朝鮮学校に「本名を呼び名乗る運動」は通じない ― 2026/10/19

 在日韓国・朝鮮人の名前について、1970年代以降に"在日は日本社会の差別のために通名(日本名)を名乗ることを強制されている” "創氏改名は在日が今日も日本名を使わざるを得ないほどに深い傷跡を残している” "だから在日は民族性を取り戻すために本名(朝鮮名)を名乗ろう”として、いわゆる「本名を呼び名乗る運動」が提起されました。 そしてこれは〝在日が本名を名乗れるように日本社会が変わらねばならない”と日本の変革を要求する運動となりましたから、左翼・リベラルにつながるものでした。

 ところでその時の運動は活発だったのですが、朝鮮学校の場合、学生は学校外では通名(日本名)を使っていることについて、ほとんど知られていなかったようです。 宋基燦さんという研究者が『言葉のなかの日韓関係』という本の中でそれについて触れていましたので、その部分を引用・紹介します。

多くの朝鮮学校の生徒たちと教師たちは通名を持っている。 しかし、驚くべきことは、彼らがあまりにも堂々と通名を使うことである。 ‥‥ 朝鮮学校の生徒たちが通名を使うのは、女性が「便宜的に選択」した戦術という面では、確かに文脈を同じくする。

しかし、女生徒が隠そうとした「朝鮮人としての自分」が社会的な文脈において実在しない仮想的な存在であるのに比べて、朝鮮学校の生徒たちが通名を使って隠している「朝鮮人としての自分」は、「民族」という「もう一つの世界」に実在するものであり、その世界で習得した朝鮮語などの文化的要素は「朝鮮人」という、もう一つの自分に対する自信感の実体(中身)を構成する。 このような状況において、朝鮮学校の生徒たちにとってアイデンティティは、努力して志向しなければならないものではなく、その時々の状況によって自分で管理していくものとなる。 (以上、宋基燦「在日朝鮮人の朝鮮語教育、その実態と意味」―徐勝・小倉紀蔵『言葉のなかの日韓関係』明石書店2013年4月 所収 74~75頁)

 「朝鮮学校の生徒たちにとってアイデンティティは、努力して志向しなければならないものではなく、その時々の状況によって自分で管理していくものとなる」とあるように、民族性を十分に教育された朝鮮学校学生にとって本名というアイデンティティは自己管理すべきものなので、学校外で本名を使ってもいいし通名を使ってもいいのです。 そして大部分は通名を使っているのでした。

 ところが学生たちが偉大な首領様として崇める金日成は、日本名(=創氏改名)について次のように語っています。

日本帝国主義者はその末期に「創氏改名」を強制したが、祖父母(金輔鉉・李寶益)はそれにも応じなかった。 私の郷里で姓名を変えずに最後までがんばったのはわたしの家だけである。 その他の人たちはみな姓を変えた。 (『金日成回顧録1』雄山閣 1992年10月 金日成回顧録翻訳出版委員会 10頁)

 こうであるなら朝鮮学校の学生らは日本名(通名)を使ってはならず、朝鮮名(本名)を名乗るべきではないのか‥‥と思ってしまいます。 実際に朝鮮学校内では名前はもちろん朝鮮名を使い、もし本名が日本風なら朝鮮風の名前をつくって名乗り、日本語を禁止するなど民族教育が徹底されるのですが、そんな彼らが学校を一歩外に出た時の日常生活では日本名(通名)を何のためらいもなく当然であるかのように使うのでした。

 野村進『コリアン世界の旅』にも、次のように朝鮮学校の学生が学校外では日本名に切り換えていることを記しています。

朝鮮学校に転校させないかとの誘いである。 秀忠の母はありがたく思いながらも、その申し出を断った。 子供がこれからも日本社会のなかで生きていく以上、差別に向き合い、それを克服できるだけの力を身につけてほしいと願ったからである。 朝鮮学校の門を一歩外に出ると、すぐ日本名に切り換えてしまうような生徒や卒業生を数多く見てきたからである。 (野村進『コリアン世界の旅』講談社 1996年12月 269頁)

 私の知っている朝鮮学校出身の女性も、一旦学校の外に出ると同級生同士や家族同士、地域同胞同士で通名を呼び名乗り合っていました。 「なぜ本名を名乗らないのか?」と聞きましたら、逆に「なんで本名を使わなければならないのか?」と反発されました。 「朝鮮学校の仲間もみんな通名を使っているし、チマ・チョゴリ制服で通っていたから、自分が朝鮮人であることを全然隠していない」「日本に住んでいるのだから、日本名でいい」ということでした。 なお参考までに、チマ・チョゴリ制服の着用は1999年から在校中と行事の時のみの義務となり、通学時には強制されなくなりました。

 朝鮮学校出身者でユーチューバーのパク・ユソンさんは学校時代に同級生たちとカラオケに行った際、「パク・ユソンで予約しています」と受け付けで言ったら、それを聞いた同級生たちが驚いたという思い出を語っておられました。 朝鮮学校の生徒たちは学校を出れば本名(朝鮮名)ではなく通名(日本名)を使うのが普通なのです。 つまり朝鮮学校では、学校の内外で本名と通名を使い分けているのでした。

 また同じく朝鮮学校出身者で朝日新聞記者である金漢一さんは、著書『朝鮮高校の青春』で朝鮮学校に通う学生について、次のように言っておられます。

本名で生きるか、通名で生きるか、あるいは帰化するか。 14歳(現在は16歳)の時に外国人登録証が本人管理になった時点で初めて自分が外国人であることを知る子供などと比べたら、ずっと健全かもしれない。

朝鮮(韓国)人としての自負心と矜持を持たせるという観点からいえば、朝鮮学校の教育にまず文句はない。 ほとんどそのように育っているのではないだろうか。 朝鮮学校に通うと、朝鮮(韓)民族としての軸がぶれなくなる。 しかし、それは全員が本名で生きていくことを示しているのではない。 心中に揺るぎない民族としての自覚があるため、商売の時は通名でやる。 

「総連の学校の出身者はアイデンティティへの問題意識が足りない」 ある集会で、韓国と日本の狭間で苦しんだ人に言われたことがある。 「それはそうですよ。 あなたたちは(民族という名の)家の玄関で悩んでいるんでしょ? 僕らは悩む前に玄関からスッと入って布団を敷いて寝ちゃってますから」と答えておいた。 (以上、金漢一『朝鮮高校の青春―ボクたちが暴力的だったわけ』光文社 2005年4月 182~183頁)

 つまり〝日本名(通名)の押し付けに抗して民族名(本名)を名乗ろう”というような主張は民族主義的なように見えますが、実際に民族主義を実践している朝鮮学校では通用しないのです。 またもし本名が日本風であればそれを使わず、新たに朝鮮風の名前を作って使うのでした。 つまりは民族性を徹底して教育されてアイデンティティが確立されているとされる朝鮮学校では、「本名を呼び名乗る運動」はさほど意味がなかったということです。

 宋基燦さんが言う通り、「朝鮮学校の生徒たちにとってアイデンティティは努力して志向しなければならないものではなく、その時々の状況によって自分で管理していくもの」なのです。 朝鮮学校では民族主義が徹底しているからこそ、本名か通名かは本人が管理するだけの問題というわけです。

 まとめますと、「本名を呼び名乗る運動」は朝鮮学校に通っている在日には大して意味がないことで、日本の学校に通って同化されている在日だけに通用する運動だったと言うことができます。 けれども「通用する」といっても本名を使うか通名を使うかは結局は本人やその家族が決めるべきものであることは当然で、一方が正しく他方が間違いだと他人が言うことはできません。

 ところで朝鮮学校の「民族教育」というのは、実は三代世襲「金」氏の絶対化と崇拝であるというトンデモないものなのですが、だからといって在日の民族問題を考える時に朝鮮学校を決して無視してはならないものです。 しかし「本名を呼び名乗る運動」を担っていた活動家や日本学校教師たちは、朝鮮学校を無視していましたね。

 

【在日の本名・通名に関する拙稿】

第21題 「本名を呼び名乗る運動」考    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

第85題 (続)「本名を呼び名乗る運動」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

第84題 「通名と本名」考         http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

金義晴さんの思い出―本名について     https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/04/17/9676429

通名を本名と自称する在日         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

在日の本名とは?             http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

日本名を本名とする在日朝鮮人       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

在日の通名使用の歴史は古い        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526

ある在日の通名騒動記           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

在日の通名は特権ではない         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

通名登録制度を悪用した事件        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887

本名強要は人格権侵害ー判決        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561

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