金時鐘氏の経歴を追う―戸籍、名前そして在留資格 ― 2026/05/09
金時鐘さんの経歴のうち戸籍や名前、在留資格などについて、あちこちに短文で触れられているのみで、まとまって論じられた文章はないようです。 研究者もこの点に言及していない場合が多いですね。 それでも金さん自身が一応公表していますから、彼自身に隠す意図はありません。 ただ断片的であちこちに分散していますから、非常に分かりにくいのです。 そこで今回はこの断片的短文を集めて整理し、あまり知られていない彼の経歴を少しでも明らかにしたいと思います。
本当の本名は「金時鐘」だが、法律上の本名は「林大造」
あいさつ 略啓 小生この度、外国人登録書名の「林」でもって韓国の済州島に本籍を取得しました。‥‥ あくまで小生は在日朝鮮人としての韓国籍の者であり、〝朝鮮”という総称の中の、同族のひとりとしての「林」であります。 ‥‥ 03年十二月十日 (金時鐘『朝鮮と日本を生きる』岩波新書 2015年2月 288頁)
せめて一年に一回は(親の)お墓の草刈りをしようと思う気になってね。 朝鮮籍だと墓参も五回が限度というから、2004年に韓国籍を取った。 韓国籍も本名では作れなかった。 領事館に尽力いただいて、一代きりの本籍を取得した。 済州島には恨みもあるけれど、懐かしさもある、だから済州島に本籍をおいた。そのときの心情は声明文にして、まわりの方に送ったよ。 (金時鐘「朝鮮現代史を生きる詩人」 集英社新書『在日一世の記憶』 2008年10月 570~571頁)
金石範: 彼(金時鐘)は、両親を置いて済州島から逃げてきて、親も亡くなっているし、(外国人)登録証の「林大造(イム・テジョ)」も本名じゃない。 金時鐘は本当の名前だけれども、それを客観的に証明するものは何もない。 私は、そういう事情を知っているからね。‥‥ (金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』平凡社ライブラリー828 2015年4月 195頁)
韓国政府の特別扱いで「林大造」名の戸籍を作る
金石範: 時鐘は、北で生まれているから出生記録もないだろう。 この人間(金時鐘)の存在を証明する書類は何もない、時鐘は幽霊みたいな存在じゃないか。それが今回やっと済州島に本籍ができて、幽霊が人間になったようなものだけど、どうやって、韓国に戸籍を作ったんや。
金時鐘: ‥‥当時の在大阪副総領事、情報部の責任者である外交官ですが、親の墓参りを続けたいという僕の思いを殊のほか親身に受け入れてくれて、国籍取得の方法まで講じてくれました。 外国人登録証名での新たな戸籍の取得を大法院に申請して、裁可を受けてくれたのです。 「金時鐘」では、手続きが複雑すぎて駄目だとのことでした。 それでも特別な計らいであったようには思っています。 戸籍は他人が使用している住所でなければ、韓国のどこでもいいと言ってくれていましたが、済州島以外に故郷を作る気などないしな。‥‥
文京洙: 領事館も、金時鐘先生だから特別にしたんでしょう。 ‥‥
金時鐘: 特別配慮で戸籍とったけど、韓国へは年一回くらい墓参りのときしか行っていない。‥‥
文京洙: 韓国に戸籍を作って韓国籍を取られて、韓国との関係はそれで決着がついたわけですけど、日本の入管法との関係はまだ解決していないですね。 (以上、金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』平凡社ライブラリー828 2015年4月 200~201頁)
「金時鐘」はペンネーム、本名は「林大造」と言い張る
金時鐘: 韓国籍を取ったとき、挨拶状を2003年の12月10日付で出しました。 その挨拶状をどこで見たのか、大阪府警外事課の警官がすぐさま問い合わせに来ました。 私の家までです。 登録証の名前と「金時鐘」との違いをあれこれ聴いて言いましたが、「金時鐘」はペンネームだと言い張りました。 (金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』平凡社ライブラリー828 2015年4月 202頁)
金時鐘: ‥‥もう一つややこしいのは、「金時鐘」は日本ではペンネームに過ぎないんだ。 法的には「林大造」という外国人登録名がある。 私の「在日」の由来とも絡んでいる名前でもある。 (座談会「『在日』の時代」 『抗路』第6号 2019年9月 15頁)
「林大造」は戦前からの米穀通帳にあった名前
かく言う私にも二つの名前が併存している。 日本国政府の政令によって保障されている名前と、「筆名」という本名である。 理由は簡単だ。 出入国管理令が制定された当時の、いわば戦前から持ち越された「米穀通帳」の名がそのまま登記されたことによって、私の本名は副次的な筆名になり変わったのである。 もちろんその日本人まがいの名の継承は‥‥ (金時鐘「日本語のおびえ」 『「在日」のはざまで』 立風書房 1986月5月 65頁)
共産党の支援で外国人登録証を入手― 名義は「林大造」か
金時鐘は、1948 年4 月以後,済州島4・3 事件に関わったため、父が手配してくれた「密航船」で、1949 年6 月に神戸沖(須磨付近)で上陸する。 すぐに日本共産党に入党して活動をはじめ、組織の支援で外国人登録証を手に入れる。 (尹健次「在日朝鮮人の文学―植民地時代と解放後,民族をめぐる葛藤」(http://human.kanagawa-u.ac.jp/kenkyu/publ/pdf/syoho/no52/5208.pdf 140頁)
不法入国― 何十年経っても逮捕される可能性
金時鐘: ‥‥本当にたくさんの正常でない入国の事実を話すことになってくる。
尹健次: いやーぁ、改めてびっくりしますね。 日本にいらして49年でしょう。 50年として、半世紀越えるわけでしょう。 それでもなおかつ日本に来たいきさつを心配しているという事実に、驚愕します。 50年も住んで、まだ捕まるかもしれないということの恐怖心というのは何なのかと。
金時鐘: 現に捕まった人がいますよ。 あれも40数年経っているのに捕まっているんだ。 ただ金時鐘は反天皇とか反政府のことはあまり言わないから、もうちょっと置いてやろうかぐらいのことだと思う。
尹健次: ‥‥ 捕まって‥金時鐘救援運動をやった方が、日本は国家がよくなると思いますよ。 日本社会改善のために、一回捕まってください。 (以上、「<対談>『在日』を生きる」―藤原書店『歴史のなかの「在日」』2005年3月 449~450頁)
金時鐘: ‥‥なぜ私は4・3関係を隠して口にしなかったか ‥‥ やむ得ない事情でこちらに来たにせよ、4・3事件で追われて来たことを明かすということは、不法入国者ということを自ら名乗り出るということでもあるのですから。 (金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』(平凡社ライブラリー828 2015年4月 201頁)
不正の在留資格― 強制送還は覚悟している
もう一つは、ぼく自身の在留資格の問題。 韓国に強制送還されると、生きていけないから。 (金時鐘「朝鮮現代史を生きる詩人」 集英社新書『在日一世の記憶』 2008年10月 所収 566頁)
出入国管理法は時効がない法律だそうで、私はいつなんとき強制退去させられるかも知れません。‥‥ 強制送還ともなれば、私の人生は予測して余るものでしたので、ひたすら口を噤んでまいりました。 齢ももう取るだけとりましたし、もう覚悟のほどはできております。 (『金時鐘コレクション11』藤原書店 2023年8月 256・257頁)
2つ目は卑屈であり、いかにも姑息なことでありますが、日本で住むことに執着したあまり、名乗り出ることがはばかられました。 名乗りでるということは、わたしが日本に正当な手続きへずに、いわば不法入国したこと打ち明けることにもなります。 出入国管理令は時効というのがありません。50年たとうと、80年たとうと、日本国の国益に損なうものと認定されれば、いつでも強制送還されます。 (金時鐘「敬虔に振り返るな: 4·3抗争70周年を迎えて」 『創作と批評179号』2018年春) https://magazine.changbi.com/MCMUI/item/641?lang=jp
不法を是とする―「在日は不法を生きざるを得ない」
金時鐘: ‥‥ 僕たちは労働権が保障されているわけではありません。 ‥‥総体的な労働市場において、在日は埒外の存在なんです。 人間が存続する上で労働権が奪われているというのは、生きる価値がないということです。 生きるよすががないということ。 だから本質的に不法、法律にもとることすれすれで生きざるを得なかったの、僕たちは。 そういう不法を生きざるを得ない在日の生活実態が顕在化したのが金嬉老事件でもある。 (金時鐘・尹健次「<対談>在日を生きる」 『歴史のなかの「在日」』藤原書店 2005年3月 418頁)
個人の心情としては日本の法に対しては不審がいっぱいあります。 ‥‥日本の法が朝鮮人に平等かつ公平であるなどという期待が私にはありません。 正直に言って、私は日本の法律からいきますと前科三犯ないし四犯ほど持っております。 ‥‥ 実感としては、朝鮮人が公平にそういう法の恩恵を受けられるという気持はありません。 (『金時鐘コレクション7』2018年12月 311・312頁)
【拙稿参照】
金時鐘氏への疑問(1)―在留資格 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/26/9763626
金時鐘氏への疑問(2)―韓国戸籍・墓参り https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/31/9764818
金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/07/9623500
金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/12/9624809
金時鐘氏は不法滞在者(3)―なぜ自首しなかったのか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/17/9626078
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/28/7718112
金時鐘さんの法的身分(続) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/13/7732281
金時鐘さんの法的身分(続々) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/26/7750143
金時鐘さんの法的身分(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951
本名は「金時鐘」か「林大造」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031
金時鐘さんは本名をなぜ語らないのか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/02/9110448
金時鐘さんは結局語らず http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/08/13/9140433
金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120
金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038
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