗なんだってよく分かりました」と答えられて、「言葉を失う」ほどの衝撃を受けたそうです。 そして上野さんは、10代の女の子がこんなことを言うのは「既得権益にまみれたおじさんたち」 「今の社会をつくってきた大人のあなた(すべての男ども)」 「傍観してきたあなた」の責任だと言って、世の男性たち、特に政治経済を牛耳るエリートたちを追及しているようです。

 自分の講義を聞いた人が自分の意に反する反応をしたら、普通は“講義の内容に何か誤解を招くようなことあったのだろうか”とか、“どのような発言をすればこちらの意を理解してもらえるのだろうか”とかいうような自省から始めるものだと思うのですが、上野さんはそうではありません。 社会は女性差別に満ちていると講義で訴えたのに、肝心の若い女性から“私たちはそんな恐ろしい社会に出ないといけないのか”と反応したことに驚き、女性にそんなことを言わせるような差別社会が一番悪いのだ、という風に話を展開するのでした。

 これは民族差別や部落差別と闘う活動家の言い方によく似ていると感じました。 活動家は、日本が差別社会だから差別問題が起きると言います。 そして差別と闘う活動家は自分たちに正当性があることを主張するために、社会の差別がどれほど厳しいかを主張します。 差別が厳しく過酷であればあるほど、それと闘う自分たちに存在意義があると考えるのですから、日本は人権侵害と非人間性に満ちあふれる過酷な差別社会だ、そんな社会を動かしている行政や会社が悪い、というような言い方になっていきます。 社会のことをまだ何も知らない若者がこれを聞くと、“世の中はなんて怖いんだ、真っ暗なんだ”という反応になります。

 在日問題においても、活動家たちは日本の民族差別がどれほど厳しくて過酷なのかを主張します。 関東大震災などを引き合いに出して、“私たち在日はいつ殺されるか分からない恐怖の中で生きている”とか言う活動家がいましたねえ。 そんなことを聞くと私なんかは、“そんな恐ろしい場所になぜ住んでいるのか、自分は覚悟して住むことができても家族をどうするのか”と思ってしまいます。

 昔のことですが、ある活動家の家でこれと同じような会話を交わしていたのを思い出します。 それは地域社会で民族差別と闘う運動をしている活動家と、他地域から来た一般女性とが結婚した家庭でした。 妻はその地域に厳しい民族差別があるという夫からの話に驚き、“そんな場所になぜ家族を住まわせるのか”と疑問を抱きました、しかし活動家の夫は妻に差別問題を理解させようと更に闘う運動にのめり込んでいったのです、それでも妻はますます疑問が大きくなっていったという話です。 これは私が当事者の方から直接聞いたもので、以前に拙ブログで書いたことがありますのでご笑読いただければ幸い。  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/06/01/9252979 

 上野千鶴子さんも、おそらくは日本社会が厳しい女性差別であることを強調して、だからこそ皆さんはこれに負けずに闘いましょうと訴えたものと思われます。 しかし一般人は平穏に暮らしたいと考える人が多数ですから、社会では女性差別が厳しいなんて言われると、自分もそんな厳しい差別を受けるのかと思って社会に出ることを躊躇したくなるものです。 上野さんの講義を聞いた10代の女性が「世の中が真っ暗だ」と発言したのは、私には理解できます。

 差別と闘うことは、一般人が活動家の主張に共感しているうちはその闘いに意味があり、盛り上がります。 しかし個別の差別問題が解決して差別解消が前進しても、活動家は自分たちの存在を誇示するために厳しい差別がまだまだ残っているというアピールをして活動を続けようとします。 過酷な差別であればあるほど自分たちの闘いは正しいのだとして、ますます闘志を燃やします。

 一方、一般人は日々の生活に満足して幸せで平穏な生活ができればいいものですから、日常に戻って平穏な生活をすることになります。 差別があるから闘おうなんて、普通の一般人は思わないものです。 そこから、活動家と一般人との間に乖離が始まるのです。 

 上野さんの記事を読んで、彼女はやはり差別と闘う活動家であって、女性差別問題でも活動家と一般人と間に乖離が出てきているのだなあ、というのが私の感想です。

【参考】

梁泰昊さんの思い出― 活動家と一般人との結婚 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/06/01/9252979

差別がまかり通る            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/05/03/3444103

「十五円五十銭」の練習―こんな在日がいるとは!? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/15/9347314

「同じ」と「違い」―差別と闘う論理の矛盾― http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuhachidai

武田砂鉄の被差別正義論―毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/24/8810463

社会的低位者の差別発言      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/05/09/9244588

脱北して戻ってきた在日2024/02/25

 北朝鮮から脱北し今日本に居住しておられる人は約200人ほどだといいます。 1950年末~1980年代に北に帰国した在日、あるいはその子や孫がほとんどだそうです。 彼らは自分が元在日の脱北者であり北朝鮮の悲惨な状況を訴えて自分たちを騙した朝鮮総連を糾弾するものだと思っていたのですが、実際にそんなことをする人の数は非常に少ないです。

 何故なのかちょっと気になっていたのですが、最近の在日総合誌『抗路11』(2023年12月)に掲載された石丸次郎さんの「コロナで不可視の北朝鮮で起こっていたこと―金正恩政権の政策転換による災い」という論考のなかに、次のように書かれていて“ああ、なるほど、そういう事情だったのか”と納得しました。

現在、大阪と首都圏に約200人の脱北者が暮らしている。 59年から84年まで続いた帰国事業では、在日朝鮮人とその日本人家族合わせて9万3000人あまりが北朝鮮に渡ったが、この帰国者と北朝鮮生まれの二世・三世たちが日本に戻ってきているのだ。 彼らは在日親族のふりをして、息子・娘。親兄弟と手紙のやり取りをし、現金や荷物を送ってきた。 日本からは保険付き郵便で現金を一回10万円まで安全に送金できる。 経済制裁のため、ぜいたく品がないか税関で細かくチェックされるが、荷物も送ることができる。 (146頁)

 日本に戻ってきた在日の脱北者は、自分が日本に昔から住んでいる在日親族のように騙って、北朝鮮に残っている家族らにお金や荷物を送っているのですねえ。 北朝鮮での苦しい生活を逃れて脱北しようやく元の日本に戻ってきたのですが、北朝鮮では極貧の生活を送る家族らがまだ残っています。 その家族らにお金や荷物を送る時、自分が脱北した人間だと明かせばその家族はとんでもない処罰を受けるでしょう。 だから昔から日本に在住してきた在日親族から送っているという形にしているのですねえ。

 脱北者について関心はありますが、こういう情報は知らなかったので、大いに参考になったというわけです。 朝鮮総連の家にもこのような身内の脱北者を匿っているのだろうなあ、そして周囲に何も言わずに黙っているのだろうなあ、と思いました。

 なお北朝鮮ではコロナのために2020年3月から国際郵便の取扱いを停止し、今でも荷物も手紙も送れない状態が続いているそうです。 脱北者の苦悩はさらに大きいでしょうねえ。

 脱北して日本に戻ってきた在日が北の実情を訴え、自分たちを騙した総連を告発する活動は上記のように小さいようです。 しかし勇気を出して活動をしている方もおられるので応援したいものです。

北朝鮮には税金がない、その代わり‥‥2024/02/18

 岩波書店『世界』2024年3月号に、蓮池薫さんの「『拉致問題』風化に抗して―日本人被害者への思想教育(その1)」という投稿があり、読んでみて次のようなくだりがありました。

指導員が「わが国は世界で初めて税金のない国になった。 これでわが人民は、歴史上初めて搾取から完全に解放された人民になった」と誇らしげに言うので、私が日本のシステムと比較して「税金がないのなら国家予算は一体何で賄われているのか」と聞いたことがあった。 これに対しての指導員の回答は「勤労者が国への感謝の気持ちから、自発的に時間外労働を行ない、そこから生まれた余剰利益が国家予算に回される」だった。 とうてい納得がいくものではなかった。 (207頁上段)

 そういえば1970年代前半に朝鮮総連の方から、「わが共和国(北朝鮮のこと)に税金はありません」と教わったことを思い出しました。 その後、小田実が北朝鮮の訪問記みたいなものをどこかに書いていて、「北朝鮮ではあの悪魔のごとき税金などというものを廃止した」とありました。 私は、“へー!社会主義国になれば税金はなくなるんだ”と感心したものでした。 

 そのころの大学ではマルクス主義の講義があり、教官が「国家が国民を搾取し‥‥」と言ったので、ある学生が「税金は搾取なんですか?」と質問しました。 そうしたら「そうです、税金は国民を搾取するものです」と答えて、その場のみんなから「えー!?」と驚きの声が上がったという話がありました。 この話はその体験者から私が直接聞いたので、確かな話です。

 その頃の私は社会主義に対する幻想があったので、社会主義国では税金がないと信じ、確定申告で税金に苦労している人を見ると、社会主義になればそんな苦労をしなくて済むのに、なんて考えたものでした。 しかし、周囲の人に“北朝鮮には税金がない”と言うと、“北朝鮮はどうやって国家を運営しているのか、役人に給料を払わないのか、同じ社会主義のソ連では税金があったぞ”などと問われて、答えられなかったものでした。

 ですから、どういう仕組みなのか分からないが、ともかく社会主義の先進国である北朝鮮では税金はなくなった、他の社会主義国はこれから社会主義をさらに発展させて税金をなくしていくのだと無理矢理信じたのでした。

 1989年に東欧の社会主義が崩壊し、続いてソ連も崩壊して、ようやく社会主義幻想から目が覚めました。 そして北朝鮮の実情を知りました。 北朝鮮には「税金」という名目で徴集するのではなく、人民には「募金(ただし強制)」「戦争準備金」とか、国営企業には「企業利益金」などとかの名目で強制徴収しているし、社会安全部や労働党幹部などでは賄賂を当然のごとく徴集して、それを給与の代わりとしていたのでした。 それ以外に人民・学生らには「田植え戦闘」とかの勤労奉仕の強制も多数あるのでした。

 いつのことだったか、私は北朝鮮について「北朝鮮には税金がないんですよ」と話すと、相手は驚いて「ほー!羨ましい!」と反応しました。 そこで北朝鮮の内実を知っていた私は、次に「代わりに租庸調がありますよ」と言いました。

 「歴史で習ったでしょう。 古代はお金というものがないので『税金』というものがありません。 その時代の税は“租庸調”というものでした。 これと同じです。 北朝鮮では農民では田畑で作物を収穫すれば全て国に納め、都市では農村に行けと言われたらそこに行って田植えや稲刈りをやり、そして建設現場に行けと言われたらそこに行って土木建築作業を無償労働奉仕でやります。 対価は何もありません。 交通費も作業服も食費も、費用はすべて自分持ちです。 労働災害があっても治療も補償もなくて 死んだら死に損です。 つまり古代の租庸調が今の北朝鮮にあるのですよ」と言いました。 そうしたら「うーん、なるほど!」と納得してもらえました。

 一度これを経験してから、「北朝鮮には税金はない、代わりに租庸調がある」と言うようにしています。 これが分かりやすいですねえ。

 25年ほど前に、“北朝鮮は古代国家である”と論じたことがあります。  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachidai  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuugodai 北朝鮮の知識のない人に北朝鮮という国を説明しようとすれば、これが一番理解されやすいのではないか、と思います。