ユーチューブ「韓国左翼」を見る ― 2026/05/02
最近、興味深いユーチューブ動画を見ました。 「元極左の視点から見る韓国左翼 なぜ『韓国』は左翼の王国なのか?」と題する動画です。 https://www.youtube.com/watch?v=u7SQ8WKaWto&t=2877s
近年の韓国では左派と右派の対立が激しいので、私はそれなりの関心があります。 ですから韓国左派についてもある程度の知識はありますが、さほど詳しいものではありません。 そんな私の断片的な知識でもってしても動画の内容には整合性があったので、概ね正しいのだろうと思いました。 あるいはまた「ああ、そういうことだったのか!」と新たな知識を得た部分も多かったです。
1980年代に韓国左派の若者は日本の新左翼の影響を受けていたというところは、そういうことがあったなあと思い出されました。 というのは、1970年代まで盛んだった日本の新左翼=過激派の活動が衰えてきて、その左翼運動を離脱した元活動家たちは大事にしてきた左翼関連書籍を古本屋に売り飛ばすようになったのです。 〝こんな本、誰が買うのか?”と思っていたら、何と韓国人が買っているというのでした。 その時は〝えー! 本当かな?”と疑問でした。
ところがだいぶ後になって、韓国の作家である孔枝泳が自分の体験した左派活動を元に書いた短編小説「何をなすべきか(原題は「무엇을 할 것인가」)」を読んだ時に、彼らが合宿しながらマルクス・レーニンや日本左翼の本を熱心に読み合わせる場面が出てきて、それは本当だと分かりました。 なおこの小説は韓国語の勉強のためにたまたま見つけたもので、一般にはほとんど全く知られていません。
韓国左派は日本の新左翼と直接交流していなかったと思います。 当時の韓国では国家中央情報局(KCIA)による監視が厳しく、日本人との人的交流は余りにも目立つからです。 ですから1980年代の韓国左派は日本新左翼の本を読み、そしてヘルメット・鉄パイプ姿で時には火炎瓶を投げて果敢に闘争する映像を見てその影響を受けていた‥‥、つまり間接的影響だった、あるいは真似していたと考えているのですが、どうでしょうか。
日本新左翼は1980年代以降に衰退し、今や彼らがニュースに出てくると〝へー!まだやっているのか!まるで化石!”と驚嘆しますね。 ところが韓国左派は20世紀末の金大中政権以降、衰退するどころか元気になってきています。 彼らは左翼思想から転向しないまま、韓国の進歩政権の要職に就いているのです。 若い頃の左派活動履歴が立身出世のタネになっているというわけです。 また労働組合に入り込んでストライキ扇動をすることも多いですね。 韓国左派は活躍の場を広げていき、逆に日本新左翼はオールド左翼とともに衰弱していっていると言えます。 別に言えば、韓国では左派が優位に立って右派は後退しているが、日本では逆に左派が凋落して右派は優勢となっているということです。
「韓国左翼」というユーチューブを見て、思わず昔を思い出し、久しぶりに興奮を覚えた次第。 ところでこのユーチューブを作成している「元カゲキ派のモトカ」という人、資料をどう集めてきたのでしょうかねえ。 ハングル資料ばっかりでしょうから翻訳してくれる仲間がいるのかも知れないし、日本新左翼と韓国左派を監視する公安関係者からの協力があったのかも知れません。 経緯はどうであれ、韓国左派は今後も大きな影響を与えるでしょうから、このユーチューブでは韓国社会を分析する際の新たな知識を得たと思いました。
【韓国左派に関する拙稿】
韓国の進歩派の解説―木村幹 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/06/08/9781008
韓国民主化世代の性犯罪 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/07/30/9273345
Me Too:韓国を揺るがす著名文化人のセクハラ暴露 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/02/28/8795521
韓国Me too運動の記事 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/05/9231706
光州事件は民主化運動として普遍化できるのか? https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/05/25/8859204
光州事件の方がましだった―朝日ジャーナル(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/01/20/8772995
光州事件のほうがましだった―朝日ジャーナル http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/01/15/8769881
「5・18光州事件」小考 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/10/25/8712337
1970~80年代の韓国民主化連帯闘争 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/01/16/5639024
全国行脚する活動家たち―韓国 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2011/10/15/6157065
韓国の進歩系も使う「白丁」 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/01/17/9202929
「通常‐両班社会」と「例外‐軍亊政権」―田中明 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/07/9497623
「例外」が終わり「通常」に戻る―田中明(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/06/14/9499717
「両班」理念が復活した韓国―『朝鮮日報』(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/17/9491298
李朝の「両班」理念が復活した韓国(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/24/9493453
李朝の「両班」理念が復活した韓国(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/05/31/9495653
日韓市民運動の悲観的記事-ハンギョレ新聞 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/10/04/9721593
金時鐘氏の経歴を追う―戸籍、名前そして在留資格 ― 2026/05/09
金時鐘さんの経歴のうち戸籍や名前、在留資格などについて、あちこちに短文で触れられているのみで、まとまって論じられた文章はないようです。 研究者もこの点に言及していない場合が多いですね。 それでも金さん自身が一応公表していますから、彼自身に隠す意図はありません。 ただ断片的であちこちに分散していますから、非常に分かりにくいのです。 そこで今回はこの断片的短文を集めて整理し、あまり知られていない彼の経歴を少しでも明らかにしたいと思います。
本当の本名は「金時鐘」だが、法律上の本名は「林大造」
あいさつ 略啓 小生この度、外国人登録書名の「林」でもって韓国の済州島に本籍を取得しました。‥‥ あくまで小生は在日朝鮮人としての韓国籍の者であり、〝朝鮮”という総称の中の、同族のひとりとしての「林」であります。 ‥‥ 03年十二月十日 (金時鐘『朝鮮と日本を生きる』岩波新書 2015年2月 288頁)
せめて一年に一回は(親の)お墓の草刈りをしようと思う気になってね。 朝鮮籍だと墓参も五回が限度というから、2004年に韓国籍を取った。 韓国籍も本名では作れなかった。 領事館に尽力いただいて、一代きりの本籍を取得した。 済州島には恨みもあるけれど、懐かしさもある、だから済州島に本籍をおいた。そのときの心情は声明文にして、まわりの方に送ったよ。 (金時鐘「朝鮮現代史を生きる詩人」 集英社新書『在日一世の記憶』 2008年10月 570~571頁)
金石範: 彼(金時鐘)は、両親を置いて済州島から逃げてきて、親も亡くなっているし、(外国人)登録証の「林大造(イム・テジョ)」も本名じゃない。 金時鐘は本当の名前だけれども、それを客観的に証明するものは何もない。 私は、そういう事情を知っているからね。‥‥ (金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』平凡社ライブラリー828 2015年4月 195頁)
韓国政府の特別扱いで「林大造」名の戸籍を作る
金石範: 時鐘は、北で生まれているから出生記録もないだろう。 この人間(金時鐘)の存在を証明する書類は何もない、時鐘は幽霊みたいな存在じゃないか。それが今回やっと済州島に本籍ができて、幽霊が人間になったようなものだけど、どうやって、韓国に戸籍を作ったんや。
金時鐘: ‥‥当時の在大阪副総領事、情報部の責任者である外交官ですが、親の墓参りを続けたいという僕の思いを殊のほか親身に受け入れてくれて、国籍取得の方法まで講じてくれました。 外国人登録証名での新たな戸籍の取得を大法院に申請して、裁可を受けてくれたのです。 「金時鐘」では、手続きが複雑すぎて駄目だとのことでした。 それでも特別な計らいであったようには思っています。 戸籍は他人が使用している住所でなければ、韓国のどこでもいいと言ってくれていましたが、済州島以外に故郷を作る気などないしな。‥‥
文京洙: 領事館も、金時鐘先生だから特別にしたんでしょう。 ‥‥
金時鐘: 特別配慮で戸籍とったけど、韓国へは年一回くらい墓参りのときしか行っていない。‥‥
文京洙: 韓国に戸籍を作って韓国籍を取られて、韓国との関係はそれで決着がついたわけですけど、日本の入管法との関係はまだ解決していないですね。 (以上、金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』平凡社ライブラリー828 2015年4月 200~201頁)
「金時鐘」はペンネーム、本名は「林大造」と言い張る
金時鐘: 韓国籍を取ったとき、挨拶状を2003年の12月10日付で出しました。 その挨拶状をどこで見たのか、大阪府警外事課の警官がすぐさま問い合わせに来ました。 私の家までです。 登録証の名前と「金時鐘」との違いをあれこれ聴いて言いましたが、「金時鐘」はペンネームだと言い張りました。 (金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』平凡社ライブラリー828 2015年4月 202頁)
金時鐘: ‥‥もう一つややこしいのは、「金時鐘」は日本ではペンネームに過ぎないんだ。 法的には「林大造」という外国人登録名がある。 私の「在日」の由来とも絡んでいる名前でもある。 (座談会「『在日』の時代」 『抗路』第6号 2019年9月 15頁)
「林大造」は戦前からの米穀通帳にあった名前
かく言う私にも二つの名前が併存している。 日本国政府の政令によって保障されている名前と、「筆名」という本名である。 理由は簡単だ。 出入国管理令が制定された当時の、いわば戦前から持ち越された「米穀通帳」の名がそのまま登記されたことによって、私の本名は副次的な筆名になり変わったのである。 もちろんその日本人まがいの名の継承は‥‥ (金時鐘「日本語のおびえ」 『「在日」のはざまで』 立風書房 1986月5月 65頁)
共産党の支援で外国人登録証を入手― 名義は「林大造」か
金時鐘は、1948 年4 月以後,済州島4・3 事件に関わったため、父が手配してくれた「密航船」で、1949 年6 月に神戸沖(須磨付近)で上陸する。 すぐに日本共産党に入党して活動をはじめ、組織の支援で外国人登録証を手に入れる。 (尹健次「在日朝鮮人の文学―植民地時代と解放後,民族をめぐる葛藤」(http://human.kanagawa-u.ac.jp/kenkyu/publ/pdf/syoho/no52/5208.pdf 140頁)
不法入国― 何十年経っても逮捕される可能性
金時鐘: ‥‥本当にたくさんの正常でない入国の事実を話すことになってくる。
尹健次: いやーぁ、改めてびっくりしますね。 日本にいらして49年でしょう。 50年として、半世紀越えるわけでしょう。 それでもなおかつ日本に来たいきさつを心配しているという事実に、驚愕します。 50年も住んで、まだ捕まるかもしれないということの恐怖心というのは何なのかと。
金時鐘: 現に捕まった人がいますよ。 あれも40数年経っているのに捕まっているんだ。 ただ金時鐘は反天皇とか反政府のことはあまり言わないから、もうちょっと置いてやろうかぐらいのことだと思う。
尹健次: ‥‥ 捕まって‥金時鐘救援運動をやった方が、日本は国家がよくなると思いますよ。 日本社会改善のために、一回捕まってください。 (以上、「<対談>『在日』を生きる」―藤原書店『歴史のなかの「在日」』2005年3月 449~450頁)
金時鐘: ‥‥なぜ私は4・3関係を隠して口にしなかったか ‥‥ やむ得ない事情でこちらに来たにせよ、4・3事件で追われて来たことを明かすということは、不法入国者ということを自ら名乗り出るということでもあるのですから。 (金石範・金時鐘『なぜ書きつづけてきたか なぜ沈黙してきたか』(平凡社ライブラリー828 2015年4月 201頁)
不正の在留資格― 強制送還は覚悟している
もう一つは、ぼく自身の在留資格の問題。 韓国に強制送還されると、生きていけないから。 (金時鐘「朝鮮現代史を生きる詩人」 集英社新書『在日一世の記憶』 2008年10月 所収 566頁)
出入国管理法は時効がない法律だそうで、私はいつなんとき強制退去させられるかも知れません。‥‥ 強制送還ともなれば、私の人生は予測して余るものでしたので、ひたすら口を噤んでまいりました。 齢ももう取るだけとりましたし、もう覚悟のほどはできております。 (『金時鐘コレクション11』藤原書店 2023年8月 256・257頁)
2つ目は卑屈であり、いかにも姑息なことでありますが、日本で住むことに執着したあまり、名乗り出ることがはばかられました。 名乗りでるということは、わたしが日本に正当な手続きへずに、いわば不法入国したこと打ち明けることにもなります。 出入国管理令は時効というのがありません。50年たとうと、80年たとうと、日本国の国益に損なうものと認定されれば、いつでも強制送還されます。 (金時鐘「敬虔に振り返るな: 4·3抗争70周年を迎えて」 『創作と批評179号』2018年春) https://magazine.changbi.com/MCMUI/item/641?lang=jp
不法を是とする―「在日は不法を生きざるを得ない」
金時鐘: ‥‥ 僕たちは労働権が保障されているわけではありません。 ‥‥総体的な労働市場において、在日は埒外の存在なんです。 人間が存続する上で労働権が奪われているというのは、生きる価値がないということです。 生きるよすががないということ。 だから本質的に不法、法律にもとることすれすれで生きざるを得なかったの、僕たちは。 そういう不法を生きざるを得ない在日の生活実態が顕在化したのが金嬉老事件でもある。 (金時鐘・尹健次「<対談>在日を生きる」 『歴史のなかの「在日」』藤原書店 2005年3月 418頁)
個人の心情としては日本の法に対しては不審がいっぱいあります。 ‥‥日本の法が朝鮮人に平等かつ公平であるなどという期待が私にはありません。 正直に言って、私は日本の法律からいきますと前科三犯ないし四犯ほど持っております。 ‥‥ 実感としては、朝鮮人が公平にそういう法の恩恵を受けられるという気持はありません。 (『金時鐘コレクション7』2018年12月 311・312頁)
【拙稿参照】
金時鐘氏への疑問(1)―在留資格 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/26/9763626
金時鐘氏への疑問(2)―韓国戸籍・墓参り https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/31/9764818
金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/07/9623500
金時鐘氏は不法滞在者なのでは‥(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/12/9624809
金時鐘氏は不法滞在者(3)―なぜ自首しなかったのか http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2023/10/17/9626078
金時鐘『朝鮮と日本に生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/07/28/7718112
金時鐘さんの法的身分(続) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/13/7732281
金時鐘さんの法的身分(続々) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/26/7750143
金時鐘さんの法的身分(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/08/31/7762951
本名は「金時鐘」か「林大造」か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/23/8948031
金時鐘さんは本名をなぜ語らないのか? http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/02/9110448
金時鐘さんは結局語らず http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/08/13/9140433
金時鐘さんが本名を明かしたが‥‥ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/10/26/9169120
金時鐘『「在日」を生きる』への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796038
特別永住の在日台湾人 ― 2026/05/16
岩波新書の『在日朝鮮人 歴史と現在』を読んでいたら、次の一節に出会いました。
中国人といえば、在日朝鮮人と同様に戦前から日本に定着して横浜や神戸、長崎に中華街をつくってきたオールドカマーも少なくないが、そのほとんどは日本国籍を取得し、2010年の特別永住者の数は、2600人ほどにすぎない。 (水野直樹・文京洙『在日朝鮮人 歴史と現在』岩波新書 2015年1月 211頁)
ここにある「2010年の特別永住者の数は2600人ほどにすぎない」というのは、この本では「中国人」と書かれていますが、実は〝植民地支配下の台湾で生まれた台湾人とその子孫”という意味です。
「特別永住」というのは、「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」(平成3年5月10日 法律第71号)という法律に基づく在留資格を有する人たちです。 詳しく言うと、「戦前から昭和二十年九月二日以前時点で日本列島(内地)に居住していたかつて日本国籍だった人々で、サンフランシスコ講和条約により日本国籍を失った人、それと彼らの直系卑属かつ日本出生で居住継続者」となります。 難しい文章ですね。 これを読んで直ぐに分かる人は少ないでしょう。
分かりやすく言うと、日本は朝鮮と台湾を植民地支配していたので、当時の朝鮮人や台湾人は日本国籍を有していていました。 しかし1945年の敗戦によってその日本国籍を失うことになり、1952年のサンフランシスコ講和条約によって正式に日本国籍を喪失したのです。 日本で暮らしている朝鮮人や台湾人はかつて日本の被植民地人として日本国籍を有していたという事情のために一般の外国人とは違う在留資格(いわゆる「126-2-6」「4-16-2」等)を有することとなり、1991年(平成3年)にまとめて「特別永住」という資格となったのでした。
「特別永住」といえば多くの人はすぐに朝鮮人を思い浮かべるようですが、実は台湾人も該当しています。 何十年か昔、在日朝鮮人65万人に対して、在日台湾人は2万人なんて言われていたのを記憶しています。 上述の岩波新書によれば、後者の台湾人は2010年に2600人にまで減っており、その要因は「日本国籍の取得」つまり帰化だそうです。
特別永住の台湾人の数について、法務省の外国人統計を調べてみました。 なお台湾人は、国籍欄に近年までは「中国」と記されていました。
・1969年 中国人 126-2-6 13,353人 4-1―6-2 3,718人 計 17,071人
・1974年 中国人 126-2-6 8,192人 4-1-16-2 3,702人 計 11,894人
・2010年 中国人 特別永住 計 2,668人
・2025年 台湾・中国人 特別永住 計 1,610人
在日台湾人は、1991年の特別永住制度発足以前は外国人登録の在留資格欄に「126-2-6」「4-1-16-2」等と記されていました。 その人数を合計すると、後の特別永住に相当する在留資格者の数になります。(なお「4-1ー16-3」はわずかの数字なのでここでは除外した) 1974年の数字は5年前の1969年の数字に比べて大きく減少していますが、これは1972年の日中共同声明により日本が台湾(中華民国)の承認を取り消したことを契機に、多くの台湾人が日本に帰化したためです。
また台湾特別永住者は国籍欄に「中国」「台湾」などが記されますが、「米国」や「イギリス」に帰化するなどで第三国の国籍を有する台湾人も存在します。 それでも特別永住という在留資格は変わりません。 ただし統計では「米国」「イギリス」などの国籍を有する特別永住者の数は分かりますが、これは韓国・朝鮮もを合わせた人数ですから、台湾ルーツだけの数は分かりません。
米国籍などの特別永住者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285
ところで上述の岩波新書では特別永住の台湾人は2010年で2600人ほどとしていますが、実際は2668人でした。 それから15年経った2025年に1610人と更に大きく減らしています。
在日台湾人はもはや問題ではなくなっており、その要因は彼らの帰化あるいは少子高齢化などによる人口減少ということです。 これを考えるならば、同様である在日韓国・朝鮮人問題の将来を見通すことができるでしょう。 それは特別永住の在日韓国・朝鮮人の数の減少が在日問題の解決につながるということです。 これは問題の当事者がいなくなれば問題そのものが消滅するという、考えてみれば当たり前の話です。
在日韓国・朝鮮人は、①帰化、②日本人との婚姻、③少子高齢化という三つの要因によって特別永住者数が減少してきました。 それに伴い社会からの関心が薄れて、在日問題は解決することでしょう。 つまり在日活動家たちによる「民族受難とそれに対する闘い」という努力によってではなく、在日自身の①~③の動向によって自然と解決に向かうということです。
今は代わりにと言ったらなんですが、近年に来日した外国人が大きな問題となっており、これがこれから増幅していくことでしょう。 現在のヨーロッパのように、移民問題が社会を大いに揺るがすことになるかも知れません。
【拙稿参照】
在日韓国・朝鮮人自然消滅論(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/26/9734747
在日韓国・朝鮮人自然消滅論(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/12/01/9736094
【特別永住に関する拙稿】
特別永住の経過 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/08/25/1750381
特別永住制度の変更は非現実的 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/01/1762857
在日の法的問題は解決済み http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/08/1781500
米国籍などの特別永住者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/15/1798285
『現代韓国を学ぶ』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/08/6472916
在日の特別永住制度 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/14/6864389
トルコ国籍の特別永住者?!―毎日新聞 ― http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/10/27/7870629
特別永住者数の推移 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/07/16/9129169
長生炭鉱水没事故死者のDNA鑑定は日韓合同で ― 2026/05/21
一昨日~昨日に韓国の安東で開かれた日韓首脳会談で、話題になっている長生炭鉱水没事故(1942年発生)死者のDNA鑑定について、日韓が共同してやることに決まったそうです。 https://japan.hani.co.kr/arti/politics/56213.html この問題については、拙ブログでも以前に取り上げました。
長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(1) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/16/9842328
長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/21/9843303
長生炭鉱刻む会代表のインタビュー―『週刊朝鮮』(3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/27/9844436
長生炭鉱、韓国側支援者インタビュー『週刊朝鮮』 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/04/10/9847433
今回決まったのは、このDNA鑑定に韓国政府も参加し、日韓共同作業とすることまでですね。 これは当然でしょう。 日本だけでやれば、韓国民の国民感情からして〝また何か隠しているのではないか”などのあらぬ疑いをかけてくるでしょうから。
問題はその後です。 発掘された全ての遺骨(五点と言われている)の身元がすべて判明して遺族に引き渡されればひとまず解決ですが、果たしてどうなるでしょうか。 80年以上も前の事故で、ずっと海中に残された遺骨です。 また犠牲者183人のうち、遺族のDNAは80人分だけが確保されているそうです。 全ての遺骨にその遺族が判明することは簡単ではないと言えそうです。
またもし鑑定しても身元不明となった遺骨をどう処理するのか、早めに検討しておかないと大きな問題に発展する可能性があると思われます。 拙ブログでは、次のように論じました。 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/03/27/9844436
それから気になるのは、これまで発掘してきた遺骨、そして将来も発掘発見されるであろう遺骨を最終的にどうするのかという点です。 どこかの専門機関にDNA鑑定を依頼して身元を調査し、それが判明した遺骨は遺族に引き取ってもらって終わりますが、それは少数であろうと考えられます。 遺骨は事故で亡くなった183人のうちの誰かであることはほぼ確実と思われますが、80年以上も経っていて遺族のほとんどは孫や曾孫世代でしょうから判明率が落ちます。 またこれまで集めた遺族のDNAは80人分といいますから、半分以上がまだ収集できていないことになります。 ですから発掘された遺骨の多くは、遺族の確定が困難と思われます。 また朝鮮人か日本人かの区別もできませんから、韓国側に引き取ってもらう訳にもいかないでしょう。
今のところ遺骨は警察が預かっているようですが、事件性がない限り警察にいつまでも保管する義務はありません。 最終的な保管責任は遺骨発掘作業の主体者であり遺骨発見者でもある「刻む会」にあると考えられます。 ですからDNA鑑定しても身元不明となった遺骨、あるいは遺族が引き取りを拒否したような遺骨は「刻む会」に戻されることになるでしょう。 そして「刻む会」は日本政府の関与を要求しています。 しかし身元不明などの遺骨について政府がどのように関与できるのか、ちょっと疑問に感じます。
「刻む会」は、〝日本は不当な朝鮮植民地支配の加害者であり韓国は被害者である、長生炭鉱事故はそのなかで起きたものだ” 〝韓国と日本の市民の力で歴史を反省しない日本政府を追及しよう”という考えを一貫して有しており、そんな団体がその後どのような動きをするのだろうかという疑問ですね。 ここは想像になりますが、日韓間の歴史紛争のさらなるネタを作るのではないか、ということです。 また身元が判明したら今度は遺族が日本政府を相手に損害賠償請求の裁判を起こすのではないか、ということも考えられます。 そうならないことを祈るのみです。
4・3事件―島民はなぜ黙ってきたのかを想像する ― 2026/05/27
https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2026/04/03/9845845 の続きです。
4・3事件がどういうものだったのか、金時鐘さんは『朝鮮と日本を生きる』(岩波新書 2015年2月)に詳しく書いておられます。 ただし彼は南労党の党員でしたから、内容は武装蜂起を肯定する立場です。 また彼は講演でもこの立場で語っておられます。 彼だけではありませんが、マスコミや集会などで語られている事件は、〝島民らが祖国の分断に反対するためにやむにやまれず立ち上がった”というようなイメージがほとんどです。 それは〝善”は蜂起した「島民=南労党」であり、〝悪”はこれを過酷に弾圧した「軍・警・右翼」と単純に二分化するものです。 しかしそれでは事件の真相が見えてこないと考えます。 分かりやすく説明するために、ちょっと単純化してお話します。
朝鮮民族はよく知られている通り、祖父母・父母・伯父・伯母等々の一族親戚が十人以上の単位、もう少し遠い親戚を含めると「八寸=八親等」ですから百人以上となるだろう、そんな血縁共同体を形成しているのが一般的でした。 4・3事件の時、この大家族=一族親戚のなかで何人かが南労党に入り、何人かが警官になったり選挙管理人なったりして権力側についたのでした。
権力側(軍・警)は反権力側(南労党)を討伐するために、家々に入り込んで「南労党はいるか?!」と捜索し、見つければ即座に殺すか、引っ張り出して公開処刑していきます。 対して南労党遊撃隊は警官や右翼の家、地元有力者を襲撃し、時には家族までも殺していきます。 このような権力側と反権力側との殺し合いが、全島で行なわれたのでした。
金時鐘さんの一族親戚も、このような殺し合いに巻き込まれます。 彼は『朝鮮と日本を生きる』で、親戚の南労党員が軍・警によって殺害された事件について、次のように記しています。
狂乱の虐殺はついに、私の身近な従姉の夫にまで及んできました。 惨殺された屍体をまじまじと見たのは、この時が初めてです。 ‥‥日本から引き揚げてきてまだ3年も経たない、高南杓という実直な40がらみの男でした。 (220頁)
次に金さんが警察から逃げ回って叔父の家で匿われていた時、その叔父が南労党によって殺害されました。
かくまってくれた叔父貴(母方の)があろうことか、武装隊(遊撃隊)の手によって殺されてしまうのです。‥‥ 区長の家ですので‥警察の上役あたりがしょっちゅう出入りします。 そのつどちょっとした酒食をもてなしてもいたようです。 それが武装隊には討伐隊(軍・警)に肩入れしているように見えたのでしょう。‥‥ 明け方に襲ってきた武装隊に腹部を二ヶ所も竹槍で刺された叔父貴は、腸をはみださせたまま裏の石垣をよじのぼって裏の小道に落ちました。 それでもすぐには死ななくて、七転八倒の苦しみが3日も続きました。 (228~229頁)
南労党は、敵と見た金時鐘さんの叔父を無惨に殺害したのでした。
金さんの一族親戚のうち二人が犠牲になりました。 ここで、ふと疑問が思い浮かびます。 親戚のうち大部分は権力(警察などの行政関係)も反権力(南労党)も関係ない人たちでしょう。 特に女性は大半が学校にも行ったことがありませんから、「選挙」やら「民主」などのイデオロギー的知識もほとんど分からなかったはずです。 ところが自分の身内の中に互いに対立を演じる権力側(警察など行政関係者)と反権力側(南労党員)とがいて、実際に殺害されたのでした。 彼らはその身内の惨殺をただ見るしか出来なかったのですが、その時の気持ちはどうだったのでしょうか? 金さんの著作にはそこまで触れていないようです。 それが私に疑問を抱かせるところです。
この疑問を抱いた時、世に広まっている「4・3事件」の説明には、南労党や警察等とは直接関係ない一般島民から見た事件というものが語られていないことに気付きました。 それは殺し合いをするほどに対立している南労党と警察等の両方が自分の身内にいるという中で、ただひたすら右往左往するしかなかった一般島民のことです。
想像してみてください。 葬式や法事、結婚式などで親戚一同集まるなかで名前も顔も知っている○○ちゃんは南労党、□□ちゃんは警官となって殺し合う関係になっている場面を‥‥。 そこにいる人たちは、いざ殺害が始まれば仲裁することもできず、どちらかの味方にもなることもできず、ただ黙って見ているだけの場面を‥‥。
こんな想像をしてようやく済州島民たちの多くが事件を話さず黙っている理由が分かってきました。 顔も名前も知っていて、しかも何か事があれば互いに助け合ってきた一族郎党のなかに敵対し合う南労党員と警官がいる、そして実際に殺されるところを見る‥‥、これが4・3事件の現実であったが故に島民たちは黙るしかなかったと想像されるのです。
想像が過ぎたのも知れません。 ただ4・3事件は余りにも悲惨で、済州島出身の在日僑胞ハラボジ・ハルモニが何も喋らないし喋ろうともしてこなかったことに、そんな想像をしてしまうのでした。
【南労党の4・3赤色テロ】
済州島4・3事件の赤色テロ(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/10/8890890
済州島4・3事件の赤色テロ(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/18/8896622
済州島4・3事件の赤色テロ(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/23/8900976
済州島4・3事件の赤色テロ(4)-警官家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/30/8906338
済州島4・3事件の赤色テロ(5)―右翼家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/05/8909472
済州島4・3事件の赤色テロ(6)―評価は公平に http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/10/8912907
【4・3事件を語る金時鐘氏への疑問】
金時鐘氏への疑問(5)―政党加入・4・3事件 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/18/9769221
金時鐘氏への疑問(6)―4・3事件(その2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/23/9770375
金時鐘氏への疑問(7)―4・3事件(その3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/04/28/9771478
金時鐘氏への疑問(8)―西北青年団 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/05/02/9772477
金時鐘氏への疑問(9)―韓国否定と北朝鮮容認 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/05/09/9774295
【南労党を隠蔽するマスコミ】
4・3事件-南労党を隠ぺいする読売解説 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/11/19/9000560
4・3事件 南労党を隠ぺいする毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/02/29/9218957
南労党を隠ぺいする韓国マスコミ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/04/9055271
4・3事件―ハンギョレ新聞も南労党を隠ぺい https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/03/9537878
韓国映画『チスル』 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/06/01/7332806