長生炭鉱、韓国側支援者インタビュー『週刊朝鮮』 ― 2026/04/10
韓国の有力週刊誌『週刊朝鮮』に長生炭鉱の遺骨発掘事業について市民団体代表のインタビュー記事が掲載され、それを拙ブログで翻訳し紹介しました。
長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/16/9842328
長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/21/9843303
長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/27/9844436
『週刊朝鮮』は続けて同2898号(2026年3月2日)で、韓国側の支援者である韓国観音宗僧正ホンパ(洪波?)氏のインタビューをしています。 いわゆる徴用工問題にも関わってきた方で、その話も出てきます。 それを翻訳して紹介します。 韓国ではどのような考え方でどのような主張をしているか、直接読むのが一番いいのではないかと思うからです。 急いで訳しましたので、日本語としてちょっと不自然なところがあります。
『週刊朝鮮2898号』 2026年3月2日 40~41頁
1942年2月3日、日本の山口県宇部市沖合の海底炭鉱が崩壊、強制徴用された朝鮮人労働者136人を含め183人が亡くなった。 この「長生炭鉱水没事故」の真相を明らかにしてきたのは日本の市民団体「刻む会」である。 帝国主義時期の日本の恥ずかしい歴史を反省し、遺族を探し、毎年追悼行事を開いてきた。 巨額をクラウドファンディングすることに成功し、遺骸発掘という驚くべき成果まで上げた。 加害の当事者である日本政府が無関心な間、会員が数十人に過ぎない民間団体が闘ってきたというわけである。
被害者国家の立場である韓国の市民社会も、「刻む会」の奮闘を見守るだけでなかった。 特に仏教界の役割が少なくなかったのだが、大韓仏教観音宗は2016年から毎年現地で慰霊祭を行ない、募金活動を支援してきた。 宗正(日本の僧正に当たる)として観音宗を率いているホンパ和尚の意思があったからだ。 彼は1990年から、日帝強占期の強制徴用者たちの遺骨返還問題を直接世間に知らしめた。 最近でも日本に散らばっている遺骸を集めて韓国に奉還しようとすることに努力を傾けている。 2009年、麗水の神勒寺で韓日仏教界が一緒になって建てた「人類和合共生祈願碑」設立当時、「(日本が韓国に)反省と懺悔の念を深くしている」という文案を入れるのに一役買った人物である。
長生炭鉱に埋もれた遺骸は、去る2月初めに「最後の捜索」によってほとんど陸に上がる予定だったが、潜水夫が死亡する事故が発生し、すべての手順が暫定的に中断された。 捜索が中断した直後の2月11日、ソウル鐘路区の駱山妙覚寺で会ったホンパ和尚は「長生炭鉱に対しては韓日首脳が合意までしたので期待している」と言いながらも、「名簿まで受け取ったが、国内に戻って来れないまた別の遺骸が日本にある」と言った。
―長生炭鉱真相究明を支援すると知られているが、以前から徴用被害者問題を扱ってきた。 無縁故者の遺骨を探し出すこともしたという。
「1999年代の初めの話です。 韓日仏教交流をしてみたら、徴用で引っ張られていって亡くなり、今も故郷の地に帰って来れない遺骨が多いということを知りました。 徴用で引っ張られた人のうちで、姻戚がある人の遺骨が朝鮮に戻ってきたのですが、無縁故者たちはそうではありませんでした。 当時は日本仏教界も『国家がすべきことで、宗教人がすべきことではない』と言っていましたねえ。」
―日本としてはそのように反応するだけだ。
「東京の『祐天寺』という寺に遺骸が多かったです。 当時の日韓仏教交流協会長に、朝鮮人の遺骸を直接見て参拝したいと言いました。 そうしたら意外にも難色を示すのですが、遺骨を収めている倉庫の鍵が二つあるというのです。 下の鍵は祐天寺の住持が、下の鍵は厚生労働省が持っていて、二つを同時に開けなければならないというのです。 後に知りましたが8月15日に敗戦記念日行事を行なうときに、厚生労働省からも局長級が出て参拝していきます。 厚生労働省が訪問した後に、祐天寺の倉庫の扉が開けられました。」
―どうだったか。
「遺骨が壺にあるのではなく、封筒のようなものにぎっしり詰まっていました。 お膳のようなものを持ってきて、布きれで覆われていて、遺骨封筒を切って開けました。 骨の粉が出てきましたが、多くはありません。 一人の遺骨の分量が指の一節くらいになるかどうかでした。 なかには小さな骨もあるし。」
―何故そんなに少なかったのか。
「多くの遺体を100柱、200柱ずつ一緒に火葬を行なったのです。 それを全部粉砕してまとめたのでした。 朴さんであれ金さんであれ‥‥。 名簿があるので名前はすべて書かれており、骨をまとめて入れたのです。 遺骨の封筒には『朝鮮人、慶尚北道安東出身』という風になっていました。 その次の年からは隔年で慰霊祭を執り行ないました。 このようにして、東京都と北海道まで訪ねて遺骸と位牌を探し出しました。 直接確認しただけでも、東京の祐天寺に遺骨が1130余、北海道の薬王寺に860余があります。」
―このような無縁故遺骨の存在は初めて聞く話だ。
「日本の宗団協議会である全日本仏教会でこれを公式に議論しました。 韓日仏教文化交流協議会とともに日本全国に散在している朝鮮人遺骨を調査しました。 そうして1189人の名簿を確保しました。 この名簿を受け、韓日が共同で韓国(韓国への奉還)事業を行おうと決めました。 ところで名簿だけあって、遺骨がどこにあるのかと聞くと、ある寺に五柱、ある寺に十柱という風だったのです。 東京にお寺を決めて遺骨を集め、韓国に戻そうという合意を頂きました。」
―遺骨が集まったのか。
「長谷寺というお寺に集めたというんですよ。 確認してみると100柱をまず集めたのですが‥‥遺骨を包装している様子はそれぞれだったというんですよ。 日本側に『日本に来て死んだのも悔しいのに、この死者を韓国人が持っていくということは受け入れられない』と言いました。 金浦空港まで日本が奉還するところまで合意を引き出しました。 準備をほとんどすべて終えて、それぞれの宗教界の追悼委員会まで構想した状態だったのですが‥‥ コロナ禍が起きました。 韓日両国の合議体の指導部を替えるところから進めねばならないのですが、まだ遅遅としている状態です。」
―長生炭鉱の問題は最初にどのように知るようになったのか。
「2015年、広島原爆投下70周年に犠牲者を追悼する韓中日の仏教友好交流大会に宗団協の事務総長として出席した時です。 行事を終えて休んでいたのですが、ソ・ジャンウン広島総領事が私を訪ねてきました。 お会いしてお話を聞いてみると、『朝鮮人136人、日本人47人が水葬されている長生炭鉱という所がある。 だれも追悼行事だとかに関心がないので、仏教界にお願いする』というのですよ。 直ぐに他の和尚たちを集めて再度説明してもらうようにしました。 その席で直ぐに、その次の年から長生炭鉱追悼行事をすることに決議しました。」
―毎年の追悼行事を観音宗が代表して勤めている。
「2016年に慰霊祭を行ない、その次の年から観音宗が追悼行事をすべて任せられることになりました。 慰霊祭を最初に行なってみて、1年間は(事件の真相究明の)気配が出てきませんでした。 日本の仏教界に長生炭鉱事故を知らせるビラを送ったら、東京に来て説明をしてくれと言うんですよ。 それで追悼行事に日本の仏教界も参加するようになったのです。 『刻む会』が潜水夫を投入して遺骸を発掘する時、激励金を渡したり、募金も援助しました。」
―長生炭鉱問題が韓日関係にどんな意味を持つことができるか。
「国家次元ではとっくに解決されていなければならなかった問題です。 最近、李在明大統領が高市日本首相とDNA鑑定について合意までしましたが、思い切って一度(日本政府が)発掘したらいいのです。 発掘もしないで遺伝子調査するというのは正しいことではありません。 発掘から進めねばなりません。 うまくいけば韓日の歴史清算をすることができる起爆剤になるでしょう。」
最後に「歴史清算」という言葉が出てきました。 韓国側の考え方も、日韓の市民同士が一緒になって、植民地支配の歴史を清算しない日本政府を追及することに目標があるようです。
なお事故犠牲者と直接関係のない日本の市民団体(刻む会)が最初から運動の主導権を握っており、韓国側はこの日本からの呼びかけに応じて動き始めたというところに特徴があると言えます。 出発点は、自分たち日本人は加害者であるという歴史認識ですね。 この認識から日本側が最初に歴史問題を提起し、韓国で被害者や遺族を探し出して韓国側を掘り起し、そうして日韓の市民が連帯して日本政府を糾弾していくというある種パターン化された行動と言えるかも知れません。
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