尹東柱の立教大学時代の詩 ― 2025/02/25
韓国の『中央日報』(2月24日付け)に、「尹東柱は代替不可能…日本の立教大学に代表作『序詩』が響き渡った」と題する記事が出ました。 https://japanese.joins.com/JArticle/330290
この記事では、尹が立教大学在学時代(1942年)に書いた詩として「たやすく書かれた詩」と「春」の二つだけが紹介されています。 実はこの時期に尹が書いた詩は五つあります。 それは「白い影」「いとしい追憶」「流れる街」「たやすく書かれた詩」「春」です。 このうち「流れる街」という詩が記事に取り上げられていませんが、かなり重要な詩だと私は思っています。 この詩には次のような一節があります。
愛する友、朴よ! そして金よ! 君たちはいまどこにいるのか?
これは立教大学入学後1ヶ月半経った5月12日付の詩で、入学したが同胞である朝鮮人の友人ができず、寂しい思いをしていることを表わしたものと思われます。
そして翌月に書かれた詩が記事にも出てくる「たやすく書かれた詩」(6月3日付)で、次の一節があります。
窓の外で夜の雨がささやき/ 六畳の部屋は よその国
この詩が先の「流れる街」に続く時期の詩であることを考えるならば、「六畳の部屋はよその国」は〝同胞友人のいない大学から下宿に帰ってもそこは安らぐ空間ではない”という意味になるといっていいでしょう。 その時の「国」とは朝鮮という国ではなく、〝心の落ち着く場所”ということで、〝故郷(くに)のおふくろ”とかいう時の「故郷(くに)」という程度の意味ではないでしょうか。
そして4ヶ月後の10月に、尹は京都の同志社大学に転学します。 京都には京都帝国大学生の従兄弟がおり、また朝鮮人学生が集まる場所でもあったのです。
立教大学入学(4月)→「流れる街」(5月)→「たやすく書かれた詩」(6月)→同志社大学転学(10月) という一連の流れの中でこれらの詩が書かれたことを考えるならば、朝鮮人同胞のいない寂しさを歌った詩ではないかと思われます。 つまり私個人の考えですが、内地留学で立教大学に入ったが同胞友人ができず、友を求めて6ヶ月後に京都に転学するまでの心境を描いた詩だということです。 あえて誤解を恐れず言うなら、いわゆる五月病ではないでしょうか。
少なくとも記事のように、「日本植民地政策にともなう弾圧で朝鮮半島は歴史、文化、言語を奪われた」とか大上段に構えた詩ではないと考えます。
ここでは詩のごく短い一節のみを引用しましたが、ぜひ全文をお読みくださるようお願いします。 岩波文庫『尹東柱詩集 空と風と星と詩』が一番入手しやすいです。 今回のブログの詩の翻訳は、この本から取りました。
【尹東柱に関する拙稿参照】
「尹東柱」記事の間違い―中央日報 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/02/17/9464967
毎日のコラム「余録」の間違い―尹東柱 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2020/09/15/9295605
尹東柱の創氏改名―ウィキペディアの間違い http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/11/8939110
尹東柱の創氏改名記事への疑問 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/07/16/8917954
尹東柱記事の間違い(産経新聞) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/09/7568265
尹東柱記事の間違い(毎日新聞) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2015/02/15/7572811
尹東柱記事の間違い(聯合ニュース) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/01/29/8339905
水野・文『在日朝鮮人』(11)―尹東柱 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/06/26/8118773
尹東柱は中国朝鮮族か韓国人か http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2016/04/21/8075000
尹東柱の言葉は「韓国語」か「朝鮮語」か https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2018/08/19/8945248
尹東柱の国籍は? https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/03/13/9356544
尹東柱と孫基禎の国籍について https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/07/18/9399145
尹東柱のハングル詩作は容認されていた http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2017/07/11/8618283
『言葉のなかの日韓関係』(2) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/09/6772455
『言葉のなかの日韓関係』(3) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/11/6774088
『言葉のなかの日韓関係』(4) http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2013/04/13/6775685
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