李青若(3)―1990年代の在日問題2022/12/11

http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013 の続きです。

 1992年、上智大学で「日本人が在日韓国・朝鮮人と共生できるか」をテーマにしたシンポジウムが開かれました。 李青若さんはそこを見学します。 まずは司会の挨拶です。

在日・韓国朝鮮人の実態とその苦悩を日本人も知らなくてはならないということで、姜大徳先生をお招きしました。 姜先生は、在日韓国人の子供たちの悩みの相談にのったり、ハイキングなどを企画して、日本人と在日韓国人が交流するためのサークルを作って活動していらっしゃいます。 これからお配りするパンフレットを参考にしながら、姜先生のお話をうかがって、そのあと、ディスカッションをしたいと思います。(161頁)

 講師は「姜大徳」さん、検索してみると全く出てきませんねえ。 今はもう活動を止められたのでしょうか。 その当時どのような活動をされていたかというと「在日の子供たちの相談やハイキング」「日本人と在日との交流」ということですから、かつての民闘連(民族差別と闘う連絡協議会)系統の在日子弟向けサークルでの活動だったように思われます。 シンポジウムで配られたパンフレットには、そのサークルに集まった子供の悩みが次のように書かれていました。

私は韓国人なのですが、友人の前では日本人の顔をしています。 私が韓国人だとわかったら、友人たちは、どういう態度をとるでしょうか。 多分いじめられるでしょう。 私は引っ越したのですが、このサークルに戻ってくると、みんな私が韓国人だと知っているし、本名で呼ばれて『ホッ』とします(161頁)

 講師の姜さんは講演のなかで、在日の子供の悩みを次のように語ります。

パンフレットを見ていただきたいのですが、子供が自分が在日だというだけで、悩み苦しむ現実がお分かりいただけると思います(162~163頁)

 私の経験では、この「悩み苦しむ現実」は1970年代までならあり得るのですが、それから20年も経った1990年代にまであったというのですから、ちょっと信じられないところです。 だいたい自分が韓国人だと分かったら友人はイジメるというなら、それは「友人」ではない、そんな人とは直ぐに絶交しなさい、そして担任の先生に言いなさい、と忠告するしかないと思うのですが。

 次に姜さんは「在日の実態と悩み」についてどのような講演をしたかというと、李さんの本では次のように要約されています。

①「在日韓国人は日本人同様、税金を納めている立派な納税者なんです。 なのに選挙権がないというのは、おかしな話です」

②「日本政府は、私たちを強制退去させることができるんです。 しかし、日本で生まれ育った私などはもちろん、一世たちでさえ日本以外の国で暮らすことはもはや不可能です。 生活の基盤はあくまで日本にあるんですから」

③「趣味のレベルでさえ国家から制約を受けます。 僕の友人の在日韓国人は、以前ハムの資格を取得しようとしたらできませんでした。 日本人ではなく外国人だということで法律的に許されなかったんです」

④「今は必要なくなりましたが、日本で暮らすためには、指紋押捺をしなくてはなりませんでした。 いわば在日韓国人は日本では犯罪者同様に扱われたわけです。 これがどんなに屈辱的なことであるか、したことのない日本人には分からなかったのでしょう」

⑤「役所では在日韓国人は採用しませんから、在日韓国人の心の痛みが分からないんです。 役所が身体障害者の気持ちを理解できるのは身体障害者を採用するからです。 役所は在日韓国人を採用すべきなのです」(以上162~163頁)

 姜さんは、在日は日本社会からこれだけの差別を受けているのだと主張しています。 しかしここで列挙されている差別(選挙権、強制退去、ハム資格、指紋押捺、公務員採用)はすべて外国人であるが故の差別問題であって、韓国・朝鮮人であるが故の民族差別ではありません。 ですから帰化して日本国籍を取得すれば解決するものです。 李さんも

在日がみんな帰化すれば、問題そのものがなくなるというのも事実(158頁)

と言っています。

 在日韓国・朝鮮人は1991年以降「特別永住」という在留資格を有していますが、これは他の在留資格と比べて、もうこれ以上はないと思えるくらいに有利なものです。 しかしそれでも外国人である限り、日本人ではありませんから日本人と全く同じ権利ということはあり得ません。 これは世界どこの国でも共通しており、姜さんの国である韓国あるいは北朝鮮でも同じです。

 しかし姜さんは、在日は外国人でありながら日本人と同じ権利を要求しています。 つまり姜さんの考えは、日本人と同じ権利が欲しい、しかし帰化するのは嫌だ、いつまでも外国人であり続けたい、ということになるでしょう。 そして日本人と同じ権利のないことが「(在日が)苦しんだり悩んだりしている」(169頁)のだと主張するのです。

 ですから在日は外国人である限り、いつまでも「苦しみ悩み」ながら生きていく、ということになります。 1990年代は、〝在日韓国・朝鮮人は被害者で「苦しみ悩んでいる」、そして日本人はそんな在日の「苦しみや悩み」を理解して自分たちが加害者であることを自覚せねばならない″という考え方が主流だったなあと思い出されます。

 そう言えば「こんな惨めな(ずっと苦しみ悩むような)生き方はしたくない」と吐き捨てるように言った若い在日がいましたねえ。

 今でも思い出しますが、1980年代に在日一世のおばあさんたちから身世打鈴(身の上話)を聞き書きしていた時、「日本に来て苦労したが、住めば都で日本もなかなかいい所や」と日本での生活を肯定しておられました。 また「うちら外国人なんやから指紋を捺すのは当たり前や」とも言っておられました。 生活の苦労はあっても、日本社会から差別されて「苦しみ悩む」なんて言っておられませんでしたねえ。 (終り)

李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013

李青若(2)―「あなたは同化しているね」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/12/06/9546013

【拙稿参照】

在日の日本志向は1970年代後半から    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/11/09/716024

在日は日本の「豊かさ」を直感した    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/04/01/1361019

在日の功績               http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/06/23/1598481

在日は日本が住みやすかった       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/04/05/2973366

「朝鮮人は朝鮮に帰れ」考   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunanadai

身世打鈴           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/09/01/507081

李青若(2)―「あなたは同化しているね」2022/12/06

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/30/9544668 の続きです。

 李さんは ある日本人から戸籍制度について議論を持ちかけられます。

「日本では、個人では世帯を単位に行政が国民を管理している。 戸籍制度にはいくつかの弊害があるから撤廃するべきだと思う。 日本以外にこの制度を取っているのは韓国と台湾だけで、これは日本の植民地政策が発端なんだ」

相手のいわんとしていることは「戸籍制度という悪いものが韓国にあるのは、日本の植民地支配のせいだ」と聞こえた。‥‥ 戸籍制度の発端はどうであれ、韓国が自分の責任で決めていることなのだから、日本は関係ないことだと思う。 相手は、自分の主張を強めるために韓国を持ち出してきただけで‥‥

私がいつまでも「日本批判」に同意しないでいると、その人は一言いった。 「あなたは同化しているね」 わたしは気分が悪くなった。

在日の人間なら、自分と同じ意見だとでも思っているのだろうか。 日本人が、自分の抱いているイメージに合わない外国人に対して「日本人に同化している」と非難するとは、どういうことだろうか。(以上155頁)

 反体制思想を持っている日本人が、在日韓国・朝鮮人もきっと自分に賛成してくれるはずだと思うことは、よくある話でした。 なぜそんな考えを持つようになったかと言えば、世に出ている在日に関する本が民族受難の歴史とか差別の現状とか、要するに被害者性ばかりを強調するものが多く、在日というのは日本に対して不満・反発を持っているのだというイメージを与えていたからです。 左翼・革新系のような反体制志向の人たちはそういう本を読んで、自分は在日に理解のある日本人であり、在日は自分と意見を同じくしてくれるものだと思うようになります。

 李さんは、そのあたりを次のように語ります。

私が日本批判に同調しないと、「同化している」とか「韓国人としての自己規定ができていない」という人が、日本人にも在日にもいる。 彼らは、すべての在日に被害者の役割を演じることを期待しているのだろうか。(156頁)

 李さんはその具体的な体験をすることになります。 「マイノリティグループの実態をその構成員が話す」というテーマの授業で自分の意見をスピーチしたところ、担当の先生が次のようにまとめました。

彼女のソフトな見解が出ていて、温厚な意見でしたね。 けれども実態はもう少し違いますね。

そして教室を出ると、先生はぽつりと言ったのだった。 「どうしてあんなことを‥‥あなたは同化しているからですかね」

私はこの時はっきりと、「同化している」という言葉で自分が非難されていることに気がついた。(以上173頁)

 この先生は反体制思想を持つ典型的な左翼・革新系の人ですねえ。 彼は、在日は日本が加害者で自分たちは被害者だと思っているはずだ、そんなことを思っていない在日は日本に同化してしまっているのだ、という考えになっています。 それに対し、李さんは次のように言い返すことを決めます。

「失礼なことを言わないでください。 あなたのような日本人には同化していません」(173頁)

【拙稿参照】

「同化」は悪だとされた時代       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/02/15/8018723

「差別・同化政策」考      http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daigojuuyondai

在日朝鮮人は外国人である    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuudai

(続)在日朝鮮人は外国人である http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuichidai

消える「在日韓国・朝鮮人」   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuukyuudai

「同化教育」考       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daikyuujuunidai

水野・文『在日朝鮮人』(21)―同化 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/09/23/8197450

李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/11/30/9544668

李青若『在日韓国人三世の胸のうち』(1)―強制連行2022/11/30

 本棚を整理していたら、『在日韓国人三世の胸のうち』(李青若著 草思社 1997年1月)が出てきて、そう言えば昔こんな本を読んだなあと懐かしく思い、二十数年ぶりに読み直しました。

 当時の在日韓国・朝鮮人は、強制連行で来日した朝鮮人およびその子孫で、日本のさまざまな厳しい差別に呻吟している人たちというイメージが強い時代でした。 特に学校の先生には在日問題に熱心な人が多く、授業で強制連行の歴史や民族差別などを生徒に教えることも少なくありませんでした。

 そんな時代にあって、ある在日韓国人が自分の家族史や同じ在日との付き合いを通して、強制連行や民族差別などのイメージに対して大きな違和感を抱いたことを正直に語ったのが李さんの『在日韓国人三世の胸のうち』という本でした。 私は「そうだそうだ、その通りだ!」と膝を打ちながら読んだものでした。

 しかし世間では在日に対するイメージが上述のように日本帝国主義の被害者だとするものばかりで、李さんの本はそれとかけ離れていたせいか大きな話題にはならなかったという記憶があります。 そんな本を久しぶりに読み直したというわけです。

 著者の李さんは1965年生まれで、父親は一世、母親は二世。 この本を出したのが1997年ですから、本の内容は彼女が1980~90年代に体験して得た知識が中心になります。 まずは当時の日本で定着していた「強制連行説」です。

私が在日韓国人だというと、多くの人は私のことを、無理矢理日本に連れてこられた韓国人の孫だと思うようでした。 私が、祖父たちは仕事をしにやって来て、そのまま日本に留まったんですというと、相手の人はとても驚くのです。

こんなにも在日のことが報道され、その存在が知られているのに、在日はどのような歴史的背景を持っているのか、どのような事情で日本に渡ってきたのか、どうして日本で暮らし続けているのかといった、基本的なことが分かっていない人が多いのは不思議な気がしました。(以上10頁)

 1990年代までは「強制連行説」が幅を利かせていましたから、在日が目の前に現れたら「あなたも強制連行された朝鮮人の子孫で、日本社会から厳しい差別を受けて本名を名乗りたくも名乗ることができず、指紋押捺を強制されて犯罪者扱いされるなど、塗炭の苦しみを味わっている、可哀そうな人なのだ」というステレオタイプで見る人が多く、そのイメージをそのまま当の在日に語りかけていたのです。

 そんな時代でしたから、李青若さんは自分が在日韓国人だと名乗ると相手から「無理矢理日本に連れてこられた人」と反応されたというのは、当時としては珍しくありませんでした。

 李さんは、家族が来日した経緯について聞き書きしています。 まずは李さん母方の祖父である在厳ハㇽベ(ハㇽベは「おじいさん」という意味の方言)の話です。

在厳ハㇽベは1930年頃、たった一人で韓国の田舎から日本へ出稼ぎにやって来た。 もともとは小作農で畑を耕していたのだが、日本で働いた方が稼ぎがいいと考えたのだろう。‥‥祖父はつてを頼って仕事を見つけると、ヒョイと日本に渡ってきた (36頁)

在厳ハㇽベはというと、しばらくは工場で働いていた。 何の工場か分からないが、旋盤を使っていたと聞いたことがあるから、機械か部品を作る工場の労働者だったのだろう。‥‥何度か職を変えたそうだが、やがて屑鉄屋をするようになった。(37頁)

いろいろ苦労はあっただろうが、それでも働けば働いた分だけ見返りはあったそうだ。 そのうち最低限の生活基盤もでき、家族を本国から呼び寄せた。 妻と子供二人が渡日し、それから祖父母は五人の子供をもうけた。(37頁)

 李さんの母方家族は、このようにして日本での生活が始まりました。 男性が日本で生活基盤を築きそこに家族を呼び寄せる、これは当時の在日朝鮮人の普通によくあるパターンですね。 李さんの母親はこのハㇽベのもとで生まれた二世です。

 次に李さんの父親です。 祖父の成泰ハㇽベが先に日本で働いていて、その元に家族が呼び寄せられて来日します。 

1955年(昭和30)、父は17歳の時に成泰ハㇽベを頼って日本に渡ってきた。 息子にきちんとした教育を受けさせたいからこちらに寄越すようにという手紙が、順伊ハㇽメ(「おばあさん」の方言)宛に届いたのだ。(52~53頁)

 以上のように父方の祖父もまず最初に渡日して働いて生活基盤を築き、そこに故郷から家族を呼び寄せています。 父親は17歳まで韓国で過ごしていますから一世で、しかも戦後の来日です。

 私も1980年代に20人以上の在日一世から聞き書きしましたが、同じような話でした。 男性の場合、日本語ができなくても一生懸命に働いてお金を貯め、生活できるようになってから朝鮮の故郷に里帰りしてお見合い結婚し、新妻を日本に連れて帰ってきたというような話であり、女性はそんな男性の下に嫁に来たというような話です。 自らの意志に反して無理矢理連れてこられたという「強制連行」という話は全くありませんでした。(下記【拙稿参照】)

 李さんも  

以前、在日は強制連行によって日本に来た朝鮮人とその子孫だと書いてある本を読んで驚いた。 少なくとも私の周囲には、仕事をしに渡ってきたか、朝鮮戦争を逃れてきた人しかいない。(36頁)

と書いています。 

 私は20年ほど前に、HPで「『強制連行』考」を発表しました。 昔に書いたものですから、間違いがあります。 汗顔の至りです。

【拙稿参照】

「強制連行」考     http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daiyonjuuhachidai

「朝鮮人は朝鮮に帰れ」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuunanadai

伊地知紀子『消されたマッコリ』(4)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/12/21/7956212

韓国語の雑学―賻儀2022/11/26

香典袋とクレヨンしんちゃんシール

 「賻儀」なんて、日本人は知らないでしょう。 お葬式に参列する時に出す「香典」の意味です。 ハングルでは「부의」で、これを使う場合もありますが、漢字で「賻儀」と書いて香典袋とすることも多いです。 漢字を廃止した韓国ですが、葬式などの儀式の場合には漢字が今でも使われます。 他に「謹弔」「訃告」など。

 韓国では漢字教育がなくなりましたので、韓国人、特に若い人は漢字を全く読めなくなってきています。 そのために韓国大企業のある担当者が「賻儀」と書かれた封筒の意味を知らず、消費者からの苦情のお詫びにこの封筒を使ったというトンデモない事件がありました。 ソースは、2022年11月22日付けの聯合ニュースです。 https://www.yna.co.kr/view/AKR20221121051800505?section=search

 訳してみました。

ロッテ製菓が製品に苦情を言ってきた顧客に香典袋を送り、論議を呼んでいる。

(ソウル=聯合ニュース) キム・デホ記者= 慶尚南道梁山市(キョンサンナムド・ヤンサンシ)に住む専業主婦Aさんは11日、近くのコンビニでロッテ製菓の菓子「ペペロ」を購入した。 アニメーション「クレヨンしんちゃん」のキャラクターが描かれた箱と製品に入っているシールが欲しかったAさんは、ペペロを箱ごと買った。  ところが、その箱には表に描かれたものとは違うペペロ製品が入っており、シールもなかった。

Aさんは週明けに、コンビニを通じてロッテ製菓担当者に連絡したところ、担当者からシールを送るという回答があった。  しかし今月17日ロッテ製菓から送られてきた箱を開けてみて、驚いて泣いてしまったという。  自分の欲しかったキャラクターのシールが香典袋に入れられていたからだ。 Aさんは「封筒を見るやいなや恐ろしく、鳥肌が立って手が震えた。 私は信心深い方なので、これには非常に憤りを感じた」と話した。

Aさんは、「最近事故で足を怪我して手術を受け、今治療を受けているせいなのか、香典袋が本当に不吉に見えた」とし、「その前に、ロッテ製菓の担当者からコンビニに直接行って製品を交換してほしいと言われたのが最初だった。 その時は体調が悪くて動けないという事情を言ったのだが」と話した。 Aさんの夫はロッテ製菓側に、「足を怪我したことを知っていながら香典袋を送ってきたのは、死ねという意味ではないか。 常識からして呆れる」と抗議した。

ロッテ製菓担当者はこれに対して、「絶対に悪意がなく、ミスだった。 お客様にお詫びする。 無地の袋を使おうとしたのだが、ちゃんと確認せず、ミスが発生した。 シールの余分があったので顧客の要請に応じた」とし、「消費者に直接会って心を傷つけた点をお詫び申し上げたい」と明らかにした。

また、ペペロの包装箱と中身が異なるのは「シールが入っている製品が早く売り切れたため、コンビニが自主的判断で他のペペロ製品を入れて販売したため」と説明した。

 以上です。 韓国語の「賻儀」は、漢字を知らない今の韓国人には単なる模様でしかないようです。 漢字は韓国文化から消えつつあるのですねえ。

【拙稿参照】

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(1)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/10/7183064

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(2)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/12/7190236

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(3)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/15/7193473

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(4)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/19/7197589

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(5)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/22/7200651

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(6)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/27/7205232

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(7)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/01/31/7208311

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(8)http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/02/7210006

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(9) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/05/7213236

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(10) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/08/7216206

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(11) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/02/10/7218555

漢字を廃止した韓国で「知的荒廃」?-呉善花(12) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/03/09/7240684

『韓国が漢字を復活できない理由』(1)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/15/6982629

『韓国が漢字を復活できない理由』(2)  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/18/6985544

『韓国が漢字を復活できない理由』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/20/6987935

『韓国が漢字を復活できない理由』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/21/6989129

『韓国が漢字を復活できない理由』(5) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/23/6990160

『韓国が漢字を復活できない理由』(6) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/25/6991952

『韓国が漢字を復活できない理由』(7) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/26/6992771

『韓国が漢字を復活できない理由』(8) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/09/28/6994523

韓国語の雑学―将棋倒し http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/15/9235466

韓国語の雑学―下剋上  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/04/22/9237987

韓国語の雑学―「クジラを捕る」は包茎手術の意 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/12/10/9325273

韓国語の雑学―내로남불(ネロナムブル) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/01/04/9334079

韓国語の雑学―東方礼儀の国    http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/17/9388692

韓国語の雑学―동족방뇨(凍足放尿)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/09/02/9418323

「いわれなき差別」あれば「いわれある差別」あり2022/11/22

 毎日新聞の10月29日付けに、「変わる地域、関わる「表現」/下 劇場育む東九条の文化つなぐ=蔭山陽太」という記事がありました。 ただし有料記事ですので、関心のある方は図書館にでも行ってください。 https://mainichi.jp/articles/20221029/ddf/012/040/006000c

 東九条は京都市にあって、日本でも有数の朝鮮人集中地区(いわゆる朝鮮部落)です。 この地区が文化の町として大きく変わりつつあるという記事です。 その中に次のような一文がありました。

1910(明治43)年、日本が朝鮮半島を植民地として統治下に置いた「日韓併合」以来、この地域には朝鮮半島から多くの人々が職を得るために移住し、戦後も敗戦からの復興や高度成長期の大規模公共工事などに従事しながら劣悪な居住環境の下、いわれなき差別や偏見を受けながらも助け合って生活を続けていた。

 このなかで「いわれなき差別や偏見」という表現に目が行きました。 「差別・偏見」に修飾する「いわれなき」というのは、一体何だろうか? という疑問ですね。 「差別・偏見」という四文字ではややこしいので、「差別」の二文字で使います。

 「いわれなき差別」があれば、当然「いわれのある差別」もあることになります。 「いわれ」というのは理由(あるいは由緒・由来)という意味ですから、差別には「理由のない差別」と「理由のある差別」の二種類があることになるでしょう。 それでは「いわれ(理由)のない差別」とは何であり、逆に「いわれ(理由)のある差別」とは何か。 ここでは後者の「いわれのある差別」について、部落差別を例にとって考えてみたいと思います。

 「いわれのある差別」を考えるのにちょうどいい例が、最近の『文芸春秋』にありました。 西岡研介さんの「部落解放同盟の研究」と題する論稿です。 全部で6回の連載ですが、そのうちの最初のものがインターネットで公表されています。 https://bungeishunju.com/n/nf91af6b0651d

 西岡さんは、部落差別には次のような「いわれ(理由・由緒・由来)」があるとしています。

近世封建社会における身分制度の残滓であり、江戸幕府、明治政府には民衆の分断統治に用いられてきた「部落差別」。 いまだ社会や人々の意識の奥底に潜み、かつては日常のあらゆる局面で、そして今なお結婚などの際に、その醜悪な姿を現わす。 こうした封建時代から脈々と続く部落差別

 このように「近世封建社会における身分制度の残滓‥‥こうした封建時代から脈々と続く」と、部落差別の「いわれ」を解説しています。 つまり部落差別は「いわれのない差別」ではなく、ちゃんとした「いわれがある差別」というわけです。

 そして西岡さんは、被差別部落を代表すると考えられている部落解放同盟について、次のような認識が広まっていると論じています。

戦後75年の歴史の中で、一部過激化した糾弾闘争によって、「暴力集団」という負のレッテルが貼られた

 ここでは「一部の過激化した糾弾闘争」が理由となって、「暴力集団」という差別的な「レッテルが貼られた」としています。 解放同盟は先に言ったように被差別部落を代表するとされていましたから、「暴力集団」というレッテルは部落差別そのものであり、それには理由があったということになります。 記事ではその具体例の一つとして、「八鹿高校事件」を取り上げています。 つまり西岡さんは、部落差別はその代表団体である解放同盟のために「いわれのある差別」となっていると論じているわけです。

2000年代に入ってから、後述する「同和対策事業」をめぐる不祥事が相次いで発覚。 「同和利権」と大々的に報じられ、「利権集団」というイメージが、今なおつきまとっている

 ここでは「利権集団」という差別的イメージが強く残っている理由として、「『同和対策事業』をめぐる不祥事」が取り上げられています。 不祥事は主に被差別部落を代表する部落解放同盟が犯したものですから、ここでも部落差別は「いわれのある差別」ということになります。

 解放同盟をめぐる不祥事は「飛鳥会事件」「ポルシェ中川事件」「北九州土地転がし事件」「モード・アバンセ事件」等々、その他に部落差別の自作自演事件などもあります。 下記の【拙稿参照】で挙げていますので、ご笑読いただければ幸い。

 さらにヤクザ・暴力団という反社です。

解放同盟も同盟員の思想の左右を問わず、さらにはヤクザからインテリまで様々な人々が集う組織となった

 ここでは西岡さんは、解放同盟にヤクザが加わっていることをはっきりと認めています。かつて解放同盟にヤクザ・暴力団が多数入っていたのは公然たる事実で、解放同盟自身が飛鳥会事件の際にそれを認めており、公表しました。 これについて拙ブログでも取り上げたことがあります。  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/04/1482616 

 ヤクザ・暴力団を社会から排除するのは一般常識となって久しいですが、解放同盟はそういった反社の人を組織内に多数抱えていたのでした。 しかし解放同盟からはそういった反社を追放したとかいう情報は聞こえてこないし、反社を真人間にするためのプログラムがあるという話も聞いたことがありません。 解放同盟はヤクザ・暴力団と関係の切れない組織であると考えるのは、やむを得ないでしょう。

 被差別部落を代表する解放同盟がそうであるなら、部落自体もそうだろうという差別的イメージが持たれるのはどうしようもないと思うのですがねえ。 解放同盟はもはや部落を代表してはならないと考えるのですが、どうでしょうか。

 最初東九条の話のつもりが、関係のない部落差別の話になってしまいました。 「いわれのない差別」があれば「いわれのある差別」がある、その「いわれ」とは何かを考えるうちに部落差別には「解放同盟」という「いわれ」があるという話になったという次第です。 

 解放運動がなかったら部落差別はもっと早く解決しただろうに、と思います。 一方、韓国では解放運動がなかったために「白丁差別」は実質的になくなったと言えます。 「白丁」は差別用語として一部で残っているだけでしょう。

 また韓国では「白丁」という名前の焼肉チェーン店が展開しており、日本にまで進出しています。 それが何も問題化されていません。 そこが日本の部落差別との違いですね。 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/08/26/9415503

【拙稿参照】

ラムザイヤー教授の部落論(1)―同和対策事業 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/12/26/9450880

ラムザイヤー教授の部落論(2)―同和事業の裏では http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/12/31/9452108

ラムザイヤーの部落論(3)―解同の不祥事はいっぱい http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/05/9453615

ラムザイヤーの部落論(4)―解放運動はお金が儲かる http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/10/9454916

ラムザイヤー部落論(5)―反社に行く者,地区から出る者 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/15/9456213

ラムザイヤー教授の部落論(6)―エセ同和行為 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/20/9457467

ラムザイヤーの部落論(7)―同和事業の終了で正常化へ https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/01/25/9458701

差別の自作自演事件       https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/06/06/9385057

解放運動に入り込むヤクザ     http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/05/04/1482616

【韓国における「白丁」】

日本進出の焼き肉店「白丁」    https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/08/26/9415503

韓国ドラマに出てくる「白丁」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/05/31/3552264

韓国映画に出てくる「白丁」   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/13/8070271

韓国の有力紙に出てくる「白丁」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/30/8121172

脱北者団体が使った「白丁」という言葉 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/08/9056977

「개백정」とは何か?      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/12/29/9018451

「白丁」について       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/05/03/8841899

韓国の進歩系も使う「白丁」  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/01/17/9202929

「白丁」考         http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuunanadai

これは民族名と言えるのだろうか(2)2022/11/15

 何十年も昔ですが、ある大学の朝文研(朝鮮文化研究会)の人から聞いた話です。 当時は大学当局から韓国・朝鮮人学生の名簿をもらうことができて、その名簿を使って韓国・朝鮮籍学生を一人一人訪ねてオルグしていました。 その中に「李みどり」という名前の学生がいたと言うのです。

 実際にその学生に会うと、外国人登録証には確かに「李みどり」と書かれていたのでした。 つまり、ひらかな名の「みどり」が本名だということが判明したのです。 ならば本名を名乗って民族を取り戻そうという「本名を呼び名乗る運動」は一体どうなるのか、大いに戸惑ったと言っていましたねえ。

 在日は通名として日本風の名前(例えば「貞子」さん)を使うか、あるいは漢字名の本名(例えば「貞淑」さん)を日本読みして「ていしゅく」とするようなことが普通です。 しかし本名が「みどり」であるならハングル読みしても「미도리(ミドリ)」とするしかなく、これで「本名を取り戻して民族を自覚」とか「民族の誇り」なんて言えるのか、疑問になります。

 これまた昔の話、「朴早智」という名前の在日女性がいました。 ただしこの人はハングル読みをせず、「ぼく・さち」でした。 もしハングル読みをすれば「パク・チョジ」となります。 韓国語に詳しい人なら分かると思いますが、「チョジ」という名前は韓国ではあり得ません。 「좆(チョッ)」は男性のペニスを指し、それに「이」を付けて「좆이(チョジ)」と発音すれば「おちんちん」という意味になるからです。

 卑俗語(スラング)ですから普通の辞書には載っていませんが、「早智」をハングル読みした「チョジ」は韓国ではあり得ない人名なのです。 まさに「좆같은 놈」(直訳すれば〝チンポみたいな奴″で、意味は〝憎たらしい奴″となる)です。 もし「早智」さんが民族に目覚めてハングル読みをすれば、本国ではとんでもないことになっていただろうと想像します。

 朝鮮学校に通っていた人に、もしこんな子供が入学しに来たらどうなるのかと聞いたら、校長先生がちゃんとした民族名をつけてくれるとのことでした。 民族を大事にするなら、それまでの日本風の名前ではなく新たに民族名をつけて通名とするのが正解のように思うのですが、どうでしょうか。

 外国人は通名を登録する(ただし一つだけ)ことができて、その名前で銀行口座を開くことができます。 外国人の通名制度は外国人が生活するには便利にできている制度ですから、これをうまく利用すればいいということですね。 (終り)

【拙稿参照】

ヘイト投稿者への損害賠償請求訴訟 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/11/28/9443703

二つの名前を持つこと          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/06/27/6493072

在日の本名とは?            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/01/6497383

通名を本名と自称する在日        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/07/04/6500499

日本名を本名とする在日朝鮮人      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2012/12/18/6663657

通名禁止、40年前から「左」が主張と実践 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/05/6681269

在日の通名使用の歴史は古い       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/01/12/6688526

ある在日の通名騒動記          http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/16/6904707

通名・本名の名乗りは本人の意思を尊重せねば  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/07/28/6925152

外国人が通名で銀行口座を設ける場合   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/13/6945717

外国人の名前              http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/16/6948002

在日の通名は特権ではない        http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/10/23/7019964

通名登録制度を悪用した事件       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/11/02/7031887

本名強要は人格権侵害ー判決       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/04/24/7618561

「本名を呼び名乗る運動」考  http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/dainijuuichidai

(続)「本名を呼び名乗る運動」考 http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuugodai

「本名の朝鮮語読み」考    http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daisanjuuichidai

「通名と本名」考       http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daihachijuuyondai

「左」が担った「通名禁止」運動(3)  https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/23/9359710

外国と日本の文化の違い―卑猥語(2) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/18/9358120

人に卑猥語を言わせるトンデモ俗悪人 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/02/28/9351491

大阪の民族学級―本名とは何か  http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/31/9403271

これは民族名と言えるのだろうか(1)2022/11/10

 ここ何年間か、ヘイトの被害者として「崔江以子」さんという在日女性の名前がマスコミにしょっちゅう出てきます。 彼女は自らを「チェ・カンイジャ」と名乗っています。 ここで違和感を抱きます。 余りに日本風の名前である「江以子」をハングル読みすれば確かに「カンイジャ」ですが、こんな名前を「民族名」と言えるのだろうかという疑問です。

 同じような例として、去る8月の毎日新聞に、在日の男性で「金竜太郎(キム・ヨンテラン)」という方が出てきました。 https://mainichi.jp/articles/20220812/k00/00m/040/004000c   「竜太郎」というこれもまた余りにも日本風の名前をハングル読みした「ヨンテラン」は、はたして民族名と言えるのであろうかということです。

 そういえば1970年代に在日の「本名を呼び名乗る」運動が起きた時、ある学校の先生から、本名が「一二三」という在日の子がいるが、これをハングル読みした「イリサム」と呼んでいいのか、韓国ではあり得ない名前だと言われているのだが‥‥という提起がありました。

 また1990年代になって従軍慰安婦問題が大きく取り上げられ始めた時期に、この問題に取り組む活動家の「金伊佐子」さんは自分の名前を「キム・イサジャ」と名乗っていました。 「伊佐子」という三文字の名前自体が日本風なので民族名といえるのか疑問なのですが、これを「イサジャ」と一見ハングル読みしているかのように言っていることにビックリしました。 実は「佐」はハングルでは「좌(チョア)」と読むのであって、「サ」とは読みません。 つまり「イサジャ」は日本語とハングルのチャンポン読みなのです。 こうなると、民族名とするには更に違和感が強くなります。

 下の名が漢字三文字で「江以子」「竜太郎」「一二三」「伊佐子」のような日本風の名前は韓国・朝鮮の民族文化に馴染まないと思うのに、それを更にハングル風に読むことに何の意味があるのだろうかと思った次第です。 本人に聞くしかありませんが、自分の民族的アイデンティティということであれば、大いなる疑問を感じます。

 在日は日本で生まれ育っていますから民族文化を知らず、名前が日本風になる場合が出てくるのはやむを得ないでしょう。 しかしそんな日本風の名前を敢えてむやみにハングル読みをするのは、民族文化への冒涜のような気がするのですが、いかがなものでしょうか。 (続く)

4・3事件―ハンギョレ新聞も南労党を隠ぺい2022/11/03

 韓国のハンギョレ新聞に「ヤン・ヨンヒ監督「記憶を失っていく母…日本人婿に打ち明けた済州4・3」と題する記事がありました。(2022年10月21日付け)

https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1063651.html?_ga=2.176699488.433915441.1666479846-33680394.1595957328 https://japan.hani.co.kr/arti/culture/44898.html

 ヤン・ヨンヒ監督の『スープとイデオロギー』という題名の映画を紹介するものです。ヤン監督の母親は済州島4・3事件の際に日本に密入国した方で、長年その事件を語ってこなかったが、娘のヤン監督が日本人男性と結婚したことを契機に事件を語り出したというドキュメンタリー映画です。

 この記事を読んで一番の違和感は、「南労党(南朝鮮労働党)」が全く出てこないことです。 4・3事件を簡単に概説しますと、

 1948年の4月3日までの済州島では、南労党を中心に単独政権に反対する活動が活発で、それに対して警察や右翼(西北青年会)による激しい弾圧が続いていた。 そしてこれに対抗して4月3日の未明、南労党の武装組織(遊撃隊とか山部隊、武装隊と呼ばれる)が決起し、警察署12ヵ所と警察官・右翼の家を襲撃したことから始まるのが「4・3事件」である。

 当初は南労党側が圧倒的優勢で、済州島における単独選挙の阻止に成功し、選挙は延期された。 その後も南労党の優勢が続くのだが、本土から軍部隊が応援に入り、形勢は互角となる。 そして両者の赤色テロと白色テロの応酬のなか、警察・軍側が優勢となる。 単独選挙は翌年の5月に実施された。 南労党はどんどん縮小していき、少数の残存部隊が1953年まで活動を続けたのであるが、結局は壊滅した。

 事件のあらましは以上ですが、事件の当事者であるはずの「南労党」がハンギョレ新聞の記事には全く出てこないことに、大きな違和感を持つのです。

 事件では、済州島の住民は赤色テロと白色テロの激烈な闘いのなかでどちらかを選択することを強制されます。 南労党側についた村は警察・軍側から見ればパルゲンイ(赤)の村と見なされましたから、過酷な弾圧の対象となり、白色テロが横行しました。 パルゲンイ村は漢拏山の中山間部に分布しており、生業の畑作や牧畜がほとんど不可能になりました。 村人は生活に困難を極め、多くの人が日本へ密航しました。 ヤン・ヨンヒ監督の母親もこの時に日本に来たようです。 ですから、おそらくパルゲンイ村の村人だったのでしょう。 記事では次のように続きます。

2018年に母を連れて4・3事件70周年の犠牲者追悼式に参加するために済州を訪れた‥‥母の初めての帰郷だった。 「母は韓国に行くことを怖がっていました。 もう民主化されて、4・3事件も政府が認めて、平和公園もできたのだと言っても信じませんでした」。 若い頃は、北朝鮮を強く信じる母は何も知らないのだと思っていたが、韓国では銃刀で脅され追い出されるように日本に渡り、日本では数十年間差別されたことで、「心の故郷、祖国が本当に欲しかった人なんだな。 つらいことがあった人ほど信じるものがなければ生きていけないけれど、母には北朝鮮が信じるものだったんだな」ということを理解した。

 母親が「北朝鮮を強く信じた」理由は、4・3事件では南労党側にいて凄惨な白色テロを見たからではないかと考えられます。 以上のような経緯でしたから、記事に南労党が出てこないことに私が大きな違和感を持つのはご理解いただけるでしょう。

 次に、日本人婿の荒井さんの発言にも、大いなる違和感を持ちました。

荒井カオルさん‥‥は「4・3事件は日本の植民地支配の責任とも結びつく歴史だ。日本人が、外国の歴史ではなく自分の祖母や祖父につながる過去だということを映画を通じて知ってくれれば」と語った。

 1945年の解放(終戦)時に、日本は植民地としていた朝鮮の統治を終了させ、その後の治安・経済・政治の全てを現地の朝鮮人に任せて、朝鮮から去りました。 解放後の朝鮮は全的に朝鮮人たちが責任を負うことになります。 4・3事件はその解放から3年も経って発生した事件です。 事件当事者である南労党も警察・軍も朝鮮人たちが自らつくった組織なのであって、日本は関係ありません。

 その南労党と警察・軍との双方が悪魔と化して狂気のテロを互いに繰り広げたのが4・3事件です。 つまり解放後の朝鮮人(韓国人)たちは自らの行く道を自ら選び、そして敵対関係となって殺し合いの闘争をしたのです。 そんな事件がなぜ「日本の植民地支配の責任と結びつく」のか、もう全く理解できません。 荒井さんという方は歴史をどのように勉強されたのでしょうかねえ。

【拙稿参照】

済州島4・3事件の赤色テロ(1) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/10/8890890

済州島4・3事件の赤色テロ(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/18/8896622

済州島4・3事件の赤色テロ(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/23/8900976

済州島4・3事件の赤色テロ(4)-警官家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/06/30/8906338

済州島4・3事件の赤色テロ(5)―右翼家族へのテロ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/05/8909472

済州島4・3事件の赤色テロ(6)―評価は公平に http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/10/8912907

4・3事件-南労党を隠ぺいする読売解説 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/11/19/9000560

4・3事件 南労党を隠ぺいする毎日新聞 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/02/29/9218957

南労党を隠ぺいする韓国マスコミ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2019/04/04/9055271

韓国映画『チスル』      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2014/06/01/7332806

韓国の「満州我が領土説」2022/10/27

https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/10/20/9534539 の続きです。

 前回で韓国では「対馬我が領土説」が跋扈している話をしました。 ついでに言うと、韓国ではもう一つ「満州は我が領土」と考えている人も少なくありません。 古代の高句麗・渤海の故地である満州は、元々わが国の土地だというものです。 最近、中国の博物館が韓国歴史年表から高句麗・渤海を省いていたことが判明して韓国側が強く抗議したのは、韓国では「満州領土説」が広まっているからです。  https://m.khan.co.kr/world/world-general/article/202209131927001

 1992年の韓中国交正常化後、中国東北地区(旧満州)に旅行する韓国人が多くなりました。 高句麗の首都であった集安にある博物館にも韓国人が見学に訪れます。 その時に「この満州は我が領土」と大声を張り上げる韓国人が何人もいたといいます。 中国には朝鮮族がいて、当然ながら韓国語を解しますから、「満州わが領土」を聞きつけて問題になったことがあったようです。 この博物館では一時、韓国人の出入り禁止になったという話を聞きました。 ですから日本人がこの博物館に行くと、韓国人か否かを尋ねられるそうです。

 さらに満州での韓中間の領土問題いえば、白頭山(中国名は長白山)に触れないわけにはいきません。

 2007年に中国の長春で開かれたアジア冬季競技大会で、女子ショートトラックリレーで銀メダルを取った韓国選手が表彰台で「백두산은 우리 땅 (白頭山は我が土地)」というプラカードを掲げたため、大きな騒ぎになったことがあります。

「白頭山」は朝鮮民族の聖山とされていますが、同時に中国では「長白山」という名前で中国満州族の聖山でもあります。 だから長春のアジア冬季競技大会では、長白山(白頭山)で聖火が採られたのでした。 韓国の女子選手たちは白頭山が中国のものだとする大会に我慢できず、抗議したということですね。

 今の白頭山は頂上を境に中国領と北朝鮮領と二つに分かれていますが、中国と北朝鮮の間には国境紛争はありません。 両国が仲良く白頭山(長白山)を分け合っていますね。 そこに韓国の若い女性選手たちが、世界に中継されるメダル授賞式で「白頭山は我が土地」を堂々と掲げたのですから、かなりの問題になりました。 結局は、未熟な若者が犯した軽率な行動ということで騒ぎが収まったという話を聞きましたねえ。

 さらに「満州」といえば、そこには中国朝鮮族がいることを忘れてはなりません。 人口は2010年調査で約180万人とされています。 しかし韓国人は朝鮮族を高句麗・渤海と結びつけて考えておらず、同じ民族同胞という意識が希薄なようです。 極端に言うと、満州という土地は我が領土だが、そこに住んでいる朝鮮族は同胞とは思えない、ということでしょうか。 ただし例外があります。 詩人の尹東柱です。

 尹東柱の詩は韓国の教科書に出てきますから、韓国人は尹を自分たちと同じ民族同胞だと考えています。 ところが実は尹は「満州」の間島出身であり、尹の生家と墓は中国吉林省延辺にあり、中国当局によって保存されています。 そして中国側は尹を我が国の朝鮮族であり中国国籍の愛国詩人であると評価しています。 これに対し韓国側は、尹は中国人ではなく韓民族の詩人だとして激しく反発しています。 しかしこの反発が今のところ「満州韓国領土説」に結びついていません。 そこがちょっと理解できないところですね。

 つまり「満州韓国領土説」と「中国朝鮮族」と「尹東柱」、韓国ではこの三つは繋がっていないのです。 韓国人は領土と民族を見る視点がわれわれとは違う、と考えればいいのかも知れません。 そうならば、韓国人の民族性を見る上で参考になるでしょう。

 いずれにしろ我々にとっては、「満州韓国領土説」は「対馬韓国領土説」と同様に韓国にはそんなことを言っている人がいるんだなあと、軽く触れるだけにしておけばいいことです。 まともに取り上げて賛成とか反論・反駁なんてすれば、火の粉が飛ぶでしょうから。

 高句麗・渤海および尹東柱については拙ブログで下記のように論じましたので、ご笑読いただければ幸い。

【拙論参照】

高句麗は韓国か、中国か      http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2007/09/22/1812668

高句麗―韓国か中国か       http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2008/09/28/3787613

高句麗は北朝鮮でもあり中国でもある http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/06/09/6849374

高句麗広開土王碑は全世界人民のもの   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/08/22/6954699

韓国のマスコミが語る「中国の歴史歪曲」 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2010/10/17/5420260

南北国時代            http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/05/18/6814446

尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000

尹東柱の国籍は?         http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/13/9356544

尹東柱と孫基禎の国籍について   http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/18/9399145

かつて対馬は我が領土と返還要求した韓国2022/10/20

 日本では北方領土・竹島・尖閣諸島の領有権について、ロシア・韓国・中国と争いになっています。 これ以外に日本領土に関して今は問題になっていませんが、ロシアの少数政党が「ロシアは北海道に権利を有している」と発言したり、中国では『人民日報』に「琉球帰属問題は解決していない。沖縄は日本領土とは言えない」と主張する論文が掲載されたりしています。

 これらは当然ながら政府の公式見解ではありません。 しかし国民のレベルでは、ロシアでも中国でもそう考えている人がかなり存在していることは確実です。 こういったナショナリズムを刺激する発言は広がりやすく、時には政府を動かすこともありますので、油断は禁物です。

 韓国でも同じように「対馬は我が国の領土」だと主張する人がいます。 竹島問題にからめる場合が多いですが、対馬韓国領土説を真剣に信じている韓国人は結構います。 具体的な動きとしては、国会議員が対馬返還要求決議案を国会に提出したり、議政府市の市議会では対馬返還要求を議決しています。 民間でも「対馬奪還本部」という市民団体をつくっていますね。 

 これは韓国人でも一部の人たちの主張です。 政府の公式見解ではありません。 ところが70年以上前ですが、韓国は外交ルートを通じて日本に対し「対馬は我が属領だから返還を要求」しました。 つまり政府の公式見解だった時期があるのです。 この事実はほとんど知られていませんが、韓国内では今でも「対馬我が領土説」が根強く残っていますから、これも含めて知っておいた方がいいと思います。

 水野俊平さんが著書のなかでこの「対馬領土説」に触れていますので、これを紹介します。 水野さんは韓国の歴史・文化等について、一般向けにちょっと面白おかしく書いたものをいくつか出版しています。 しかし元々まともな実証主義的研究者ですから、事実関係については信じていいと思います。 『韓vs日「偽史ワールド」』(小学館 2007年3月)の166~177頁に、「第5節 対馬は韓国の領土」という小見出しの一節があります。 このなかから主なものを引用します。

1948年1月、過渡政府(韓国政府の樹立以前なので「過渡」がつく)立法委員会で立法委員60名が「対馬は元々韓国の領土だったのであるから、対日講和会議で返還要求をすべきだ」と提案し、同年8月(韓国政府が樹立された)には李承晩大統領が「対馬島の返還」を日本に要求している。 これに対しては日本側の抗議があったが、9月には韓国の外務部が抗議に反駁する形で「対馬は我が国の属領」とする声明を発表している。 翌年の1月7日には李承晩大統領が新年の記者会見で対日講和会議への参加計画を明らかにする席で、対馬の領有権を重ねて主張した。 

李大統領は昨7日午前10時半、中央庁第一会議室で内外の記者と年頭の記者会見を開き、当面の諸問題に対して、ともに一問一答した。

李大統領: この問題(対日賠償請求)は関係者と協議しなければならないものであるが、私の考えでは壬辰乱(秀吉の朝鮮出兵のこと)まで遡及して請求したいが、だいたい、過去40年間我が国から搾取したものを要求する。 特に対馬返還をこれに含める考えだ。 (以上 171~172頁)

 対馬返還を公式に要求した韓国の動きに連合国(アメリカ等の講和会議当事国)が制止し、李大統領はこれ以降、対馬発言をしなくなりました。 そしてその後の日韓会談や1965年の日韓条約では、対馬は何も問題になりませんでした。

 ところが1990年代に入って、韓国では再び対馬返還要求の声が上がります。

96年2月13日に開かれた国会の統一外務委員会では‥‥金元応委員は孔魯明外務部長官に対して次のような質問を行なっている。

我が政府は対馬島の返還要求をして、対馬の領有権回復の前段階として対馬を紛争地域化するのが当然とであると考えます。 我が民族は対馬に対して長い間「故土意識」を持ってきました。 ‥‥私はこのような歴史的に明らかな根拠を持っている対馬島の領有権を回復するために日本に対馬返還を我が政府が公式的に要求しなければならないと考えます。

これに対して、孔魯明外務部長官は「対馬に対する我々の領有権主張は日本の独島(竹島)領有権主張をさらに激しいものにする恐れがあり、政府としてそのような主張をすることは望ましくないと、このように考えております」と答弁している。 (以上 170~171頁)

 ウィキペディアで「対馬島返還要求決議案」を検索してみると、2008年にも国会議員50名が対馬返還要求の決議案を国会に提出したとあります。

 また水野さんの本によると、対馬返還を実現するために対馬に韓国の国花であるムクゲを植える運動があるそうです。

黄ベクヒョン氏が04年4月に行なわれた国会議員選挙で配布したビラには、対馬関連の公約がちゃんと載せられている。

対馬島をムクゲの花畑にし、100年後大韓民国を文化国家にすれば、失った対馬は自然に我が領土になります。 これを成し遂げるために私をはじめとする「対馬島ムクゲ花畑づくり運動本部」の会員は毎年ムクゲを植えています。

公約で「対馬を韓国の領土にする」と主張するのは自由だが、黄氏の行為は明らかに植物検疫法違反である。(以上167~168頁)

 同じく上記のウィキペディアによれば、2012年に市民団体「対馬奪還本部」が発足したとあります。

 対馬が韓国領土だなんて我々から見れば荒唐無稽でしかありませんが、ナショナリズムはどこにどう広がるか分からないものです。 何をアホなことを言っているのかと思いながらも、注視しておく必要があるでしょう。