金時鐘氏への疑問(11)―スキー客・新井鐘司 ― 2025/05/19
https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/05/14/9775437 の続きです。
⑯ スキー客の群衆が軍隊に見える
金時鐘さんの著作を色々読んでいて、彼の感覚というか感性というか、私には理解できず、ついて行けないところが出てきます。 例えば、次のような場面です。
7・8年前(1960年代のこと)、東京での会合の帰りのことでした。 ちょうどそういうシーズンのせいでもあったのでしょうか、新宿駅の改札口をくぐってホームを上がるのに、林立するスキー客のリュックや、人のうずくまりにさえぎられてなかなかホームに上がれませんでした。 このバカンスの山は延々天に至っているのです。 列車の時間にせかされながら、大群落の間をかいくぐりつつホームにたどりつく間、私はそうとうに言い知れぬ恐怖にとりつかれました。 それはもはや人間が群れているというより、昆虫かなにかの蝟集ではないかとさえ思ったほどでした。
なにもバカンスであるとか、スキーに夢中になるとか、私はそんなことを問題にしているのではありません。 一切の無関心を決め込んで、ただ量としてかたまって時間を待っている。 スキーに行くことのみで、何時間も待ち続けている。 新聞などを見ると一昼夜くらい待つのはざらにある。 そのような無関心の「量」の中を私がかいくぐってゆく。 無関心が絶対量となった中を、私は針を縫うように天に至らねばならない。 それでいて、この群衆は私を「朝鮮人」として識別できる触角は万全である。
この時に感じる恐怖というものは理屈ではない。 個としての朝鮮人が日本人の絶対量の中をかいくぐる時の恐怖、それは「私」という「個」が背負い込んだ絶対の恐怖であります。 私の網膜の中へ電車がすべり込む。 車掌が下り立って、お前たちの行くところはあそこだと指さす。 そのリュックはみるみる背嚢になり変わり、林立したスキーは銃剣に早変わりして、彼らは何の変哲もなく移動を開始するのです。 私はこの恐怖を、「日本人」に知らせる手だてを持ち合わせていません。 知らせようがないくらい、「日本人」と「朝鮮人」のコミュニケートは原体験の端緒から食い違っているのです。 (以上、金時鐘『「在日」のはざまで』 平凡社ライブラリー2001年3月 214~215頁)
スキー客でごった返している駅の光景ですが、日本の大都市では何十年か前によく見られたものでした。 金時鐘さんはこのスキー客の群衆に出会って、彼らはまるで昆虫の大群が集まっているように見えて、さらに彼らが背負っているスキーリュックは軍隊の「背嚢」、持っているスキー板は「銃剣」に見えて「恐怖」を感じたというのです。 さらに彼らは自分を「朝鮮人として識別した」といいます。
朝鮮人と識別された金時鐘さんは、〝朝鮮丸出し”の姿格好をしておられたのでしょうか。 あるいは朝鮮訛りの日本語を発しておられたのでしょうか。 また駅でスキー列車を待つ群衆が軍隊に見えるなんて、一体どんな目をしておられたのでしょうか。 ひょっとして〝日本は軍国主義化している”と真剣に信じて、駅のスキー客の群衆を見ても軍隊を連想するくらいになっておられたのでしょうか。
〝自分たち「朝鮮人」は「日本人」からいつ攻撃されるか分からない”という妄想のような被害者意識があったのだろうと思います。 しかしそうだとしても、スキー客の群れが軍隊に見えるというようなバカバカしい話を著書に記して公開する感覚が理解できないところです。 おそらく彼の周辺には、在日の被害意識を理解し同情してあげる「良心的」日本人が集まっているのだろうなあと想像します。
⑰ 「新井鐘司」―間違いに気付かなかったのは何故?
金時鐘さんの『「在日」のはざまで』を読んでいたら、次のような個所が出てきて驚きました。
いたましくも金嬉老は、「新井鐘司」に始まる七つの名前を持ってしても〝日本人”に成り切れなかった、在日二世の弧絶した〝朝鮮人“だったのである。 (「揺らぐ燐光」 『「在日」のはざまで』平凡社ライブラリー2001年3月 所収 88頁)
「新井鐘司」といえば在日問題に詳しい方なら直ぐにピンと来るのは、1970年代のいわゆる「日立就職差別裁判闘争」でしょう。 日立から就職差別を受けたとして裁判を起こしたのは在日の朴鍾碩氏、日本名が「新井鐘司」さんでした。
一方の「金嬉老」は1968年に殺人事件を起こし、民族差別を訴えて世間を騒がせた在日です。 その彼の日本名が日立闘争の朴鍾碩氏の「新井鐘司」と同じだなんて、本当なのか?と思いました。 何かの間違いだろうと思って、この『「在日」のはざまで』平凡社版の原本である立風書房の同名の本(1986年5月発行 第40回毎日出版文化賞受賞)を探しました。 すると、その80頁に全く同じ一文があったのです。
つまり1986年の本と2001年の本は、ともに金嬉老の日本名は「新井鐘司」だとしているのでした。 さらに「揺らぐ燐光」は近著『金時鐘コレクション8』(藤原書店 2018年4月)にも再録されていますが、ここでも314頁に同一文がありました。 つまり1986年から2018年まで別々の出版社で発行された三冊の本に、「金嬉老の日本名は新井鐘司」と出ているのです。
「『新井鐘司』に始まる七つの名前」とありますので、「新井鐘司」が主たる名前ということになります。 そこで金嬉老が有していたという七つの名前を探してみました。 すると「金嬉老」「権嬉老」「近藤安弘」「金岡安弘」「清水安弘」「ゴンキロ」「キムヒロ」が出てきましたが、「新井鐘司」はどこを探しても見当たりませんでした。
それよりも、そもそも在日の日本名が「新井」ならば、ほぼ間違いなく本名は「朴」になります。 「金」の日本名が「新井」ということはあり得ないと言っていいです。 ただし例外があって、「金」という名の女性が夫の日本名「新井」を名乗る場合です。 しかし金嬉老は男ですから、これも考えられません。 「新井鐘司」が金嬉老の日本名でないことは確実と思われます。
以上により、金時鐘さんの「揺らぐ燐光」にある「金嬉老は『新井鐘司』に始まる七つの名前を持って」の記述は、明白な間違いであると考えられます。 金嬉老事件は1968年に起き、その2年後の1970年に日立就職差別裁判が始まって、その時に朴鍾碩氏の日本名が「新井鐘司」であることが世に知られました。 おそらく金時鐘さんは、金嬉老・朴鍾碩の二人の日本名を混同したのだろうと思われます。
人間ですから間違いはよくあることですが、32年経っても間違いに気付かずに、しかも出版社を変えて記載してきたなんてことがあり得るのだろうか? また近年の金時鐘研究論文では参考文献としてこの『「在日」のはざまで』が必ず挙げられていますが、そういう研究者たちも気付かなかったなんてことがあり得るのだろうか?という疑問が湧いてきます。 毎日出版文化賞を受賞したこの本の間違いを、しかも在日の名前についてあれほど敏感な人たちが誰も気付かずに本の再刊までして、さらに近年の本にもそのまま再録していたことに驚くほかありません。
『「在日」のはざまで』を詳細に見てみると、例えば金さんの小学校の担任教師は朝鮮人で、1986年の立風書房版の42頁では「金田」先生となっていますが、2001年の平凡社版の43頁では「豊田」先生に訂正されています。 つまり、間違いがあれば再刊する際に訂正されているのです。 とすれば「新井鐘司」を訂正しなかったことは単純ミスではなく、訂正できなかった何かの理由があるのかも知れません。
金嬉老について、拙ブログでは https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2024/11/13/9731138 で取り上げています。 お読みいただければ幸甚。 (続く)
【追記】
金嬉老は、朝鮮語で「김희로(キム・ヒロ)」と読みます。 嬉老の母親は日本語が不自由で、嬉老を「ヒロ」と呼んでいたといいます。 嬉老の日本名の中に「弘(ひろ)」があるのは、このためかと思われます。
金時鐘氏への疑問(1)―在留資格 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2025/03/26/9763626
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