「日本人としてふさわしい氏名」とは何か?(1)2025/02/14

帰化申請書の欄外注意書き

 ちょっと古い話になりますが、外国人が帰化を申請するにあたって、帰化後の名前について、1985年までは「帰化後の氏名は、日本人としてふさわしいもの」にするように決められていました。 それは当時の「帰化許可申請書」の欄外注意書きである「帰化許可申請書作成上の注意」の4番目に明記されていました。 念のため、その注意書きをスキャンして提示しておきます↑。

4 帰化後の本籍および帰化後の氏名は、自由に定めることができますが、氏名は日本人としてふさわしいものにしてください。 氏名の文字は、原則として、当用漢字および人名用漢字表に掲げてある漢字、片仮名又は平仮名以外は使用できません。

 それでは1985年までの当時、「日本人としてふさわしい氏名」とは何だったのか、ちょっと調べてみました。 法務省が発行している『民事月報』という雑誌があります。 主に戸籍等を担当する公務員らのための専門雑誌ですが、一般人でも入手は可能で、また中央図書館などにもバックナンバーが収蔵されています。 そこに「日本人としてふさわしい氏名」について、次のような解説がありました。

日本人としてふさわしい氏名とはどのような氏名をいうのかということである。 昭和47年度の戸籍・国籍事務担当者打合会においてもこのような問題が提出されていたのであるが、一般的かつ具体的な基準をもうけることは困難と思われる。 同氏の日本人が存在するという一事をもって日本人としてふさわしい氏と即断することも問題があると考えられるのであり、結局は常識すなわち一般にその氏名でもって日本人として通用するかどうかといった観点から判断せざるを得ないと考える。 (藤田秀次郎「帰化事件処理上の問題点」 『民事月報』1974年6月号所収)

 日本人の名前は非常に多様で、日本人風の名前なんて「一般的かつ具体的な基準をもうけることは困難」であることを正直に言っています。 ところが「同氏の日本人が存在するという一事をもって日本人としてふさわしい氏と即断することも問題がある」と続けています。 これはどういうことかというと、日本人でも何百年も前からの由緒ある苗字が、例えば「金」「張」「田」「洪」といった方が実際におられるのですが、これらは「日本人にふさわしい名前」ではないと言っているのです。

 「金」さんは1970年代のロッキード裁判の裁判長、「張」さんは1999~2005年にトヨタ自動車の社長、「田」さんは大正時代の台湾総督で、そのお孫さんが1970~2000年代の国会議員です。 「洪」さんは400年前のご先祖様が洪浩然という有名な書家で、ご子孫が九州で「洪」家を継いでおられるということです。 「金」「張」「田」「洪」さんから、〝だったら先祖代々その名前を受け継いだこの俺は日本人じゃないということか!”と反発されそうですが、そんなことを言った人はいなかったようです。 田英夫さんは国会議員だったのですから、〝私は日本人なのか?”と国会質問していたら面白かったと思うのですが、そういう記録はないですね。 また上記のような朝鮮人・中国人等と共通する名前でなくても、「団」「菅」「宗」「壇」「今」「長」など、漢字一文字で音読みする由緒深い苗字を有する日本人は多いものです。 https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2021/09/19/9424856

 ところで上記の引用文の中で「昭和47年度の戸籍・国籍事務担当者打合会においてもこのような問題が提出されていた」とありますが、これは1972年の日中国交正常化の時に、日本は台湾(中華民国)と断交したことに関係があるものです。 中華民国籍だった人の多くがこの時に帰化申請をしました。 ところが在日中国人は通名を持たない場合が多く、中国の漢字名をそのまま使って日本での社会生活を送ってきました。 ですから慣れ親しんできた中国名をそのまま帰化後も使いたいとしていたのですが、さてそれをどうするのかを法務省の役人さんたちが議論していたということです。 結果は、やはり「日本人としてふさわしい氏名ではない」という話でした。

 『民事月報』には、次のように日本人風の名前を「指導すべき」というような発言もあります。

帰化者自身はもとより、おそらくその子孫までが将来とも本邦に居住し、日本人として社会生活を送っていくであろうことを考えるならば、やはり日本人の氏名として疑義のある場合には、原則的には日本人としてふさわしい氏名に変更するよう指導すべきであろう  (門田稔水「帰化事件の再調査に関する一考察」 『民事月報』1976年4月号所収)

 こうなると「指導」というより、「強制」ですねえ。   (続く)

 

【帰化に関する拙稿】

帰化にまつわるデマ http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/05/31/387157

在日の帰化 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/08/18/489465

帰化と戸籍 http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/08/26/499625

国籍選択と強制退去           http://tsujimoto.asablo.jp/blog/2006/06/15/405667

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52年前の帰化青年の自殺―山村政明(2)https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/23/9519952

52年前の帰化青年の自殺―山村政明(3) https://tsujimoto.asablo.jp/blog/2022/08/29/9521733

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在日朝鮮人に関する論考集   http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/minzokusabetsu